翌日、しっかり寝たはずなのに、
まだ体が少し重かった。
だけど、今日はお祭りの準備で、
マイと一緒に城下町へと行った。
「相変わらず、まったりとしたのどかな町よね。
まぁそれがこの国らしいんだけど!」
マイは笑顔でそう言った。
僕もそれに笑い返しながら、とりあえずまずは
宿屋へと向かった。
「おじいちゃん、こんにちは!!」
宿屋は城から近い事もあり、
昔からこっそり城下に抜け出したときは
よく世話になっていた。
今回は抜け出した訳ではないが、
それでもやっぱり一番に顔を出すのはここだと思った。
「おお、王子に姫!これはこれは。
よく来て下さった。ささ、お入り下さい。」
宿屋のおじいちゃんはいつもような朗らか笑みで
僕らを迎え入れてくれた。
いつものように、お茶を出してくれて、
いつものように、マイの好物のお菓子を出してくれる。
「・・・・・?」
何も変わりないいつもの風景なのに、
僕は違和感を感じていた。
おじいちゃんがもう1人いるように見える。
気のせいだよね。何かの間違いだよね・・・。
一度目をこすってみたり、鏡を見たりして、
もう一度確かめてみるがやはり同じだった。
思わず僕は首を振った。
吐き気がする。
「お兄さまどうしたの?」
「王子、どうかされたか・・・?」
2人はあくまで普通だ。
おじいちゃんはとても元気そうだ。
だから僕の気のせいだと思うのに、
心の中では、はっきりと認識した事がある。
『もうすぐ、この人は死ぬんだ』 と。
なんでこんな風にはっきりと切り捨てたように
考えてしまうのだろうか。
自分が嫌だった。
「お兄さま、どうしたの?
顔色が悪いわよ?」
「え・・・あ・・・。」
顔を上げると心配そうに妹がこちらを見ていた。
真実を話すべきだろうか?
いや、そんな事出来ない。
きっと、僕の勘違いなんだから。
そう考えたいのだが、だけど間違いは無いんだろう。
僕はそれをあの旅の間に嫌と言うほど
知ったじゃないか。
『死の運命からは逃れられない。』
ごくりと息を呑んだ。
「王子??
お顔の色が悪いようですが、
大丈夫ですか?お茶でも飲んで下さい。」
おじいちゃんがお茶を差し出してくれた。
それを受け取って、おじいちゃんの顔を見ると、
心配そうな顔をしていた。
「あ、ありがとう。」
差し出されたお茶を
僕は飲み干した。
少しだけすっきりした。
「マイ、そろそろ行こう。
遅くなっちゃう。」
「え?もう?
まだお菓子全部食べてないよ?」
マイはお菓子をつまみながら、
少し不満そうだった。
本来ここはとても居心地がいい場所なのだ。
でも、何だか今の僕はとても居た堪れない気持ちだった。
「じゃあ、先に言ってるから。」
「ええーー。待って待って、私も行くから!
おじいちゃんまたね!」
「お気をつけて。
またきてください。」
おじいちゃんはそう言って見送ってくれた。
僕は最後にようやくおじいちゃんの目を見て伝えた。
「また、来ますね。」
宿屋を出ると、
ふっと冷たい風が吹いていた。
そして、ふと城下を見下ろす。
自分の視野にぼんやりとした幕が張っているような感じがした。
城下には沢山の、大勢の人がいる。
この中のどれだけの人が、あとどれだけ生きられるんだろうか?
人の寿命が分かると言うのはどういうことだろう。
恐らく今までと同じようには、人々を見れないだろう。
・・・覚悟がいるかもしれない。
僕は初めてそう思った。
サマルトリアの大事な国民達、
いや、世界の誰だって、
死んで欲しい人なんて誰一人いないのだ。
「お兄さま?ど、どうしたの?
