黒衣の魔術師 2



「ただいまー。マリア聞いてきたぞ。
 やつらはこの宿屋の二階に泊まってるんだそうだぜ。」

アレンが町での聞き込みを終えて戻ってきた。
黒衣の魔術師と呼ばれる彼らはここの宿を拠点として長く滞在しているのという。

「宿の主人に聞いたところによると、もう随分長いそうだが、今まで客と問題行動を起こしてたり、滞在費踏み倒したりもしてなかったらし い。んで。って、おい、マリア聞いてるか?」
「あ…、ええ。ごめんなさい。聞いてるわ。」

私の様子を見て、アレンが呆れた風にため息をついた。
カインはあれからずっと眠っていた。よく眠れる安眠の薬というものを飲んで、宿へ歩いている途中に倒れてしまったのだ。

「そんなに落ち込むなって。
 何事かと思ったけど、結局よく寝てるだけじゃん。
 爺さんに言われた通り、よく眠って明日は疲れも取れて爽やかに目覚めんじゃねえ?羨ましいくらいだわ。」

アレンは、はははと笑っているが、本当にそうだろうか?倒れたときにカインはあれを毒じゃないかと言った。
間違いなく単なる睡眠薬ではないと思う。あれが何だったのか、人々に危害を与えるものではないのか私は確かめないといけない。

「アレン、ありがとう。居場所を調べてくれて。」
「お?行くのか?今から。」
「ええ、このまま済ますことはできないわ。
 ムーンブルクのこともある。もう見逃す訳にはいかない。彼らの目的を確認しに行きましょう。」

私は、眠っているカインの手を握った。
毒だと言っていた言葉が忘れられない。

「キアリー。」
「お、毒消し。これで起きるんかな?」

単なる毒による作用であれば、これで毒は消えて目が覚めるはずである。
だが、カインは深い眠りに落ちたままであった。

「起きそうにねえな。こいつは置いていくか。」
「一人にしておくのは心配だわ。あなたはここに残っててよ。」

アレンにそういうとうーんと首を傾げている。

「でも、俺カインにお前を守れって言われたし。心配だったら宿の主に声かけとく。」
「………… 」

そう言いながら、アレンは再び重装備に身を固めた。

心配は尽きぬが、よく眠っているし、
ひとまずはアレンの判断に従い、私たちは二階にいるという黒衣の魔術師たちの部屋へと向かった。



宿に二階へとあがり、コンコンとドアをノックすると、奥から声が聞こえた。

「はい、なんですか?」

出てきたのはあのときの老人ではなく、後ろにいた若い魔術師の方だった。名前は確かルシアンとか言われていたか。

「あ、先ほどの……!ど、どうしたんですか…!?」

アレンはぐいっと前に出てルシアンに威圧するように言った。

「どうしたのかは、こっちのセリフだ。お前たち、俺の仲間に何しやがった。」
「…お仲間はどうかなさったのですか!?」

ルシアンはなぜか食い入るような様子だった。

「どう……ってお前らの怪しい薬で眠ったまんま起きねえ。あれは安眠のお茶どころじゃねえだろ。飲んですぐぶっ倒れてゆすっても起きね え。」
「え……?あ、そうですか……。」

アレンの答えに何故かルシアンは明らかに落胆した様子を見せた。

「そうですか、じゃねえだろ。」
「師匠の言うとおり、きっと明日の朝にはお目覚めになりますよ。それでは。」
「あ、おい。」

若い魔術師はぺこりと一礼して部屋に戻ろうとする。
これでは何も解決していない。帰らせる訳にはいかない。

「待ちなさい」
「あつっ……!」

ドアノブとの間に少し電気を走らせるとルシアンは慌ててドアノブから手を離した。

「何をするのですか!」
「それはこちらのセリフです。少し聞きたいことがあるの。あなたのお師匠様と話をさせて。」
「師匠はもうお休みになっています。」
「では、あなたに聞くわ。あなたたちがムーンブルクの名を語っている理由は何?」
「な、なぜそんなことを?」

