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非とふ接頭語は、否定を表はし、非の次に在りて接すその語之義を否定し、当該語之義の異叛の義をぞ表はす。それゆゑに、非の非たるは、非非とも録すべき哉。これ和読みにせんと欲せば「非をぞ非する」とふべからずや。
又修辞にて倒置など用ゐんとせば「非す、非を」とならぬものかは。又更に同語の重複を厭ひて「非す、を」ともいふ。これ漢字一文字で「非」と表はすとす。廼(すなは)ち非の一文字を以て同時に非への接頭語と為さ令め、以てその否定す處それ自らにしあらんとふ構図為さんとするなり。さてその義奈何や。あたかも自らの尾を咬む原蛇の如しなり。
それ喰らひ尽くせるものかは。若し喰らひ尽くさなば、食はるるや、又は喰らふや。知らず。怎麼生(そもさん)何たるやこれ、知り得るものや。知に成り得ず。畢竟、非知也。
即ち非を否むならば、非は為せずも、非為せずば、非されず、非は為し得るものとせば。
これ廼ち未遂不収の意なり。
いずこへも、いかやうにも着附せず、いかにてもあらず、「とてもかくても」とふべき。 ※但し、以上全て理に拠ればなりと措くべき哉。迺ちもし世に理といふものなくば上述の義立たず。
只目前に擱かれたる碗が如し。透水明晰の如し。爾即即爾如眞眞如なり。世に事実とふ枠(設定)あらずとも"事実"違はず。仮に世に"同じ"や"違ふ"の枠あらずとも亦た然り。
衆よ、世に何をか問はんや。零に還り一切を基(もとゐ)の根より検め質さんとせば、必ずや立つ瀬なし。論・理とふ方便も猜疑せざるを得ずば、更なり。原蛇の矛盾に陥らん。而して矛盾とふも復た論・理とふ方便に拠りたるモノにしあれば、思惟は亂れ、只立ち尽くすのみ哉。
論・理を証せるや。証すとは論・理を用ゐる。されど証す対象を用ゐて証すを排するも同じう論・理の定むる航路也。
又さりとても、是れ厭ふも復た規定に凖ふ處なり。しかれども、ならば如何に處すべきや。着附せず。
只苔生す露地に坐し、蹲踞(つくばひ)の水に泛ぶ黄朽ちし葉を眺め、渺茫中挫の想ひすのみ。
秋の晰らなる日射し眩くも眼を細めさする沁み入りの明晰、懐かしき乾きたる涼風。又草潰して匂ふ若々し薫り、桜華も畢はり、唯蒼穹とこしへの鐘のやう久遠。氷に映る曇天凍て、霜降るガラスのやうパウダー状のぼかしなすあはれ。炭の燠火赫々と奥に赭を滾ろはせ、底に強き緋、真中に昏き朱、その炎魂に濃き唐紅をなす。水道蛇口を捻る音、気怠き夏の午後静寂に響く。
それがBlueSound
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