97−3.悲劇


何か物音がして、ぼんやり目を覚ますと、
そこにいたのは妹だった。

「あ、お兄さまやっと起きた?
 もうすぐお昼なんだよ。ほらっ。」

マイはそう言って、カーテンを開けた。
明るい日差しが差し込んでくる。

「おはよう・・・。
 えーっと。」

きょろきょろ周りを見渡した。
部屋にいるのはマイだけだ。

昨夜は、マリアがわざわざサマルトリアまで来てくれた・・・と思う。

「ねえ、マリアは・・・?」

そんなの僕の夢だっただろうか。
本当に最近ちょっと混乱気味な気がする。

「マリア様、帰ったわよ。
 朝まで居てくれたんだけどね。
 お兄さま、残念だったね。寝すぎだよーー。」

そういってマイは、呆れたように両手を腰に当てた。
そっか、帰ったのか・・・お礼も言いそびれたと思いつつ、

ふとマイの顔を見て、おや?と思った。
目が真っ赤になって、腫れ上がっていた。

「マイその顔、どうしたの?
 目が腫れまくってるよ?」

「えっ・・・!
 あ、あの・・・外で砂嵐が待ってて、それで・・あの!」

砂嵐?
風一つ吹いて無いような晴天に?

窓の外を見上げる僕に、
マイは、そんなことより!と詰め寄った。

「お兄さま、聞いて。大事な話よ。
 昨日お医者様がお兄さまが寝てるときに診察してくれて、
 それで・・・それ・・・で・・・・。」

「それで?」

一瞬言葉に詰まったマイの次の言葉を促した。

「ええっと・・・風邪をこじらせちゃってるって!
 もう大変な事になってるだって!
 だから、しっかり治るまで私見張ってますから!」

そう言って、用意していた薬を差し出した。
マイは風邪だと言ったけど、最初言い澱んでいた。

僕は、確認するように聞いてみた。

「その薬、母さまも飲んでたやつ・・・だよね?」

直後、その質問にマイの肩が揺れた。
顔が硬直している。

やっぱり・・・

僕は、悟った。
泣きはらしたようなその顔は、
医師からもそうやって言われたからだろう。

「ち、ちがっ・・・違う・・・!
 お兄さま違うよ!?」

マイは事実を否定するように必死に首を振った。

マイが悪いんじゃないけど、
でも逆に今のでしっかり分かってしまった。

残念ながら、自分の妄想が当たっていたって事だ。

「そっか・・・。」

逆にはっきりしてしまうと、思ったより気持ちは冷静だった。

それよりマイをなだめなくちゃ、と思って顔を上げると、
そこに、母の姿が見えた。

心配して来てくれたのかな?