気分悪かったら、お城に帰る?」
背後から声が掛かった。
マイが、すごく不安そうな顔をして、
僕の服の袖を引っ張った。
あ、いけない。
余計な心配を掛けちゃいけない。
「何ともないよ。
ここから見えるサマルトリアの城下町が綺麗だから、
見とれてたんだ。
さぁ、マイ行こうよ。」
城を出て、宿屋のおじいちゃんを訪ねて、
城下町へ行く。
昔と、いつもと同じルートを行くだけの事だ。
冷たい風に一瞬こみ上げた咳を
無理やり押し込めて、
僕らは城下町へと向かった。
++
その夜、僕はいくつかの本を借りて
部屋で読んでいた。
「お兄さま、起きてる?」
こんな夜更けに、部屋にマイが尋ねてきた。
「どうかした?」
ドアを開けると、
マイは手に何か持ってきていた。
「お兄さま、町でもらったお菓子、あげるよ。」
お菓子?
思わぬ子どもっぽい言葉に、
少々怪訝な顔をしてしまった。
「お菓子って・・・別に良いよ。
お腹も空いてないし。
マイが食べたら良いよ。」
「そう?せっかく持ってきたのに、つまんないわね。
じゃあ、これだけ。」
マイは無理やり僕の手にお菓子を一つ握らせた。
「飴?」
「飴は、咳に良いんだよ。
じゃあね。」
マイは、それあけ言うと立ち去ろうとした。
僕を心配して、わざわざ持ってきてくれたのだろう。
優しい妹だと思った。
「ありがとう。」
背中を向けるマイに声を掛けると、
マイはこちらを見て笑顔で手を振った。
「ううん、じゃあね。また明日。
お兄さま、今日は楽しかったよ。」
マイは、それだけ言うと去って行った。
僕は再び部屋に戻って、
借りてきた書物を読み続けた。
それは医術に関する本だった。
久しぶりに城下町で2人に行って、
お祭りの準備で、色んな人とやり取りをした。
皆歓迎してくれた。
立場上、大手を振って城下に行って、
人々と触れ合える機会はあんまりないので、
楽しかった。
楽しかったが、
大勢の人と触れると
やはり嫌でも目に入って、気付いてしまう。
人々の寿命に。
「・・・・・・。」
じゃあ、気が付いたとして、
僕に何が出来るのだろうか。
死んでしまった人を
ザオリクで生き返らせる、なんてことは
いくら何でも出来ない。
何か出来ることはないか考えた。
その方法は、奇跡でも魔法でもない。
至ってシンプルな人間らしい方法があった。
医術を学んで、人として、
少しでも苦しみをやわらげることが出来たら・・・と。
あの宿屋のおじいさんは今は元気そうだった。
そんな人が数日後にいきなり亡くなったりするだろうか。
もしそうだとすれば、そんな病はあるだろうか?
もしかしたら僕が知らないだけでどこか悪いのだろうか。
今度話を聞きに行ってみよう。
いくら時間が経っただろうか?
「ケホッ、・・・げほっごほっ!!」
何だかまた咳がでてきた。
そういえばマイから咳止めに飴をもらっていた。
それを嘗めてみる。
最近、妙に咳が多い。
気になるほどではないが、
夜になると熱が出ていることも多い。
マイにも心配をかけてるようだし、
人の事ばかり気にしておらず、
自分の事も気に掛けたほうが良いかも知れないと
苦笑気味に思った。
そこで、ふと、
昨日の出来事を思い出した。
やっと母に会えたと思ったら、
ごめんなさいと言われた。
何がごめんなさい、なんだろう?
二度目は、ただの夢かもしれないけど、
不思議な事を言われた・・・。
体を大事にしろとか。
「まさかね・・・。」
マイから聞いている。
母がどんな風に病気と闘って、そして死んだのか。
何を僕に謝る必要があったのか。
ふいに思い至った結論に
僕は一瞬背筋が凍える感覚がした。、
そして、世界の全てが暗転する。
僕も、死ぬかもしれないって言う事?
母と同じ病で・・・。
+++
「カイン、お前最近夜眠っているのか?」
「父さま。」
教会で朝の礼拝を行っていると、
父のサマルトリア王が珍しく教会へとやってきた。
「なんですかそれ、寝てますよ。
僕がよく寝坊して怒られているのは、
父さま知ってるでしょう?」
僕は父の問いかけに、わざとおどけて答えてみた。
「じゃあ、その目の周りの隈は何なんだ。
侍従に聞いても、夜は本を読んでいるようだとか。
風邪も治っておらんようだし、
うろうろしていないで寝ていろ。」
あの厳しい父にしては、珍しく優しい言葉だ。
実は今も熱があるのだ。
それもバレているのだろうか?