私がムーンブルクの名前を出すと、明らかにルシアンの表情はこわばった。

「俺はムーンブルクの傭兵、鎧の騎士だ!
 故あって、俺たちはムーンブルク女王にお前たちの正体を調べるように言われてんだ。
 これ以上、謀ろうってんなら女王に報告するぜ。」

私の話に乗って、アレンはそんな風に口添えをしてきた。
アレンは自分がムーンブルクの兵だなどと言った。意外と演技派だと思った。同時に、アレンがここまで言って協力してくれるのは感謝だっ た。

「なぜだ!私たちは何も悪いことはしてない。
 お師匠様だって、いつも人々のことを考えて惜しむことなく持てる魔法のすべてを注いでいたんだ。」
「だからってなんでって…、おい、お前…!!」

突然ルシアンは私たちに向かって杖を向けて魔法を唱えた。

「バギ……!!」
「危ない!」

徹底して私たちを追い払おうというつもりのようだ。
至近距離からの魔法であったが、アレンが私の肩を押して直撃は免れた。

「いきなり、何するんだ!!」
「出て行ってくれ、もう少しで私の術は完成するはずなんだ!邪魔はさせない!!そうしたら、お師匠様だって、きっと……!」
「何の話だ?」

術が完成する?なんの術だろうか?
彼らの目的が何なのか気になるが、もうそんな話し合いができそうな雰囲気ではない。
魔術師は私たちを追い返そうと敵意をむき出しにしている。

彼からは先ほどのバギよりも強力な魔法のうねりを感じた。アレンもそれを感じたのか、私の前に立ち剣を構えた。

「アレン、ここは私に任せて。下がって!」

その言葉にアレンは横に避けた。

魔法の勝負なら、私は負ける訳にはいかない。
相手がバギマを唱えるなら、私も同じ魔法を唱え相殺すればいい。しかし、ここは建物の中である。
わずかでも威力が違えば、その威力の差で宿屋に迷惑がかかるであろう。それは避けなければならない。

「バギマ…!!」

相手の渾身のバギマは先ほどのバギの3倍はあるかという威力だ。その威力を正確に分析し、ちょうどそれが私の手に触れる瞬間に、完全に同 じ威力で同じ魔法を唱えた。

「バギマ」

そうするとバギマの竜巻は面白いくらいに霧散する。狙い通りだ。
相手は唖然とした表情だ。私が何をしたのかもわかっていないかもしれない。

「くっ、……ギラ!」

ルシアンは再度苦し紛れの魔法を唱えてきた。
突然現れた炎に一瞬ひるんだが、魔法の種類を変えても同じことだ。

「ギラ」

全く同じ威力の炎で相殺すればいい。

「消えた…!なぜだ!?」

ふう、うまくいった。
ルシアンは何が起こっているのか分からない様子だ。

「おお、すげえじゃん。火が消えた。お前もカインみたいなことするなあ。」
「カインがやってることとは違うのよ?彼は直接炎を消せるけど、私は同じ魔法で相殺しているだけ。」
「ほお?俺にはさっぱり分らんが、さすがマリアだ。」

何げない私たちの言葉に、ルシアンがぴくりと反応した。

「あ、あなたたちはもしかして…。」

今アレンが私の名前を呼んだことで、正体がバレたのかもしれない。
こうなったら、身分を明かそうか…、そう考えたとき階下から声がした。

「アレン様!!大変です、カイン様が……!」

声の主は宿の主だ。アレンが眠っているカインの監視を宿の主人に頼むと言っていた。
眠っていたはずのカインに何かあったのだろうか?

「どうした、何があった?」
「いなくなってしまったのです……!」

忽然とカインが部屋からいなくなってしまったという。

「はあ!?おい、ルシアン、いったん中断だ…!」

私たちは急ぎ部屋へと戻ることを余儀なくされた。




++++



部屋は確かにもぬけの殻になっていた。

「一体いついなくなったんだ?」
「申し訳ありません…。それがよく分からないのです。」

部屋を出てからさほど長時間が経っているわけではない。
宿屋のカウンターで見ていた亭主夫人も誰かが通った気配はないと言っているそうだ。

「分かった。探してみるから気にしないでくれ。」

主人には気にするなと言って礼をして帰した。

「うーん、変だぜ。あいつ剣を置いて行ってるな。」

アレンがすぐさま気が付いたのは、カインの隼の剣がそこに置いたままになっていることだった。
もし私たちがいないことを心配して部屋を出たのであれば、武器を持たずに部屋を出るのはおかしい。

