そろりそろりと、
忍び足で城の中を歩いている少年がいた。
ローレシアの王アレンの一人息子、カレルだ。
このラダトームの城に沢山の人が集まっている。
今日は数年に1度のお祭りらしい。
だから父も母も張り切って、船でラダトームまでやってきたのだ。
自分も胸を躍らせてやってきたが、
大人たちの真面目な話は、少しばかり退屈だった。
そこで、退屈だったカレルは考えた。
どうやら、この城はかなり由緒正しいお城らしく、
きっとお宝があるんじゃないかと思った。
そう思いついたカレルは宝探しをしようと思った。
古びた城には、なんだか伝説の武器やアイテムがいかにも眠っていそうだ。
大人たちに見つからないように・・・。
少し胸がドキドキする。
知らないお城を探検するなんて、
なんだか、ちょっとした冒険みたいだった。
そう思って、廊下を歩いていると、小部屋があった。
おそるおそる、入ってみた。
「カル!」
すると、中から急に声がかかってドキッとした。
一瞬、早速父か母に見つかったのかと、身をすくめたのだが、
目の前にいるのは、自分と同じ子供だった。
思わず顔がほころんだ。
「アリスちゃん。」
アリスは親戚国ムーンブルクの姫で、
同じくローレシアの王子である自分とは、
小さい頃から何度も顔をあわせた頃がある友達だ。
自分の事を親しくカルと愛称で呼んでくれる。
そしてもう1人、アリスと手を繋いでいるアリスの弟が
少し不安そうな顔で自分を見上げていた。
この子の名前は確かマナ。
この子とは、まだあんまり親しく話したことは無い。
「ねえ、姉さま。
僕、さっきのお池で遊んできても良い?」
マナは少し窮屈そうに、姉のアリスにそうお願いした。
池なんてあったか?カレルがそう思っていると、
マナは窓の外を指差した。
「ああ、さっきの?
気をつけて行ってね。」
「うん。」
アリスの手を離れると、マナはパタパタと走り去った。
部屋には、自分とアリスの2人っきりだ。
ちょっとだけ緊張する。
だが、そんな風には思っていないらしい活発なアリスが
問いかけてきた。
「どうしたの?カルはこんなところに1人で。」
「たから・・・あ、いや・・・それはこっちの台詞だぜ。
アリスちゃんはこんな所で何をしているんだ?」
そう問うと、アリスはふふふと悪戯っぽく笑った。
「もしかして、ラダトーム城で探検?宝探しとか?
私もね。素敵な宝物を見つけたわ。」
「え?宝?本当に!?」
お宝・・・その言葉に、思わずカルは身を乗り出した。
まさかもう目的のお宝を見つけたのか?
「勇者アレフさまの、肖像画があったのよ。
こっちよ、来て。」
勇者アレフの肖像画?
ちょっと自分の想像したお宝とは違った。
でも、少し興味がある。
ロト伝説のあの勇者アレフだ。
毎日のようにお城で侍従たちから話を聞いている。
アリスは何度か来たことがあるのか、
部屋の奥にある、カーテンをそっとめくった。
そこには、何年も何百年前に描かれたのであろう
黒髪の男とブロンズの髪の女性が描かれていた古びた絵が確かにあった。
「・・・・・。」
カレルは思わず息を呑んだ。
アレフ伝説は知っている。
おそらくこの美しいブロンズの髪の女性は、有名なローラ姫だ。
そして、一緒に描かれている屈強な鎧に身を纏った強そうな男が
きっと勇者アレフ・・・なんだろう。
これが勇者。
声が出ない。
自分は勇者アレフなんて見たことはない。
でも、間違いなくこの人が勇者だと思える理由があった。
「ふふ・・・アレン様にそっくりだよねえ。」
その理由をアリスがずばり当ててくれたので、
カレルはドキッとした。
そうなのだ、アレン・・・すなわち自分の父にそっくりなのだ。
「うーん、まぁカルとも似てるかな。」
くすくすと笑いながら、アリスがそう言ってくれた。
似てる?全然違う。
勿論自分はまだ子供だから、あんな逞しい体はしていない。
そうじゃなくて、この何と言うか、勇者特有のオーラと言うか
鋭い眼差しとか、それでいて優しさを感じさせるその表情とか、
そういうのが、自分にはない。
父のアレンにはそれが・・・あるのだ。
ほんの数年前父も世界中を冒険して、世界を救ったと言う。
その後、ローレシアの王となって、今も多くの人に慕われている。
まごうことなく勇者と言えるだろう。
きっといつか、父も伝説の勇者と呼ばれ、
こうやって肖像画を描かれて、隣に並べられるんだと思う。
でも、多分自分はその隣に並ぶ事はないだろう。
自分はただの凡人で、偉大な父とは違う。
「・・・・・。」
「ね、カル素敵でしょう?