「ねえ、マイ・・・。
 そこに母さまが来てるよ。」

そう言うとマイは唖然とした顔でこちらを見た。
何を言ってるんだ?という表情だ。まずい。
こんな言い方したら、完全におかしな人みたいだ。

「おいで。本当だから。」

僕がその手を引いて、振り返らせると、
マイにも見えたらしい。

「ふぇっ・・・!?お母様・・・!?
 え、何これ、どういう事!?」

マイが驚いてこちらを見た。
そういえばマイには僕のこの辺の魔法については
話した事がなかったな。

「あのね、これは・・・。」

説明しようとする僕より早く
マイは大きく首を振って泣き出した。

「い・・・嫌だ!!」

「マイ・・・?」

「嫌だ、お母様、お兄さまを連れて行かないで!
 嫌だ、嫌だ!!連れて行かないで!
 連れてかないで〜〜〜!!」

マイのその泣き声に、
僕も驚いたが、母にも届いたのだろう。

「お兄さまはね!!
 奇跡を起こせるの!
 今までだって、何度だって奇跡を起こしてきたの!
 だから・・・だから・・・・!!」

「マイ・・・。」

僕が何も言えないでいると、
母はそばへ来て、マイの涙をそっと拭った。
と言っても、実際に触れる事は出来ない。
涙はぽたぽたと滴り落ちる。

「うっ・・・・うう・・・。」

だけど、その感触は伝わったのだろう。
泣き虫な自分を慰めてくれる母を感じて、
マイはその場にぺたんと座り込んだ。

「うわーーー!!うわああーーーーん!!
 あああーーー!!」

感情が溢れてしまったのか、
マイは小さい子供のように大声で泣いた。
母が僕を連れに来たとでも思ったのだろうか。

その激しく涙する姿に、
これまでずっとマイが背負ってきた辛い思いが嫌でも伝わってきた。

母はとふと見ると、
今度は僕を見ていた。
とても真剣な顔で。

決して母は悲しい顔はしていなかった。
僕は前に母に言われた事を思い出した。

僕にとって何が一番大事なことなのかを良く考えろと。

もうそんな大それた事は思わない。
幸せになりたいとも思わない。
ただ、こんな風に、人を悲しませて、泣かせたくなかった。

「マイ、大丈夫だよ。」

「お゛、おにいぢゃん・・・?」

泣き腫れた目でマイがこちらを見た。
ああ、本当に痛々しい。
こんなに苦しい思いを、妹にさせてしまったのが悲しかった。
その苦しみを解放してやりたかった。

「大丈夫だよ。死なないよ、僕は。」

「・・・え・・・?」

「今、マイに母さまの姿が見えたでしょう?
 これは僕の魔法の力でね。
 死んだ人の魂や、もうすぐ死んじゃう人の魂が見えるんだ。」

「・・・・・・。」

マイは何も返事しない。
急にこんな話をして信じられないかな?と思ったが、
真剣にじっとこちらの話を聞いている。

「だけど、鏡で見たって、僕は自分の事は
 そんな風には見えないもの。
 だから多分死なないんだよ。」

自分の死がはっきりと見えないというのは、本当だ。
宿屋のおじいちゃんは確かに鏡越しにだって見えたのに、
自分の魂は見えない。

・・・・まぁ、単に自分の事までは
分からないようになってるだけかもしれないけど。
少しは苦し紛れの言い分に使えると思った程度だ。

でも、マイはそれで泣き止んでくれた。

「うん、分かった。
 なんだかよく分かんないけど、わかったよ。」

マイはごしごしと涙を拭いた。
母もゆっくりと頷いてくれた。そして、ふっと姿を消した。

「あ、お母様・・・いなくなっちゃった。
 また・・・会えるかな。」

「僕らが騒がしいから、
 きっと心配して来てくれたんだよ。」

「そっか・・・。
 せっかく来てくれたのに、私ひどいこと言っちゃった・・・。」

落ち着くとマイはそんな風に肩を落とした。
でも、冷静になったようで良かった。
この感じなら、母にはまた会えるかもしれない。

あとは・・・・、
僕はあの人にも話がある。

「マイ、僕父さまとも話がしたいんだ。
 父さま今何をしてるかな。」





++




少しふらつく体を叱咤しながら、
王の間への道を歩く。

いつも歩いているこれだけの距離が少し遠く感じられた。
は〜っと息をついて、壁に手をついた僕の顔を、
付き添って歩いていたマイが覗き込んだ。

「お、お兄さま・・・。
 お父様呼んだら部屋に来てくれるよ。
 無理に行かなくても。」

