鳥が鳴き、太陽の光が差し込んでくる。
朝が来た。
私はまだ寝室でまどろみながら、
昨日の出来事が、何だか夢の中の出来事のだったんじゃないかという、
現実感のない幻のようなふわふわした感覚を感じていた。
それだけ、昨日の事は、実感が無い出来事だった。
今でもあれが現実なんかじゃなくて、
ただの自分の願望だったんじゃないかと言う
思いすらしている。
でも、目を開けると、あれが現実だったんだと実感できた。
自分の左手に輝いている指輪の輝きが目に入ったからだ。
カインからもらった婚約指輪だ。
長く待たせて悪かったと、そして結婚しようと、言ってくれたのだ。
もう、自分は独りではない。
私は、その喜びをかみ締めた。
が、ふと見ると、指輪の先にいるはずのカインがいなかった。
「もう起きちゃったのかしら・・・?
今って、何刻なのかしら。」
体を起こすと、
ちょうどその時扉の近くでお付の女官の声がした。
「マリア様、失礼致します。
お食事のご用意整っております。」
「え、もうそんな時間?
いやだ、私寝坊したのかしら?
ごめんなさい。」
慌てて起き上がった。
見るとすでに太陽もすっかり高い位置で、
私は寝過ごしたんだと思った。
「いいえ、大丈夫ですよ。
カイン様が、ゆっくり休ませて欲しいって言ってたんです。」
「え??
あ、そういえばカインはどこに?」
そう尋ねると女官は嬉しそうにうふふと笑った。
「もうもう、マリア様それがすごいんですよー。」
怪しい笑みの意味が分からなかったが、
部屋を移動してその意味が分かった。
「おはよう!マリア。
よく眠れた?待ってたよ。」
食卓に並んでいるのは、
普段の朝食とは比べ物にならないほどの
料理の数々だった。
「お、おはよう・・・カイン。
あの、これは一体?」
「えへへ。作ってみたんだけど、
マリアの口にあうかなあ?
サマルトリアから美味しい野菜と果物いっぱい持ってきたし、
食べてみてね。」
どうやら、張り切ってカインが朝食を作ったらしい。
「カイン様ってばお優しいのですよ。
マリア様の分だけでなく、
私ども従者の食事まであてがって下さったのです。
もう、これが、本当美味しくて美味しくて。
は、スイマセン。どうぞマリア様お召し上がりくださいませね。」
とろける表情で女官がうっとり語りながら、
ぱたぱたと配膳の用意をした。
見ると、この女官だけじゃなく、
皆普段よりも心なしか血色の良い嬉しそうな顔をしている。
皆の分も用意したのだろうか。
従者達は、普段の質素な食事と違う色とりどりの朝食に
今日も一日の元気をもらったのだろう。
「マリア、食べよう食べよう。
僕もお腹が空いたんだー。」
「待ってたの?先に食べたら良かったのに。」
「え、マリアと一緒に食べたかったもの。」
カインのお腹からぐ〜〜と音が鳴った。
朝から一仕事を終えて、空腹で待ってくれてたのだろう。
「ありがとう。頂くわね。」
ポタージュはかぼちゃの甘みがして飲みやすかった。
焼きたてのパンはさくさくして香ばしかったし、
サマルトリアから持ってきたという彩り鮮やかな野菜は
どれも美味しかったし、中には見たこともないような
フルーツもあった。
どれも優しい味わいで、食べやすく美味しかった。
カインはきっとこれらをムーンブルク城で振舞う事で、
皆の心をすっかり溶かしたのだろう。
元々たまにムーンブルクに来ることはあっても、
こんな風に全員に行き渡るように何かをしたことなんてない。
本当に、このムーンブルクの国で
私達と一緒にやっていこうと思っているからこその
今日のこの行動なのかと思った。
だが、彼の気持ちもきっと皆に伝わっただろうと思うから・・・。
「カイン、でも明日からはこんな事しなくて良いからね。」
「え?こんな事って?
朝ごはん作っちゃ駄目?