私、この絵大好きなんだ〜。」
言葉少ないカレルに、アリスは話しかけてきてくれた。
そうだ、アリスも自分と同じ境遇だ。
アリスの両親も父の旅の仲間で、一緒に世界を救った勇者だと言う。
アリスはその事をどう思っているのだろう?
「ねえ、アリスちゃんに聞きたいことがあるんだ。」
「?」
「アリスちゃんは・・・・。」
だが、その質問は最後まで言う事が出来なかった。
「うわあーーん!姉さま助けてーーー!!」
「マナちゃん!?」
池に遊びに行くといっていたマナの叫び声が聞こえた。
もしかして、池で溺れてしまったのだろうか?
慌てて、窓の外を覗くと、
不思議な光景が広がっていた。
マナは池と言っていたが、あれは本当に池だろうか?
確かに水たまりのようにも見えるが、激しく渦を巻いたそれは
マナの体を吸い込むように飲み込んでいった。
「マナちゃん!!しっかり!!」
思わずアリスが窓を乗り越えて、
マナを助けようと手を伸ばした。
アリスの手は確かにマナの手を捕まえたのだが、
だが、勢いはそのままアリスごと渦は2人を飲み込んでいった。
「ア、アリスちゃん・・・・!?」
カレルは足がすくんで動けなかった。
こういうときにきっと勇者は颯爽と2人を助けるんだろう。
なのに、自分の足は石のように重くて動かなかった。
だが、
「カル・・・助け・・・て!!」
アリスのその悲痛な叫び声は
すくんだ足を動かせた。
懸命に窓を飛び越えて、
カレルは一生懸命にその手を伸ばした。
勇者が何かなんて、自分には分からない。
でも、大事な友達を助けたかった。
+++
必死に・・・手を伸ばして、
それからどうなったんだっけ?
結局一緒に溺れたんだっけ?
カレルはぼうっと空を見上げながら、
自分が仰向けに倒れている事に気づいた。
「あ・・・・助かったのかな?」
どうやって助かったのか分からない。
起き上がって周りを見回してみる。
うん、確かにここはラダトーム城のようだ。
アリスとマナもすぐ傍にいた。
何が何だか分からないけど、助かったようだ。良かった。
「うーん・・・。」
2人も目を覚まして、体を起こした。
「あ、カル助けてくれたの?ありがとう。」
「いいや、無事で良かった。」
ほっと胸をなでおろしたカレルだったが、
マナはまだ1人できょろきょろと不安そうに周りを見渡していた。
「姉さま・・・ここは、どこ?」
「マナちゃん何を言ってるの?
どう見ても、ラダトーム城でしょう。
さぁ、そろそろお母様たちのところへ帰りましょう。」
「う・・・うん・・・・。」
アリスはマナの手を取った。
そして、そろそろお遊びの時間は終わりとばかりに、
元来た道を戻ろうとした。
しかし、なんだか違和感があった。
ここは確かにラダトーム城。
なのだが、ここのこの木はこんなに小さかったか?
こんな所に花畑はあったっけ?
「あれー?裏庭にでも来ちゃったのかな?」
さっきと風景が変わっていたのだ。
池で溺れて、変な対岸にでも上がってしまったのかと思った。
少し不安になってきた。
早く両親の元に帰りたかった。
「カルも、もう帰ろう?
お母様たち心配しているかも。」
「う・・・うん。」
城内に戻り、廊下を歩いていると、
泣いている金髪の小さな少年を見つけた。
「子供?」
カレルは思わず不審に思った。
自分達以外に城に子供がいる。
どこの子供だ?城下の子供が紛れてしまったのかと思った。
「どうしたんだ?何を泣いているんだ?」
カレルが声を掛けると、
金髪の少年は少し驚いた顔で顔を上げた。
「あれっ?さっきの怖い王子様・・・?」
「え?」
さっきの?こんな奴に自分は会ったっけ?
「やだ、カルったら、こんな小さい子を怖がらせないで。
どうしたの?どうして泣いているの?」
今度はアリスが金髪の少年に声を掛けた。
「転んじゃったの。そしたら、皆とはぐれちゃったの。」
その言い方にアリスは笑ってしまった。
小さな弟と同じような言い方をする。
「大丈夫よ。あなたは男の子でしょう?