きっと父も母を亡くなった時、とても心を痛めただろう。
よもや、僕も死ぬかもしれないなどとなったら、
何と言うだろうか?
真実を言うと、悲しむだろうか、馬鹿だと怒るだろうか。
それとも、やっぱりかと言うのだろうか。
思えば、今世界が平和になったことも、
僕がここに立っていること自体奇跡と言えば奇跡なんだ。
旅の間、何度も死ぬ思いをしたし、実際命も落としたし、
とっくに死んでたはずの命が、皆のおかげで永らえたのだ。
もう、十分だと・・・僕も何かの役に立ったかもしれない、
と誇りに思っても良いだろうか。
「カイン、どうかしたか?
何かあったのか?」
「・・・いいえ。
スイマセン。父さまの言うとおりです。
風邪が長引いているんです。
今夜は早く寝るようにします。」
僕は一礼をして、その場を去った。
何か不審に思われただろうか。
だけど、父にはまだ何も言えなかった。
実際、僕は自分でも受け入れられないでいた。
なんだか長引く風邪が全然良くならないだけだと思いたかった。
今日は、マリアと約束していた、
マリアに会う日なのだ。
五日経ったら風邪も治ってるだろうからって、
僕が五日後に会おうって言ったのだ。
だけど、体調は良くなってないし、
きっと今行っても前の時と同じように
マリアに心配掛けるだろう。
それより、どんな顔をしてマリアと顔を合わせたら良いのか。
マリアに、何をどう言ったら良いのか。
どう言えば、マリアを悲しませず話を聞いてもらえるだろうか。
まだ何も気持ちの整理が付けられなかった。
ごめん・・・、マリア。
今は、会えない。
僕は、マリアに水晶玉で今日の事を謝罪することにした。
「マリアごめんね、本当にごめんね。
どうしても外せない急用が出来たんだ。
この埋め合わせは絶対するから。」
急用、なんてある訳じゃなかった。
だけど、なんと言えば良いのか分からなかった。
「そう、気にしないで。
今度時間が出来たらまた会いましょう。」
マリアは、怒る様子も無く
優しくそう言ってくれた。
「うん、ごめんね。」
静かにしていると、
いっそ色んなことを考えてしまう。
ちょうど回りは近く開催されるお祭りの事で、
楽しく盛り上がっているのだ。
人々はその準備で走り回っている。
自分もその中に混じって、何か作業をしていた方が
気が紛れる。
マイが大きな荷物を持って
ふらふらとやってきた。
「あ、お兄さま!ちょっと良いかな?
これ運んでくれない?
重いんだ〜。」
「良いけど、何これ?
どこへ運ぶの?」
マイの持っている大きな荷物の中には
なにやら雑多に色んなものが入っていた。
「お祭りでね、城下では平和を祈念して
バザーが開かれるんだよ。
それで、お城からも提供できるものがあれば
持って行こうって思って。」
「平和を祈念してバザー?面白いね。
お城で使ってる食器とかも持っていくんだ。
何か色々入ってるね。」
お城で使ってるものが
国民に提供されるとなったら、
きっと国民達も大喜びだろう。
相変わらず平和な国だな〜と思いつつ、
僕もその準備の手伝いをした。
やはりこうやって動いていたほうが、気は紛れるし楽しい。
が、気は紛れるが、体には少々こたえるようで、
もういい加減うざったいのだが、
胸の奥から咳がこみ上げてくる。
胸を抑えながら咳き込んでいると、
マイが心配そうに駆け寄ってきた。
「お兄さま、大丈夫!?ごめんなさい!
無理させちゃったよね。
手伝ってくれてありがとう。」
「あ・・いや、大丈夫だけど。」
「もう、帰って寝てて。
ここは大丈夫だから。」
何だか、マイには心配ばかりかけている気がする。
でもこの調子では、他にも色んな人に心配を掛けるかもしれない。
僕は一旦城に戻ることにした。
そう言えば、宿屋のおじいちゃんはどうしているだろう?
