雨の日のL'azul
2026.2.11
Yeah!! 「甲斐性なしの男」、女房にそう言われ、小説家なんて所詮そんなもん。挙げ句の果てに、この結婚は失敗と言われ、最低最悪な気分、全財産あげるから別れたいなら別れてくれ。イエイ、俺は文無しでも何とかやれる。男子どこにでも青山あり、ってか。野垂れ死んでやらあ。って感じかな笑
2024.12.27
...ずいぶんサボってしまった。時経つの早っ!最近の投稿は『カクヨム』ぢゃなくて、『小説家になろう』メインでやってます。?なろう?の方がPVがたくさんつくので張り合いありまするがゆゑ
2024.5.8
...忙し過ぎて何もできん! 体力もなさ過ぎ、すぐ意識を失う。カクヨムも放置。
2024.4.30
人において(いや、人じゃなくても)極限まで余計なものを削ぎ落とした究極の切望・希求は、苦しみや痛みのないことであろう。主として肉体だが、肉体に限らず、こころのことも含み、であれば、状況によっては、じぶんに限らず他人(特に家族)のことも含むであろう。それ以外の望みは意地(そうでなければならないというこだわり。信奉、禁欲的理想主義も含む)であり、面子(自己肯定、自己承認欲)であり、想い込み(理想、癡愚、妄想、痴情)であり、余剰な装飾だ。細胞の奥底からの叫びではない。ただし、それ自体が装飾であっても、そこから生じる苦しみは実在、いや、実存だ、現実存在だ。人は魂の声に聴従すべきと思うが。だって、心底から望んでるんだもん、それが真でしょ?
2024.4.29
少年の頃はエドガー・アラン・ポーの人生を前書きや後書き・解説などで読み、何と愚かな勿体無いことかと思ったものだ。岩野泡鳴の「耽溺」など読むに何と虚しきことを、と。されど愚かさは己も本質変わらず、しかも書く才もなくば、救いなし。ただの因業放蕩老人。もし私小説にでもすれば、何か面白かっただろうか、などと自惚れて想うも、そもそも大の私小説嫌い。芥川龍之介が大好きで、彼を批判した久米正雄が大嫌い。トルストイの「戦争と平和」を偉大な作り話と批判した久米正雄が大嫌い。夏目漱石の娘に懸想して嫉妬、そんな久米が大嫌い。と言いつつ、自分にもさして変わらぬ痴の日々があった。癡か癡か、良寛殿のような愚かさなら良いが、みにくき愚かさ、それをネタに、このように喋くるは老獪。いとをかし。
2024.4.27
十一歳の頃、天才探偵を主人公とする推理小説(だと思っている)を書いて以来、はや半世紀。遂に誰にも認められず人生を終えそうな今日この頃、読まれることを考えず、読みたくなるかも気にせずに、読むべきものかも顧みず、やりたいことを思いっきり、百十数篇。手書きとワープロ時代とを除く百作以上をホームページにアップし、アクセス数ほぼ皆無のまま爆走、何者にも媚びず、楽しい狂奔裂の人生で、野垂れ死ぬかもわからぬ老後(ただし、それは放蕩のせいだが。一応、真っ当な職業で給料は得ていた)、せめて楽しく過ごそうと思うも、この道連れとなった可哀想な女房をただ哀しく憐れむのみ哉。罪の意識に苛まれ苦しむ。じぶんわ、自業自得でよしとするも、悔いても悔いきれぬ。神よ、どうかこの因業な魂を憐れみ、我妻だけでも救いたまえ。
2024.4.23
『雨の日の...L'azul』立ち上げました。というよりは復活です。Azulとは、青ですが、蒼穹のことです。雨の日の美しい蒼穹です。