泣いては駄目よ。迷子になっちゃったの?
一緒に探しましょう。」
いつもマナが泣いている時に
アリスがいつもやっているように、少年を励ましてあげた。
金髪の少年も泣いているのが恥ずかしいと思ったのか
涙を腕でごしごし拭いた。
「もう、泣いてないよ!」
「ええ、強いわね。」
泣き止んだ自分より小さな少年を
アリスは良い子良い子と撫でてあげた。
「えへへ、お姉ちゃんありがとう。」
少年は笑顔になってうれしそうだった。
その背後から、少年に誰かが声を掛けてきた。
「あ、父さま、母さま、それにマイちゃん!見つけた!
僕ここだよ!!今行くよ!!」
少年は振り返って手をあげて、それに応えている。
「おい、お前誰なんだよ。
俺はローレシアの王子だ。」
「やだなあ、さっきも言ったじゃない。
僕も王子だよー。」
「え?」
カレルは目を点にした。
こいつも王子?どこの国の王子だ?
「どうしたんだ?
早く来い、カイン。」
「はーい。じゃあね、またね。お姉ちゃん達。」
父親と思しき人に呼ばれて
少年は慌てて駆け寄った。
今度はアリスとマナが驚いていた。
今少年を呼んだ人なら見覚えがある。
サマルトリアにいるおじいさまだ。
それに今の名前だって勿論知っている。
カインは自分の父の名前だ。
「えっ・・・え・・・・!?
今のお父様!?あんな小さくて泣き虫だったのが!?」
アリスは先ほど自分が撫で撫でしてあげた子が
自分の父だと思うと、思わず胸がドキドキした。
「嘘よね!?ねえ、マナちゃんどう思う!?」
アリスがマナに問いかけると、
マナは少しアリスと違うところを見つめていた。
小さな父と、そして祖父と一緒にいる人・・・・。あの女性。
「ねえ、姉さま。じゃああの人はおばあちゃま・・・?」
「あっ・・・!?」
多分、そうなのだろう。
自分たちが、生まれる前に病気で亡くなってしまったという
見たこともない祖母なんだろう。
マナの言葉に、ドキッとしたが、
残念ながら小さな父を連れた一行はそのまま行ってしまった。
少しでも会話がしたかった。
「なあ、どういうことだ?
あいつ王子だって言っていた。どういうことだ?」
「カル、分からない?
ここは過去よ。私達、何故だか過去に来ているみたい。
さっきの子は、私達のお父様よ。」
「え・・・ええ!?」
事態に付いていけていないカレルに
アリスが説明をした。
「過去・・・!?今の泣き虫が、アリスちゃんたちの父上って・・・!?」
言われてみれば、面影があったような・・・。
って事は、子供時代の自分の父にも会えるのだろうか?
勇者である父は・・・子供の頃からすごかったんだろうか・・・。
「すごいわ、ねえ、カル。
なんでか分からないけど、すごい事よ。
私もう少しここを探検してみたい!」
「マナ、おばあちゃまとお話がしたい!」
「ええ、そうね。お話できるかは分からないけど、
私ももう少しお顔を見てみたいわ。」
こんな風に無邪気に手をあわせて嬉しそうにしているアリスは
初めて見た。
カレルもまだ父と顔を合わす心の準備が出来ていないので、
とりあえず、気にもなるし、2人についていこうと思った。
「あのちっちゃなお父様に、また会えないかなあ〜。
お父様どこに帰っちゃったんだろう?