今日はバザーの準備で城下の多くの人が
集まっていたが、おじいちゃんの姿は見ていない。
先日も立ち寄ったが、
何気なく、僕は重い体をおして、
城に戻る前に宿に立ち寄ることにした。
「こんにちは、カインです。
あの・・・。」
いつもと同じ様子で出迎えてもらえると思ったら
なにやら中の様子がおかしかった。
出迎えてくれたのは、
いつも忙しいはずの女将さんだった。
「ああ、カイン様!!
父を助けて下さい。
急に苦しみ始めて・・・」
「えっ・・・?」
動転している女将に連れられて中に入ると、
そこでは心臓を押さえながら苦しみながら
倒れているおじいちゃんの姿があった。
「い、いつからこんな風に?」
「今朝です。
今まで元気だったのに、
父はどうしたんでしょう!?」
「おじいちゃんは、心臓に持病があったんですか?」
「いいえ、私達は何も知りません!」
女将さんや他の家族も集まってきて
目に涙をためている。
「医者を呼んでこなきゃ!」
そう言ってる間にも、おじいちゃんは次第に暴れる事すらできず、
苦しむ声すらなくなってきた。
「お父さんしっかりして下さい!」
「おじいちゃん、分かりますか!?」
呼びかけにも答える声は無かった。
「もう間に合わないです!
カイン様、奇跡を起こしてください!」
「き・・・せき?」
家族はすがるようにカインの袖を引いた。
奇跡は・・・、実は起こせるのだ。
禁忌かもしれないが、
死に行く老人にザオリクを唱えれば助けられるかもしれない。
だけど、それは出来ない。
これがおじいちゃんの寿命だとしたら、
もしも生き返ったところで、恐らくまたすぐ死ぬのだ。
でも、これも本当だろうか?
父はそんな風に言っていたが、
それが嘘だとしたら助けられる人を
僕は見殺しにしただけになるんじゃないだろうか。
「カイン様!!」
女将が必死に叫ぶその声で僕は我に返った。
僕がとった判断は・・・。
「ベ、ベホイミ・・・!!」
回復魔法を唱えることだった。
助からない、こんな事をしても助からない。
そう、僕はよく分かっているのに。
ベホイミの光は、
今にも力尽きそうな老人のかすかに届いたようだ。
苦悶にゆがむその表情は一瞬、穏やかな表情になった。
そして、一瞬その瞳を開けて、家族の顔を確かに見上げた。
「おお!!」
周りの家族はそれを見て、歓喜の声をあげた。
だけど、今一瞬楽にはなったかもしれないが
ベホイミは根本的な病気の完治には効かない。
既に病と抗う力も残っていなかった老体は、
一瞬目を開けて穏やかに笑みを浮かべた。
だが、そのままもう一度ゆるく目を瞑り、
そしてもう二度と目を開ける事は無かった・・・。
「お父さん!!」
「目を開けて!」
家族が悲しみに崩れ落ちた。
助けられない、助けられなかった。
死の運命からはやっぱり逃れられないんだ。
その事実が僕に重くのしかかる。
「スイマセン。
僕何も出来なくて・・・。」
「いいえ、そんな風におっしゃらないで下さい。
父は最期あれだけ穏やかな表情をしていたのは
カイン様のおかげですとも。
ありがとうございます。」
女将はそんな風に言ってくれた。
これから故人に最後の挨拶をしに、
知人達がやってくるだろう。
家族達はこれから少し忙しくなる。
僕は深く礼をして、
その場を離れた。
城に戻る道々で、
僕は深く息をついた。
「はぁ・・・。」
結局、僕は何か出来たんだろうか。
最後に頼ったのは魔法だったし。
それにしても、体が重い。
城に戻る道はまっすぐで、
すぐのはずなのに、それが遠く感じた。
「う・・・・っ・・・・。」
こんな体調で動き回ったからだろうか、視界が歪んで見える。
胸の奥から何かこみ上げてくる感覚があった。
僕は慌てて路地の脇道に逃げ込んだ。
「ごほっ・・・げほ、げほっ!!」
口を覆っていたその手を見ると、
血がついていた。
「なに・・・これ・・・。」
咳をしすぎて、喉が切れたんだろうか。
「・・・・は、はは・・・。」
いや、違うだろう。
きっと僕もあの老人と同じように、
死の運命が迫っているんだろう。
ずるずると、その場に座り込んて
壁にもたれかかった。
眩暈がひどくて立てそうになかった。
目の前の視界がが薄暗く感じられた。
今、何時なのかも分からなかった。
動けなかった。
もしかして僕はいつの間にか
気を失っていたのかもしれない。
誰かが僕を呼んでる声がした。
今度は誰の声だろうか。
「お兄さまってば!!