「じゃあ、少し肩を貸して。」

「お兄さまってば・・・!」

僕を制止しようとするマイに、
違う事を聞いてみた。

「父さまも僕の病気のことは知ってる?」

「え・・・あ・・・・うん。」

マイは言いづらそうに頷いた。
まぁ、でもそれはそうだろう。
多分順番としてはマイが父から聞いたんだろう。

「それなら、話が早いや。」

説明の手間が省ける。

王の間に行くと、
父は盛大に眉間に皺を寄せた。

「カイン、お前こんな所で何をしている!?」

いつも厳しく僕を叱りつける父だが、
今日はそれより一段トーンが低い気がする。

「お前、先ほどまで高熱で臥せっていたんじゃないか。
 勝手に起き上がって何をしているんだ。」

「いつも勝手をしてスイマセン。
 僕なら・・・えと、大丈夫です。」

と言ってる傍でマイがぶんぶんと首を横に振っている。
信用するなと父にアピールしているのだろう。

「何を馬鹿な事を・・・
 とっとと部屋に戻って寝ておれ!!」

凄みのあるそのいつもの怒声にも、
何となく優しい響きを感じる。
心配をかけているのだろう、父にも。

だから、僕は決めた事があった。
すごく我侭だとは思うのだが。

「父さまにお願いがあって来ました。」

「な・・・なんだ?」

「しばらくの間、
 僕を人前に出る全ての公務から外してくれませんか?」

それはサマルトリアの王子として、ここにいる限り、
許されない事だと思った。

だが、あっさりと父はそれを認めた。

「良いだろう。お前の・・・体が治るまで。」

父は一つ息を吐くと眉間に皺を寄せたまま頷いた。
 マイも驚いた様子で、でも頷いた。

「大丈夫だよ!心配いらないよ!
 お兄さまの代わりに私が何でもやるから!」

「ふん、そうだな。
 そもそも、お前など最近いないも同然じゃないか。」

妹も父もそんな風に言った。
いなくても大丈夫だと。

そう言えば、それもそうだ。
旅をしていた1年間も、ずっとマイは僕の代わりに
走り回ってくれていたのだろう。

そっか・・・。それを思えば、この国は、
もう僕がいなくても大丈夫かもしれない・・・と思った。

「だから、その分早く体を治してね!
 大丈夫だよ。
 お兄さまは奇跡を起こせる人だから!」

マイはまたそんな風にいった。
奇跡・・・?
そんなもの、僕が1人で起こした奇跡は一つもないのだが。

それより、もう一つ父に頼みたい事があった。
僕は自分の病気についてもっと知りたかった。

「父さま、あと、僕を診て下さった
 お医師の先生とお話させて下さい。
 出来れば、母さまを診ていた先生とも。」




+++


それから、僕はしばらく寝たり起きたりな生活をしていた。

と言うと、大変怠惰な生活なようだが、
あんまり動き回ると、熱が上がるので安静にするようにと
医者からも強く言われていた。

おかげで少しずつ体調は落ち着いてきた気がする。

時間も出来たので、
明るいうちは医学書や薬学書などを読んだりしていた。
ちょうど、自分の体が実験体になるとも思った。
先生にも相談して、薬も少し改良してみたりした。

そして夜になると、マリアと水晶玉で話をした。
だが、話す内容はとりとめもない内容ばかりだった。

今日の天気がどうだとか、
マリアが今日何をしたのか何の花が咲いたとか。
そんな話ばかりだった。

僕は、まだ自分の体のことは話していない。
マリアに話す勇気がもてないでいた。
でもいつまでもそうは言ってられない。

近く、ちゃんと話そうと思った。

きっと悲しませるだろうけど。

マイと話した事で少しは自分も希望が持てた気がした。
死にたくないと思っていた。
それこそ奇跡を起こしたって・・・。

マイが何度も言ってくれた。
奇跡を起こせると言う言葉。

弱かった僕が、アレンたちと一緒に魔物たちと戦って
世界を救うことができたのは確かに奇跡だろう。

それが出来たのは仲間がいてくれたからだろう。
マリアを助けたくて、強くなりたかったから。
アレンが僕らを支えて、いつだって勝利してくれたから。

僕はマリアの顔を思い浮かべた。

小さな体に大きな力と強い意志を秘めた彼女。
今もきっと1人でムーンブルクで戦っているんだろう。
ムーンブルクの復興は徐々に、だが確実に進んでいる。
本当にすごい人だと思う。