もしや、怪しい毒でその身が消滅してしまったのだろうか。そんなことあるだろうが。
だが、現実私をかばったカインがいなくなってしまった。私のせいだ。

部屋を出るんじゃなかった。ずっとそばについていればよかった。
そうすれば、きっと、何をしたってカインを助けたのに……!!
何より私にはカインを失うことは耐えれなかった。

「おい、おい…ってマリア。落ち着け。」
「アレン……。」

狼狽している私に対してアレンは冷静だった。

「よく見ろって。布団がめくれあがってんだろ。急に蒸発して消えたんなら、こうはならねえ。」
「……確かに。」

アレンがいてくれて本当に良かったと思った。落ち着いていて頼もしかった。
カインはここから起き上がってどこに移動したのだろう。

「主人も見逃したのかもしれない。
 俺は町へ出ているって思う。」
「ええ、その可能性はあるわ。ここでこうしていてもしょうがないわね。いきましょう。」

今度こそ入れ違いにならないように、宿の主人にカインが戻ったら教えてくれと釘をさしておくのを忘れず伝えた。
私はリリザの町中を探してみることにした。

「でも、お前この町知らねえんじゃねえのか?」

リリザの町について、私はあまり詳しくないが、それでもこの町はさほど広くはない。どこかにいるのならすぐに見つけられるだろう。

「大丈夫よ、アレン二手に分かれましょう。あなたは彼らの動向を追ってくれない?」
「そうするか。カインのことも気になるが、連中も気になる。何かあったら知らせる。」
「ええ、私もそうするわ。」

私はアレンと別れてカインを探し始めた。
すでに時刻は夜だ。人出はほとんどない静かな町で、なかなか見つからない。

違和感もあった。ローブも部屋に残っていたから、カインは身を隠すこともしていないはずだ。
リリザに来たときはあれだけバレないようにしようとしていたのに、なんの頓着もなく町を出歩いたりしているだろうか。
加えて剣を持ち歩かないこともおかしいのだ。つまり、今カインは私たちを探しているのではない。
では、どこへ行くというのだ?

もしかして、怪しい薬のせいで、いつものカインじゃなくなってしまっているのではないか。
記憶がないとか……。そう思い巡り、私は首をぶんぶんと横に振った。

「…それが、どうしたっていうのマリア、しっかりしなさい。」

どうなっていたとしても、たとえ、私たちのことを忘れたとしても、カインがそこにいるのなら私はカインを助ける。
きっとそれはアレンだって同じ考えだ。

今、私がやるべきことは町をくまなく歩いてカインを探すこと。

そう考えながら歩いていると、町の外れの教会に何人かの人が集まっている。
こんな夜更けに何の人だかりだろうかと近づいてみると、子どもの泣き声がする。

「どうしたのかしら?」
「ああ、迷子みたいだ。家が分からなくなって泣いているみたいでなあ。」
「まぁ、かわいそう。」

泣いている子どもの顔を見て、私は一瞬幻を見たのかのような気分になった。それは小さな幼子だった。息子のマナとそっくりだった。
ただ、本人ではない。髪の色が違う。マナは紫の髪だが、この子どもは金髪の髪だ。別人だ。

じゃあ、この子は?
私はそんなはずがないと思う気持ちと、間違いないという気持ちが相反したまま、小さな子どもに声をかけた。

「カイン…?」

名前を呼ぶと、小さな子どもはびくっと驚いた表情で顔を上げた。
えぐえぐと泣いている涙は止まらない。その瞳の色は…緑色で。

間違いない、なぜこんな風になっているのか、なぜここにいたのかは分からないが、この子はカインだ。

「なんだあ、知り合いかい?あんたの息子さんかい?」
「あ、ええ。探していたんです。皆さんお騒がせしてスイマセンでした。」
「良かったなあ。泣き虫坊主。もう迷子になるんじゃねえぞ。」