こんな所で寝てないでよ!何してんのってば!」
マイの声だ。
いつも元気なマイだが、
今は何だか焦ったような声をしていた。
心配掛けてはいけないと思って、
僕は何とか返事をしようとした。
「・・・マイ?・・・寝てないよ。
少し、休んでるだけ。」
その返事に、マイは呆れたようで、僕の手を引いた。
「休むんだったら、お城に帰ってからで良いじゃない!
何でこんな所に座り込んでるの。
んもう、お兄さま、変な人みたいだよ!?」
「変って何さ。
ちょっと・・・疲れただけだよ。」
自分でも何を言ってるんだろうと言う気がする。
声がすごく遠くから聞こえるのだ。
だから、まともな返答が出来ているのかもよく分からないし
本当はこうやって返事をするのも、辛かった。
だけど、次のマイの台詞は僕の耳にはっきりと届いた。
「お兄さま、マリア様来てるんだよ。」
「・・・え・・・?」
マリア?
何故?どうして、マリアがここにいるの?
ここはどこなんだっけ?
ああ、そっか。ここは夢か。
僕が夢を見てるんだ。
マリアがサマルトリアにいる訳なかった。
見上げると、そこには本当にマリアがいた。
きっと夢の中に会いにきてくれたんだと思った。
夢の中だったら良い。
僕、本当は今日マリアに会いたかったんだ。
マリアが消えないように、
ゆっくりと手を差し伸ばした。
マリアの手は冷たくてひんやりとしていた。
「マリアの・・・手は・・・
冷たくて、気持ち・・・いい・・・ねえ・・・・。」
マリアが何か言ってる気がする。
でも、それが何だか分からないままに、
僕は意識を手放した。
++
夢の中で、
僕は歩きながら母を捜していた。
何故かは分からない。
昔のように、子どものころのように
ただ母に会いたかった。
昔、迷子になった僕を誰も見つけてくれなかったとき、
母が見つけてくれた。
どれだけ1人でいるのが怖かったのか、
僕の話を母はじっくりと聞いてくれた。
今、また僕は少し迷子になっている気がした。
誰にも僕の気持ちの内を話せない、僕は1人だった。
だから、だと思う。
小さい頃のように母を捜していたのだ。
ふと、目を開けると、そこに誰かがいた。
はっきりと見えない。
でも、誰かが何かを言っている。
聞き覚えのある声だ。僕の大好きな声だ。
「・・・か、・・・・さま?」
手を差し伸ばして、そう言うと、
人影は僕の手を掴んで、優しく首を振った。
「私は・・・。
私は、マリアよ。カイン。」
マリア・・・?
マリアだって?
僕は急に目の前に光が差したような気がした。
夢じゃない。目の前にいるのは、母じゃない。
マリアだ。
でも、どうして、なんで?