僕は、彼女にも必要ないかもしれない。
もし、僕が死んだら、もっと相応しい伴侶を見つけて、
そして幸せに生きていって欲しいとも思う。

けど・・・。

僕はマリアの涙を思い出した。

その小さな手で彼女はいつも戦ってきた。
彼女は本当に沢山の辛いを思いをしてきた。

昔、僕はそんな彼女を少しでも助けられるようになりたいと思った。
それが全ての最初だった。

だけど、マリアの輝きはふとした瞬間、輝きを増す月の様だ。
その輝きに僕のほうがずっと惹かれていった。

マリアがいるから、頑張ってこれたのだ。頑張ろうと思えた。
だから、ここまでやってこれたんだ。

だから・・・・。

奇跡を起こしてでも、
一日でも長く僕はマリアと共に生きたかった。



++


「ふ〜・・・」

久しぶりに唱えたルーラは
少々不安だったが、無事にムーンブルクへやってこれた。

なんだか、すごく久しぶりにここへ来た気がする。
ここがマリアがいる場所だ。

やっと来れた。
しばらく怖くて、とても足が向かなかったのだ。

でも今日はちゃんとマリアと話をするつもりだ。

きっとすごくマリアを悲しませ、
ひどい思いをさせると思うが、
でもそれでも聞いてもらおうと思った。

「カイン・・・?」

マリアは驚いた様子でこちらを見ていた。
まるで夢でも見ているのかといった感じだ。

「やぁ、マリア。久しぶり。」

僕はマリアの顔を見ると、
自然に笑みを浮かべていた。
マリアに会えたことが単純に嬉しかった。
こんな時に、本当に僕は馬鹿だと思う。

「どう・・・したの?
 急にやってきて、もしかしてルーラで来たの?」

「うん。ルーラで来たんだ。」

「どうしたの?何か急用でも!?」

マリアは声早に聞いてきた。
そりゃあ、急にやってきたらびっくりするだろう。
今日行くという約束もしていない。

「急用・・・?いや、急用とか何もないんだけど。
 少し、だけ・・・。時間良いかな?」

「え、ええ・・・。」

なんとも要領を得ない僕に
マリアはいぶかしむように頷いた。

とりあえず、この妙な緊張感を和らげたいと
僕は持ってきたお土産を取り出した。
マイからもらった紅茶葉だ。

マリアは、その紅茶に喜んでくれた。
そんな嬉しそうな様子が見られて僕も嬉しく思った。

だが、次にマリアは何気なく口を開いた。

「最近体調はどうなの?」と。

その言葉に少し固まった。
そうなのだ、余計な話ばかりしている場合じゃない。
この話をしに来たのだから。

「え・・・っとね、その話をしに来たんだ。
 紅茶でも飲んで、のんびり聞いて欲しいんだけど。」

そう言ってマリアをみると、
マリアの方が緊張した顔をしていた。
多分、深い意味で今聞いたわけじゃないのだろう。
だから、事ここにいたって、初めて不穏な事態を感じ取ったようだ。

「勿論、聞くわ。
 私心配していたのよ。」

それでもマリアは震える声で気丈に頷いた。

僕は、そうして自分の体調の事を話し始めた。
最初は風邪が長引いてると思っていた事、
マリアにもそれで迷惑を掛けたという事。

マリアは最初は相槌を打ったり、否定したりしながら、
聞いてくれていた。だが、徐々にその表情はこわばっていった。

「何か風邪じゃなくて、ちょっと変な病気で・・・。」

僕の病気が、亡くなった母のものと同じものだと言うと
マリアは何も言えなくなっていた。

そして、不安に打ちのめされたような表情をした。
口が震えて、何かを話そうとしたようだが、
それは結局何も言葉を結ばなかった。

マリアを不安にさせているのが、ありありと伝わってくる。
僕は少しでも安心してもらえるように語り続けた。

公務から外れて出来た時間で、
ゆっくり休んでいて体調も落ち着いてきたと言う事。
最近は医学についての知識も深めて、
この病気についても、薬についても知識がをついてきたこと。