美味しくなかった?」
「そんな事ないわ。とっても美味しいけど。
でも、うちには一応料理人もいるんだから、
その仕事を取っちゃあ、彼らがクビになっちゃうわ。」
「そっかあ・・・。」
せっかくのカインの作った料理を食べる機会を
あえて自分で失してしまった気もするが、
これはしっかりと線決めしておきたかった。
「分かったよ。」
カインはうなずいた。
自分で言っておきながら、
・・・きっと、これがアレンだったら、
明日も作ってくれ!と言ったんだろうな・・・と
カインに気付かれない程度にうなだれつつ。
「マリア、指輪付けてくれてるんだね。」
カインの言葉に私は思わず薬指の指輪を見た。
そうだ、昨夜は夜更けで暗かったため、
あまりじっくり見ていなかった。
指輪は優しい曲線をえがいており、
大きなダイヤモンドの宝石の周りに、
小さな宝石がちりばめられていた。
その小さな宝石は、珍しい事に良く見ると緑色に輝いた宝石だった。
「ふふ、その小さなのはサマルトリアの宝石なんだよ。
緑色のダイヤモンドってちょっと珍しいでしょう。」
少し自慢げにカインが教えてくれた。
顔を上げると、その緑色が、カインの目の色と良く似ていた。
「本当ね。素敵な指輪。
大事にするわね。」
「喜んでもらえた?
とっても似合っているよ。」
そう言えば、私はあまり貴金属の類を身につけていない。
滅びる国から身一つで生き残り、生死をかけた旅をしていて、
復興後も、そもそも国の財政がそれどころではないというのもあるのだが、
昔、亡き母などは、綺麗なネックレスを身につけていたような・・・
気のせいだろうか?
何となく気になった。
食事を終えてから、
私はこっそりと、かつてのムーンブルクの事も良く知る年配の侍従に
そのことを聞いてみた。
「ええ、それは本当ですよ。
王族の方はかつて、王様も王妃様も、
皆様決まってある宝石を身につけていたはずです。」
「本当?確か記憶によると、赤いこれくらいの大きさの・・・。」
「そうです。赤く輝くルビーです。
魔力も篭っており、国宝石とも言われた宝石です。」
自分のかすかな記憶が確かなものだったんだと分かり、
少し嬉しかった。
「城も潰れてしまってから、もう無くなってしまいましたけれど、
確かにありました。」
だが、残念な事に、やはりあの宝石は
もうこの国にはないそうだ。
「マリア様とて、今はその宝石を身につけるべきお人ですものね。
でも、ひょっとするとそれは可能かもしれませんよ。」
「と言うのは・・・?」
「マリア様、風のマントと言うのはご存知ですよね?」
「え、ええ・・・。」
侍従の言葉に、私は耳を傾けた。
それは驚きの話だった。
風のマントのことは、
かつてアレンたちとそれを取りに行ったから知っている。
それは、昔からムーンブルクだけでなくムーンペタでも語り継がれていたアイテムだった。
そして、かつて、その塔の近くの崖山で、その国宝石と同じ宝石が採取できたと言う。
「ですから、マリア様が亡きお母様方と同じあの宝石を、
ムーンブルクに伝わる国宝石を身につけることは
きっと、可能です。」
「・・・・・・。」
私はその事を聞けて嬉しく思えた。
「ありがとう、素敵な話を教えてくれて。」
今私達は新しいムーンブルクと言う国を作ろうとしているが、
古いかつての国の形と言うのも大事にしていきたいと思っていた。
だけど、まぁ、それは急ぐ話しでもない。
いつか、時間と機会が巡れば・・・と言う程度に思っていた。
それから数日の時が経った。
「マリア〜〜。お疲れ様、」
今日も、政務官たちとの
まとまらない会議をして、疲れていた私のもとに、
遠慮がちにカインがやってきた。
「お疲れ様。
カインも、びっくりしたでしょう。
うちはまだまだ問題山積みで、政務官たちも
相変わらず浅慮で困っちゃうわ。
移民の受け入れ問題も急がれるだろうけど、
土地の整備が先だと思うのよ。」
「まぁ、問題山積みなのはどこも一緒だよ。
慌てない慌てない。
それより、チーズケーキがうまく出来たんだけど、
一緒に食べない?」
思わぬ言葉に私は目が点になった。
なんだなんだ、いつの間にカインはケーキなんて作っていたのだ?
