戴冠 2



廊下を少し早足に歩いていく。
城のものたちは自分がいるのか珍しいのか、はたまたこの勢いに驚いているのか、
少しびっくりした様子でこちらを振り返っている。

悪いけど今は手を振って応える余裕がない。

カインは、王の間にたどり着いた。

はぁはぁと息を整えた。
ゆっくり息を吸って、深呼吸した。

いつもこの部屋に入るときは緊張しているのだが、
今日はまたそれが格別だった。

「父さま、入ります!」

玉座には父が座っていた。
いつもの光景だ。

「カインか。」

父は自分を認めると、入れと言った。
言われなくてもすでに入っていた。

「ご無沙汰しております。
 父さま、さっきマイから聞いたけど……。」

「マイがお前を呼んだのか。」

「そうです。
 父さまが退位を考えているって。」

早速本題に入った。
カインの言葉に、父王はうなずいた。

「そうだが、何かお前に文句でもあるのか。」

文句でもあるのかと自分を見下ろす視線は
いつもながら苦手だった。

「その決断に、文句なんてない。
 ただ……。」

「ただ?」

「父さま順番がおかしいでしょう?
 なんでマイに言って、アレンに言って、僕には言ってくれないの。」

「文句はないと言いつつ、文句を言うのか。」

「いや、文句っていうか……。
 僕だって…………。というかこれじゃ僕は部外者みたいじゃないか。
 勝手に一人で大事なことを全部決めて、
 誰にも相談せずに、こんな大事なことを。」

「……お前に、そういうことを言われたくないがな。」

「う……」

よく大事な決断をカインは勝手に一人でするってマイが嘆いている。
父もきっと自分にそういう印象を持っていたんだろう。

カインは今回のことも、父が一人思い悩んで決断し、
マイを驚かせ振り回しているのかと思ったが、そうではないのだろうか。

「私は、ついこの先日まで、お前がアレン殿とどこかに消えていたと
 マイから聞いていたぞ。
 それで何をどう相談しろと言うのだ。」

「……それは……すいません。」

確かにそうだった。
誰とも連絡が取れないところにいたことで、
サマルトリアにも心配と迷惑をかけただろう。

「まぁ、お前の行方不明は今に始まった事じゃないからどうでもいいが。」

……。
迷惑をかけたと思ったが、それも実際はあまり意にも介していないようだ。

「……それは、本当に申し訳ありませんでした。
 でもじゃあ、どうしてアレンに……。」

「何もわざわざお前をすっ飛ばして、
 アレン殿の耳に入れようとしたわけじゃない。
 ローレシアの先王に相談した流れじゃ。」

「ああ……。」

父とローレシアの先王、すなわちアレンの父は
莫逆の友だと聞いている。
何でも話せる間柄だったという事だ。
その流れでアレンの耳に入ったのだろうか。

「順番か。確かにお前の言うとおりだな。
 気を悪くさせたなら悪かったな。」

「え、いえ……」

勝手に出て行った息子のことなんかどうでもいいのかと思っていたが、
素直に父は自分なんかに謝ってくれた。
気にはしてくれていたようだ。

そして、そんなことは実際はどうでもいいのだ。

「お前がそんなにサマルトリアを気にしているとは
 思わなかった。」

「もちろん。ずっと気にしている。
 僕はこの国の第一王子なんだから。」

父は特に何も言わず玉座に深くもたれかかった。
ため息をついて、どこか遠くを見ている。
敏腕な腕を振るって国を支えてきた父だが、
久しぶりに見た姿はどこか疲れていて、髪にも白いものが目立つようになっていた。

「父さま……。」

玉座の隣には、昔は亡き王妃がいたはずだ。
王子であった自分はムーンブルクへと行き、もう二人も子どもが生まれている。
あれから何年も経っているのだ。

玉座に座る父の姿は、何度も何度も毎日のように見ていたのに、
年月が流れ行くにつれて、世界も変わった。
その周りを取り巻く光景もどんどん変わっていった。
ずっとその間父は、変わらず王として立ち続けていたのだ。

