「サマルトリアのお方。」
「・・・・?」
あまり耳慣れぬ呼び方だが、
間違いなく自分を呼んでいるのだろう。
声掛けられて、カインは振り返った。
「何か御用ですか?」
そこにいる人物に、見覚えは・・・あった。
確かムーンブルクの若い政務官の一人。
人一倍夢と希望を抱いて、ムーンブルクへやってきた新たな移民だと聞いている。
「どうやら長くこのムーンブルクに滞在されているようだが、
そろそろお国へ戻られたらどうか?」
「・・・・・・・・。」
「お国の皆さんも、気にしている事でしょう。」
カインがマリアと結婚するのだという事は、
この国の者なら皆知っている。
政務官でもあるこの男が知らないわけはない。
と言うことは、分かった上で帰れと言っているのだろう。
なんと答えるべきかと思いつつ、カインは答えた。
「ご心配には及ばないよ。サマルトリアなら大丈夫だ。」
だが、大仰にため息をついて男が告げた。
「ご存じないですか。
あなたの存在がこの国では、浮いてしまっている。
他国の侵入だなんて噂されている。
あなたの居場所なんて、ここにはないと言うことです。」
はっきりと拒絶されてしまった。
別に誰彼からも問わず受け入れてもらえるなんて思っていなかったが
そう言われてしまうと少し悲しい気持ちにもなる。
が。
「教えてくれてありがとう。
じゃあ、受け入れてもらえるように、もっともっと頑張らないとなあ〜。」
カインは、穏やかに笑みを浮かべてそう答えた。
その反応に、男は少し興が削がれたように唖然とした顔をした。
あまりこうやってはっきり言ってくれる人も今までいなかったので、
それはそれできちんと受け入れようとカインは素直に思った。
「お前!!何て無礼な事を言うんだ!!」
どこかで話が聞こえたのか、
ムーンブルク兵のクナが話に割って入ってきた。
それに気づいて、男はちっと舌打ちをしてその場を離れた。
「あ、お前どこへ行く!?待て!!!」
「追いかけなくて良いよ、クナさん。」
追いかけるようとするクナをカインは呼び止めた。
「ですが、カイン様!
あいつ最近あまりに目に余ります・・・!
ここらできちんと弁えさせなければ・・・!」
「僕の事なら、本当に気にしてないから良いんだ。
ああやって言われてしまうのは、
本当に僕に足りない部分がいっぱいあるからだろうし。
頑張らないと。」
足りない所・・だなんて、クナには思いつかない。
カインが来てから、彼は穏やかそうに見えて積極的な施策で
復興作業も今までより進んでいる。
マリアも大いに頼りにしているのが、クナにも見て取れる。
おそらく、自分のポジションを取られたかのように感じて
あの男がやっかみを覚えているだけだろうとクナは考えた。
「ところであの人なんて名前だっけ?」
そんなクナにふいにカインが、男の名を尋ねた。
少し気になる事があったのだ。
実は、カインはあの男の視線を、特定の時だけ感じるのだ。
****
夜は、慌しい一日の中で、ようやくゆっくり過ごせる時間だ。
マリアは今日は多くの来賓の対応をしていた。
もう数日後には結婚式なのだ。
その日を待てず、マリアの顔を一目見たいとやってくるいう来賓も多い。
「お疲れさま。」
カインが疲れた顔を見せているマリアに紅茶を差し出した。
どうやら本当に、
招待状が来て初めてムーンブルクの復興を知ったという人は多かったらしい。
「聞いて。おかしいの。結婚のお祝いだなんて言う割に、
相手があなただって事がイマイチまだ伝わってない事が多いみたい。」
多分やってくる人はムーンブルク女王のマリアだけに
祝いを言いたくてやってきてるのだろう。
だから、それもそうだろうと思った。
「あはは。
まぁ・・・確かに、変だよね。
普通はムーンブルク内の貴族の人だったりとの結婚だよねえ。」
ふいに・・・今日の昼の出来事が頭をよぎった。
「国内外から、反対されてたら、マリアにも迷惑かけちゃうね・・・。」
「・・・え?」
紅茶を飲んでいたマリアが顔を上げた。
「反対って何?そんな事言われたわけじゃないわよ?
