「おかえりなさいませ!!」
クレハは予定より相当遅れて帰還した我等が主を
笑顔で、だが少し心配そうに出迎えた。
「アレン様、どうされたんですか?
お戻りが遅くて心配してたんですよ。」
アレンはずぶ濡れの土まみれだった。
「ああ、ただいま。
ふい〜〜。途中で土砂崩れがあるわ、
川の氾濫はあるわで、ずぶ濡れになっちまったよ。」
「ええ!?大丈夫ですか!?
お怪我はありませんか?」
「怪我とかは大丈夫だよ。
それより俺腹減った。」
アレンはいつもの笑顔でそう言った。
クレハは少し呆れた顔で安心したように笑った。
「ふふ、ご用意出来てますよ。
お待ちくださいね。」
アレンをはじめ、ローレシア兵は
ローレシア南の祠へ行く途中の橋が老朽化しているという事で
その視察に出向いたのだ。
が、あいにくの悪天候で視察は困難を極めたと言う事だ。
アレンは出された食事を口にしながら、
今回の成果を説明した。
「橋も今は大丈夫だったけど、時間の問題かもな。
近々建替えした方が良いな、ありゃあ。」
「そうですか。
・・・大変だったんですね。
皆さんにも怪我はなかったですか?」
「ああ、なんとかな。皆無事に帰ってきたぜ。」
「そうですか。それは、良かったです。」
クレハは胸を撫で下ろした。
だが、危険な目にあっていたアレンの手助けになれない
自分が少し悔しかった。
「おいおい、なんだその顔は。
お前自分が付いて来たいとか言うなよ?
赤んぼだっているんだから。」
どうやら見透かされていたらしい。
クレハは少し冷静になった。
子どもだってまだ乳飲み子なのだ。
「まぁ、でも一つ頼まれてくれるか?
あいつらもさ、濡れまくって冷え切ってると思うから、
このスープ、余ってるなら持ってってやってくれねえか?」
「これ美味いし」、と言いながらアレンはスープをぐいっと飲み干した。
「アレン様・・・。」
優しいアレンの兵たちへの気遣いだろう。
アレンのその気持ちは、クレハだけが独り占めしていいものではない。
兵たちもきっとその気遣いに感激するだろう。
クレハは頷いて立ち上がった。
「あ、でもちょっと待て。
持って行く前に、俺にもう一杯お代わり〜。」
そんな子どもっぽいアレンにも思わず笑ってしまう。
「ええ、お待ちくださいね。」
せっかくのアレンの発案だ。
スープはちゃんと作り直して
皆に行き渡るように準備することにしようとクレハは考えた。
クレハが大きなお鍋を持って駐屯場に顔を出すと、
最初は不思議そうな顔をしていた兵たちも
王の心遣いに嬉しそうに歓声を挙げた。
「おい、お前達!
王妃さま直々の手作りスープだぞ!
アレン様のお墨付きの一品だ!
心して食すように!!」
わざとそんな風に大仰に言うのは
古くからアレンから剣の手ほどきを受けた事のある
今やベテラン兵の1人、スコアだった。
スコアはわざと兵たちを鼓舞するように
そんな風に言ったのだ。
「おいおい、慌てなくても全員分あるから大丈夫だ。
さぁ、並べ並べ!!」
クレハの作ったスープより、
普通に料理人が作ったスープの方が美味に違いないのだが、
それでも、兵たちは嬉しそうに施されたスープを喜んでくれた。
その様子にクレハも嬉しく思った。
これで全員に行き渡っただろうか?
クレハが周りを見渡すと、離れた所に
まだスープを手にしてない人を数人見つけた。
なにやら話し込んでいる様子だ。
スープを渡しに行こうと思ったが、その真剣な立て込んでいる様子に
思わず躊躇って聞き耳を立ててしまった。
だが、その内容は聞いていられないものだった。
「あんな事は人間が出来る事じゃない。
化物だとしか考えられない・・・!そうだろう!」
「確かに、自分の目で見るまで信じられなかったが、
人間の所業とは思えない・・・。」
「そうだ。
ここの英雄王さまは人間じゃない。化物だよ!」
話の内容に思わずクレハは眉を顰めた。
誰の事を話しているのか、間違いなくアレンの事だろう。
クレハが詳しい話を聞こうと足を踏み出そうとすると、
それを、スコアが留めた。
「スコア。何故止めるの。
あの者たちは何を話しているの?