「だから、自分の体のこともよく分かってるんだ。
 ちゃんと薬を飲んで無理さえしなかったら、
 最近はあんまり熱出す事もないし、良くなってるんだ。」

全部が辛い話ばかりじゃない。
少しずつ事態は良くなっているのだと言いたかった。

「だから、僕マリアに会いに来たんだ。」

「・・・・本当に、大丈夫なの?
 もっと、詳しく聞かせて。」

少し落ち着きを取り戻したマリアは
覚悟を決めたように、僕の話を促した。

本当に体調が最悪な時は、
咳が出るだけじゃなくて、息も出来なかったり、
胸痛もあることもあるが、
最近はそう言うこともなくなっている。

「今は、そういうのも減って、
 えっと・・・たまに咳が出るくらいで・・・。」

「そうなのね。
 また悪くならないように気をつけて。」

「うん、勿論。」

マリアを少しは安心させられただろうか?
そう思っていると、マリアが少し違う話を持ち出してきた。

「アレンとの真剣勝負の事もよ。
 今はそんな事しないでね。」

思わず僕は顔を上げた。

「え・・・でも、それは・・・・。」

「駄目よ、絶対駄目よ。
 私と約束して。」

「でも、それはアレンとも約束してて・・・。」

今まで、アレンとの約束を破ろうというつもりはなかった。
先日、新しい魔法も覚えられそうだったから、
アレンとの約束の日に備えようと言うつもりもあった。

僕は馬鹿だった。
今の僕には、もうそれも出来ない事なのだと
ここで初めて気付いた。

「今は、駄目よ。
 何も一生駄目って言ってる訳じゃないわ。
 完全に良くなって、元気になってからで良いじゃない?
 アレンだって気にするわ。」

「そう・・・か。そうだよね。」

マリアの言うとおりだった。
無理に背伸びして戦おうとしても
アレンを多分困らせるだけだろう。

いつか、元気になったら・・・、
そんな日が来るかよく分からないけど。
でも、それもまた一つの夢として残しておこう。
アレンとの約束だから、アレンが言った事だから、きっと叶うと思えた。
それは励みにもなった。