午後はずっと立て続けの会議と来客で瞑れてしまったのに。
「ケーキ?」
「ご飯は作っちゃ駄目だって言うから、
こっそり作ってみたんだ。
どうかな。疲れたときは甘いものが良いよ。」
「いや・・・それって。」
思わず私は笑ってしまった。
「でもねカイン。
私、思うんだけど、あなたと一緒にいたら、
太っちゃうかもしれないわね。」
笑いながら、日々の疲れが癒される気がした。
「ぽっちゃりのマリアも素敵だと思うよ?」
「いやよ、乙女心が分かってないわね。
カインってば。
私ダイエットしなきゃ。」
私は唇を尖らせた。
「じゃあ、クナさんがマリアが駐屯場に来てくれないって
寂しがってたから、一緒に剣術稽古とかどう?」
「剣術?そうね、体動かすならそれもいいかもね。」
「あはは。だったら、アレンも呼んで楽しくやろっか。」
「アレンを?それは、危険よ。
大変な事になるわよ〜〜?」
くすくす笑いながらそんな会話をした。
カインはすっかり、ムーンブルクの人たちに受け入れられていた。
一般の人も、城内の侍従や兵達、あらゆる人たちにだ。
元々知らない人物でもないし、彼本人の人当たりも良くて、
すぐに慕われていた。
私が国内外の折衝を行うときは同席しているが、
カインがいる方が、場が落ち着いて回っている気がする。
これは私が何かをしたと言うよりは、
完全に彼本人の努力の結果だろう。
本当は、私がもっと根回しするべきかと思ったが、
カインは人の懐にすっと入り込んで、誰とでも親しくなるのだ。
そして、疲れた私にはこうやってケーキだ、なんだと気遣いもしてくれる。
会話するだけでも知らず笑顔になっているくらいだ。
だが・・・
ふと、思った。
では、逆に私は一体彼に何を返せているのだろうか?と。
優しいカインに甘えているだけではいけない。
指輪までもらったのに・・・。
そこで、私の脳裏の先日聞いたあの話がよぎった。
「マリア?どうしたの?」
急に真顔になった私に、
カインが不思議そうに声をかけた。
私はその問いかけを適当な笑みでごまかした。
この思いつきは、カインに気付かれないようにしたかった。
***
「これはマリア様!
私達の鍛錬場に顔を出して下さるのは
久しぶりですね!さぁ、どうぞ奥へ。」
私は久しぶりにムーンブルク兵が修行に励んでいる
鍛錬場に顔を出した。
ムーンブルク兵の1人、クナが
笑顔で、しかし少し恐縮したように私を迎え入れてくれた。
実は別に、彼らの修行を見に来た訳ではない。
生粋のムーンブルク人のクナに話したいことがあったのだ。
ムーンブルク王家の人間がかつて身につけていたという
赤いルビーの国宝石の話を。
この話をすると、
クナは昔懐かしい思い出話を聞いたような顔で頷いた。
「知っています!!
私も昔両親からその話を聞いたことがあります。」
「知っているのね?
やっぱり、この話本当の話だったのね。」
「おお、マリア様がとうとう、かつての王族様方と同じ
あの時の国宝石を身につけられようと言うことですね!
素晴らしい事です!」
「え・・ええ・・・えっと、そうなの。
お母様、お父様に縁のあるこの国の宝石。
何も残ってはいないけど、それを取り戻したくて。」
「是非実現させましょう!
ええ。私は両親からの話を覚えています。
場所はわが国からはるか東。
ちょうど風の塔が聳え立つ辺りです。」
侍従長がいったのと同じあたりだ。
確かに宝石はそこにあるのだろう。
「分かったわ。
じゃあ、クナ一緒に行ってくれるかしら?」
私の言葉に少しクナは驚いた顔をしたが、
すぐに力強く頷いた。
ちょうど、ある程度会議も落ち着いてきたころ、
私はクナと2人で、国を出立する事にした。
当然のように、カインは自分もついて行くといった。
「いいえ、カイン大丈夫よ。
クナがいるもの。」
「え・・・?え、でも・・・。
なんだか、随分遠くまで行くんでしょう?