知らない人がいたってだけで。
どうしたの?何かあった?」
マリアの問いかけに、カインは慌てて首を振った。
「いや、皆に認めてもらえるように頑張らないとなあって。」
「カイン?」
「あのさ、大体、僕威厳が足りないんだよね。
父さまみたいに髭でも生やそうかな。」
その言葉に、一瞬考えてマリアは吹き出した。
「やだ、あなたが!?」
「わ、ひどいなあ。そんなに笑うほど似合わないかなー。」
「違うの違うの、ふふっ。なんだか懐かしい事を思い出したの。
いつか、あなたがアレンと泥をつけあって、
髭の擦り付け合いみたいな事してなかった?」
「あ・・・ああ!ザハンでね!懐かしいねえ。
今思うと、本当何やってるんだろうって思うね。」
旅の途中に立ち寄ったザハンで、
落ち込んだ子供を慰めるために、
カインがアレンと一緒に子供と遊んでいるうちに、
何故か泥団子の擦り付け合いになった事があった。
「ああ・・・なんだか、今思い返すと、大変な事もいっぱいあったはずなのに、
楽しかった思い出ばかりが思い出されるわ。」
マリアにとって、旅の始まりは、とても辛く悲しい始まりだった。
それだけに振り返るのも嫌なのかと思いきや、
旅自体はとても楽しかったようだ。
その旅に同行していた身としては、
そう聞くと嬉しく感じる。
「それは良かった。」
だが、まるで他人事のように言うカインに、
マリアの方が少し眉を顰めた。
「他人事みたいに言わないでよ。
あなたはどうなの?あなたにとって旅は楽しかった?」
「え?・・・・そうだねー。
勿論楽しかったけど、大変な事もあったし、
本当に・・・・。」
そう言ってカインが何と答えるべきか、少し考えた。
三人で過ごした非日常な冒険の毎日は、貴重な経験ばかりだった。
必死にアレンの背を追いかけたし、
自分に出来ることを模索した事で成長も出来た。
ただ仲間の死のことや、時に背負った自分の業の深さを思うと、
単純に楽しかったとは言えなかった。
いや、言ってはいけないと思った。
だからと言って、全て辛かったわけでもないし、
全く楽しくなかったわけじゃない。
「うーん。」
だから、長い旅を自分なりに評すると
「色んな事があったなあ・・・って。」
となる。
「ええ、何それ?」
微妙に煮え切らない回答だが、
マリアは折に触れて、自分達だけのこの思い出を語らいたいと思った。
カインはちらっとマリアの方を見上げると、
少し聞いてみたいことがあった。
「マリアは、この国の事で何か困っている事とかない?」
「ムーンブルクのことで・・・?
たとえばどういう事?」
「ほら・・・えーっと国の中のことで。
僕はまだこの国の人の事はよく分からなくて、
兵とか、その・・・政務官の人の中で、
困っている事とかはない?」
聞かれてマリアは少し考えて、首を振った。
「いいえ、皆とてもこの国を考えてくれている良い人ばかりよ。
私はとても感謝しているわ。」
その回答を聞いて、カインは納得したように頷いた。
「そっか、それなら良かった。」
今の回答でカインには少し考える事があった。
マリアは、手元の紅茶を飲み干すと、立ち上がった。
「さあ、明日は用事がいっぱいだわ。
まずは朝から、ムーンペタに行く用事があるの。
あなたも行く?」
「うん。行くよ。」
当然と言う風にカインが答えた。
「なら、そろそろ休んでね。
私はこの書類に最後一通り目を通してから休むわ。
見て、新しい魔法施設の開設関連の届出なの。」
といって、背後の山盛りの書類を指差した。
いくらカインや、他の政務官がマリアを手助けしても
最高責任者であるマリアしか出来ない事も多かった。
しかも魔法関連の施設とあれば、
マリア自ら指揮したいだろう。
疲れた表情をしているが、書類に目を通すのが、
少し嬉しそうだった。
とすると、カインには出来ることがあまりない。
「なるべくマリアも早く休んでね。
明日朝、目の下にクマが出来てたら、駄目だからねー。」
「分かってるわよ。」
その夜はそうやって、笑って2人は別れた。
***
だが、翌朝約束の時間になってもマリアは現われなかった。
「マリア様、珍しいです・・・。
どうされたんでしょうか?」
一緒に付き従うはずのお付の兵のクナも珍しい事態に驚いていた。
マリアは律儀な性格なので、予定を知らせもなしに変更する事なんて初めての事だった。
「でもっ、すぐにいらっしゃいますよね。」
そう自分を納得させようとするクナであったが、
カインは少し気になることがあった。
「そうだと思うけど・・・ちょっと、探してくるよ。
ここで待っていて。」
「あ、カイン様?」
カインは、足早に城内にと戻っていった。
最初に向かったマリアの寝室は空っぽだった。
女官に確認すると、どうも前夜に寝室を使った形跡がないという。
寝坊と言う線はないらしい。
「戻ってない・・・?マリアを今朝見た人は誰もいないんですか?」
カインの問いかけに、女官たちは一様に慌てふためいていた。
今朝、誰もマリアを見ていない。
と言うことは、自分が昨夜マリアと別れたのが
マリアの最後の所在確認だ。
「私達も城内をくまなく調べているのですが、見当たらないのです。
ああっ、マリア様・・・一体どちらへ・・・・!?」
おろおろしている女官に、落ち着くようにとカインは告げた。
「心配要らないです。僕が見つけてきますから。
心当たりがあるから大丈夫。」
「ああ・・・どうかお願いいたします。」
女官は何度もカインにそう懇願した。
そんな様子を見て、マリアがこの国にとって
本当に必要不可欠な存在だというのが伺える。
「うん、任せて。」
そう言ってカインはその場を離れた。
心当たりとは他でもない。
あれだけ昨夜目を輝かせていた魔法関連の新しい施設と言うやつ・・
それをマリアは見に行っているんじゃないか?
