96−3.虚偽・嘘


それからしばらく、
私達は直接会うことは無く、
時折、水晶玉を使って話をする程度だった。

話題は武者修行をしているクナのことだったり、
ムーンブルクの最近の状態について話をしたり、
サマルトリアで見かけた珍しい植物の話しだったり、
他愛のない話も真面目な話も色々とした。

だが、私はカインの体調については、自分からは尋ねなかった。
それにカインも話そうとしなかった。

どうやらマイによると、良かったり悪かったりらしいが、概ね良い、だそうだ。
どういう意味かと思ったが、
それも、あまり深くは聞かなかった。

カインは話す時は、この間の事が嘘のように
元気そうにしているし、それに何かあったらマイからも
連絡が来るはずだという安心感もあったからだ。

だが、本当は、
自分が彼に「嘘をつかないで」と言っておきながら、
これ以上追求したくない気持ちが、心の奥底で、実はあった。

だって、少なからず、世界は平和になったんだし、、
日々走り回って、ムーンブルクの復興は徐々に着実に進んでいて、
確かに少しは私自身も疲れを感じる時もあったが、
それでも、それはカインと話をすれば癒されていたからだ。

だから、現状の状態はさほど不満はなかったし、
日々の仕事に忙殺される生活も嫌いではなかった。
それで良いと思っていた。

私は心のどこかにこれ以上考えないよう、
していたのかもしれない。



そんなある日の夜、私の中で時が動く出来事があった。

「カイン・・・?」

私は、夢でも見ているのかと思っていた。
しばらくずっと会っていなかったカインが目の前にいる。
ここは、勿論ムーンブルク城だ。

「やぁ、マリア。久しぶり。」

だが、夢じゃないようだった。
カインは穏やかに手を振って、私の顔を見ると笑顔を見せた。

「どう・・・したの?
 急にやってきて、もしかしてルーラで来たの?」

私は左右を見渡しながらそんな事を聞いた。
勿論誰からもカインが来たなんて聞いていない。

「うん。ルーラで来たんだ。」

「どうしたの?何か急用でも!?」

「急用・・・?いや、急用とか何もないんだけど。」

どうも要領を得ない。
何をしに、カインは来たのだろうか?

「少し、だけ・・・。時間良いかな?」

「え、ええ・・・。」

急用ではないというが、何か用があってきたのだろう。
私はカインを部屋に招きいれた。

「あのさ、マイから美味しい紅茶の葉をもらって持ってきたんだ。
 マリアも飲んでみない?」

「まぁ、そうなの?」

言うなり、カインが紅茶を2つ淹れてくれた。

「ダージリンね。良い香りだわ。」

「葉っぱまだいっぱいあるから、
 今度また飲んでね。置いていくから。」

「本当?良いの?わざわざありがとう。」

しかしわざわざサマルトリアから、
紅茶を持ってきただけではないだろう。

「ところでカイン、最近体調はどうなの?」

私は紅茶に口をつけながら、
何気なくそれを尋ねた。

カインは一瞬止まって、そして口を開いた。

「え・・・っとね、その話をしに来たんだ。
 紅茶でも飲んで、のんびり聞いて欲しいんだけど。」

聞いておきながら、私はギクッとしていた。
何気なく聞いた質問に、さほど深い意味はこめていなかった。
だって、今もカインは元気そうだったから。

カインは風邪を引いていて、そしてそれが治ったんだと、
それ以外の話は、正直、本当は聞きたくなかった。

だが、そんなはずは・・・無かった。

マイだって、良かったり悪かったりだと言っていたし、
そんな長い風邪なんて聞いたことがない。

「勿論、聞くわ。
 私心配していたのよ。」

私の口から出たのは、そんな言葉だった。
嘘ではない。でも本当でもない。
本当は聞きたくないし、何でもないと思い込んでいたかったから。

そんな私の言葉を受けて、
カインは説明を始めた。

「あのね、少し前からちょっと体調を崩していて、
 この間もマリアには迷惑をかけたんだけどね・・・。」

「いいえ、そんな事思ってないわ。」

「僕も長い風邪だなーって、思ってたんだけど・・・。」

「だけど・・・?違うの?」

続きを聞きたい。だけど、聞きたくない。
でも、私の口からは気丈な言葉しか出てこなかった。

「何か風邪じゃなくて、ちょっと変な病気で・・・。」

きっとカインは真剣に悩んで、
私に真実を話さなければならないと思ってくれたのだ。
実際、話してくれなかったら、私はいつか怒っていたかもしれない。
だけど、実際はそれは私にとっては受け入れ難い事で・・・。

「カインのお母様と同じ・・・って?」

カインの病気が、亡くなったサマルトリアの王妃と同じ病気だという。
ちょっと待って・・・それって事は・・・・。

カインは・・・死ぬの?