一緒に行くよ。」
「大丈夫よ。
これはムーンブルク国家、
そして王家にとって重大な任務なのよ。
かつてのムーンブルク王族の生き残りとして、
私たちだけで行ってこなければいけないのよ。」
「そ・・・そうなの・・・?」
カインは少し眉を顰めて、
怪訝な顔をした。
見ると、クナまで怪訝な顔をしている。
いや、実際これは確かに、
かつてのムーンブルク国に繋がる話ではあるが、
そこまで厳密な王家の秘密でも何でもない。
クナも少々驚いているだろう。
でも私は、どうしても自分の手でそれを取りに行きたいと
思ったのだ。
「わ、分かったよ。気をつけてね。」
結局、マリアの気迫に逆らえない形でカインは
私達を見送ってくれた。
風の塔と言えば、地図上では、
ムーンブルクからちょうど真東の辺りだが、
実際は高い崖が覆い囲っているため、
直進では向かえない。
大きく海沿いに迂回する必要がある。
「マリア様は、このような足場の悪い場所まで
よくご存知でいらっしゃるのですね。」
「まぁ、一度来たことがあるしね。」
そのときは3人で。
それも、ムーンペタでアレンたちの仲間になってからの
初の遠出だったため、戦い方も噛み合っておらず、
何かと彼らに迷惑と心配をかけた事を思い出した。
「その頃は今と違って、魔物もいっぱいいたわ。
今はよっぽど平和よ。」
道だって分からなかったし、食料だって調達しがてら。
ほとんど城の外へ出たことも無かった私にとって
魔物と戦いながらの道中は、今思い出しても
よくやったなと思う。
ひとえに仲間達の力だろう。
「大変だったのですね・・・。」
クナも当時を思うと頭が上がらない思いがした。
そして今は当時と違って魔物も出ないし、
道もはっきり覚えている。
随分と楽に風の塔までたどり着いた。
「さぁ、ここまで来たのは良いけれど。
あとはどこへ行けば・・・。」
「確か、崖の合間の小さな洞穴から
採掘員が通っていたと言う話。
もしや、これではないでしょうか。」
人が通れるかどうか、
小さな細い洞穴が崖山の脇に存在していた。
こんなものは知らなかった。
「クナは、詳しいのね?」
「ええ、もしかして、私の血族がかつて
その採掘に参加していたのかもしれません。
今こうやってマリア様と一緒に任務にあたれる事が
とても誇らしい思いがします。」
「そ、そう・・・。」
「険しい困難をクリアしたものが
宝石を手に入れられると言う事です。
亡き国王様たちの無念を晴らすためにも、頑張りましょう!」
「え、ええ・・・」
いつの間にか、クナの中では今回の試練が、
亡き国王、はたは亡くなった国民達への
慰霊の思いを込めた物になっていたらしい。
しかし、険しい困難とは・・・?
クナを先頭に薄暗い洞穴を進んでいくと、
暗闇に何かが光った。
「おお、今光った!
もしや宝石があそこに・・・!」
光を頼りに駆け出したクナであったが、
そこにあったのは宝石などではなくて、
もっと無機質な輝きだった。
光は、突然の来訪者に驚いたように
ぴょんとその場で跳ね上がった。
「・・・!?スライムか!!」
「待って、それは!」
クナは、あわてて携えた剣を振るった。
だが、その剣の攻撃は、キーンと鈍い音がした。
どうやらスライムにはダメージにならなかったようで、
私達に敵意を感じたスライムは慌てて逃げ去った。
「あ、逃げた!」
「追わなくて良いわ。
今のはスライムじゃなくてメタルスライムよ。
薄暗がりだけど、色が違ったわ。」
私は慌ててクナを呼び止めて、逃げた魔物を見送った。
メタルスライムは足が速い。
追いかけた所で、追いつく事はできないだろう。
と言うか、それよりも、魔物がいる事に驚いた。
城の周りや平原では、ほぼ魔物は見かけなくなったが、
こういった人里から離れた洞穴の中で、
隠れるようにして未だ生息しているのだろうか。
その推測は当たっていた。
狭い洞穴なのだが、隠れ住んでいた魔物たちが
久々の侵入者に、目の色を変えて襲い掛かってきた。
「マ、マリア様お下がりください!
ここは、私が!!」
そうなると、口にする言葉は心強いのだが、
いっぱしの兵で、護衛に適任のはずのクナは
少々及び腰になってしまっていた。
「うおお、魔物の群れ!
