86−2.裏切り


見覚えのあるその男、
本来はムーンブルク国でマリアを支えているはずの政務官だ。
こんな狭い一室でマリアと2人でいるなんておかしい事だった。

「ど・・・どうしてこの部屋が・・・?」

「いつもね、ある時だけあなたの視線を感じていた。
 マリアと2人でいる時だ。
 この施設に入った時から、マリアはいないはずのに、
 それを感じていたんでね。」

淡々とカインは理由を語った。

「マリアを返してくれる?」

カインは男にそう呼びかけた。
口調は柔らかいが、自分を見る目は決して優しくはなかった。
もし抗ったら、何をされるか分からないと、
エルマーは素直にマリアを差し出した。

「何を勘違いされているか分からないが、
 マリア様はお疲れでこの部屋で眠っているだけだ。
 昨夜はわざわざこの施設まで足を運んで下さり、疲れたのだろう。」

マリアは深い眠りの中にいるようだった。
別段怪我等はしていない様子で、そこには少し安堵した・・・が。
その言葉を素直に信じるほど自分はお人よしでもない。

「ふーん、でもそれは変じゃない?」

「何が・・・ですか・・・・?」

少しエルマーが引きつった笑顔で聞いてきた。

「こんな崖の上の施設、ルーラでもしないとこれないでしょう?
 そもそも初めてだとルーラでも来れない。
 ってことは誰かに連れてこられたんだと思うけど。」

「そ、それは私がお連れしたのだ。
 わざわざマリア様が出向いてくださるのが見えたので!」

「深夜に?
 まぁそれは確かにありえるかもしれないね。
 マリアは熱心にこの施設の事を知りたがってたし。」

そうだろうと、エルマーはうんうんと頷いた。
魔法に熱心なマリアが時間を忘れて、深夜にもかかわらず
施設に出向こうとしたのは、確かにありうるかもしれない。

今度マリアには、深夜に出歩かないように言っておこうと思った。

「でも変だ。
 マリアは朝にはムーンペタに行く用事があるって僕に言っていたんだ。
 その約束を違ってまで、ここにいる理由は無い。そうでしょ?」

しかも、マリアはカインが触れても目を覚まさない。
この深い眠りは・・・。

「お前達、マリアにラリホーでもしたの?」

その言葉にエルマーはぎくりとした。

本来ラリホーなどにかかるマリアではないが、
深夜で疲れていて、さらに先ほどの強化魔法だと
ラリホーの効力もあがったのかもしれない。

もし、それが本当だとしたら・・・・。

「魔法だなんて言ってマリアの気を引いて、
 妙に手の込んだ事するんだね・・・。
 本当の狙いは何なの?」

カインはマリアを優しくそこに横たわらせるとエルマーと向かい合った。

エルマーはぐっと手を引くと、
印を踏んでカインに向かって魔法を唱えた。

「ギラ!!」

ギラといいつつ、その炎はギラのレベルではない。
きっとベギラマ級だろう。
と言っても、別にカインが慌てるほどではない。

だが、一つはっきりさせないといけない事があった。
カインはその炎を避けて、問い詰めた。

「何のためにこんな施設を作った?」

「お・・・お前も・・・魔法使いなら分かるだろう。
 力のない弱いものが、人に負けないだけの力を得るには
 魔法が格好の糧となる。
 ムーンブルクは格好の魔法国家。
 この考え、マリア様は誰よりも理解してくれるはず・・!」

「・・・・・・・・。」

エルマーの考えをマリアは知っているのだろうか。
唯一つ、カインが思ったこと。

「僕はその考えには反対だな。
 確かに魔法の力を追求した先には、
 人並みはずれた力を得られるかもしれない。
 でもそうやって無闇に力を追い求めることって、すごく危険な事なんだ。」