「何の真似だ。」

カインは頭を下げていた。

「母さまがいなくなってからも、
 父さまはずっと変わらず自分を律してこの国の旗印として
 立ってくれていたんだ。
 長い、長い間お疲れ様でした……」

そういってカインは頭を深く下げた。
そうねぎらわれると思っていなかったので、父は少し驚いた。

「ただ……。」

「ただ?」

「マイがすごい戸惑っているよ。」

父の退位自体よりも
次の王がどうなるのかでマイは困惑しているようだ。

「困ったやつだな。
 あいつはいつも私のそばで何を聞いて何を見てきたのか。」

「……?」

「カイン、ムーンブルクの復興はどうだ?」

「え……。それは問題ないよ。マリアがしっかりしてるから。」

父は唐突に話題を変えてきた。

「ムーンブルクでお前は少しは役に立っているのか。」

「……立ってるかなあ。」

「立たんかい。」

「あいたっ。何、何を投げたの!?」

額に何かがあたった。
父が手に持っていた杖を投げたようだった。

「痛いよ。
 何これ、杖?こんなの投げるなんて信じられない。」

落ちている杖を拾って父に返した。

「お前がムーンブルクで役に立っとらんとか言うから。」

「ちゃんと、頑張ってるよ。
 いかんせんマリアがしっかりしてるって話で。」

「本当だかどうだか、あとでマリア殿に聞いてみるとする。」

「…………。」

マリアが役立たずと言ったら、
帰って来いと言う流れだろうかと思った。

「父さま……。」

「仕方ないからな、お前はマイを支えてやれ。
 マイには何度も言ってある。」

「って言う事は……。」

父は杖を眼前に突き出していった。

「王位はマイに譲る。私はそう考えている。
 私の王としての在り方全てを見せてきたのはマイだ。」

「……。
 はい。」

そうだ。
いつもずっとサマルトリアで父の王としての
全てを見てきたのはマイだ。
昔も、世界が苦難に襲われた時も、そして平和になった今も。

だから、その決断は何よりも尊いものだと感じた。

「ただ、お前に何か意見があるのなら聞いてもかまわない。」

じっと矢を射るような視線を感じる。
真剣に自分の考えを聞こうとしてくれていることだけでも十分だった。

「意見?
 意見なんてない。最高の決断だと思います。」

「……お前にはお前の、やることがあると知っているからな……。」

「ありがとうございます。」

カインは再度頭を下げた。
そのカインに父はまた告げた。

「しかし、お前はサマルトリアの王位の継承権を持つものであり、
 それを私は預かっている。何も変わっておらぬ。」

「まだ、そんなことを。」

「お前はサマルトリアの人間だ。
 それをゆめゆめ忘れぬように。」

「…………は、はい。
 ずっと覚えています。」

鋭い眼光の父はそこまで言うと、ふっと力が抜けたようにため息をついた。

「マイを連れてこい。」

「はい。」

一度ペコリと頭を下げて、
カインは退室した。




+++




マイの部屋に戻ろうとすると、
何故か廊下でマリアに会った。

「マリア、どうしたの?
 どうして、廊下に出てるの?
 何か探してるの?」

きょろきょろと周りを見渡して、マリアは何かを探していた。

「カインっ!ああ、良かった。
 マイさんがいなくなってしまったの……!」

マリアはカインに縋るようにして言った。

「え……?
 なんで、何があったの?
 マイ、もしかして王位のことを聞いて?」

「それは、私は何も聞いてないわ。」

父はマイに王位と考えていると言っていた。
それをアレンあたりから聞いたのだろうか。

「最初は私たち和やかに話をしていたの。
 王位のことは、アレンは何もはっきりしたことを言っていなかったけど、
 ただ、王様はもうその意志を告げてるらしいって言ってたわ。」