恐るるに足らず!」
勇気を振り絞って戦っているクナは、
勇敢にもいや、無謀にも魔物の群れに突入していった。
「ちょっとクナ、待ちなさいってば!」
クナは勢いそのままに、
大ねずみなどの魔物を一刀の元で斬り捨てる成長を見せたが、
魔物の特性についてはあまり知らなかったのだろうか。
「ラリホーアントよ!気をつけて!!」
私のその言葉と、ラリホーアントがラリホーを唱えるのが
どうやら同時だったようだ。
「ぐ・・・・ぬ!?」
助言むなしく、クナはその場に崩れ落ちた。
「ああ・・・。
仕方ないわね。」
私は久しぶりに、バギの魔法を唱えた。
まぁ、この付近の魔物には一線を退いた私の
この程度の魔法でも十分通用するであろう。
ラリホーアントを無事倒し、
先へ進もうと思ったが、こんな魔物のいる場所に
クナを置いていくことも出来ない。
目が覚めるまで待とうかと思ったが、
洞穴の出入り口の方から声が聞こえた。
「おーーい、マリア〜〜!」
その声に振り返ると、
ムーンブルクで自分を見送ったはずのカインが追ってきていた。
「カイン・・・?どうしてここへ?
今回は手助けは無用だと言ったはずよ。」
あまり喜んでいない表情に、
カインは一瞬ひるんだ様子だった。
勿論この表情は意図的なものだった。
「邪魔をしにきた訳じゃないよ。
今、すごい音がしたよ。
魔物がいたんでしょう!?」
「だとしても、大丈夫よ。
私の魔法の力を知っているでしょう!?
この辺りの魔物に引けを取るとでも思っているの!?」
その言葉に一瞬カインは返す言葉に詰まった。
「思ってないよ。
思ってないけど、心配するのは駄目な事?」
「心配は無用よ。
先に帰ってて大丈夫よ。」
「・・・・・。」
あくまで私は手出しは無用だと主張した。
自分の手で成し遂げたかったのだ。
と言うか、カインが着いて来ては意味が無い事だと思っていた。
「でも、クナさん置いていかないんでしょう?
肩を貸して一緒に連れて行くくらいは良い?
クナさんが目を覚ますまで。」
「わ、分かったわ・・・。」
大の成人男性を引っ張り連れて行く腕力は
自分には無かったので、その申し出は少しありがたかった。
「じゃあ、決まりだね。」
カインはクナに肩を貸すと、
先へと同行することにした。
魔物は確かにそこからも出てきたが、
さほど強い訳でもなく、
カインが手を出す事も無く私の魔法で、
難なく倒しながら進む事が出来た。
「あら?出口かしら」
「風を感じるね・・・。」
暗くて狭いばかりだったはずの洞穴の先から
今まで感じなかった風を感じた。
進んでいくと風だけでなく、外の光も感じた。
間違いなく出口・・・と思って進むと、そこで広がっていた光景は
驚きの光景だった。
細い小道自体は、洞穴を抜けても尚も続いていた。
だが、小道は断崖絶壁の崖伝いに続いており、
いつの間にこんな高い所まで上ってきたのか、
見下ろす先は奈落の底だった。
私は思わずごくりと息を飲んだ。
だが、小道は確かに先に続いていて、
かつて誰かがこの危険を冒してでも、
ここを通っていた事は間違いない事だった。
「何・・・これ。
マリア、危ないよ。落ちたらタダじゃすまないよ。
まだこの先を進むの?」
今まで口も開かず、何も言わずに付いてきていたカインが
見かねて私に声を掛けた。
「そ、そうよ。ここからは、道が細いようね。
あなた達はここで待っていて。
用事を済ませて帰ってくるから。」
私の言葉にカインは首をぶんぶんと振った。
「待ってよ。危なすぎるよ。
風だって吹いている。
落ちたらどうするの!?大怪我するよ!!」
「大丈夫よ。かつてのムーンブルク人はこの危険を
犯して先へ進んだと言うわ。
私に出来ないはずないわ。」
そこで、ふと私はあることが頭をよぎった。
この洞穴のすぐ傍にあった、
風の塔のムーンブルク伝来のアイテム、風のマントの事だ。
もしかして先人達はそれを身にまとって
この試練に挑戦していたのではないか?と言う事だ。
風のマントさえあれば、万一ここから落ちても
ふわふわと飛翔して、大事には至らないだろう。
そこまで考えて、だが、しかしどうしようもないと思った。
風のマントは今もアレンが持っているだろう。
今ここで引き返して、アレンにそれを借りに行くなんて事は
とてもじゃないが出来ない事だった。
私はその未練がましい思いを振り切った。
「私、行くわ。」
落ちなければ、良いだけの事だ。
だが、尚もカインは承服出来ない様子で主張した。
「駄目だよ!
