26−1.殺人

その頃、世界はどこもかしこも平和 で、
サマルトリア国も多分に漏れず、
いや、どこよりも平和な国だった。

そんな時に生まれた我が子は
その平和を象徴するように、闘争心の欠片もない、おっとりとした子だった。

私は我が子にカインと名づけた。

まだ小さかった頃のあの子は
母や妹にするのと同じように、私に小さな花を持ってきた事があった。
きっとこうすれば喜んでもらえると言う純粋な気持ちだっただろう。

優しい子なのだろう。
だが、私は我が子の性格を理解した上で、厳しく育てようと思った。

平和に甘んじて優しく何も出来ない大人ではなく、
自らの力で立ち上がれるように、強く逞しく育てたかった。

サマルトリアはただの平和な国ではない。

私がかつて兄貴分と慕った王がいる隣国ローレシア。
そのローレシアと、さらに同じロト同盟国のムーンブルクと共に
有事には恐ろしい魔物たちと戦っていかなければならない使命がある。

優しいだけでは駄目なのだ。

そのローレシア国ではカインと同年の王子が
大人顔負けの剣さばきを披露していると聞く。
さすがはロトの血だとこの国まで噂が届いた。

当然、カインもそれに並べるように
剣術の稽古をさせた。
だが、本人はどうにも剣術に才能はないようだった。

では、魔法の道に活路を見出そうと、
魔法の講義を重ねるものの、
まるで芽を出さない。

才能の片鱗を見せるどうのこうのではなく、
本人にやる気が見えなかった。

私は少々いらだった。
ロトの子孫としての自覚があるのかどうか、
非常にまどろっこしい思いがした。
そのせいで、まだ幼かった我が子には厳しくあたった事もある。

しかし何を何度厳しく指導しても
本人はさほど剣や魔法に上達を見せることもなく、
相変わらずの日々を送っていた。
どうやら相当マイペースな子らしかった。

ただ、もう私に花を持ってくるようなこともなくなり、
私に笑顔を見せることもなくなっていた。


だが、平和な日々は、あるときを境に一変する。

憂いていたことが起きたのだ。
平和な世界を、闇が覆い始めた。

『ムーンブルク滅亡』

この悲報はロト同盟国、いや世界中を席巻した。
ムーンブルクは崩壊し、
王を始め、兵だけでなく国民は1人残らず全滅したと言われる。
そんな馬鹿なことがあるだろうか。
真実を見極めねばならない。

私はローレシア王と示し合わせて、
ムーンブルクへの視察をカインに命じようと思った。
ローレシアのアレン王子と共に旅に出すよう考えたのだ。

こういうときの為に、剣と魔法の稽古を重ねてきたのだ。
いまだ未熟なカインだが、
2人旅なら少しは役に立てるだろう。

アレン王子は、ローレシア王の指示に従い、
この国を訪れるはずだった。
それから私はカインに旅立ちを命じようと私は考えた。

だが、意外なことが起きた。
カインは、アレン王子が到着する前に、
1人でこの国を抜け出したと言うのだ。

「そんな馬鹿な!
 1人で旅に出たと言うのか?!」

カインが旅立ちの前、
最後に話したのは妹のマイだと言う。
私はマイにそのときの状況を問いただした。

「本当よ…。
 お兄ちゃん、止めても聞かなかったの!
 どうしても行くんだって。
 あんなに弱いくせに、魔物に会ったらどうしよう!」

妹に心配されるのも無理はない。

小さい頃から重ねた剣と魔法の修行は
どちらも結局実戦レベルになっていないし、
そもそもずっと城の中で育ったのだ。
旅の知識もなければ、体力だってない。

素直だったはずの息子が何を考えているのか
私にはさっぱり分かりかねた。無謀としかいえない。

どこぞの草原でのたれ死ぬ所しか想像できなかった。

しばらしくて、
アレン王子は確かに当国を訪れ、カインを追ったが、
その後の足跡は全く知れなかった。

生きているのか、死んでいるのか、
それすら分からなかった。



それからしばらくして、
徐々に世界を覆う闇は深くなっていった。
外に一歩出るとそこは危険な世界で、
行商が魔物に襲われたなんて話も良く聞くようになった。
うかつには国から出ることも出来ない世の中なのだ。

こんな状況の中で、
カインからは相変わらず何も知らせが届かない。
便りが無いのは良い知らせと言うが、
果たしてどうしているのか?