人々は安堵したように小さなカインの頭をなでた。

「ありがとうございます。」

人々を見送って残ったのは私と小さなカインだけ。
私は不思議な緊張で息を呑んだ。そして、なるべく優しく声をかけた。

「あ、あなたは、カインでしょう?」
「うん。」

名前を聞いてうなずいた。やっぱり本人だった。見つけた…!良かった。
安堵のあまりか、驚きのせいか、私の心臓は早鐘を打っていた。
でも、こんなこと、本当にあるんだろう。

「お姉ちゃんは、だあれ……?」

小さいカインは私を見て戸惑っている。
やはり私のことは分からないみたいだ。少しショックではあるが、そんなことより確認しなければ。
怖がらせないように私はカインと目線を合わせた。

「大丈夫よ。もう心配いらないわ。
 どこへ行こうとしていたの?」
「お、お城…。お父さまとお母さまはどこにいるの?マイちゃんはどこにいったの?皆いなくなっちゃったの。」

その悲しみでまた小さい瞳から涙があふれてきていた。

でも、なるほど。
目を覚ましたら、見知らぬ場所にいて怖かったんだろう。
それで、お城のご両親を探しに行こうと部屋を飛び出していったのだろう。
そうだとすると、宿に剣を置きっぱなしだったのも、ローブで身を隠さないのも、受付カウンターから小さなカインが見つけられなかったの も、すべて合点がいく。

カインは私のことなんて知らない。
でも、そんなこと構わなかった。私は、泣き続けるカインに手を伸ばして、優しく抱きしめた。

「ふわっ…?うう?」

驚いた顔をして一瞬泣き声がやんだ。

「それは怖かったわね。もう大丈夫よ。一緒に探しに行きましょう。」
「本当?ありがとう…っ」

泣いてた子がやっと笑った。なんて可愛い笑顔だろう。

「私の名はマリアよ。よろしくね。」
「マリア…お姉ちゃん?こんにちは。僕はカインです。」

ぺこりと自己紹介をしてくれた。
それに、お姉ちゃんなんて呼ばれるのは初めてで、心がむずむずした。

「カインは何歳なの?」

道々に歩きながら聞いてみると、この小さいカインは3歳なのだそうだ。
なんと、先日小さい赤ちゃんが生まれて、お兄ちゃんになったんだという。
マイさんのことだろう。会ったばかりの私に嬉しそうに生まれたばかりの妹の話をしてくれた。

「お花みたいにかわいくて、お手てはもみじみたいに小さくて。」
「そう、それは赤ちゃんきっとかわいいでしょうね。」
「うん。世界一かわいい!」

うふふと笑いながら教えてくれた。さっきまで泣いてたのに、妹の話をしたらにこにこ笑顔だ。

なんだろう。かわいい子だなあ。
初対面の私のこともすぐに懐いて信用して。
悪い人間にさらわれないか心配になる。先ほどのリリザの町の人が親切で良かった。

「大丈夫よ、きっとサマルトリアのお城に連れて行ってあげるから。」
「ほんと?わーいわーい!ありがとうマリアお姉ちゃん。」

カインは何も疑わない瞳で嬉しそうにうなずいた。
しかし、これからどうすればいいだろうか。
カインをサマルトリアに連れて行くこと自体は造作もないが、きっと連れてこられたってマイさんたちが困惑するだろう。

きっとこれはあの時飲んだ怪しいお茶のせいに違いない。
安眠のお茶だなんて言っていたが、なんのつもりで彼らはこんな真似をするのか。どうすれば術は解けるのか。

そう思って宿まで戻ってきたとき、突然二階の部屋から爆発音が聞こえた。

「!?」

その場所は先ほどの魔術師たちの部屋のあるであろう場所だった
そして、2階の廊下の窓が割れて、そこからアレンが飛び出してきた。

「アレン…!だ、大丈夫!?」

慌てて駆け寄った。アレンは鎧のおかげで大きなダメージはなさそうだった。

「おおマリア。お前こそ大丈夫か?」
「私は大丈夫だけど、何があったの?」
「さっきのやつにまた会いに行ったら、今度は俺を吹っ飛ばそうとしやがって、なんか話も聞かずに魔法ぶっぱなされた。」