「もっと、ちゃんと元気になってから・・・。
 新しい魔法もちゃんと使えるようになって、
 それからでいっか。」

「新しい魔法って、どんな魔法なの?」

マリアは、少し興味深そうに尋ねてきた。
新しい魔法については、まだ一度も成功はしてないけど、
多分、使える魔法は2つ。

「えっとね、竜王が使ってたベギラゴンの魔法と、
 あとね、雷の魔法。
 魔法自体は何だか好調なんだ。」

「え・・・っ・・・!?」

マリアが驚いている。
それはそうだろう。
あれだけ魔法の修行を積んで全然出来なかった癖に
お前、今頃何を言ってるんだと思ってるのだろう。

まぁ、魔法に関しては、特に僕は執着がある訳じゃない。
別にそんな魔法は、使えるようになってもならなくても、
それはどっちでもいいんだ。

それより、少し長話をしすぎたかな。

ちょっとだけ息苦しくなってきた。
マリアのそばでこれ以上心配掛けたくなかったのに
胸の奥から、咳がこみ上げてきた。

とっさに袖で隠して咳をしたが、
これだけの近距離でごまかせるはずもなく・・・。

「カイン?」

マリアが心配そうに僕の顔を伺っている。
心配そうと言うか、とても不安そうな顔だ。

やっぱり・・・。こんな顔をさせたくなかったのに。
何を言ったって、マリアのこの表情が現実だ。

「カイン、そろそろ国へ帰って休んだほうが良いわ。」

何度か咳き込み始めた僕にマリアはそう言った。
確かにこれ以上ここにいたら、
マリアに余計な心配を掛けるだけだと思った。

「・・・マリア。
 ご、ごめん。長居して。
 そうだね、そろそろ帰るね。また、来るね。」

僕は、頷いて立ち上がった。
今日は、帰って、また次の機会に会えたら・・・と思ったのだ。

だが、マリアは震える声で、下を見ながら言った。

「駄目よ、そんな体調でもうムーンブルクへ来たら駄目よ。
 もう、来ないで。」

「マリア?」

マリアのその拒絶するような言葉に、
僕は、彼女を傷つけたのだと分かった。

過酷な旅に弱音一つ吐かず、数多の恐ろしい魔物と戦い、
世界を救った勇者の1人でありながら、
祖国ムーンブルクの復興を、とても強い思いで成し遂げてきたマリア。

彼女は本当に強い女性だ。
そう、皆思っているだろう。

確かにマリアは強い。
だけど実際は、その心の奥底に抱く恐怖心を押し隠すために、
彼女は強くなければならなかったのだ。

家族を失い、祖国を失い、
何もかもを失った彼女はようやく笑顔と勇気を持てたのに、
僕はまた彼女を孤独に陥れ、笑顔を奪おうとしている。

こんな事なら、
今こんな風にマリアを悲しませるなら、
旅を終えて凱旋したあのムーンブルク城で
マリアと将来の約束なんてしない方が良かったのかもしれない。

僕はそこまで考えて、首を振った。

・・・・本当にそうだろうか?

あの時の僕らは不幸ではなかった。
キラキラと花びらが飛び交う中で、僕らは未来を見た。
幸せだったんだ。
あれは嘘じゃない。

「マリア、マリア・・・!」

僕は心の奥から絞り出すような声をだした。
ようやくマリアは顔をあげてくれた。
やっぱりマリアは泣いていた。

僕が彼女を泣かせてるんだ。
僕が彼女を悲しませてるんだ。

マリア、本当にごめんね。

だから、少しだけでも・・・勇気が欲しかった。
遠い未来の事なんて言わない、
ほんの少しの先の、明日を夢見て良いのなら。

そのためなら、どれだけ苦しい思いをしても、
辛い思いをしても、惨めな思いをしても、
僕はどんな思いをしたって構わない。

正直、死ぬ事自体は怖くない。
死んだって殺されたって構わない。
何だってするから。

だから・・・どうか、ルビス様・・・
そして母さま、僕の一番の願いを聞いてください。

もうマリアを一人にしたくないんだ。

だから、一日だけ長く。たった一日で良いから。
マリアより、一日長く生きていたい。

それ以外は、もう何も望まないから。

その願いを込めて、僕はマリアの手を取って言った。
絶対また会えると信じて。

「マリア、僕は、また来るよ。
 絶対来るから、だから泣かないで。」

僕の思いは伝わっただろうか?
また何を無責任な事を言ってるんだろうかと、怒っているだろうか?

だけど、マリアは、涙を拭う事もせずに
真剣な眼差しで僕を見上げた。
そしてゆっくりと僕に、そして自分にも言い聞かせるように
少しずつ口を開いた。

「ええ、大丈夫。絶対大丈夫。
 絶対あなたは大丈夫よ。私、いつも祈るわ。
 だから、また会いましょうね。」








+++



マリアとの約束を果たすために、
僕は勝手ながらも自分の体調を第一にして、
もうしばらく人と接するのを避けていた。

おかげで体調は安定していた。
熱もここのところ出てないし、咳もほとんど出ない。
薬もあっていて、体調は好転していっていた。

僕の病気のことは公にはなっていない。
諸般の理由により多忙につき・・・と言う事になっている。
まぁ、城内には居る訳で、会うときは人とすれ違う事くらいはあるし、
それほど怪しまれてもいないと思っている。