恐らくアレン様について話しているのでしょう?」
「クレハ様・・・。
あれは昨今新たに入隊した新米兵のジャックと言う者です。
アレン様に命を救ってもらってもらいながら、
全く無礼なやつらです。」
スコアは吐き捨てるようにそう言った。
「何があったの?」
ローレシア南の橋の視察に行く途中、
悪天候で嵐に見舞われた一行を、
暴風雨で視界も悪い中で突然の崖崩れが襲ったらしい。
それをアレンが剣一本で迎撃したんだそうだ。
「アレン様が剣を一度振るうだけで、
巨大な落石もいくつも霧散していきました。
それだけじゃないです。
人間離れした脚力と腕力で、川に落ちかけていた兵を救ったのです。
おかげで皆全員一人欠けることなく帰ってこれたのですよ。」
スコアは少し興奮気味に当時の状況を説明してくれた。
なるほど、悪天候で大変だったとはアレンも言っていたが、
実際の所、もしかすると死者が出ていたかもしれないような状況だったのだ。
「あんな無礼な奴ら、放っておきましょう!
アレン様のお心遣いなんて無用ですよ。
さ、クレハ様行きましょう。」
スコアは怒り気味にそう言ったが、
クレハは男たちの方へと向かっていった。
男は、先ほどのスコアの兵らへの言葉も聞いていなかったようだ。
駐屯場に見慣れない女がいるとでも思ったのか、
一瞬びっくりして、クレハの姿を上から下へと見定めるように観察した。
「だ、誰だ・・・!?女・・・?」
「お前達、口の聞き方を慎め!!
我がローレシア王妃様だぞ!」
そうスコアが咎めると、さすがに恐縮して男は膝をついた。
尚も何か言おうとするスコアを制止して、
クレハはスープを差し出した。
「あなた方も寒かったでしょう、
これはアレン様からのねぎらいの気持ちですよ。」
「お、王妃さま・・・なのですか!?
これは失礼致しました・・・。」
男は慌てて傅いてクレハに詫びた。
そして丁重に恭しくスープを受け取って飲み干した。
その様子を満足そうに見守ると、
クレハは踵を返した。
「私は、そろそろ帰るわね。
あなた方、これからも鍛錬に励んで下さいね。」
ひとしきりスープも配り終わり、
役目も終わったと、クレハは駐屯場を後にした。
スコアはそれを見送りに城まで着いてきた。
「クレハ様はやはり寛大だ。
あのような無礼な新米兵にまで温かい心遣いを。」
そう言われて、クレハは周りを急に見渡した。
そして、誰もいないのを確認すると
おもむろに首を振った。
「違います。
実は私すごく怒っているんですよ。」
「え・・・ええっ?」
「何をおいたって、アレン様に対しての
無礼な態度は私許せない!
化物って何なんでしょう、助けてもらっておいて!!」
「・・・・・。」
握りこぶしを作ってそう言うクレハの変わりように
スコアの方が目を丸くして驚いた。
「でも・・・先ほど・・・。
あんなに温情をお見せしたではないですか?」
「そりゃあ、私のこの私情と、ローレシア王妃としての行動は
別物であるべきだとくらい、思っています。」
逆に言うと、化物などと恩知らずな事をいう男にも
同じ舞台に立って腹などたてず、
人間味のある寛大な施しをしなければならないと思った。
「あんな無礼者は、アレン様の温情を思い知ったら良いんです。
こんなに優しい人はいないんだから。」
ぷんぷんとそんな事言うクレハに、スコアは少し笑った。
「なるほど、クレハ様は怒ってたから、
あんな風に対応したのか。
立派な方だと思ったのに、
クレハ様意外な内面があるんですね。」
「そうです!
私はこう見えて短気なんですよ。」
では、あの時浮かべていた笑みは
それこそ冷え切った微笑だったのだろう。
クレハは自分でもそうやって溜飲を下げようと思ったが、
それでも一つの単語が頭を離れなかった。
『化物』
その言葉は簡単には許せないし、アレンに聞かせたくないと思った。
言わずもがな、アレンはロトの血を引いている。
そのせいもあってか、小さい頃から剣の才能は
誰よりも抜きん出ていた。
これらの状況があいまって、
アレンは昔から随分人々から後ろ指を指されたりしていた。
だが、世界中を旅して、
文字通り勇者として、邪神や破壊神を討伐し、
世界を救った今、アレンは真の英雄となった。
言うに事欠いて、何が化物だ!
誰に向かってそんな口を聞いているのか!
いや、別にアレンに向かって言ったわけではないが・・・。
そりゃあ旅を経て、ますますその剣技は上達し冴え渡っている。
到底、並みの兵では真似できるものではないし、
実際人間離れしてしまったかもしれないのだが。
それでも、明らかに悪意を感じずにはいられないではないか。
どうやらクレハは、
自分が思いのほか腹を立てているらしいと気付いた。
数日後、
まだその怒りの冷めやらないクレハの元に
その男ジャックが現れた。
「あ・・・あなたは・・・。」
大仰に怪訝な顔をするクレハに、
ジャックは申し訳無さそうな顔をして何かを差し出した。
「王妃さま、
先日は誠に申し訳ありませんでした。
頂いたスープとても心が温まりました。」
「そうですか。
で・・・、これはなんです・・・?」
ジャックが差し出したものもスープのように見える。
一体何の真似だろうか。
「私も作ってみたのですよ。
あの時、本当に嬉しくって。そのお礼です。
どうぞ、召し上がってもらえませんか?」
「・・・・??」
本当か?