「そう……。
 実は、父さまはずっともうマイにって思って、
 本人には言ってたらしいんだ。」

「そ、そうだったの!?
 でもマイさんは、次の王位はあなたにって…言ってたじゃない…?」

まるで次の王位はまだ決まっていないかのように言っていた。

「本人にとっては、受け入れがたいのかもしれない。」

「……。」

小さかった妹の肩にどれだけのものが
重しとなり圧し掛かっていることだろうか。
カインはマイのことが心配だった。

「アレンはどうしたの?」

「アレンは、帰ったわ。
 何か忙しそうで。
 マイさんはその送迎の入れ違いに……。」

「そう。
 マイ、どこに行ったんだろう。」

マリアも懸命に探そうとするが、
サマルトリア城内のことは勝手が分からない。

「一緒に探してくれる?」

「も、もちろんよ……!」

城の中を探そうとしたが、
かくれんぼじゃあるまいし、あまり広くもない城内で
隠れる場所などあまりない。

カインは何気なく、昔自分が使っていた部屋を開けてみた。

「ここって、あなたの……?」

「そう、僕の部屋だった場所。
 きれいにされてるね。」

特に埃がたまるでもない、誰か掃除してくれているのだろう。
懐かしく思った。

「マイさん、いないかしらね。」

マリアはきょろきょろとマイを探している。
どうもこの部屋にはいないようだ。

「マリア、行こう。」

城にいないとしたら、外だ。
誰かマイの姿を見ていないか聞いて見なければ。

城から出てるなら、ここで見ているだろうと思い、
カインは門番兵に話を聞きに行った。

「ええっ!?
 マイ様が行方不明!?」

マイが親しくしている門番兵のリックは、
悲鳴のような声をあげた。

「しー!おおげさだよ。
 行き先を告げずに外に出てっただけで。」

姫が行方不明なんて騒いでいたら、
周りの人が心配してしまう。

「ああ、でもマイ様アレン様がおかえりになってしばらくして、
 どこかへ行かれましたよ?」

「見たんだ。
 どこへ行くとか言っていた?」

「いいえ……。何もおっしゃっていませんでした。」

リックは蒼白な顔をしている。

「そう。もし見かけたら教えて。
 僕も探してみる。」

「わ、分かりました!」

「あ、あと父さまにマイを連れて来いって言われてたんだった。
 探してくるから、父さまにちょっと待っててって言ってきてくれない?」

「承知しました……!」

カインたちは城下町の方へ下りて行った。
人々の往来がにぎやかになる。

「カイン、探してくると言ってもどこを探せばいいかしら。」

「マイは、ルーラが使えるから、
 行こうと思えば、どこにでも行ける。」

そうだ。ルーラの使えるマイはどこへだって行ける。

「大変、そしたら、範囲は世界中よ。
 探しようがないわ……っ。」

マリアは途方もないことだと思ったが、
カインはそんなマリアを見て、ふっと笑った。

「世界中って……。
 マイはこの国からそれほど出たことないよ。
 ロト3国とラダトームくらいだ。」

「あ、ああ、そっか。
 そうよね。
 お姫様だものね。」

変な話、本当に世界中を回った事のある人間なんで
自分たちくらいなものだった。

「それじゃあ、私がルーラでラダトームあたりから
 探してこようかしら?」

「待ってマリア。マリアは真面目だなあ。
 僕は、マイはルーラせずに、まだこの国にいるんじゃないかなと思う。」

「そ、そう?」

マリアのその実直で真面目な性格はありがたいと思いつつ、
とっさな時に、わざわざ行き慣れない他国に行くだろうかと考えたとき、
カインはマイは近くにいると思われた。

「一緒についてきてくれる?」

「ええ、もちろん。」

マリアはカインの行く先についていくことにした。
どこへ行くのだろうか。
カインは城下町はさらっと流すように見渡しながら歩いて、
そのまま城下町から出てしまった。

「ど、どこへ行くの……?」

外に出ると、見渡す限りの平原が広がっていた。
緑が鮮やかだった。

「まぁ……きれい。
 カイン、こんな場所があるのね。きれいな場所ね。」

マリアは初めてみる光景に驚いていた。

「ありがとう。
 よくマイは城から抜け出して平原に来てたんだ。」

「そうなのね。無理もないわ……。
 って、カイン大丈夫?」

ずっと早足で歩いてきたせいか、
カインの呼吸がやけに荒かった。

「うん。
 マリア、もうちょっとこっちなんだ。」

「カイン……!」

マリアはカインに追いついて、横顔を見上げた。
じっと前を見据えて変わらない様子で歩いているが、
額からは汗が流れていた。
カインは今朝やっと熱が下がったくらいなのだ。
マリアは、マイもだが、カインも心配だった。

「マリア……。」

「えっ、はい」

あんまり見つめているから、視線を感じて嫌だったかなと思ったが、
そういうことではなかった。

「道々に、歩きながら聞いてほしいんだけど……。」

「……ええ……。」

「マイが、本気で、嫌がってるんだったら……。」

父はまだ自分に王位継承権があると言っていた。
サマルトリアの人間なんだと言っていた。

「ええ、分かっているわ。」

マリアもわかっていた。
アレンがあまりカインを困らせるなと先ほど言っていた。
アレンのその言葉に少し頭を冷やすことができた。

カインは本来サマルトリアを継ぐべき人間だ。
それなのに、今まで一緒にいてくれたことが、すでに奇跡。

この奇跡に、マリアは感謝しかなかった。
それ以外の感情は何も抱くべきではない。

実際、もう自分には何の問題もないではないか。
ムーンブルクの復興は最初は途方もないことだと思ったが、
今は軌道にのって復興の道を歩んでいる。

それに私には、大事な家族がいる。
だから決して一人ではない。可愛い子どもたちもいるのだ。

そういえば、カインは最初から子どもが2人は欲しいと言っていた。
そして、私たちはアリスとマナという元気な子どもを授かることができた。

その理由を、兄弟っていいものだから、なんて言ってたけど、
カインはちゃんと最初からずっとサマルトリアのことを考えてたんだと思った。
だから、子どもは2人とこだわっていたのだろう。