私はそれを聞きたかった。
だけど、聞けなかった。口に出来なかった。
口にして、そうだと言われたら、もう私はどうしたら良いか分からなかった。

だけど、カインはことさら明るく言った。

「あのね、だけどね・・・・。マリア、僕は大丈夫だから!」

自分が死の影を負っているなんて
とても思わせないくらい、明るい声だった。

「最近ね、この前のおじいちゃんのこともあって、
 僕少し考えた事があるんだ。」

「・・・・何・・・?」

「魔法で人が助けられない時は、
 人として、医術を使って、少しでも癒して
 あげられたらって思ったし。」

「・・・?」

何の話かと思った。

「この病気の事も、マイが一生懸命母様のこと
 看病しててくれたから、いっぱい分かってる事もあるし。
 薬とかもね、妙に立派な薬剤室があるから、
 新しい薬もどんどん出来てるんだよ。
 僕時間があるときに医学について最近勉強してるんだよ。」

この期に及んで、自分の事に先んじて、
人を助ける術について考えているらしい。

「だから、自分の体のこともよく分かってるんだ。
 ちゃんと薬を飲んで無理さえしなかったら、
 最近はあんまり熱出す事もないし、良くなってるんだ。」

だから、心配要らないと言いたいのだろうか。

「だから、僕マリアに会いに来たんだ。」

「・・・・本当に、大丈夫なの?
 もっと、詳しく聞かせて。」

私は少し覚悟を決めた。
カインが話してくれたのだから、逃げずにもっと
聞いておかなければ。

どうやら、この病気は、
疲れやすくなったり、熱も頻繁に出て、
体力を奪うらしい。咳も出やすいし、
ひどくなると息が吸えなくなったり、胸痛もあるそうだ。

「今は、そういうのも減って、
 えっと・・・たまに咳が出るくらいで・・・。」

「そうなのね。
 また悪くならないように気をつけて。」

「うん、勿論。」

勿論と頷いたカインだが、
本当だろうか?
私には気にかかる事があった。
カインは無理さえしなければ、と言った。

「アレンとの真剣勝負の事もよ。
 今はそんな事しないでね。」

私がそう言うと、カインは少し顔をあげた。

「え・・・でも、それは・・・・。」

「駄目よ、絶対駄目よ。
 私と約束して。」

「でも、それはアレンとも約束してて・・・。」

カインの言葉に、私は大きく首を振った。

「今は、駄目よ。
 何も一生駄目って言ってる訳じゃないわ。
 完全に良くなって、元気になってからで良いじゃない?
 アレンだって気にするわ。」

「そう・・・か。そうだよね。」

ようやくカインは頷いてくれた。

カインは仲間思いなところがあるから、
こんな状態でも無茶をしかねない。
だけど、逆に仲間思いだからこそ、こんな状態では
アレンに迷惑をかけることを言うと、納得してくれた。

「もっと、ちゃんと元気になってから・・・。
 新しい魔法もちゃんと使えるようになって、
 それからでいっか。」

新しい魔法、そう言えばこの間もそんな事を言っていたが、
何の魔法だろうか?

「新しい魔法って、どんな魔法なの?」

何気なく聞いたカインの答えは驚くものだった。

「えっとね、竜王が使ってたベギラゴンの魔法と、
 あとね、雷の魔法。
 魔法自体は何だか好調なんだ。」

「え・・・っ・・・!?」

私はその答えに驚いた。
炎の魔法が得意だったカインがベギラゴンの魔法を使うというのは、
何故このタイミング?とは思うが、ありえなくはないと思った。
だが、雷の魔法は、いつか破壊神シドーとの最後の戦いの時に
私たち3人が力をあわせてようやく使えた魔法だ。

それをカインが1人で使うというのは・・・?