この先に何かがあるの?
じゃあ、僕が行ってくるよ!僕なら空だって飛べ・・・」
「無用よ!!」
私の大声に、クナが驚いたように目を覚ました。
周りをきょろきょろと見渡していてカインの顔を見て
嬉しそうに声を掛けた。
「はっ、あ?カイン様。来て下さったのですね。」
「クナさん・・・。
クナさんからも言ってください。
マリア、この先に1人で行くって言うんですよ!!」
カインは目を覚ましたばかりのクナを説得要員にしようとしたようだ。
クナは何事かと思って、奥に広がる岸壁を見て
顔色を失って、あわあわと首を振った。
「いけません!
マリア様、マリア様に何かがあれば一大事です!
この先は私が行きます!!」
「いや、クナさんそれも危ないですよ〜。
僕がひとっ飛びで、見てくるから。」
「おお、カイン様は空が飛べるんでしたね!!」
2人は私の意志を無視して、
勝手にどうやって先に進むかを決めだした。
何度何を言われても、私の意思は変わらなかった。
「何度も言わせないで、カイン!
それにクナも、あなたも私を愚弄しているの?
ここから先は私が行くわ。
あなた達はここで待っていて。」
2人の言葉を振り切って、
私は細い小道へと進んだ。
尚も後で何かカインが叫んでいるが、
私はそれを振り切った。
カインの手を借りたくなかったのだ。
ムーンブルクに伝わる赤いルビー、
かつて母や父が身につけたというその国宝石を・・・。
強い決意で足を踏み出した私だったが、
直後に、吹き荒れる風に足を踏み外しそうになった。
「は・・・っ・・・・。」
足場は脆く、カラりと崩れ落ちて奈落の底へと落ちていく。
少し目を下にやると、そこは捕まる木々も何もない、
底も見えない。
急に背中につめたい汗が流れてきた。
命綱もなし、風のマントも何もなく、
こんな所を行こうとするのは自殺行為だっただろうか。
一歩足を進めるたびに、風が容赦なく襲い掛かり、
崖にしがみついたこの腕ごと吹き飛ばされそうになる。
『怖い・・・』
命を掛けた挑戦なんて、
何度も乗り越えてきたと思っていた。
今回の事もそれと同じだと思っていた。
だが、こんな状況は
実は初めてだということに気付いた。
いつも周りには仲間達がいてくれたが、
今は誰も頼るものがいない。
『いいえ、行くわ。』
自分は・・・意地になっているだけだろうか。
カインもクナもこんな自分に呆れているだろうか。
誰もこの自分の覚悟を理解できないだろうと思った。
だけど、この恐怖を私はぐっと堪えて
一歩ずつ先へと進んでいく。
『お父様、お母様、守っていて下さい。
私はきっと・・・やってみせます。』
天で見ている父と母もハラハラしているかもしれない。
だけど、両親も身につけ、そして両親だけじゃなくて
もっともっとはるか昔の何代も前の、血の繋がった
王家の方々までもが身につけていたという
ムーンブルクの数少ない残り形見を・・・・
どうしても私は手に入れたかったのだ。
そして・・・。
激しい風が一度強く吹き荒れた。
「あ・・・っ!
