「もうっ、こんな時に……」
マリアは足早に廊下を歩いていた。
アレンたちを迎えに行ったのは、来賓客の対応中だった。
急用を装って、一瞬で迎えに行って戻ってきたのは良いが、
来客を放置することもできず、一旦アレン達をクレハが待つ部屋に連れて行って、
マリアは公務に戻っていた。
ようやく一区切りして、
アレン達がいる部屋へと戻っていった。
「マリア、おつかれ。
仕事は終わったのか?
先に飯食っちまったぞ」
「アレン」
足早に歩いていたマリアは息を切らして、部屋に入った。
アレンは手をあげてマリアをねぎらった。
どうやら部屋でクレハと食事をしてくつろいでいたらしく、
部屋に何枚かの皿が出ていた。
「え、ええ。良いわよ。」
アレンに答えつつも、きょろきょろと部屋を見渡した。
「カイン探してるのか?
部屋に引っ込んでるよ。
飯食ってないんだ。お前持っていってやってくれないか?」
そういってアレンはおそらくカイン用に取っておいた
一人分の食事をお盆に乗せた。
「な。」
「わ、分かったわ。」
そう言ってマリアに手渡してきた。
マリアはいったんそれを受け取ったが、
アレンに聞きたいことがあった。
「ねえ、カインが絶不調って言ってたじゃない。」
「あ?ああ。」
「どういうことなの?」
2人の旅がどうだったのかとか、ロトの剣はどうなったのかとか、
色々聞きたいこともあったが、
真っ先に聞きたいことがそれだった。
「カインに聞いてもはぐらかされそう。
アレン教えて。」
「確かに。」
本人に聞かず先に自分に聞いてきたことは
得策だなと思った。
「あいつ結局アレルやリンダの前では
気を張って平静を装ってやがったからな。」
「……?誰……?」
旅の間に出会った仲間だろうか。
アレルというのは……。
誰だったかと思ったが、直後はじけたように顔をあげた。
「アレル?アレルって勇者アレル!?」
「そうそう。さすがマリア勘が良い。」
「え、それ……どういう事?
一体どこへ行ってきていたの?」
マリアはアレン達がどこへ行ってきたのかもわかっていない。
クレハは待っている間に話を聞いていたようで、
目を輝かせている。
「アレン様達、なんと勇者ロトの時代に行ってこられたそうなんですよ!
それで、リンダ様というのは、マリア様のご先祖様でムーンブルクの……。」
興奮冷めやらぬ様子でクレハが教えてくれる。
どれもこれも気になる単語だ。
自分の先祖とはどういうことかと思う。
だが、それでも先にカインのことが聞きたかった。
「ご、ごめんなさいねクレハさん。
それもすっごく気になるんだけど……。」
「ああ、カインのことだよな。
クレハ悪いな、こいつこういうやつなんだよ。」
「あ、いえ……全然スイマセン。
そうですよね。
カイン様調子悪そうでした。」
アレンから聞いた話があまりにすごくて
クレハは興奮してマリアに共有しようとしたが、
そういわれて恐縮した。
「マリアごめんな。
ちょっと無理させすぎちまったんだ。」
「え……。」
「あの世界、やばいんだ。
モンスター強すぎで。ロンダルキアより強いのいたし。」
「……。」
聞いてマリアはサーっと青くなった。
魔物と戦うこともなくなって久しい。
マリアはあのロンダルキアで戦っていた頃のように今戦えるかと言われると、
怪しく思った。
あの頃が自分の最盛期で、最高の魔法が使えていたように思う。
なのに、ロンダルキアよりも強い魔物が出るとは?
しかも、それに私が同行していない。
いつも私たちは3人で戦っていたのに。
「ちょ、ちょっと待って。
そんなに強い魔物たちと戦っていたの?2人で?」
「まぁ主に2人だけど、アレルたちと一緒に最大6人パーティの時もあったぜ。」
「6人……すごいのね。」
6人であることがすごいのか何なのか良く分からない。
完全に気がそぞろになっている。
「だから、カイン、マリアもいないし、回復と攻撃と全部やってた。
攻撃もすごかったぜ。
昔使ってなかった魔法とか、
勇者みたいな魔法使ってたし、
あ、あとあの賢者クリスの魔法を封じたりとか、
それってすごいんだろ?」
「す、すごい……?」
賢者クリスがまず誰か分からない。
だが、カインが旅の間中魔法を使っていた、
それも相当高位の魔法を。
私がいないせいで。
「それで、大分無理させちまって、
あと魔物にやられて、思いっきり胸踏みつぶされそうになって。」
「…………。」
マリアは話を聞いて真っ青になっていた。
「あいつ血吐いてるんだ。」
+++
「……カイン!!」
マリアは、居ても立ってもいられず寝室に走った。
廊下を走る女王など初めてみた女中や部下たちは驚いている。
でも、そんな事かまってられなかった。
寝室の扉を開けると、カインが驚いて振り返った。
「あ、マリア。おかえりなさい。」
部屋に入ってみるとカインは寝ておらず、
寝台に座って、すぐそばの机に向かって何か書き物をしていた。
「カイン、寝てなくて良いの?