何故だか、話を聞いていると、
彼が1人だけ、遠くへ行ってしまうような気がした。

私が言葉もなく驚いていると、
カインが、ふいに袖元で口を隠して、一つ咳を零した。

「カイン?」

見ると、悪戯でも見つかった子供のように、
申し訳無さそうに私を見て、そして目をそらして、何度か咳をした。
やっぱり隠そうとしているが、本調子ではないのだろう。

思えば、先日サマルトリアでのあの夜、
少し錯乱したような様子は、実際の所カインの本当の心情だったのだろう。

私のことも気にしてくれているし、
アレンの事だって気にしている、市井の人にも目を配っている、
そんな相変わらずの優しさもあるが、
でも、それに対して体がついていかない悔しさもあるだろうし、
絶望的な現実すら目の前にあった。
きっとすごく悩んでいるのだろう。

だけど、今それを見せないように
気丈に元気そうに振舞っているのは・・・
それも私に心配させないためだろう。

分かるから、それが分かるから・・・。

「カイン、そろそろ国へ帰って休んだほうが良いわ。」

「・・・マリア。」

私はそんな事を言った。
表向きはカインを咳をしはじめた心配するようで、
本当は・・・。

「ご、ごめん。長居して。
 そうだね、そろそろ帰るね。また、来るね。」

立ち上がったカインの顔が見れない。
こんな状況でも私を気遣ってくれるカインと、私は違った。

「駄目よ、そんな体調でもうムーンブルクへ来たら駄目よ。
 もう、来ないで。」

私はカインの顔が見られなかった。

「マリア?」

辛かった。
そして、胸を締め付けられるような気がした。

現実を受け入れるには、私は弱過ぎた。
また、1人になってしまうかもしれない現実は
私には重すぎた。

一度は全てを失った私が、
旅を経て、仲間の絆を得て、
そしてカインとは将来の約束だってした。

子どもじみたその約束が叶うかどうかなんて、
それは実際、どこか遠い事のように感じていたが、
それでもそれがあるから、私は自分が1人じゃないと感じられた。

それなのに、この現実はあまりにも重かった。
いくら互いを思っても現実は結ばれる事なんてない。
私はひどい人間だ。正直、世界中の誰がどうなったって、
こんな現実は聞きたくなかった。

「マリア、マリア・・・!」

私の耳にカインの声が届いて、顔をあげた。

「マリア、僕は、また来るよ。
 絶対来るから、だから泣かないで。」

言われて、私は自分が涙を流しているのに気付いた。

そしてここまで至って、
私は自分が、自分の事ばかり考えていることに気付いた。

カインだって、どれだけ辛い思いをしただろうか。
どんな思いで私に真実を話してくれたのだろうか。

今、どうしてカインは笑顔でいられるのだろうか。
私の手を取ってくれているのだろう。

自分より辛い思いをしているカインが、
笑顔でまた、来ると言ってくれた。
今聞いた言葉を、私は忘れない。

きっと、今私達の気持ちは同じだ。
だから、強くならなきゃならない。
私も、強くならなきゃらならない。

不安が、消えたわけじゃない。
だけど、小さな勇気を胸にともして、
私もカインを勇気付けてあげたかった。

「ええ、大丈夫。絶対大丈夫。
 絶対あなたは大丈夫よ。私、いつも祈るわ。
 だから、また会いましょうね。」







***.



数ヵ月後、あれから私は一度もカインと会っていないが、
それでも月日は流れるようで、
あの弱かったムーンブルク兵のクナから
武者修行をそろそろ終えると報告があった。

クナの報告によると、サマルトリアでの修行は為になったらしい。
実際どんなものかは良く分からないが、
たまにカインに聞いても良く頑張っているらしいと言っていた。

らしい、と言うのはカイン自身が
兵たちの修練場に顔を出すのを止めているから、
話しでしか実際の状況を知らないらしい。
どうやらもう長くカインは剣は手にしていないらしい。