クレハは眉を顰めて、そのジャックの表情を伺った。
信用なんてとても出来ない男だと思う。
だが、先日のことがあり、アレンに気持ちが通じて、
心を入れ替えたのだろうか?
そうであれば嬉しく思う。
いや、だが本当にそうだろうか。
もしかすると罠かもしれない。
クレハは頭の中で考えがまとまらず何度も
ジャックの意図が読み取れなかった。
だけど、罠だったとしても、
アレンの気持ちへの返答がこれだとするのであれば、
クレハは、例え毒でも、これを笑顔で受け取らない訳にはいかないと思った。
「ええ、ありがとう。」
クレハは顔に笑顔を浮かべて、
スープを受け取った。
そして、一口それに口をつけた途端、
世界が急速に暗転して行った。
中に睡眠薬でも入っていたのだろうか、
クレハは飲みかけの皿を落とし、その場に膝をついた。
「こ・・・れは・・・。」
やはり、罠だ。
何のためにこんな真似をするのか?
失われていく意識の中の
ほんの刹那の時間に冷静にクレハは考えた。
これを口にしたのがアレンでなくて良かったと。
***
アレンは先ほどからずっと右往左往しながら、
泣き叫ぶ赤子を抱いていた。
「カルいい加減泣くなって。
もうすぐ母ちゃん帰ってくるって。」
つい先ほどまでご機嫌だったのに、
急に泣き出してしまった赤子の顔を覗き込んで
話しかけた。
「あ、あーう。まん、まーー!
あーーん、うわーーーーん!!」
「はいはい。父ちゃんだって
泣きたい気分さ。」
「まーーーんまーーー!!ああーーん!」
「分かったって。
こうなったら母ちゃん探しに行くか。
母ちゃんに会いたい人、はーい。」
アレンは、赤子の手をはーいと引っ張った。
話してる言葉の意味が分かったのか
赤子は泣きやんだ。
「よーし、いい子だ。
おっぱいの時間になっても帰らないなんて
悪い母ちゃんだな。」
アレンは赤子を抱いて、
部屋を出て行った。
廊下で会う人に尋ねても誰もクレハの
居場所が知らない。
次第にアレンも心配になってきた。
クレハは一体どこへ行ったのだろうか?
「母上、母上!!」
アレンは、母の部屋を尋ねた。
クレハは母と話が合うので、よくここに来ているのだ。
長話に及んでいるとすればここだと思ったのだ。
「アレン?一体どうしたのですか?」
母が扉を開けると、
返事もせず、アレンは部屋の中を覗き込んだ。
「母上、クレハは来ていないか!?」
その質問に、母は少し呆れたように言った。
「あなたときたら、私の部屋に来たら
いつもそれね。何歳になっても変わらないわ。」
「そんなの、今良いだろ・・!
で、クレハは?」
「来ていないわよ。
どうしたの?」
その言葉に抱いていた赤子が泣き出した。
「カル泣くなってば!!」
「アレン・・・。本当にどうしたの?
クレハが見当たらないの?」
アレンはコクリと頷いた。
「もう、半日になる。
俺は何も聞いてない!!」
クレハがいない。
小さい頃から逆はしょっちゅうなのだが、
クレハがいなくなるのは確かに初めてだ。
それにそれだけで、こんなにアレンが不安そうにするとは
少々母は意外だった。
「アレン、あなただって泣きそうな顔をしているわよ。
あなたたちね、男の子が二人揃って本当だらしがない。」
「な・・・だ・・・、誰が!!」
アレンにとって、クレハはただの伴侶とだけではなく
かけがいのない存在だというのは母にもわかっている。
「良いわ、赤ちゃんは私が預かるから、
クレハを探しに行ってきなさいよ。」
そういうと母は赤子を預かってくれた。
「ほら、行って来なさい。」
「分かった。ありがとう。
すぐにクレハ連れて戻ってくるよ。」
アレンはそう言うと扉を出て、
廊下を駆け出した。
次に向かったのは駐屯場だ。
ローレシアの兵たちが
何も見ていないということはないだろうと思った。
が。帰って来たのは意外な答えだった。
「アレン様、どうしてここにいらっしゃるんですか?」
「は?何だよその質問。
俺はクレハがどこへ行ったかと聞いたんだぜ。」
「アレン様が外出なさるというから、
馬を用意するように言ったのではないですか?」
「何だそれ。何だよそれ!!
・・・・俺はそんな事言ってねえぞ!?」
アレンは、兵を捕まえてどういうことか問い詰めた。
数時間も前に、誰かがアレンの名を使って
馬を用意させたと言うのだ。
それを聞いてアレンは、ローレシアを飛び出して
クレハの後を追った。
- 続く -
2014/08/13
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