でも、クナさんがせっかくムーンブルクから
武者修行をしに来ているのに、
その相手を全然することが出来ないのは
申し訳ない思いがしていた。

マイが何故だか兵達の事にも事情を通じているらしく、
クナさんの情報も少しはもらえるのだ。

それによると、そろそろ、修行を終える日も近いようだった。




そんなある日、
驚く出来事があった。

薬を取りに行こうと廊下を歩いていると、突然にアレンが現れたのだ。
急に現れたアレンは、キメラの翼を使って文字通り飛んできたらしい。

懐かしいより何より、何事かと僕は驚いた。
だが、話を聞くとアレンは、腹が空いたからとご飯をねだりに来たのだった。

「なーんか、作ってくれよ。」

アレンは気軽な感じで僕に料理をねだった。

「ちょっと待ってよ。
 僕これから大事な会議があるんだよ!
 それに最近は、料理なんてやってないよ?
 急に来て、アレン何言ってるの!?」

会議なんて無いのだが、唐突に薬をもらいにいくとか言ったら
心配させるだろうからそう言った。
諦めて帰るかと思ったら、アレンは唇を尖らせながらぼやいた。

「じゃあ、待ってるからさー。
 後で良いよ。」

そんな様子に、思わず笑ってしまった。

最近は料理なんてすることも無いし、
気分転換にそんな事をするのもたまには良いと思った。

僕はアレンを自室で待たせて、
簡単な料理を作って部屋に持っていった。

少し待たせたかな?と思って、
部屋に入ると、
何故かアレンがそこで戦っていた。

と言うか、剣を振り回していた。

「わーーーー っ!??」

思わず尻餅をついてしまった。
アレンはと言うと、ご丁寧に料理だけを守ってくれていた。
・・・ひどい。

「いや・・・悪い。急に帰ってくるとか思わなくて、
 でも、お前も部屋の扉を開けるときは、
 ノックくらいしろと教わらなかったのかよー。」

そういいながら、
ようやく気まずそうに僕の手を引いて起こしてくれた。

どうやら、部屋にあった銅の剣にテンションが上がって
素振りなどをしていたらしい。
僕はそんなものを見ても何とも思わなくなっていたので、
アレンの反応は本当に新鮮だった。

そうだ、部屋に飾っていたこれは、
武器だったんだなあと今更思い出す。

アレンとの屈託の無いやりとりはとても懐かしく楽しかった。
銅の剣の取り合いをしてバーカバーカと言い争ったりもして、
本当に馬鹿みたいだけど、沢山笑った。

まるで昔みたいだった。

ひとしきり暴れた後、アレンは僕が持ってきた料理を
豪快にぺろりと平らげた。

「うまーい!」

「本当?良かったあ。」

久しぶりに作ったけど、何とかちゃんと料理らしいものには
なってたらしい。喜んでもらえてのも嬉しかった。

それにしても、本当にアレンはそれだけが目的なんだろうか?
せっかくなので、少し話がしたく思った。

「アレン、どうかしたの?
 急に僕の所にまで来るなんて・・本当に何かあったの?」

「お前が・・・真剣勝負の約束すっぽかすわ、
 顔も見せねーわで、待ってても来ないからな。」

ああ・・・。
そっか、それでアレンは業を煮やして、
サマルトリアにまで来てくれたんだ。
やっぱり約束の事、アレンも覚えていたんだ。

僕はそのとき、
僕の体の状態をアレンに話して聞いてもらおうかと思った。
だが、僕が話すより先に、アレンは自分の事を話し始めた。

アレンのローレシアでの苦悩について、
そしてアレンの剣への思いについて。

その真剣な表情に僕は口を挟む事は出来なかった。
そうか、しばらく会わない間に、
アレンも大変な思いをしてきたんだな。
いつだって、辛いのは自分だけじゃないのだと思った

