「クレハ〜!」
「アレン様!?」
突如、空から現れたこの国の主は、クレハの姿を認めると笑った。
「どこへ行ってらしたのですか!?
急に・・・どこにも見当たらなくなるから、皆心配して・・!」
息を切らしている様子からすると、
どうやらローレシア中を走り回って、探していたらしい。
「悪かったな。ちょっと野暮用だよ。
すぐ戻るつもりだった。」
「そ、それなら、それで一言教えていただいても
良いんじゃないですか?」
クレハがぷいっと横を向いてしまった。
あれ?怒ってるのか?と思ったが、怒っているというより、困っていたようだ。
「悪かったよ。ちょっと・・・以前みたいに体動かす事も
できねえし、イライラしてたんだ。」
「・・・・アレン様・・・。」
アレンが一国の城の中で玉座に収まっているのが
向いているとは、到底思えない。
きっと多くのストレスがかかっているのだろうと思う。
どうすれば、アレンのその不満を取り除けるのか・・?
アレンは剣を使って体を動かす事と、
あとは美味しい料理を食べるのが好きだ。
クレハは小さい頃から、
アレンの兄代わりとして一緒に過ごしてきただけあり、
また一番アレンの傍にいるものとして、
ただの、か弱い女でいるつもりはない。
多少ならば、剣だって魔法だって心得はあるし、
料理だって、最近せっせと慣れない包丁片手に励んでいる。
だが、まだ満足させるには全然至らないのだろう。
だから、こうやってアレンが不満を訴える。
「・・・・・・・はぁ・・。」
そのアレンがどこへ行って来たのか・・。
今は少し満足そうな顔をしている事から、
クレハには想像が付く。
「サマルトリアへ・・・行ってらしたのですか・・?」
恐る恐るクレハが尋ねる。
アレンは、驚いた顔をして頷いた。
何故言っても無いのに分かったのか?と言う表情だ。
「カイン様にお会いになってきたのですね?」
「よく分かったなー。」
正解だったようだ。
アレンの親友であり、サマルトリアの王子であるカインが
アレンにとって特別な存在であるのは、分かっている。
同じロトの血を引き、
アレンの隣に立つことを唯一可能とした人だ。
さらに旅の間は、あの大食漢のアレンの相手をして
料理調理の一切を担当していたらしい。
いまだに、たまにどこか遠くを見ているようなアレンは
きっと、昔の旅を懐かしく思い出しているのだろう。
クレハは、アレンを何一つ満足させられないのを感じた。
「お前、カインに手紙出したんだって?」
「な!何故それを・・・!?」
「カインが言ってたよ。料理上手くなりたいんだって?」
クレハは顔をかーっと赤くさせた。
アレンは決して出された料理に対して、直接「まずい」とか言う事は無い。
だけど、だけど物足りない顔をしているのは、分かるのだ。
アレンは直接は言ってくれず、
どうすれば良いのか分からず、途方にくれたクレハは手紙で聞いてみようと思ったのだ。
「も、申し訳ありません。
カイン様、迷惑だと怒ってらっしゃったのですね・・・?」
「え、大丈夫だよ。あいつ、そんな事で怒るやつじゃねーよ。
俺が・・・、お前そんな事気にしてんだなあって思って・・・。」
だって、アレンはあんなにありありと不満そうにしているではないか。
クレハは何だか自分が未熟すぎて嫌になってきた。
**
その時、再び風がびゅうっと吹いた。
先ほどアレンがキメラの翼で飛んできたときと同じ風だ。
「・・・!?」
アレンは思わず振り返った。
この感じは知っている。
ルーラだ。
そしてローレシアに降り立ったその人は、
金色の髪と緑色の目をしていた。
「カイン・・・!?いや、違う・・・!」
一瞬今先ほど会っていたカインがルーラでやってきたのかと思った。
それだけそっくりだったのだ。
だが、違った。
ルーラで飛んできたのは、髪色も目の色も兄にそっくりの、
その妹のマイだった。
マイはにっこりと笑って会釈をした。
「アレン様・・突然のご無礼をお許しください?
サマルトリアのマイです。」
「え・・・・いや・・・。」
「マイ様・・!?」
アレンもクレハも驚いていた。
さっきアレンはサマルトリアに行っていた所だ。
そこでマイにはカインと子供じみた喧嘩をしている姿を見せてしまったが、
こんな強行的にルーラで追いかけてこられるような事は
全く想像していなかった。
「先ほどは失礼した・・・。」
「いいえ、こちらこそろくにご挨拶もせずに
申し訳ありませんでした。
せっかくアレン様がサマルトリアまで来てくださったのに。」
「い・・・いや・・・、すぐに帰るつもりだったんで。」
まだアレンはマイの意図がちっとも把握できなかった。
「そうだったのですね。
我が王にもご挨拶にいらっしゃらないし、
変だなあと思ったのです。」
・・・・?