私はそれで良いと思った。

マイも、最近はカインが元気そうになってきたといっている。
どうやら、薬もあうようで、熱を出す事もほとんどないそうだ。

「ねえ、それでね、マリア。
 この間アレンがサマルトリアに来たんだよ。」

いつもように水晶玉でカインと話していると、
驚く事をカインが言ってきた。

「え・・・アレンが・・・?」

といわれると、私は眉を顰めてしまった。
事情をしらないアレンが痺れを切らして真剣勝負を吹っかけに
来たのかと思ったのだ。

「な、何をしにきたの?アレン・・・。」

「あのね、アレン、お腹がすいたんだって。」

「は?」

私はその答えに目を点にした。
お腹がすいたのが、何の理由だ?と思ったのだ。

「お腹がすいたから、飯を食いにきたって、
 アレンらしくっておかしい理由でしょう?
 それで結局本当にご飯だけ食べて帰ったんだよ!」

「何それ、本当に?」

私は思わず笑ってしまった。
アレンなら言いかねないし、どうやら本当に多分カインの料理を恋しく
思ったのだろう。ありえると思った。

私もしばらくアレンに会っていない。
最近どうしているのだろうか?

「アレンもね、何か悩んでるようだった。
 どうしたのかなあ・・・。」

私はその言葉に聞き耳を立てた。
アレンの悩み・・・?それは何だろうか。
カインは、アレンを大事な仲間だと思っている。
だから、アレンが悩んでいる事があるのなら
それは気にするだろう。

だけど・・・

「だからね、今度クナさん連れて、
 ローレシアに行ってこようと思うんだ。」

「へ?ちょっとカイン何を言っているの?
 アレンに会いに行くのは・・・。」

止めて欲しいと思っていた。

「ちょうどクナさんここで修行を終えたでしょう。
 でもサマルトリアはあんまり強い国でもないし、
 僕も今こんなだからあんまりクナさんの役にも立てないし、
 だからアレンに最後に胸を貸してもらえばきっと、
 色々教えてもらえるよ。」

カインは自分が出来ない事を、
アレンに頼ろうとしているのだろう。
そして、そんな用事でもないと、
アレンに会えないとも思っているのだろう。

「カイン、でも・・・でも・・・」

アレンはきっとカインと真剣勝負をしたいと思っているだろう。
カイン自身は今戦える状態じゃない。
だから、私は、正直アレンとカインを会わせたくなかった。

「大丈夫、アレンにも僕の事は聞いてもらうよ。
 クナさんの修行を見てもらうだけだよ。」

「カイン・・・。」

「ねえ、マリア。それにね、僕今本当に調子良いんだ。
 だからね、クナさんのその最後の修行が終わったら、
 僕、今度こそマリアにまた会いに行って良い?」

「え・・・?」

カインはあくまで嬉しそうにそんなことを言った。

「本当?本当に、大丈夫なの?」

「本当だよ。 ここ最近咳も出ないんだ。」

カインに、体調が悪いなら会いに来るな等と言ったのは
紛れもなく自分だ。
だから、そのせいで中々実際会えなくなってしまったが、
そんなカインがもうすっかり元気になったのだと言う。

私はその言葉を聞けて嬉しかった。

「じゃあ、明日ローレシアに行って、
 明後日はムーンブルクに行くからね。
 待っててね。」

「分かったわ。カイン、約束よ。」

私は、やっと会える喜びで
少し感じた先ほどの不安も消えてしまっていた。
きっと、全てがうまく行くのだと思った。

「うん、約束ね。」

カインもうなずいて約束をしてくれた。



だが、その約束は、
結局虚偽のものになってしまう。

この二日後の約束の日に、
カインがムーンブルクを訪れる事は、なかった。


 



- 終-

2014/07/18

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 と言うわけで(どう言う訳だ)
 3話構成の虚偽・嘘でした。
 結局「二日後ムーンブルクに行く」のが嘘になってしまった理由は、「22.決闘」の通りです。
 そのときのマリアの反応は「29.疑問解答」の通りで、あの時マリアが烈火の如く怒ってた理由と言うか、
 ニュアンスが伝わってれば、良いんじゃないかと思います。あ、アレンがご飯食べにきたのはその前の「62.友達」ね。
 つながったかな?
 げっそり。
 
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