「マリ・・・ア・・・?マリア・・・ッ。
なん・・・、なんでっ・・、ここに・・・!?」
驚いて声をあげたが、
どうも体も眠っていたのか、声も呼吸もついてこない。
胸が悲鳴を上げたようで、激しく咳き込んでしまい、
息の仕方も忘れてしまったみたいだった。
マリアが心配してこちらを見ている。
しっかりしなきゃ。
咳の合間に何とか息を取り戻す。
何とか呼吸が落ち着くと、
僕はゆっくり体を起こした。
そうすると、頭も冷えて冷静になってきた。
一体何を混乱していたんだろうと言う気がする。
目の前にいるのは、本当にマリアだ。
「ご・・・めん・・・。
今の、忘れて。」
「ええ・・・。私は気にしないわ。
きっと夢と間違えたのでしょう?」
マリアは穏やかにそう言った。
確かに夢とごっちゃになってしまった。
でも、どこからが夢で、何が現実なんだろうか。
「夢・・・。そう・・・だね・・・。
今のは現実で、ええっと・・・じゃあさっきマリアに会ったのは
夢じゃ・・・なかった?」
「ええ、会ってるわよ。城下町で。
急に倒れるからびっくりしたんだから。」
城下町で。
僕はそう言われて必死に記憶を辿った。
そっか、思い出した。
宿屋を出てから、城に戻る途中で具合が悪くなって
動けなくなったんだった。
何とも間の悪いことに、マリアと会ったのもその時のようだ。
「そっか・・・。ごめん・・・。
マリアが来てくれたんだ。」
マリアが
サマルトリアに来るわけないと思ってた。
でもその気になれば、そんな手段はいくらでもあっただろう。
僕も少し冷静になったおかげで
マリアと落ち着いて話すことが出来た。
「最近ね、母様の・・・夢・・・を良く見るんだよ。
それで、変なことを言ってごめん。」
「そうなのね、きっとカインのお母様、
カインの事を心配して、いっぱい夢に出ていらっしゃるのね。」
マリアは優しくそう言ってくれたが、
僕は返事が出来なかった。
まだ、マリアに何と言えば良いのか、頭の整理は出来ていない。
母の事を詳しく言ったりすれば
マリアをいたずらに心配させるだけだろうと思った。
「それより、カイン。体調はどうなの?
私何も聞いてなくて少し怒ってるんだから。
そういうの黙ってるのはなしって言ったじゃない?」
あ・・・。
マリアの言葉に、僕は自分の思い違いを痛感した。
心配させたくないから黙っていると言うのは、駄目なのだ。約束違いだ。
旅の間から何度もそれで怒られてきた。
それじゃ駄目なんだ。
今も、怒っていると言っているが、
きっとマリアは本気で心配してるだろう。
だけど、だけど、何と言えば良いだろうか?
「あ・・・っ・・・。ごめん。
あの、えっと・・・風邪をこじらせて、
マイにも心配かけて・・・。すぐ治ると思ったんだけど!」
必死に説明しようとして、また咳がこぼれる。
でも、そんな事どうでもいい。
・・・違う。こうじゃない。この答えは正しくない。
真実が言えない。まだ言えない。
「今朝、私との約束を断った理由は
体調が悪かったから?
それなのに外にいたのはどういう事なの?」
マリアが尚も問いかけてくる。
僕は、汗が額を伝ってくるのを感じた。
何とか少しずつ事情を説明した。
外にいたのは、宿屋のおじいちゃんの事が気になって、
顔を出していたからだ。
その説明をすると、マリアは納得したように頷いてくれた。
おじいちゃんは結局助けられなかった。
何も出来なかった。
その話をしながら・・・、
でも僕はまだ答えになっていないと思った。
マリアと会えないと言ったのは、僕の気持ちの問題だった。
僕がひどいのだ、弱いのだ。
マリアを苦しめたくないといって、
でもまた、結局一番悲しませているではないか。
あれだけ約束したのに、マリアに真実を話せなかった。
全部僕のせいじゃないか。
僕の弱い心と、弱い体と。
額から
ぽたっと汗が落ちる。
熱のせいか、汗が間断なくふきだしてくる。
「マリアもごめん。約束を守れなくて、ごめん!
心配をかけてごめん!僕が、こんなんだから・・・だから、
余計な心配かけたくないのに・・・・なのに・・・っ!!」
心配をかけないために、何でも話すと約束したのに、
でも言えなかった。
だって、もうすぐ、僕が死ぬかもしれないなんて、
そんな事をマリアに言ったら、マリアはどんな顔をするだろうか。
一体どれだけ悲しむだろうか。
いつか結婚したいって、そんな約束だってしたのに。
全部全部、もう叶わない。
あの時語った僕らの夢は、もう叶わない。
僕は、誰も幸せになんか出来ない。
僕には、皆を苦しめることしか、出来ないんだ。
「カイン?カイン、大丈夫だから、落ち着いて!」
マリアは僕の目を見ると、
力ある声で言った。
「もう眠った方が良いわ。
明日になれば、元気になったら、全て元通りだから。」
マリアはそう言うと、僕にラリホーの魔法を唱えた。
明日になれば、全て元通り・・・?
明日って、どんな日だろうか。
今の僕には、未来を見ることは出来なかった。
- 続-
2014/10/29
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