何か少し棘がある言い方だ。
確かにアレンはサマルトリア王への挨拶には行っていない。
そんな、大仰な訪国のつもりではなかったからだ。
「突然私がローレシアにまで来たのには理由があるんです。
アレン様。」
どうやら理由があるらしい。
それはそうだろう。そうじゃないと、ここまでする訳がわからない。
「どうかしたのか?姫。
何か俺に用事でもあったのか?」
「はい。いや、私はアレン様に御用などはないのですが、
一つお願いがあるのです。」
「なんだ?」
何気なく尋ねたその質問への答えは意外なものだった。
「もうお兄様にお会いになるのは止めてくださいませんか?」
「・・!?」
思わぬ言葉にアレンは返す言葉を失った。
何故、マイにそんなことを言われるのだ?
傍で聞いていたクレハも思わず息を呑んだ。
アレンとカインは親友ではないか。
それは勿論国の中での、立場と言うのがあるから、
会うのであれば、本来は色々手順と言うものがある。
今回それを失して、キメラの翼で会いに行ったなどとは
無礼な振る舞いだったかもしれない。
カインも忙しいとか言っていた。
なのに時間を取らせてしまって、マイはそれを怒っているのであろうか?
だけど・・・会うなと言うのは、納得がいかない。
「急に飛んで行ったのは、こちらが悪かったかもしれない。
それは謝罪する。
でもカインだって、ムーンブルクへ良くルーラで飛んでるんだろう?」
それを聞いたから、アレンも少し子供じみた悪戯心で
キメラの翼を使ったのだ。
「はい、そうですね。」
マイは頷いた。
どうやら、カインがマリアに会いに行っているのは
マイもやはり知っているようだ。
「俺たちは長い旅を共にした仲間なんだ。
会いに行くのの何が悪いと言うんだ?」
アレンとしては、努めて冷静に話しているつもりだ。
でも、もしかしたらマイはカインをサマルトリアから取られるような気がして、
それ自体が嫌なのかもしれない。
そう思ったのだが・・・。
「ええ・・・お兄様とマリア様のことは知っています。
それは、・・・それは・・・良いんです・・・。
でも、アレン様がお兄様に会うのは止めてくださいって言っているんです。」
「・・・!?」
いよいよアレンは分からなくなった。
何故だ。
マリアは良いが、自分だけがカインに会うなと言うらしい。
何をマイに反対されているのだろうか・・・?
あ、もしかして、俺がカインとマリアの仲を裂こうとしていると
思っているのだろうか?せっかく2人の仲がうまくいきそうなのに、
アレンが現れるとややこしい話になると思っているとか?
「べ、別に俺はカインとマリアが将来結婚したって
良いと思ってるぜ!?」
「は?」
マイが怪訝な顔をしている。
どうやら、的を外していたようだ。
「そんな話はしていません。
私はアレン様が、お兄様に会いに来るのを止めて下さいって
言っているんです。
アレン様は、王様になったんですよね?
お忙しいのに、わざわざいらっしゃらないでください。」
後半はあまりアレンの耳に入らない。
何故、こんな事を言われなければならない?
「り・・理由も無く、そんな事を言われても、嫌だぞ・・・?」
「アレン様、お兄様と真剣勝負するつもりなんですよね?
だったら、私と勝負して下さい!」
「え・・・ええ・・・!?」
「私が勝ったら、今の約束守ってもらいます!」
先ほどから、意外なことばかり言われているが、
これまた予想外な言葉だ。
だが、マイはすっと剣を取り出した。
「・・・・・そ・・・それって・・」
見覚えのある剣だ。
カインが旅の終盤でずっと使っていた隼の剣ではないか。
隼の剣を手にして、マイはこちらをじっと見つめていた。
真剣勝負・・・?カインの妹と・・・?
・・・そんな事想像もしていなかったぞ?
アレンの頭はハテナでいっぱいになった。
「お・・・お待ちください!!
先ほどから聞いていれば、マイ様も少し唐突なのではないですか!?」
「クレハ・・・。」
返事に窮しているアレンの変わりにクレハが声を荒げた。
「アレン様は、ローレシアの王であるお方ですよ。
それに、あなたも知っての通り、世界を救われた文字通り英雄です。
その方に刃を向けるなんて、いくらなんでも看過できません!!」
クレハは怒っていた。
先ほどからのマイの言い方もそうだが、
アレンに唐突に剣を向けるなんて、事情があろうとも、絶対許せなかった。
「アレン様!お下がり下さいませ!」
「おい、クレハ・・・?」
「アレン様には指一本触れさせませんよ!!」
クレハは常に持ち歩いている聖なるナイフを取り出した。
実力のほどはさておき、アレンの護身を勝手出ている身として、
一歩も引くわけにはいかなかった。
「良いわ。クレハさん。
あなたを倒せば、アレン様と戦えるのね?