とことんあの部屋からアレンを遠ざけようとしているようだ。
今の魔法の威力はバギマだろうと推測した。

「お前の方は成果はどうなんだ?カインは……、あ?」

アレンはすぐに私の背後にいる小さなカインに気づいたようだ。

「ああ?なんっだ!?そいつ!!」

大声にびっくりして、カインは完全に私の後ろに隠れてしまった。だが、アレンは逃げようとするカインの横にしゃがみこんで手を引いた。

「なんだ?なんだ?
 おい、お前カインだろ!?」
「………… 」

返事もできずに固まっていたカインは数秒後に恐怖の表情でひぃん…と泣き出して私の背中にしがみついた。
そりゃあこんな全身鎧の騎士に絡まれたら怖い。

「アレンやめて、カインを怖がらせないで。
 私たちの記憶はないみたいなの。」
「はあ?」

私はアレンに今のカインの状況を伝えた。
どうやらカインはあの薬の効果で体が小さくなってしまったようだと。
そして記憶もなくし、城に帰りたくて泣きながら宿を出てしまったのだ。幸いにすぐに見つけられて、そしておそらく今は3歳頃になってし まったようだった。

やっと私に慣れて泣き止んでくれたところなのだと伝えた。

「だから、泣かせないでって……!」
「うお……おお……こわ。お前の顔が怖いわ。」

心外なことを言われたが、アレンは理解してくれたようだ。

「ってことは、なんだよ?あいつらは安眠の薬ととかいって、幼児化する薬渡してんの?
 意っ味不明。」
「ねえ、アレン。あなたがさっき会いに行ったときも、対応したのはあの若い魔術師だけだった?」
「ああ、そうだったぜ。老人の方はどんだけ騒いでも出てこねえ。」

それは、どうしてだろう?
リリザで市場を開いていた首謀者は長老と呼ばれた老人の方だが、あの時以外一切人前に出ていない気がする。

「もう一度会いに行きましょう。カインへの術を解いてもらわないと。」
「そうだな。」

いまだにアレンを恐れてぷるぷる震えているカインをどうしたものかと思ったが、アレンはそんなカインの頭をぽんぽんとなでた。

「お前も男だろう。すぐに治してやるからもう泣くな。お前が泣いたらマリアも困るだろう。分かったな。」

何かアレンがカインを説得してくれている。
私の名前を言って分かったなといっても、カインには伝わないと思ったのだが、カインはちゃんとうんとうなずいた。

「よっし。行くぜ」

アレンはこんなに小さくなっててもカインの扱いがうまいようだ。



+++


「…また来た!あんな目にあってもまだ来るのか!」

ルシアンは私たちを警戒していたようで扉の前に立っていた。
どうしてか、私たちを部屋から遠ざけようとしているようだ。

私たちに気づくと手にする杖をこちらに向けて、魔法力を収縮させようとしている。

「待って、もうやめて。
 あなたが先ほどアレンに使ったのはバギマでしょう?それは私たちには効かないわ」
「……!」

実際直撃を受けたはずのアレンはぴんぴんとしているし、私は先ほどルシアンのバギマを無効化してみせた。

何度魔法を唱えても倒せない。それは魔法自慢であろう彼にとっても少なからず衝撃だったようだ。

「あなたが次に唱える魔法が、イオナズンだったとしても同じことよ。」
「お、お前たちは何ものなのだ…。」
「私はムーンブルクの女王マリア。あなたたちの目的を確認しに来たのよ。」
「え、え…。ムーンブルクの女王…!?まさか……!あのロトの血を引く…!?
 そんな…!」

ことを荒げるつもりはなかったが、ここまで来たらもう私が名を名乗るしかないと思った。

「まさかっていうけど、お前さっき女王の魔法を見てんだろ。
 お前の魔法なんてバギマだろうが、イオナズンだろうが、ベギラゴンだろうが、女王は無効化するぜ?
 嘘だと思ったら試してみろ。」

……アレンが口添えしてくれるが、私が使ってるものは魔法であって、マジックではない。単に同じ魔法を同じ威力で使って無効化しているだ け。
だから使ったことがないベギラゴンの無効化は無理だろうし、なんだったら私はベギラマも使ったことはないし…などということはあえて言う まい。