「マリア……?」

「なんでもないわ。
 行きましょう。ごめんなさいね。
 この辺りから少し林になってくるけど、
 どこか行き先に心当たりが?」

足を止めてしまったマリアを心配するカインに、
マリアは何でもないと首を振った。

「……う、うん。
 ただの勘なんだけど、
 昔マイと……家族と皆で良く行った場所があるんだ。」

林の中の遊歩道を歩いていると、
次第に明るく開けた場所に行きついた。

「わぁ、この場所は……。」

マリアが初めて来たその場所からは、
サマルトリア城が一望できた。

「綺麗な場所……。」

よくマイが、サマルトリアの国は花と緑の国だと自慢しているが、
それはまさに今見た光景を言ったものだろう。

咲き誇るオレンジ色のコスモスの花々と、
空の夕焼けがまるで水平線を分からなくするくらいに同化している。
その周りには雄大な木々の鮮やかな緑が映える。
そして、遠方にはサマルトリア城もそびえたつ。

「マイ。見つけた……。」

花々に気をひかれていると、
カインは静かにマイの名前を呼んだ。

「マイさんいたの!?」

カインの向く方角を見ると、
マイが花々の中に、小さな子どものように膝を抱えて、座り込んでいた。

「お、お兄さま……っ!?
 や、やだ……!」

兄が自分を追ってきたのを気づくと、
マイは慌てて立ち上がって、またどこかへ逃げ去ろうとした。

「マイッ!どこへ行……っ、ゲホッ。」

「カイン!?」

大声でマイを呼び止めようとして、
カインが咳き込んだ。

その様子を見てマイは躊躇したように足を止めたが、
一瞬の後、再びマイは駆け出した。

「ゲホッ ま……、待って……!……っ。」

胸を押さえて何度も咳き込むカインを支えて、
マリアは優しく言った。

「カイン、私に任せて。
 はねっかえりの”妹”は私がつかまえてくるわ。」

その言葉にカインが目線だけあげて、少し驚いたような顔をした。

「マリアお姉さま……?
 お姉さまに私を捕まえられるかしら!?」

マイは素早く駆け出すと、
その自慢の身のこなしで、軽々と平原から見えた岩場を飛び降りた。
マリアは魔法使いだ、自分のような軽々とした身のこなしはできないはず。
このスピードで逃げれば追いつけない!

「えっ……!?」

そう思ったのに、岩場を飛び降りたら、
そこにはマリアがいた。

「危ない!ぶつかる……!」

飛び降りた勢いでマリアに衝突してしまうと思ったのだが、
次に来たのはふわっとした抱擁感であった。

「えっ、えっ?
 マリア様、どうやって私を追い越してここにきてるの。
 なんでぶつかっても大丈夫なの?」

ハテナでいっぱいになってるマイにマリアはふふっと笑った。

「私は魔法使いだもの。」

「……そう、ですね……。」

ありえないことと思うのに、
マリアほどの魔法使いにそう言われてしまうとと、なんだか何が起きても納得してしまう。

「マイさん、ごめんなさいね。」

抱擁したままマリアが何故謝ってきた。
マイは何をマリアが謝っているのか分からなかった。

「でも、あまりお兄ちゃんを心配させちゃ駄目よ。
 すごくカイン心配してたんだから。」

今度は怒られてしまった。
マリアに怒られるのは、マイは初めてだった。

「え……、あ。お兄さま、そういえばさっき咳き込んでて、
 お兄さま、どうかしたんですか?」

「大丈夫よ。」

急に心配そうな顔をした妹に、マリアは大丈夫としか言えなかった。

「うわ、こんな高いところから、どうやって二人とも下りたの……?」

しばらくしたら、岩の上からカインの声が聞こえてきた。

「お兄さま!」

マイが見上げると、カインが岩場から飛び降りた。
着地する寸前にふわっと浮遊感があり、自分の眼前に降り立った。

「あ……。」

マイはカインのその姿に見とれてしまって、逃げるのも忘れていた。
カインは、ふーと息を吐いて、マイの目を見た。

「マイ、もう逃げないでよ。」

きっと怒られると思ったのに、
カインの目は全然怒っていなかった。

「お、お兄さま……。」

「ちゃんと、話そう?」

戸惑う妹に兄は優しく話しかけた。


- 完 -


2020/09/16

▲


【後書き】
まだ続いてしまった。次で終わるかな。
文章で書くのって難しいです。





更新の活 力。楽しんで頂けましたら是非ポチを。→