隣国ローレシアには連絡が来ているのかと
盟友のローレシア王に尋ねても
やはり何も連絡が来ていないという。

落ち着かない日々だった。

そんな中、
国外のみならず、国内でも異変が生じつつあった。

「あなた…。」

「王妃か、どうした。
 今日は具合はどうだ?」

以前と比べて、やつれた様子の
王妃が傍に来ていた。

カインが一言も無く出て行ってから、
王妃ははるか遠い空を見上げて、
息子の無事をひたすら祭壇に祈る日々だった。

その心労だろうか。
徐々に体調を崩し始め、
寝込む日々が多くなったのだ。

起き上がって王室まで来るのは珍しい。

「大丈夫ですよ。
 何だか今日は調子が良いのです。
 あなたが鬼のような形相になってるって
 マイがぼやいていましたよ。」

「何を言うか。」

そう言えば、どうも最近回りに人が寄り付かない。
よっぽど強張った顔をしていただろうか。

しかしそれも仕方ないだろう。
世界の危機なのだ。

せめて気を張って、毅然とした態度で、
国民には不安を煽らないようにしなければならない。
それが王としての自分の使命だと思っていた。

「カインの事が心配ですか?」

「ばっ、馬鹿な。
 あんな奴、弱いくせに、
 勝手にサマルトリアを出て行き追って、
 勝手ばかりをして、とんだ馬鹿者だ!
 王妃にもこんなに心配を掛けて……!」

その言葉に王妃は少し驚いた顔をして、
穏やかな表情になった。

「あの子は弱い子ではありませんよ。
 馬鹿でもありません。
 強い芯を持った子です。
 だから、そのことは少し、心配ですけれど……。」

「……!?」

王妃が誰の事を言ったのか
一瞬分からなかった。
それくらい自分の考えと
王妃の考えに相違があった。

「それはカインの事か……?」

あんなにおっとりぼんやりした子に
強い芯なんてあるのかと思った。

「ええ。
 あの子はきっと無事でいます。
 でも、一度くらいは、顔を見せてくれたらと思うんですけれど。
 ……げほっ、げほっ。」

「ほらほら、こんな所へ来て、冷えたのだろう。
 馬鹿な事ばかり言ってないで休みなさい。」

私は、日に日に痩せていく王妃の肩を支えた。
正直、心配でならなかった。
息子がいなくなり、王妃が病に倒れる。

何か、音を立てて、この国の平和が崩壊していくような
そんな気がしたのだ。

この国が、魔物に襲われたわけではないのだ。
それなのに、そんな綻びを見せてはいけない。
逆に私は尚一層気をしっかり持たねばならないと思っていた。

それからしばらくの時が経ち、
ようやく待ちに待った報がローレシアから届いた。

だが、それは吉報と言えるものではなかった。
ローレシアを巨大な魔物が襲ったと言うのだ。

手紙を持つ手が、情けなくもプルプルと震えた。

ローレシアは無事に魔物を退けたと言うが、
いつ何時、この国も襲われるか分からない。
この国は、ローレシアほどに兵力が高くない。
ムーンブルクはあれほどの魔法術に長けた国だったのに
全滅を強いられた。

これは命運尽きたかと思われたが、
手紙を読み進めると信じられないことが書かれていた。

その恐ろしい魔物を追い払ったのは、
行方の分からなかった
アレン王子や、我が息子カイン、
そして何とムーンブルクの王女マリアだと言うのだ。

いつの間にローレシアに戻ってきていたのか、
分からない事だらけであったが、
この報は不幸中の幸い、まさに僥倖であった。

カインが生きている。
しかも、恐ろしい魔物を退けるほどに
強くなったと言うのだ!

恐らく、一行はローレシアの後、
この国にも立ち寄るだろう。
どれほど強く逞しく成長したのだろうか。

俄かには想像が出来なかった。


+++




「サマルトリアのカイン、戻りました。」

報を受けてから、案外すぐにカインは帰ってきた。
そのとき、アレン王子やマリア王女は一緒ではなかった。

どれほど強く逞しく成長したのかと思ったが、
私を見るカインの目は昔と変わらなかった。

びくびくと落ち着かない様子で
こちらを見上げている。
その様子に私は落胆した。
昔のままの弱気なカインではないか。

カインはロトの子孫としての使命に燃えて、
この国を飛び出したのではなかったのか?
そうでないならば、
一国の王子として、許しも得ずに勝手な行動は
許される事ではない。