「それでは、鎧のあなたはムーンブルクに嫁いだという同じロトの子孫の…??」
「…お前、それ色々何か間違ってる気がする。俺は…ただの傭兵の鎧の騎士だよ。ムーンブルクに嫁いだロトの子孫の王婿はこっち。」

アレンが差し出したのは小さいカインだった。突然子どもが現れたのでルシアンは戸惑っているようだ。

「え……あ……?あなたは一体?」
「こ、こんにちは…!ぼ、僕はサマルトリアの王子のカインです。」
「そうか、すごい……成功している…!」

ルシアンはカインの姿を見て喜んでいた。やはりこれが期待した薬の効果だったのかと私は眉をひそめた。
小さいカインの方は名前を聞かれて泣かずに自己紹介をした。サマルトリアの王子という言葉が私には少し懐かしく感じた。
アレンはルシアンの首根っこを捕まえて壁にたたきつけた。

「すごい、じゃねえんだ。お前らの怪しい魔法でこんなになっちまったんだよ。
 どうやったら元に戻るんだ。分かってると思うが、今度こそ謀ったら、お前ロト三国を敵に回すことになるぜ!」

ただの鎧の騎士なる傭兵なる人物が随分大仰なことを口にしている気がするが、
でも実際カインに何かあったらサマルトリアの皆も大騒ぎに違いない。

「アレン。ありがとう、もういいわ。
 ここからは私が。」

ルシアンを物理的にぶっ飛ばしかねないアレンを少し制して私は前に出た。

「ルシアン、あなたのお師匠の長老様にはもう一度会えないのかしら。
 臥せっていらっしゃるのだったら、私も回復魔法には心得があるわ。少しはお手伝いできるわよ。」
「ああ……、あああ…………。」

最初は拒否する姿勢であったが、ようやく観念したようでルシアンはようやく部屋に通してくれた。
そこには大量の書籍や魔法道具が置かれていた。あの市場で並んでいた用品達だろう。

そしてその奥の寝台で長老は眠りについていた。

「……おじいちゃん、どうしたの?ねんね?」

カインは無垢な瞳で、眠っている老人を心配していた。
私がゆっくり手をかざしてみたが、呼吸は浅く、その生命力は最早わずかにしか残っていないように感じられた。

「お師匠様は、目覚めません。体が衰弱していて、夕方の時間以外はずっと眠っているのです。」

いつも決まった時間に開かれる市場。
長老はそれ以外は宿から出てくることはないという。

私には思い出されることがある。
市場で私たちに安眠のお茶を差し出したのは、長老ではなくこのルシアンだった。
何か細工をしたのは、長老の指示ではなくてルシアンの単独行為だったのかもしれない。

そして、最初にルシアンにカインが眠っていると伝えたときの何か落胆した様子。
期待した効果が出ていなかったからだろう。

多分期待した効果とは、若返りだ。
あの喜びっぷり、もしかして初めての成功だったのかもしれない。

師匠の指示ではなく、勝手な判断であったが、ルシアンはきっと若返りの術を完成させて、
自身の師匠の…寿命を延ばしたかったのではないか?

「この……大馬鹿ものめ。」
「えっ、お師匠様?」

ルシアンから眠っていると言われていた長老が口を開いた。

「未熟者が。私が本当にただ眠りこけているだけと思ったのか。」

長老はその瞳を開けて確かにこちらを見た。

「申し訳ありませんでした。私の弟子が…。」
「お、お師匠様…!な、なぜ……!」

よろよろと体を起こそうとするのをルシアンが慌てて助け支えた。

「耳くらい聞こえておるわ。まだ生きておるんじゃからな。」
「……!!」

私たちの会話は全部聞いていたようだ。
ままならない体をぎしぎしと動かしながら、長老は私に向かって深く頭を下げて平伏した。

「おお……ムーンブルクの…女王さま、マリア様。」
「私を知っているのですか?」
「いいえ…、直接お目にかかったことはありません。
 このほどは、私の弟子が許されないことをしてしまいました。
 恩あるあなたさまにとんでもないことを…どう謝っても償いきれない罪です……。」