ああ、可愛かったなあ〜。」
まずはさっきの小さな父を捕まえようとしてアリスは
先ほど一行が去っていった廊下へと向かった。
が、俄かに人が増えてきた。
どうやらこっちの世界も今日はお祭りの日らしい。
バタバタと忙しなく人が行き来している。
そんな中、ラダトームの兵に声をかけられた。
「なんだ!?どこの子供だ?こんな所で何をしている。
勝手に城の中に入るとは、子供とは言え許されんぞ!」
「わ・・・!」
「お、俺達、ローレシアとムーンブルクの
王子と王女で・・・・。」
「嘘をつけ!!王子殿なら部屋にいるぞ!?」
恐ろしい大人の兵だ。
そうか、ここでは自分達の身分が通じないのだろう。
王子だ、王女だと言っても偽者だと言われる。
こんな所で牢屋にでも入れられたら、
誰も助けてくれない。
「逃げるぞ!」
3人は一目散に逃げ出した。
後ろで、兵がなにやら叫んでいるが、
無視して必死に走った。
もともとラダトームの城内のことなんてよく知らない。
どこを走っているのか分からない。
「わあっ!」
走っていたマナがつまづいて転んでしまった。
「マナちゃん、大丈夫?立って!」
「おい、俺におぶされ。こんな所で泣いてる暇は無いぞ!」
アリスがマナを立たせようとするより先に
カレルがマナを背負ってやった。
「あ、ありがとう・・・。」
「よし行くぞ。アリスちゃんは走れるな?」
「う、うん・・・!」
3人は尚も逃げた。
いつしか兵の声は聞こえなくなった。
どうやら、うまく逃げられたようだ。
「ふー、気をつけようぜ。
人探しもこっそり遠目でするしかないな。」
カレルがそう言ったとき、
背中に背負われていたマナが急に手を伸ばした。
「あっち、あっちに行って。」
「おわっ。何だよ、お前?」
マナが指し示す先にいたのは、
1人の女性。
「お、お母様・・・?違う・・・。」
その立ち居振る舞いや外見はアリスたちの母マリアによく似ている。
美しい長い髪と、長めのローブに身を纏っている。
だけど、儚げで消えそうな雰囲気は、どこか母とは違った。
女性も、こちらに気づいたようだ。
「おい、まずいぞ。見つかったぞ。
逃げるか?」
カレルが2人にこっそり耳打ちをしたが、
2人は心ここにあらずという感じで、女性を見つめていた。
カレル一人があわあわと女性と2人を互いに見まわしていたが、
先に声をかけたのは女性の方だ。
「こちらよ、いらっしゃい。」
「・・・・・え・・・あ・・・・。」
ゆっくりと招き入れるその仕草からは
敵対心は感じられない。
その表情は、罠とは思えない。
だけど、まるで自分達の事を知っているような女性が
信じられなかった。
「カル、大丈夫よ。
きっと・・・あの人は・・・。」
でも、アリスは確信を持ったように、頷いた。
マナもカレルの背中から降りて、アリスと手を繋いだ。
「あ・・・あの・・・、私嘘は言いません。
私はムーンブルクの王女です。こっちは私の弟です。」
勇気を振り絞ってそう言ったアリスの言葉に
少し女性は驚いて、そして頷いた。
「ええ、よく来たわね。
会えて・・・・嬉しいわ。」
「疑わないんですか?私達の言う事を。
あ・・・あなたは・・・・?」
「ふふ、こちらへ、いらっしゃい。」
女性はアリスの質問にすぐには答えずに、
2人を招き呼んだ。
そして、小窓から、部屋の中を覗かせた。
中には、小さくておしゃまな女の子と
また見たことのない立派な髭を蓄えた男性がいた。
「見て御覧なさい。」
「あ・・・・・。あの人は・・・・。」
「あの小さな女の子マリアが、
きっと、あなた方のお母様ね?」
「・・・・!!」
「あの子が、お母さま・・・!?」
小さな母は、それでも今と変わらない紫のロングヘアが
よく似合う可愛い女の子だった。
幼い母は今では見たこともないような、愛くるしい明るい笑顔を見せていた。
そうすると、あの男性はかつての城の落城の際亡くなったと言う
ムーンブルクの王様で、
そしてこの人が・・・。
「ああ・・・ルビス様はなんて粋なことをされるのでしょう。
先の短い私にこんな素敵なプレゼントを下さるなんて。
可愛い孫達が訪ねてくれるなんて。それに2人も。」
「あ・・・・あの・・・あなたは・・・。」
「そうね、こういえば分かるかしら?あなた方のおばあさまよ。
ようこそいらっしゃい、小さなムーンブルクの王女様、王子様。」
「わあ、おばあちゃま!」
マナは思わず、女性の首筋に抱きついた。
母マリアは早くに母を亡くしたという。
今も先が短いと言っていた。
恐らく数年もしないうちに、この人は亡くなってしまうのだろう。
そしてこの亡き祖母は、不思議な魔力があったらしいと
母も言っていた。
自分達を疑わずにいてくれるのは、そのせいだろうか?