ハーゴンだって、元は人間だったはずが、
力を追い求めて、あんな破壊神を呼び起こしてしまったのだ。
自分の手に余る力を追い求める事は非常に危険な事だった。

「でも、あなたの考えは分かったよ。」

カインはそう言うとエルマーに歩み寄って、その襟筋を捕まえて
壁に叩き付けた。

「グッ・・・・!?」

その勢いにエルマーがたじろいたが、カインは一つこの男に忠告したかった。

「一つ言っておくよ。
 さっき僕にしたことは忘れても良い。
 でも、お前がマリアにやった事は許されない。」

「・・・・・・!?」

「この施設の事から手を引け!
 そして即刻直ちに、その考えを、改めなおせ!!」

ずっと穏やかにしていたカインが怒りをあらわに
大声で口調を荒げた事にエルマーは目を見開いて驚いた。

「な・・・にを・・・。」

一度の過ちなら、反省をするのなら、この男を許してやってもいいと思った。
この男を裁くのは自分ではないし、
それに・・・・カインは昨日マリアと話したことを思い出した。

マリアは言っていた。

『皆とてもこの国を考えてくれている良い人ばかりよ。』 と。
それは政務官をしていたこの男も含んでの言葉だっただろう。

「ふ・・ふふ・・私はお前が気に入らなかった。」

「?」

だが、エルマーは素直にうんとは答えなかった。

「今までようやく時間をかけて信頼を築いて、
 ここまでマリア様の近くまでやってこれた。
 それなのに他国来たお前は一足飛びに、誰よりもマリアの近くに行った。」

「・・・・・・・・。」

どうやら自分は、既に相当嫌われていたらしい。
若干感じた憎しみに似た彼からの視線はそのせいだったのだろうか。

「私が、この魔法国家を踏み台にしようと思っていたのに・・・!
 その計画をこうやって狂わせる!
 考えなど改めぬ!お前の方が消えてもらおう!!
 そうすれば元通りだ!!」

そう言うとエルマーはこの至近距離からイオを唱えた。
室内でイオなんてむちゃくちゃな話だと思ったが、
どうやらこの一番奥の部屋は実践用にでも強化されているのか
壁自体には傷一つ付かなかった。

などと冷静に観察しつつ、
体勢を整えなおすと、室内に他の施設員が入り込んできた。

「・・・驚いているな。
 この部屋の周り一面を覆っているこのパイブ・・。
 これが魔法力を増幅させている。
 今は建物内でしか使えないが、研究を進めるうちに、
 建物、いやこの国中を魔法強化するつもりだ。」

施設員たちが回り込んできた。

それにしても、何だその計画?

マリアは知っているのだろうか?
そして、そんな事をマリアは望むのだろうか。
マリアにとって魔法とは大事なものではあるが、
そう言ったことは、マリアが望む道なのだろうか?

いや・・・違う・・・。

カインは剣を抜いた。
それに、その判断云々より、
さっきからマリアがこれだけ騒いでいても全然目を覚まさない。

そっちの方が気になった。
もうこの施設から出てしまいたかった。

だが、人間を斬るわけにもいかないので、
入り込んできた施設員たちを
剣の鞘や柄を使って、当身を打って倒していく。

「こいつ・・・マホトーンをしているのに、
 こんな動きをするとは・・・!?」

「僕は魔法使いじゃないんだよ。悪いけど。」

「・・・魔法使いでなく、戦士だったか。
 ならば、これでどうだ!!
 目潰しだ・・・!!」

対魔法使い以外への対処法だろうか。
エルマーは手にする袋をカインに投げつけた。

「わっ・・・!?」

「バギ・・・!!」

袋の中の粉塵があたりに飛び散った。
あたり一面に埃が舞い散り、視野が阻害される。

それに・・・思わず吸い込んだ粉塵のせいで、息が詰まった。

「くっ・・・・!」

動きが鈍ったカインにエルマーは魔法を唱えた。

「ギラーー!!!」

炎が襲い掛かってくる。
ええい、うざったい!

こういうとき・・・魔法を使わないアレンならどうするか?