私がこの人を悪い人ではないと思った直感は当たっていたのだろうか。
聞いてみたかったことを聞いた。

「あなたたちがこのリリザでムーンブルクの名を語って市を開いていると聞いてやってきました。
 それは偽りではありませんね?」
「はい……。」
「なぜムーンブルクの名を?」

その問いに長老はよどみなく答えてくれた。

「それは私の魔法の知識はすべてムーンブルクで会得したものであったために。
 実は私はあなた様のおじい様にムーンブルクで学んだものです。
 あなた様のお父様の学ぶ魔法学校では教壇に立ったこともあります。」
「えっ!?そうだったの?」

この魔術師は純ムーンブルク産であり、ムーンブルクを旅立ってからも、誇りをもってその知識を弟子たちに伝えていたのだという。

「なら、ムーンブルクに帰ってきたら良かったのでは。
 あなたの知識は本物だわ。あなたの魔導書には私だって知らないことがいっぱい書かれていた。」
「勿体ないお言葉、心よりありがたく思います。でも、それは難しいことでした…。」

ムーンブルク陥落の報も、再興の報も耳には入っていた。
それでも、その頃には老いた体は衰弱してほとんど動くことはなく、駆けつけることもできなくなっていた。

このリリザはルシアンの生まれ育った故郷だそうだ。
弟子たちの介添えを受けながら生活をして、少しは改善して起き上がることもできるようになった。
それでも、編み出した秘術を使ってほんの一時間の自由行動を得るのが精いっぱいだった。その時間を使って世話になった人々に自分の魔法の 知識やアイテムを皆に提供していたのだという。
ムーンブルク直産の知識と魔法という自負が、ムーンブルクから派遣された、と少し混同して伝わってしまったようだ。

そして、そんな衰弱していく師匠を不憫に思って、少しでもと長生きを願って弟子は若返りの薬を作ったのだ。
何度も失敗を重ねて、やっと成功したのだろう…。

ようやく話が理解できた。

「おじいちゃん、元気になーれ。あんよが痛い?どこが痛いの?カインがすりすりしてあげるよ。」

小さくなったカインは心配そうに老人の足をさすった。

「なんと、、優しい。しかしいけません。こんな罪人に。
 長年のムーンブルクへの恩も忘れ、あろうことか女王様に攻撃魔法を仕掛けるなど許されることではない。
 弟子の不始末は私の不始末。どうか、私たちに極刑をお下しください。」
「師匠…!!」

土下座の姿勢を崩さない長老に、弟子も崩れ落ちるように座り込んだ。

「一つ聞きたいことがあるの。ルシアン。
 その、若返りの薬を解く方法はあるの?」
「あ、あ…はい。これは安眠の薬からの改良版。ですから、同じだけの時間で、そうですね。明日の昼には効果が切れるはずです…。
 マリア様、どうか、死罪は私めに。師匠の命だけはお許しいただけないでしょうか…!!」
「……わかったわ。」

話は分かった。
まだ少し安心はできないが…。薬の効果は時間で切れるらしい。カインが元に戻れると確認できて良かった。

私はふうっと息を吐いた。

「ムーンブルク女王の名に懸けて命じるわ。
 確かに、あなたたちの魔法は一部非常に危険を孕んでいる。このままリリザで野放しにすることも、見逃すことも最早できない。」
「おい…。マリア。」

アレンの案じげな声が聞こえるが、私はそのまま一息に伝えた。

「だから、あなたたちの身柄はムーンブルクで保護します。」
「えっ?」

自由に動けないその体も、この大量の魔導書や魔法道具も、かなうならば帰るべき場所に帰ってきてほしい。

「そして、あなたが父に伝えたという数々の魔法の技術を、今度は今のムーンブルクにも伝えてもらえないかしら。」
「しかし、私はもう……」
「何年かかってもいいから。」

ルシアンにも視線を向けて伝えた。

「はい……。私の残された命はすべてムーンブルクのために…使わせていただきます…
 もはや残り少ないこんな身ですが、祖国へ帰れるのは望外の喜びです。分かったな、ルシアン。」
「は、はい!!数々の無礼を申し訳ありませんでした…!」