・・・きゃああ!!」
バランスを崩して、立っていられないほどの風だった。
思わずその場にしゃがみこむと、
その勢いでぱらぱらと足場が崩れ落ちていた。
思わず落下するかと思い、
強く目を瞑ってしまった。
だが、何とか、堪えたようだ。
風が止むと、足場が落ちてしまう事も無かったようで
私はゆっくり目を開けた。
そして私の目には見覚えのある、
あの赤い輝きが目に入った。
かつて父や、そして母が身につけていた、赤い宝石、
まるでそれは母の瞳の色とそっくりだった。
「あった・・・。」
小さな宝石を私は2つ手にした。
そして、再び落下の恐怖に耐えつつ、
元来た道を戻っていった。
自分でもよく分からないが、
ボロボロと涙がこぼれてきた。
視線の先にはカインが見えた。
心配そうにこちらを見ている。
たった一人の挑戦と思っていたが、
多分それは違っただろう。
もしも、万一本当に私が崖から落下する事があれば、
きっと私から嫌われようとも何と言われようとも
カインは私を助けに来てくれただろう。
だから、厳密にいうと1人の挑戦とは言えないだろう。
それに実は、本当は・・・カインの手助けはとても嬉しかった。
ただこれはどうしても私1人の力で手に入れたかった。
そしてこの宝物を、今はただ早く見てもらいたかった。
この美しいムーンブルクの誇りのこもった国宝石を。
そして、私の本当の思いは、
それだけじゃない。
この赤く輝く宝石をカインに贈りたかったのだ。
私は素晴らしい指輪をもらった。
素敵な思い出をいくつももらった。
心が暖まる瞬間をいくつもいくつも私にくれた。
私はいつももらってばかりだった。
だから、カインに、
私もカインが私と同じ王家の一員なんだと
その誇りを感じて喜んでもらえるように、これをプレゼントしたかったのだ。
そしてこれは、私にしか出来ない事だと思った。
「ふ・・・っ、・・・うう・・・。」
恐怖からか安堵からか、
流れてくる涙を拭きたかったが、
手を離すと落ちそうでそれが出来ない。
「マリア!!あと少しだよ!!」
私が手助け無用だと、えらそうに言ったせいで、
カインは本当に素直に小道から一歩も進まず
ただ、精一杯手を伸ばしていた。
「あと3歩・・・2歩・・・」
私は崖から手を離して、
思いっきり手を伸ばした。
「1歩!!」
「カイン!」
カインは私の手を思いっきり力強く引っ張ると
そのまま私を抱き寄せた。
私はその力強さと優しさに安堵して、
思わず子供のように泣きじゃくってしまった。
「良かったーーー。
マリア、無事で良かった!!」
カインは私をぎゅっと抱きしめると
流れ落ちる涙を拭いてくれた。
「怖かったでしょう。
マリア、良く頑張ったね。」
「カイン・・・。
カイン、見て。これ・・・。」
私は取ってきた赤い宝石をカインに見せた。
「これは、かつてお父様やお母様が身につけていた、
我がムーンブルク家に伝わる国宝石なの。」
「そうだったんだ。
それで、マリアこんなに頑張ったんだね。
マリアによく似合っているよ。」
その言葉に私は笑みを浮かべた。
似合っていると言ってもらえて嬉しかった。
そして、私はそれをカインに一つ差し出した。
「カイン、あなたも受け取ってくれるかしら?」
「え・・・?」
思ったとおり、カインは驚いた顔をしている。
自分がもらうものだとは思ってなかっただろう。
「あなたからもらった・・・素敵な思いの込められた指輪のお返しよ。
受け取ってくれるでしょう?
いつも、沢山のプレゼントを私はもらってばかりだったもの。」
「マリア・・・でも、それは。」
ムーンブルクの王族だけが手に出来る宝石。
自分が触れていいのか・・とカインは少し躊躇しているようだった。
だが、だからこそ私はこの贈りものに意義があると考えていた。
「ムーンブルクの誇りと思いが込められた宝石よ。
だから、あなたにもそれを受け取ってもらいたいの・・・。
そうすれば、あなたも私達と同じムーンブルク王家の一員よ。」
カインはまだ驚いた顔をしてそれを見つめていた。
するとずっと背後から見守っていたクナが、うおおーーと泣き始めた。
「マリア様!そういうお考えだったのですね!!
マリア様、なんて尊い気高い思いを・・・!」
「クナ、あなたがどうして泣くのよ。」
クナのあまりに勢いに少しマリアの緊張がほぐれた。
「カイン、受け取ってくれるわよね?
私頑張って取ってきたのよ・・・。」
そんな風に意地悪っぽく言うと、
ずっと固まっていたカインがようやく一度頷いた。
「あ、ありがとう。
ずっと肌身離さず・・・大事にするよ。
大変な思いまでして、取ってきてくれてありがとう。
びっくりしたけど、すっごく思いが篭っていてうれしいよ。」
「受け取ってくれてありがとう。
ふふ。私達これお揃いだから、これを結婚指輪にでもしましょうか?」
「それは素敵だね。
でもそっか僕も指輪するのか。
祈りの指輪くらいしかしたことないや。」
カインのそんな言葉に、私は笑って立ち上がった。
案外、結構似合うのではないだろうか?
まぁそれは、あとで考えよう。
一つの試練を乗り越えられて、
私は安堵の表情で振り返った。
「さぁ、帰りましょう。」
- 終 -
2014/09/08
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