・・・・いいえ、そんな事はどっちだって良い。
今はただこの幸せな時間を感じていたかった。
「おばあ様、私、一度でも良いから、
お会いしたかったです・・・。」
アリスはこの奇跡に感謝しながら、
先ほどの小さな母にも負けない満面の笑顔を見せた。
「僕も、僕も!!」
マナはさっきからもう祖母にくっついて、
その膝から動こうともしない。
「ええ、私もよ、さぁ名前を聞かせて頂戴。
2人とも。」
++
カレルは少し離れた所から、その様子を見守っていた。
2人とも、とても嬉しそうな顔をしている。
自分には祖父も祖母も健在だからよく分からないが、
きっと会えるのは嬉しい事なんだろう。
「アリスちゃん、良かったなあ。」
これ以上ここにいるのは野暮だと思って、
カレルはその場から離れようと思った。
自分も・・・・小さな父や母に会ってみたかった。
恐らく、このラダトームに来ているはずだ。
小さな父はどんなだろうか?
幼い頃から、立派な志があったんだろうか?
そしたら、さらに自分はショックを受ける事になるかもしれない。
ちょっと不安になってきた。
とぼとぼと歩いていると、背後から怒鳴り声が聞こえてきた。
「こらーーー、待ちなさーい!!」
げ、また誰かに見つかってしまったかと
慌てて逃げ出そうとすると、
小さな黒髪の少年が素早い動きで、
ひょこっと顔を出した。
「べ〜〜、追いつけるものなら追いついてみな!」
あっかんべえをしているその少年には見覚えがあった。
黒い髪と、青い瞳をしている元気いっぱいのその少年はきっと・・・。
「ち、父上!?父上ですね!?」
「!?」
「あ、ごめんなさい、そうじゃなくって・・・。」
少年は思いっきり怪訝な顔をした。
自分より背の低い子供を捕まえて、父呼ばわりはさすがに変な話だった。
でも多分きっと本当に。
「君は・・・・アレンだろう?」
「・・・・誰だ?お前・・・・。」
今度は口調を少し変えて、少年に問いかけた。
が、少年は小さな顔でめいっぱい不審そうな顔をしている。
でも呼ばれたその名前を否定しない。
やっぱり、この少年は父なのだ。
少年と併走しながら、カレルは変な感動をしていた。
とりあえず、このまま一緒に逃げながら、
落ち着いた場所で少し話したかった。
外に出ると、アレン少年は木陰で一息ついた。
「ねえ、父・・・じゃなくて、アレン君、
何をして怒られてたの?」
相変わらずアレン少年は、カレルのことを怪訝な顔で
見上げている。
「あの・・・俺は怪しいものじゃないよ。
君の、親戚みたいなもんだ・・・。」
まさか君の子供だとも言えず、親戚と答えた。
「そうか、お兄ちゃん俺とよく似てるもんな。」
怪しい言い訳に、怪しまれるかと思ったが、
意外とすんなり信用されたらしい。
アレン少年はどうやら素直な性格らしい。
「俺、木刀持ってきてたんだよ。暇だと思ったから。
で、部屋の中でさっそく素振りしてたら、
思いっきり花瓶割っちゃった。」
あはは、と笑う少年は悪びれもしない。
どうやら、力が有り余っているらしい。
そこまで正直に言っておいて、アレン少年は口をつぐんだ。
「お、お兄ちゃんも俺を捕まえに来たのか!?」
「違うよー。
えーっと、アレン君とお話がしたかったんだ。」
「話?なんだよ?」
アレン少年は少しつまらなそうな顔をしている。
多分、じっと椅子に座って人の話を聞くのは苦手なタイプのようだ。
「えっと・・母・・じゃなくて、クレハ・・・さんは一緒にいるの?」
「クレハ?いねーよ。城で待ってる。」
どうやら母は同行して無いらしい。
今回母には会えないようだ。少し残念だがそれはいい。
どうしても聞いてみたいことがあった。
「ねえ、アレン君は勇者って何だと思ってる?
どうやったら勇者になれると思う?」
「・・・・・。」
突拍子の無い事を聞いて、怒られるかと思ったが、
何故かアレン少年は笑い出した。
「な、何を笑ってるの?そんなにおかしい質問だった?」
勇者であるアレン少年に、そんな質問馬鹿馬鹿しいと
笑い飛ばされた気分がした。だけど、そう言うことではなかったようだ。
「知らないよ〜。俺そんなの知らない。」
「で、でも君はさっき木刀で素振りをしてるんだって言ってたじゃない。
強くなりたいんでしょ?強くなりたいのは何のため?」
少し質問を変えてみた。
だが、アレン少年からの返信は意外なものだった。
「俺は、剣が好きなんだ。
だから大好きな剣をやってるんだ。」
ニコニコ笑顔で答えるその少年は多分嘘などついていない。
勇者の血を引いているからでもない。
困ってる人を助けられるようになりたいからでもない。
ただ、剣が好き。
今のアレンが持っている気持ちはそれだけ。
「なあ、お兄ちゃん、お兄ちゃんも剣持ってるじゃないか?