願っての事よ。」
「ま・・・負けません!」
マイは腕を鳴らして、やる気満々らしい。
なんだかよく分からない展開だし、マイの意図がまだ分からないのだが・・・・
アレン的には少し興味深かった。
最近平和だったし、ちょっとこんな戦いに興味があった。
「じゃあ、クレハさん行きますね。」
にっこり笑ってマイは、隼の剣を振るった。
あまり強い腕力ではないのだろうが、
その剣気が十分伝わってくる。
使えている。あの難しい剣を扱えている。
それ自体すごい事ではあるが、
いつもアレンの剣技を間近で見ているクレハは
驚く様子も無く、それをかわした。
「こ・・・このくらい・・・・!!」
そしてクレハはギラを唱えた。
ギラはクレハの得意魔法とも言える。
「おお。」
アレンは目を見張った。何だか、本当に真剣勝負だ。
クレハは本気で戦っている。
たまにアレンの剣の相手をしているだけあって、
実戦にも、クレハは物怖じをしていない。
こうなったら、自分が昔から剣の相手をしているだけあって、
クレハに勝って欲しい・・などと思った。
だが・・・・。
「ギラ!!
やぁあああ!!」
軽くそのギラを相殺すると、マイは返す剣で、
クレハの聖なるナイフを叩き落した。
「あっ・・・・!!」
そして素早く首筋に隼の剣の剣先を当てた。
「・・・・私の勝ちね。」
マイが少し息を乱しながら、見下ろしてそう言った。
強い。
思ったより全然強い。
クレハも弱くは無いのだが、マイが強いのだ。
アレンはその様子に驚いた。
マイがさほど実戦を積んだとも思えないが、
魔法と剣を両方使いこなすなんて、
まるでカインのようではないか。
さすがにロトの血を引く姫は、並ではないらしい。
マリアは剣を使わなかったので、
これだけ剣を使える女性がいるとは意外だった。
「へー。やるじゃないか姫。
驚いたよ。」
アレンは素直にそう言った。
「さぁ、次はアレン様ですよね・・!?」
マイはそう言って顔をあげた。
だが、直後びくっと息を呑んだ。
クレハは申し訳なさそうに、ふがいなさそうに、
アレンの顔を伺ったが、その表情を見て驚いた。
今まで笑ったり、驚いたりしていた表情とは少し違う。
久々の実戦に、一見笑っているように見えるが、
目は笑っていない。
獲物を捕らえた王者の目だ。
アレンは武器も何も持っていないのに、そのオーラに
気圧されそうになる。
「・・・・・・・・・っ・・・!」
一瞬マイは後ずさってしまった。
これが、本物のロトの英雄の戦闘における眼差し。
視線だけで、魔物を圧する事ができそうだ。
「どうした?俺とやるんだろ?」
アレンは笑ってそう言った。
「は・・・はい・・・・!」
アレンはクレハから、聖なるナイフを受け取った。
獲物はこれで十分だった。
「良いぜ?俺はここから一歩も動かねえ。
使うのも左手一本だ。
ハンデはこれくらいで良いか?」
「なっ・・・!ハンデなんて・・・!」
一歩も動かないなんて、いくらなんでも自分を
軽んじている。
「馬鹿にしないでください!!
わ、私が、アレン様たちが旅をしている間、
何もしてなかったとお思いですか・・!?」
「いや、一つも馬鹿になんてしてないぜ。
これくらいハンデがあれば、俺も楽しめるかなって
思ったんだ。」
少し気分を害したようなマイに、そう釘を刺した。
「そ・・・そういうのを馬鹿にしていると、言うんです!!」
マイは手を大きく天に掲げた。
「炎の精霊よ!私にあなたの力を貸して!
いくわよ・・・・。ベギラマーーー!!!」
「へえ〜〜!!」
マイが唱えたのはベギラマだった。
アレンは素直に感嘆の声を上げた。
こいつ、天才肌じゃないのか?
カインだって、ベギラマを覚えるのは苦労してたのに、
旅も実戦もしてないマイがベギラマを唱えたのだから。
ベギラマの炎はそのまま、アレンを直撃した。
「・・・・!?アレン様!!アレン様!!」
クレハはアレンが負けるとは思わないが、
反撃一つしないアレンに驚いた。
炎が消えると、アレンはダメージをさほど受けた様子も無く
その場に立っていった。
「姫、あんた・・すげえじゃねえか。」
「な、何故反撃しないのですか!?