落胆した私は思わず辛らつな言葉を返してしまった。

「勝手に出て行っておいて、
 今頃……何用で帰ってきた。」

うなだれる様子のカインに、
私はいらだってしまい、
無事帰還をねぎらう言葉も言えないでいた。

危機が迫っているというのに、
こんな事で大丈夫なのかと思った。

すると、カインはいつもの様子のままに
背中に背負った剣を抜くと、
それを私の前に差し出した。

それは、ロトの剣だった。

「それを……お前どこで…。」

まさに伝説の武器だ。
一体どうしてこんなものを持っているのか。

「父様もご存知ですよね。
 かつてロトやアレフが手にした剣です。
 今は……アレンのものです。」

行方がしれなかったカインたちは
こんなものを手に入れていたというのだ。
動揺しつつも、私は冷静を装った。

「なるほどな。
 しかし、アレン殿のものをどうしてお前が持っている。」

この問いに答えたときのカインの表情は
いままで私が見たことのないものだった。

「彼が来るまでは僕がこの剣を使ってこの国を守ります。」

凛とした表情は、私の目を射抜くような強さがあった。
これは何だろうか。まるで誰か知らない人物のようだった。

何かの幻か。

いや、口だけなら何とでも言える。

「そして出来るなら、その後またアレン達と旅をすることを
 許してください。」

「ふん。」

旅立ちの許しを
ここで私に初めて請うてきた。
だが、私はまだその時点では
カインを認める気にはなれなかった。



+++




後からマイに聞いた話だが、
それは実際大変な戦況だったらしい。

結論的には、サマルトリアを襲った魔物は追い払われた。
3人の子供達によって。

私も実際現場を見に行ったが、
魔物の死骸や血が飛び散っているようなひどい惨状だった。

戦いの最中、いつの間にか、
ちゃっかり3人はサマルトリアの至宝の
ロトの盾まで手にいれたんだそうだ。

それについて咎めるつもりなどなかった。
むしろ、私は認識を改めなければならないだろう。

アレン王子はもとより、
弱かったカインも強くなっている。
ロトの武具を手にして戦うほどに。

戦いの後、
王妃の案で、このサマルトリアで
アレン王子や、マリア王女の歓迎のパーティーを開く事となった。
王妃もこんな日は夢のようだと
いつになく明るい表情で嬉しそうだった。

それを見ると私も思わず上機嫌になる。

パーティは和やかに、楽しく開かれた。
王妃も楽しそうだし、アレン王子もやマリア王女も
笑顔を浮かべていた。

だが、カインはやはり私には寄り付いてこない。
そこで、共に旅をしているアレン王子を捕まえて
話を聞いてみることにした。

「料理はお口にあいますかな?」

「あ、はい!どれも美味しいです!」

突然声を掛けられたアレン王子は
少し驚いた様子だったが、
頬張った料理を素直に美味しいと答えた。

年若くとも、勇者の子孫として
立派に戦うローレシアの王子だ。
剣も魔法も使えない弱いカインを
きっと何度も助けてくれただろう。

だが、そのアレン王子はこう言った。

「王様、それは…いつの話ですか?
 カインは今は魔法も剣も十分使えますよ。」

本当だろうか。
今でもそんな言葉は信じがたい。

ずっといくら厳しく育てても、
魔法の才能が開花する事はなかった。
剣術もとても実戦で戦えるようなものではなった。

残念ながら、ロトの子孫でありながら、
その程度なのだと、それがカインの資質なんだと思った。
剣豪として噂に名高いアレン王子とも
魔法の天才として噂に聞くマリア王女とも違うのだと。

それを思うと、私はカインを旅に出すのは
乗り気にはなれなかった。

たとえロトの子孫であっても、
戦う力を持たない者もいる、
戦いに向かない人間もいるのだと思った。

もちろんロト同盟国としての使命はあるだろう。
だが、あの子に魔物との戦いなど無理だと思ったのだ。

だが、アレン王子はなおも言った。

「俺は死ぬつもりもないし、負けるつもりもありません。
 でもそれにはカインの力が必要です。
 俺たちは3人いないと駄目なんです。
 誰一人欠けずにまた帰ってきます。だから……。」