一気に、敵を討ち、下手な建物ごと吹き飛ばすだろう。

自分が持っているのは隼の剣だ。
それこそ、文字通りに一息で・・・・出来るはずだ。

これ以上、煩わせられたくなかった。

最初にまず、ギラの炎を真っ二つに斬り捨てた。
そして目にも止まらぬ早さの二撃目で部屋のパイプを斬りつけた。

斬り筋から、ジュっと変な音が漏れ出てきた。

「おのれ・・・!!」

ガクッと膝をついたカインに、エルマーは再度ギラを唱えた。
だが、今度は炎がカインに届く事はなかった。

寸前で、炎が消えてしまった。

「な、何をした・・・!?」

「は・・・っ・・・はぁ・・・。
 マホトーン・・・切れたみたいだ。」

エルマーは混乱しているようだが、
自分が炎を消す事ができたという事は、
パイプが切れたことで、マホトーンの効果は消えたんだろう。

って事は、マリアも・・・・。

エルマーが慌てて振り返った先で、
マリアがゆらりと起き上がった。

「マ・・・マリアさま・・・!これは・・・違うんです!!」

この期に及んで眠っていた主君であるマリアに、
何をか言い逃れしようとするエルマーに、マリアは首を振った。

「全て・・・・聞こえていたわ。
 全て・・・・。」

「マ・・マリア様・・・・!?」

なんとか説得しようとエルマーはまくし立てた。

「ですがっ・・・!
 同じ魔法国家の未来を憂うものとして分かって下さい!!
 魔法の強化は国の一大事!!」

静かに、だがマリアの瞳ははっきりと拒絶の色を示していた。

「あなたの考えは間違っているわ。
 魔法に強化なんて必要ない。
 魔法の力が人そのものを超える必要なんて・・・ないの。」

「・・・!?」

「あなたの考え違いよ。
 逆よ、人を助けるために魔法があるのよ。
 人を助ける・・、守る・・・、少しでも力になりたいから、
 だから魔法を学ぶのよ。
 ・・・・それが、私が亡き父に最初に教わった事よ。」