俺と勝負しようぜ。」
「え・・・・。でも君、何歳?」
「六歳!」
自分より五つも年下の子供だ。
さすがにこれで負けたらローレシアの恥だろうと思った。
「いいよ、少しだけなら。」
大人のアレンは、
真の勇者になり、世界を救った英雄になり、剣の達人になり、
・・・・世界の誰も敵わないほどの剣の腕前である。
小さい頃のアレンはどうなのだろうか?
などと思っているうちに、アレンが大上段に木刀を振り下ろしてきた。
「いっくぞーー!」
「わっ・・・!」
あわててその一撃を受けると、
どんどん次の一撃が飛んでくる。
「・・・・・。」
がむしゃらなその太刀筋は、決して鋭いとも思わない。
いつもの父のような圧倒的威圧感もない。
ただ、無心で何度も何度も剣を振っている。
そこから感じられるのは、
勇者としての気概でもなく、
世界を救うと言う気持ちでもなく、
ただ、『剣が好きだ』 という気持ちだけだった。
「うわっ・・・。」
足元の草が急に滑って、カレルは足を滑らせた。
「いまだーーー!!」
その隙を狙ったアレン少年の一撃で、
思わずカレルは尻餅をついてしまった。
「やったーー!俺の勝ちだな!」
「・・・・・。」
結局5つも年下の子供に負けてしまった。
だっさい・・・と思いながらも、思わず苦笑してしまった。
偉大で追いつけないと思ったあの父が
こんな無邪気な子供だった事が、少し嬉しかった。
「君の勝ちだよ。アレン君。
何か欲しいものとかあるかい?」
「え?そうだなあ・・・・。
お兄ちゃん、じゃあまたいつか俺と勝負しよう。
俺、もっともっと、誰よりも強くなるからな。
お兄ちゃんも強くなれよな!」
カレルは少し息を呑んだ。
無邪気なただの少年・・・ではない。
アレンのその目には確かな光が感じられた。
「・・・・・わ、分かったよ。アレン君はきっと強くなるよ。」
「ありがとう!お兄ちゃん良い人だなー。」
アレン少年はそう言うと、腹がぐーっとなった。
どうやらお腹が空いたらしい。こういうところは確かに父っぽい。
カレルも思わず笑ってしまった。
笑っているカレルを見て、少し恥ずかしそうにしていたアレン少年は
持っていた木刀をカレルに手渡した。
「?何、どうしたの?」
「やるよ。それで、もっと強くなれよ!
じゃあ、俺は戻って飯食ってくるー。
元気でな。」
「あ、うん。またね。また会おうね、アレン君。」
「おう!」
アレン少年は笑って、城内に戻っていった。
手にはまだ少し暖かさの残る木刀が一つ。
小さな父に言われてしまった。
『もっと強くなれ』って。
カレルは木刀を強く握った。
「カル?どうしたの?その木刀。」
背後から話しかけられて、カレルはびくっとした。
アリスとマナがやってきていた。
「アリスちゃんどうしてここに?」
「ええ、元の世界にそろそろ帰ろうと思って。」
「元の世界に帰る・・・?どうやって?」
カレルがそう聞くと、
アリスは首にかけたネックレスを少し指で触って答えた。
「おばあ様に教えてもらったわ。
池と思っていたものは旅の扉なんだって。
元の世界に戻るには、もう一度旅の扉をくぐればいいって。」
「旅の扉・・・。」
そう言えば、この場所は最初にやってきた場所だ。
とすれば、あの渦のような水溜りはすぐそばにあるだろう。
「アリスちゃん、マナちゃんも。それ、もらったの?」
見るとアリスだけではなく、マナも同じようなネックレスを首にしていた。
「おばあ様にもらったの。
カルはその木刀どうしたの?もらったの」
「あ、うん。父上にもらったんだ!」
そう言うカレルに、アリスはくすっと笑った。
「そう、良かったわね。素敵な宝物ね。」
宝物・・・・
そうだ、ずっとこれを大事にしたいと思った。
父からもらった木刀も、思い出も。
そして、アリスやマナと走り回った
この短かった冒険の事も。
「うん。本当に、楽しい宝探しだったよ。」
- 終 -
2014/04/20
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