アレン王子はカインが必要だと言う。
本当だろうか。

だが、今はロト同盟国筆頭である
ローレシアの王子が言う言葉に反対など出来なかった。

「あの子もいつまでも子供ではないということか。
 ありがとう。よろしく頼むよアレン殿。」

私は、いまだ心の奥底に
何か不安を残しつつも、
カインの旅出を認めることにした。


 
+++



それからの旅は、
音信不通をマイからも指摘されて反省したのか、
カインからの手紙が良く届くようになった。

今どこについた、どうしている、何を手に入れたなどを
淡々と手短に、だが事細かに報告してくるようになった。

それを見るようになって、
少し私は順調な旅の様子に安堵できるようになった。

基本手紙はマイに届く。
それを私や王妃にも持ってくるという流れだ。

マイもそうだが、王妃も手紙が届くのを
今か今かと楽しみに待っているようだ。

そうして、手紙が届くと目を細めて、
まるで本人を前にしているかのように
短い手紙を何度も熟読する。

私は……王妃のその様子が少し引っかかった。
もう二度と息子に会えないかのような表情をしている。

実は今、
私にはカインへの手紙の返信に書けない事があった。

アレンたち一行がこの国を経ってから、
一度は快癒したかのように見えた王妃の病状が、
再び、徐々に徐々に、だが階段を下るように
その病状は重くなっていった。

何度も医者に診察させたが、
ついには、医者にも匙を投げられた。

こんな馬鹿な事があるだろうか。
私は診察した医師に詰め寄った。
何が何でも王妃を治すように言った。

だがそれは、いたずらに苦しみを伸ばすだけだと言われた。

何か手はないものか。
薬が駄目なら、魔法でも良い。

この国は聖職者の国だ。
教会に通い、祭壇で精霊ルビスに祈りを捧げるだけが能ではない。

私は知っていた。
ホイミなどの初級回復魔法、その先に、
人の命さえ左右する魔法があると言う事を。
そう、ザオリクと言う魔法だ。

ザオリクの使い手を捜すことについても検討しないではなかった。
だが、結局それはできなかった。

命を左右する事は、
それは人の身である我々に許される事ではない。
そもそも病気などの寿命で亡くなった者は
命だけ蘇生したところで、すぐにまた苦しみ亡くなるのだ。

その現実は私を絶望させた。
いや、しかしそうだろう。分かっていた。
こんな魔法を使って我が物顔で使うような者は
恐らく人間とは言えない。

だからこそ人の命とは尊いものだ。

「あなた……。」

あるとき、
王妃がベッドに起き上がって私を呼んだ。
そして言った。

「私のことで余計な心労を掛けてしまって
 申し訳ありません。」

「何を言う。
 起きたりして大丈夫なのか?
 お前は何も案じず静養しておれば良い。
 じきにカインも帰ってくる。
 そうすれば元通りだ。」

王妃の細くなった肩を抱きながら
私は精一杯励ましの言葉を投げかけた。
だが、王妃は薄く笑みを浮かべるのみだった。
それはもう全てを悟っているような表情だった。

「カインは立派になったわ。
 成長した姿を見られた。
 それに、皆で楽しいパーティも出来たもの。
 私は……もう心残りはないわ。」

本当にあのパーティが最後のつもりだったと言うのか。

「馬鹿を言うな。
 気を強く持て。弱気になってはならん。」

「弱気になんて、なってませんわ。
 勿論私はここで、精一杯……、一日でも長く生きます。
 でも、どうしても、あなたに……つたえ…たい…事が……」

徐々に声が途切れ途切れになる。

「もういい。もう喋るな。休みなさい。」

王妃の具合を案じて、休ませようとするものの、
まだ何かを話したそうな王妃は、
苦しそうに涙を流しながら、
息の奥から搾り出すように声を紡いだ。

「わたし……幸せ…、でした。
 だから……どうか、あなたは……もっと幸せに…。」

「お前……!!」

王妃の手を取ったが、
苦しそうな表情で、再度笑みを浮かべると
ふっと力が抜けた。
一瞬慌てたが、どうやら眠ったようだった。

王妃にはもう覚悟が出来ているらしい。
私はそのとき初めて、本当に王妃との別れが近いのだと気付いた。
思わず、胸を掻き毟った。
自分までもどうかしてしまったのかと言うくらい
苦しい思いがした。

優しい優しい伴侶だった。
自分の事より人の事を考えるのだ。

今も、辛く苦しい自分の事より、
私などの幸せを願っていた。

長い間、私を支えてくれて本当に感謝している。
おかげで子供達も優しく育った。

もう、これ以上王妃を苦しめたくない・・・と思うようになった。



- 続く -

2015/05/23

▲

 題名がちょっとまたあかんのですが(汗)
 時系列で流れを振り返るサマルトリア王(カイン父)の話しです。

 すれ違い親子の話です。

 途中途中出てくるカインとの話は「サマルトリア2」「サマルトリア8」です。
 今回は全部カイン父視点で。

 もうちょっと続きます。⇒次へ

更新の活力。楽しんで頂けましたら是非ポチを。→