二人は恐縮したように頭を垂れた。


+++




「どうなることかと思ったけど…。
 ま、うまくいったんじゃねえか?」

宿の部屋に戻って、アレンはようやく重そうな鎧の装備を解いた。

「アレン、色々ありがとう。結局ムーンブルクの話だったのに巻き込んでしまって。」
「いいよー。変な輩が勝手にムーンブルク名乗ってるって訳じゃなくて良かったよ。
 なー、カイン。」

アレンは小さいカインのほっぺたをつついた。

「ははは、ほっぺたやわらけー。饅頭みてええ。」
「ふみぃいい。」

ずっと泣かずに我慢していたカインなのに、またアレンに泣かされている。

「アレン、やめてってば。いじめないで。カイン大丈夫よ。この人怖い人じゃないから。」
「うう……。」

なにやらアレンを警戒しているようである。

「とりあえず、寝たら治るってことで。
 もう今日はしまいだ。子どもは寝たらどうだ?ほれ。」
「ふ、う……うええ…」

今度は何も驚かせてないだろうに、アレンの言葉でカインはまた泣いてしまった。

「おいおい、男なら泣くなってさっきもいっただろう。」

アレンの言葉は先ほどはちゃんと届いたのに、今回は泣き止まない。

「カイン、どうしたの?泣かなくていいのよ。大丈夫よ。」
「おうち、僕も、おうち…。」

黒衣の魔術師たちがムーンブルクへ帰るという話を聞いて、随分頑張っていたけれど、自分も城に帰りたくなったようだ。
ここが知らない場所で、知らない人に囲まれているというのを思い出したのだろう。

といっても、今カインが帰りたいと言っているのは、もちろんムーンブルクではなくて。

「サマルトリアに行きたいのね?」
「ん。うん、うん。かあしゃま、……いるよ。お姉ちゃん、おうち帰ろ。」

この年齢だと母親に会いたいだろうと思う。
私はアレンと顔を見合わせた。

「どうする?」
「そうね…、連れて行くことは造作もないわ。ルーラで行ける。でも……。
 サマルトリアに行ったって、カインのお母さまはもういらっしゃらないわよ。」

それは逆に残酷で、きっと今以上に落胆するのではないだろうか。

「はあ、そうだねえ。
 じゃあ、お前ラリホーで寝かせちまえば?目覚めれば治るんだってよ。
 もう寝ればいいんだよ。」

アレンの言うことも正しく解決方法だろう。
でも、私は先ほどこのカインにサマルトリアに連れて行くと約束もしてしまっているのだ。行かなければきっと怒られる。

「やっぱり行きましょう。それで、マイさんにも相談してみて…。」

私が真剣な顔で言うと、アレンがぷっと吹き出した。

「あっはは。ほんとに行くのかあ。
 良かったなあ、カインお前サマルトリアに行けるってよ。」
「うん、やったあ。いこ、いこう。マリアお姉ちゃん。」

カインが必死に私の手を引いている。
アレンは何やら後ろでにやにやしている。

「でも俺はあとで後悔すると思うけどなー。」

分かってる。泣いて甘えてサマルトリアに帰りたがったなんて、きっと行ったら行ったでカインに怒られる気もする。
どのみち怒られるのだ。

「マリアお姉ちゃん…?」

でも、すがるように私の服の裾を掴んで見上げてくるカインを見捨てるなんてできない。

「あなたも共犯よ。一緒にカインに怒られましょう。」
「はは、面白そうだからいいぜ。」

アレンを道ずれにして、私たちはサマルトリアに飛ぶことにした。





- 続く -


2024/09/02

▲


【後書き】
続き物になっております。

先日から小さくなったカインを書きたいと色んな所で言ってましたが、それをやってみたくなりましてこんなことになっております。
黒衣の魔術師たちは結論ムーンブルクでいい感じで過ごしてくれるだろうし、
この2話でハッピーエンドとして終わろうかと悩んでいたんですが、せっかくなので、サマルトリアに遊びに行こうと思います〜

なので、まだ続くのです。ひー。
4人でわちゃわちゃできたらいいなあ。

↓魔法を相殺するマリアですが、出オチになるアレンを一度描いてみたかったww 全身鎧(面あて付き)はすごい存在感と違和感で す。





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