そんな僕にアレンが唐突に尋ねた。

「お前はちゃんと剣を続けてるんだよな?」

「・・・・・・・・・。」

僕は答えなかった。
答えられなかった。

答えるとするならば「やっていない」だ。
そんな事を、今アレンに言うのは憚られた。

「ちぇ・・お前に剣を教えてたのは俺だぞ。
 弱くなったりしてたら、ゆるさねえからな。」

アレンの言葉はもっともだ。
僕が剣も握れなくなっていると聞いたら、
どれだけがっかりするだろうかと思った。

沈黙する僕にアレンは話題を変えた。

「マリアのところへは行ってるんだろ?」

「え・・・・。あ、うん。」

この間、会いに行った。
もう会いに来ないでとか言われたりもしたが。
会ったのは会った。

「お前ら、結婚はいつすんだよ。この国はどうするんだ?」

多分、これは興味本位で聞いたものだろう。
結婚・・・。
今のこんな状況で、僕に何と答えられるだろうか。

「そ、そんな事・・・!君に言われなくても・・・・。」

考えているとだけ答えた。

考えるだけなら色々考えている。
実現するかどうかは、全然分からないけど。

僕の複雑な顔を見て、アレンはそれ以上は聞いてこなかった。
その後は少し取りとめも無い話をした。

クレハさんの話や料理の話など。
アレンと話をするのは楽しかった。

アレンが来てくれて嬉しかった。

時間が来て、ローレシアに帰るその帰りがけにアレンは言った。

「今度はお前が来いよ。
 その時は、剣持って来いよ!」

と。
この狭い城内で留まっているだけは気がめいるだけだ。
今度は、僕がアレンを訪ねて行こうかと本気で思えた。

そして、その時は僕の話をアレンに聞いてもらおうと思った。

「うん、またね。
 今度は僕が話を聞いてもらいに行くからね。」





++

それからしばらくして、
いよいよクナさんの修行が終える日が来た。

結局僕は何もしてあげる事ができなかったけど、
その代わり、僕は良い事を思いついた。

最後の修行の仕上げとして、
ローレシアに行って、
剣の達人のアレンと立ち会う機会を作ろうと思ったのだ。

今の僕にクナさんと立ち会う事は出来ない事だけど、
アレンならきっと胸を貸してくれるだろうと思った。

クナさんは最初遠慮していたが、
アレンの人となりを説明すると恐縮するように頷いた。
きっと良い修行になると思ったのだ。


マリアとも水晶玉でアレンがやってきた話などをしながら、
その話もした。

「だからね、今度クナさん連れて、
 ローレシアに行ってこようと思うんだ。」

「へ?ちょっとカイン何を言っているの?
 アレンに会いに行くのは・・・。」

マリアは最初否定的だった。
あんまり行動を起こすのは好ましくないと思ったのだろう。

「ちょうどクナさんここで修行を終えたでしょう。
 でもサマルトリアはあんまり強い国でもないし、
 僕も今こんなだからあんまりクナさんの役にも立てないし、
 だからアレンに最後に胸を貸してもらえばきっと、
 色々教えてもらえるよ。」

色々説得してみても、
マリアは少し承服しかねる様子だった。
僕の体のことを心配しているのかなと思った。

「大丈夫、アレンにも僕の事は聞いてもらうよ。
 クナさんの修行を見てもらうだけだよ。」

アレンにも僕は病気のことを秘密にするつもりなどは無かった。
だから今度会ったら、本当に僕の話を聞いてもらうつもりでいるのだ。
きっとアレンは受け止めて、聞いてくれると思った。

「カイン・・・。」

マリアはまだ少し心配そうだった。
でも実際、僕は本当に体調がよくなってきているのだ。
アレンと話しているときも昔と同じような感覚で
やりとりが出来たのが嬉しかった。

「ねえ、マリア。それにね、僕今本当に調子良いんだ。
 だからね、クナさんのその最後の修行が終わったら、
 僕、今度こそマリアにまた会いに行って良い?」

その約束が出来れば、
僕にとってもまた励みになると思った。

「本当?本当に、大丈夫なの?」

「本当だよ。 ここ最近咳も出ないんだ。」

これも本当だ。
元気になってきたのだから、マリアにも、当然また会いたい。
ようやくマリアは納得してくれたようだ。

「じゃあ、明日ローレシアに行って、
 明後日はムーンブルクに行くからね。
 待っててね。」

「分かったわ。カイン、約束よ。」

僕は、そのとき本当に、
二日後にマリアと会えるという約束を何も疑っていなかった。

「うん、約束ね。」

だから、今僕らが取り交わした約束が守られないとは、
そのときは、思っていなかったのだ。 



- 終-

2014/11/01

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 まず、ごめんなさい、長い!長すぎるーーー!読めるかーーー!
 本来なら2話に分ける文量だと思います(><)でも4話はなんとなく縁起が悪くて嫌だったのだーー!

 今回何とかアレンも出せて良かったです。アレンとのやりとりは「お 題62.友達」ですね。
 軽くそれも拾いつつ。マリアとの会話は
「お 題96.虚偽・嘘3」ですね。マリア視点との違いをご確認下さい。
 で、この話の先は、「お 題22.決 闘」直結していく訳です。
 って、そんな何パターンも書くようなエピソードじゃないのに ダラダラ長々本当に失礼致しました!!
 
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