昨夜の部屋に戻ると、書類はそのままに置かれていた。
まるでつい先ほどまで、マリアがその書類に目を通していたかのようだった。
カインも同様に書類を目で追ってみると・・・
だが、そこには不可解な点がいくつも見受けられた。
****
その施設は、
まるで一目を避けるような崖の上に立てられていると言う。
まさかと思って、カインが空を飛んで上から調べてみると、
本当に崖の上にその怪しげな施設を見つけた。
おそらく出入りにはルーラを想定しているのだろう。
つまり、とても多くの人が訪れられる施設ではなかった。
様子を伺ってみると、
どうやら中には何人かの人がいた。
マリアの声は特に聞こえない。
一瞬どうしたものかと思ったが、
カインは正面から入る事にして、その扉を開けた。
「何者だ!?」
中の人たちは驚いたように一斉に振り返った。
「・・・こんにちは、お邪魔します。」
自分でもどうかと思うが、一応丁寧に挨拶をしつつ
カインは内部を目視した。
なるほど、内部は魔法関連施設と言うか、
少し怪しげな研究目的の施設のようだった。
魔法書籍の棚があり、貴重な魔法力増幅のアイテムまである。
施設員たちはざわっとした。
ぱっと見た感じ、
マリアは見当たらない。
「ここはすごい施設ですね。
少し見ていっても良いですか?」
カインはにこりと笑って、答えを待たず
中にと足を踏み入れた。
「あなたは・・・確か・・・。」
突然の来訪に驚きを隠せない様子の施設員に、
カインは自己紹介した。
「ああ、僕?カインって言います。
僕も魔法には興味があるんだ。
だから、この施設がとっても興味深くって、遊びに来てみたんだ。」
ざわざわと施設員たちが互いに耳打ちしている。
どうやら自分が誰かが分かったらしい。
「うわあ、不思議な木の実がいっぱいある。
よくこんな貴重なものを集めたなあ。」
その一つ一つに驚きの声をあげるカインを遠巻きに見守っていた
施設員は、恐る恐る声を掛けてきた。
「カイン・・・様は・・・
あのハーゴンを打ち破った勇者の仲間の一人・・・ですよね?」
「うん、まぁ、そういう言い方も、別に間違っては無いね。」
顔も見ずにカインが答えた。
「どうやってこの施設の事を知ったのです?」
「マリアが手にしてた書類をみたんだよ。」
これも正直に答えた。
「でもこの崖の上、
初めてでは絶対たどり着けないはず。
どうやって、ここへ・・・?」
「それ、僕が答える必要ある?」
今度は正直には答えなかった。
実際には場所の検討はついたので、空を飛んで見つけたのだ。
しかしどうやら、こんな変なところに施設を作ったのは意図的なものだったらしい。
施設員たちは今の答えに、カインを得体の知れないものと判断したらしい。
「マホトーン!!!」
「・・・え・・!?」
いきなり施設員・・と言うか一介の魔法使いにマホトーンを掛けられた。
「ふ・・・ふふ・・・。ここの中で使われる魔法は
結界強化されている!その効果は絶大だ。」
結界強化・・・。
自分がかつてサマルトリアでやった六芒星の魔法結界と
同じものかは分からないが、
この施設内では何がしか強化魔法が使える仕組みらしい。
と言うことは、本来百発百中ではないマホトーンが
必ず効く程度には強化されていると言う事だろう。
きっと自分がハーゴンをも打ち倒したと言ったので
大層な魔法使いだろうと思われたのだろう。
「ふーん・・・・・・関係ないけどね。」
が、悪いが思わずカインは笑ってしまった。
今の自分にマホトーンを掛ける事ほど意味の無い事もない。
魔法なんて使えやしないんだから。
その笑みに施設員が、ぞっとしたように、一歩仰け反った。
マホトーンを意にも介さない魔法使いはいないから、
異質なものに見えたのだろうか。
まぁ、そんな事はどうでもいい。
マホトーン云々より、こうやって明らかな敵意を見せられた事で
カインの意識も少なからず変わった。
そして、さらに一つ気づいた事がある。
カインがこの国に来てから、ある一定のときだけ感じた視線。
それを今も感じるのだ。
その意味とは・・・・
カインはぐいぐいと建物の奥のほうへと勝手に進んでいった。
後ろで待てとか何とか叫んでいるが、気にもしなかった。
奥の扉を開けると、そこには・・・マリアがいた。
マリアは眠っていて、一人の男と一緒だった。
「確か・・・エルマーって言った?」
クナから聞いていたその男の名前をカインは口にした。
- 続く -
2013/12/18
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