魔法を初めて教わった9歳の時に、
亡き父がそうやって自分を励ましてくれたのだ。
だから、今の自分があると思っている。

それでもエルマーは納得しないらしい。

「・・・ですが、それでは・・・巨大な魔法を使えない者は・・」

なおも言い逃れをしようとするその言葉をマリアが遮った。

「極端な話をすれば!
 別に魔法に限った事じゃないわ。
 人を支えるための力は魔法だけじゃないもの。
 魔法じゃなくたって良いの!」

マリアはそう考えていた。
だからこそ、マリアは魔法を捨てたカインをも尊重しているのだ。

「残念よ。エルマー。
 あなたはムーンブルクのことを真に考えてくれていると思っていた。」

「ぐっ・・・・。」

「出て行きなさい。
 もうこの国には・・・私の前には、顔を見せないで。」

「言われなくとも・・・・!!」

どうやら厳しく叱責をするつもりはないらしい。
刑に処されるくらいなら、喜んで出て行ってやると思ったのだろう。
エルマーはどこかへと立ち去った。

「あっ・・・。」

その背に、マリアは再度何か声を掛けようとして、
口を噤んだ。

もし、いつか考えを改めて、力になりたいと思ってもらえるのなら、
帰ってきて欲しい・・・
そう思ったのだが、それは自分の浅はかな考えだろう。

大体、この男たちの考えも気付けずにいた自分の無能さを恥じたかった。
魔法の施設だと聞き、単に浮かれていた自分を恥じたかった。

カインが来てくれなかったら、誰にも気付いてもらえず、
きっと今頃もっと大変な事になっていただろう。

「カイン・・・。」

お礼を言わなければと思い、振り返ると、
カインはまだその場に座り込んでいた。

「カイン?どうしたの?」

マリアが呼びかけても、
カインは手で口と胸元を押さえて、下を向いたまま返事もしなかった。
いや、出来なかったようだ。

冷や汗がふき出して、額から流れ落ちる。
嫌な感覚がする。
さっき思い切り粉塵を吸い込んでしまったせいだろう。
息がうまく吸えない。

その様子にマリアが血相を変えた。

「カイン・・・!?どうしたの・・・!?しっかりして!」

「だ・・じょうぶ。
 埃・・す・・っちゃ・・・て。」

何とか息を吸って、合間にそれだけを伝えた。
だが、喉の奥からひゅっと漏れるような音がなんとも不吉だった。

「埃って・・?」

マリアは左右を見渡した。
確かに空気がくぐもっている気がする。

それほどひどいとは思えないが、
とにかくまずこの場から離れたほうが良いと思った。

カインを支えて、建物から離れると、
何度か咳き込んでいたが、
それでも少し楽になったようで徐々に落ち着いたようだった。

「大丈夫!?」

そう聞きつつ、マリアはカインの背中をさすった。

「びっくりさせて、ごめん。もう、大丈夫。」

どうやら普通に口も聞ける状態になったようで、
少し安堵した。

少し前まで病で伏せていたカインは
今もあまり呼吸器が強くはないようだった。

「本当に・・・大丈夫?」

「うん、本当に大丈夫。
 ごめん、助けに来たつもりなのに、微妙に足を引っ張って。」

「そんなの・・・!!」

カインが魔法の結界を解除してくれなかったら
今も自分は眠ったままだったかもしれない。

感謝こそすれ、謝られる筋合いなど無かった。

カインはその場に座りなおした。
伝えたい事があった。

「あの・・・さっきのマリアの言葉じゃないけど、全部聞いてたんだよ。
 マリアの魔法についての考えが聞けて、良かった。」

「あ・・ああ・・・あれ。」

魔法を人を超えるために使うのではなく、
人を支えるために魔法を学ぶのだという考え。
それが聞けて嬉しかった。

「もし、マリアが賛成なんだったら、
 僕一人であの人追い詰めてて、まずいと思ってたし。」

「そんな訳ないじゃない。
 あの馬鹿、カインに何度も魔法を打つし、そもそもとんでもない事よ。
 それにもしあんな風に魔法を悪用するって言うなら、勿論許さないわ。」

それは当然の考えだった。
マリアは回復魔法をカインに施した。

「ありがとう。」

カインは礼を言ったが、マリアの表情は暗かった。

「私・・・でも馬鹿だったわ。」

「え・・?」

「しっかりしなきゃ、・・・・私もっとしっかりしなきゃ」

マリアはそう言って顔を覆った。

「楽しかった思い出にばかりすがってなくて、
 人をもっと厳しく見る目を持たなきゃ。」

マリアの中で旅は楽しいものだった。
何故なら旅の間に出会った人たちは皆マリアに親切にしてくれたからだ。

そしてムーンブルク復興を試みて、多くの人が集まってくれた事も嬉しかった。

でも、その中の人たちが全て善良な人とは限らない。
ムーンブルク復興といってマリアに近づき、
この国を利用しようとする人間だっているのだ。

この愛すべき祖国を利用されるなんて、決して許してはならない事だ。

「マリア・・・。」

カインも実はその点は少し気にはなっていた。
だけど、人を疑う目なんて、あまり良いものではない。
その分、自分がしっかりしていれば良いのだと思ったのだが。

「ごめん、僕が至らなくて。」

「ええっ!?どうしてあなたが謝るの。
 私がしっかりしなきゃって話よ。
 頑張るわ。」

「・・・・・うん。」

ふと見上げると太陽が空高く自分達を照らしていた。
もっと頑張ろう・・・カインもそう思った。

うん?太陽が空高く・・?

「って、もうお昼だ!
 まずいよ!きっとクナさんすっごい心配してる。」

カインのその言葉にふと現実が戻ってきた。
そうだ、今日は朝から約束があったのだ。

「あ、そういえばムーンペタに行く予定・・・!!」

まだまだ自分達は頼りない。

先々の事はまだ分からないが、
まずは目先の予定を一つずつこなしていこう。

ひとまず今日はこの崖から降りてクナと合流し、
とにかく急いでムーンペタに行き・・・・

それから、数日後には結婚式があるのだ。

「行こうっか、マリア。」

「ええ。」

マリアは、カインのその手を取った。





- 終 -

2013/12/18

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 と言う事でした!(何がだ)
 
 ちょっとだけ現実を見てもらう、若干切ないお話しですね。
 やりたかったのはカインのスイッチが入るところを書いてみたかったんですが、
 それだけの割に長くなったという・・(いつものパターン)。

 ⇒続き「52.花束」

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