これくらいアレン様ならさばけるはず・・・!」
「ああ、勿論。
だけど、そうしたら姫が真っ二つになるぜ?」
その言葉にマイは寒気がした。
アレンが炎を剣で切り裂いたなら、その奥にいるマイもおそらく真っ二つに
なっているのだろう。
「だから、姫はベギラマを使い続けたら良いんじゃないか?
俺はあんたを真っ二つになんかしたくないし、
そのうち勝てるかもな?」
アレンはマイにそう助言した。
だけど、さほどダメージを受けた様子も無いアレンを倒せるほどの
ベギラマを打つなんて、何発打てば良いのだ?
今の一発で精一杯だ。
そんな魔法力がある訳は無かった。
「・・・・・っ・・・今度は剣で勝負よ!!」
マイは隼の剣を持って駆け出した。
この剣の2回攻撃をもってすれば、
身動きの取れないアレンを捕らえる事くらいできるはず。
そう思ったのだが・・。
「そうまっすぐ来られるとなあ・・・・。」
アレンは素早い隼の剣による攻撃を全て動くことなく
上半身だけでかわしていた。
そして、一瞬疲れで動きが遅くなった所を、
アレンが一度だけ振るった剣で吹き飛ばされた。
「きゃああっ!!!」
「あ・・・やべ・・・・。」
軽く振るったはずが、軽量のマイは吹き飛ばされて、
地面に叩きつけられてしまった。
***
「大丈夫か?」
マイは、気がついて、はっと起き上がった。
「い・・いたた・・・・。」
「あ、まだ起きないで下さい。
回復魔法が終わっておりません。」
どうやらクレハが必死にホイミを唱えていたらしい。
サマルトリアの王女に怪我をさせてとなったら、
大変な事だ。
「あ、大丈夫です。」
そう言って、マイは自分で自分に回復魔法をかけた。
どうやら完治したようだ。
「アレン様・・・・やっぱり・・強い。すっごい強い・・・。
あんなに私稽古してたのにーー。」
マイは、顔を覆って、はぁっとため息をついた。
「いや、姫思ったより全然強かったぜ。
カインより強いんじゃねえか・・・!?」
そうアレンがマイに声を掛けると、
心外だという風に、マイは首を横にぶんぶん振った。
「私なんかと比べないで下さい!
サマルトリアの最強はお兄様です!!」
「え・・・・あ・・ああ・・・。」
いや、まぁさすがに本気で戦えばカインの方が強いだろうが、
旅を始めた当初のカインのことを考えれば
マイは十分強いと思うのだが・・。
「なあ、何故俺がカインに会っちゃ駄目なんだ?」
「そ・・・それは・・・!」
マイは少し眉を潜めて、うー・・・と唸った。
「お兄様が、アレン様に直接お話しすると思います。」
「え・・・?」
「私から言う事では無かったです。
申し訳ありませんでした。
アレン様、ご無礼をお許しください。」
マイは土下座をするように、
頭を深く下げた。
「いや、俺も久々に剣が使えたし、
全然それは気にしていない。」
「アレン様は、お兄様より強いんですよね?
でも、アレン様はとてもお優しい。
だから・・・どうか兄の事、よろしくお願いしますね。」
「・・・・?」
なんなのだ?
何かマイの苦渋の色を浮かべた様子にアレンは戸惑ったのだが、
どうやら「会うな」と言うのは解除されたらしい。
「そろそろ帰りますね・・・!
お兄様に怒られちゃう。じゃあ、アレン様、クレハさん
失礼致しました!!」
「あ・・・おい!」
言うなり、マイの体が光に包まれて消えた。
どうやらルーラをしたのだろう。
「マイ様・・・本当に何だったのでしょう・・?」
見守っていたクレハも、
マイが落ち着いてくれたので安心したが、一連のやり取りに驚いていた。
「さぁ・・・?」
「ところで、アレン様・・・
私、今回つくづく思いました。
これでは来るべき有事にアレン様の足を引っ張るだけです。
もう少し私を鍛えていただけませんか・・!?」
「お?どうしたんだ?お前。」
自分より年若い女性でもあれだけ戦える。
マリアのような魔法使いと言うのではなくて、
マイは剣も使った。
アレンの一番近くにいる女性として、
負けっぱなしなのは少し癪だった。
「そうだなー。まだまだ、お前未熟だったもんなー。」
「はい。私、負けません!
剣も・・料理も・・・サマルトリアのお方に負けないように精進したいです・・・!」
「ん?料理?サマルトリア?」
どうやらクレハはあの2人の事を意識しているらしい。
アレンはそんな様子にくすっと笑った。
良い事じゃないか、当分退屈しなさそうだ。
「・・・・・・ああ、付き合ってやるよ。」
マイに言われた事は少し気になったが、
近々カインが来たら聞いてみようと思った。
- 終 -
2013/08/18
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