大丈夫なの?」
「え。」
「アレンから聞いた。全部聞いたわ。
絶不調って冗談っぽく言ってたけど、冗談じゃないじゃない。」
言いながらマリアは寝台までつかつかと歩いていき、
カインのすぐ隣に座った。
「マリア。」
カインはマリアの勢いに少し驚いているようだが、
マリアは構わずカインの額に手を当ててみた。
熱がある。
マリアは唇をかんだ。
本当なんだ、アレンの話は。
「熱があるわ。寝てなきゃダメじゃない。
アレンから寝てるって聞いたのに、
何してるのよ。」
「大丈夫だよ。
さっきクレハさんからマイが心配してたって聞いたから、
手紙でも書いておこうかと。」
マイはマリアと一緒にしばらくムーンブルクに滞在していたが、
さすがにサマルトリアを空け続けられないと先日国に戻ったのだ。
確かに、帰還の一報は待ちわびているだろう。
だけど……。
「気持ちはわかるけど、
でも今は休んで。お願いだから。」
もう半ば無理やりに押し倒すようにマリアはカインを布団に横たわらせた。
「いっ……げほっ、こほっ。」
「あっ、ごめんなさい。大丈夫?」
勢い付けたせいか顔をしかめて何度か咳き込むカインに、
マリアは慌てた。
「ごめんなさい、カイン。」
「ケホッ……。
マリア、謝らないで大丈夫だから。」
はーっと息を吐いて、カインはあおむけになった。
マリアの顔が良く見えた。
マリアが泣きそうな顔になっていた。
「手紙はまたにするよ。」
カインはマリアの言う通りにして、
手を振った。
「…………。」
「寝てるつもりだったんだけど、
5日間寝っぱなししてたから、
全然眠気がなくって……。あはは。」
笑って言うカインだったが、マリアは全然笑える心境じゃなかった。
カインはマリアに心配をかけてるのを感じた。
「アレンから何聞いたの?」
「え……。」
そっと尋ねられて、マリアは先ほどアレンから聞いたことを答えた。
限界を超えて強力な魔法を何度も使って体を壊したこと。
血を吐いて倒れたこと。
眠ったまま起きられなかったこと。
「私が一緒に行けなかったから、
カイン一人で無理しちゃったんでしょう?」
「概ね、あってるけど、最後は違うよ。
マリアが責任感じる部分とか一つもないから。」
「でも……。」
自分が行っていたら、こんな風には
なってなかったのかと思うと、マリアは素直に頷けなかった。
「あーもう。」
若干投げやりにそういってカインが向こう側を向いた。
「?」
カインを怒らせてしまったのだろうか。
「ごめん、怒っちゃったの?」
「……違う。そうじゃないけど、許せないんだよ。」
向こうを向いたままカインが言った言葉にドキッとした。
「……何を……?私のこと?」
何を許せないんだろう。私のことだろうか。
「! ちがっ……!っ……」
慌てて起き上がって否定しようとして大きな声をあげようとしたら、
胸がつかえたようになって、思わず口を押えて、咳き込んだ。
「ゲホっ、ケホ、ケホ。」
マリアが慌てて背をさすった。
本当に調子が悪そうであった。
「ごめ……ちが、違うんだ。」
はーはーと息を整えながらカインは首を振った。
「マリアに、心配かけてる自分が……許せない。」
「っ……。」
その言葉にマリアは驚いた。
「な、何故?」
「本当、は、もうちょっと、マシになってから、
帰るつもりだったんだ。」
勇者アレルが帰ってくるのを待って、
そうしたら、もう少し体調も良くなってるはずだった。
突然やってきたリンダの魔法で帰ったのは
嬉しくはあったが、予定外であった。
それを聞いて、マリアは眉を顰めた。
「そんなの、、」
何か言おうとして、口をつぐんだマリアに
カインが顔をあげた。
「そんなの、おかしいわ。」
「……マリア?」
マリアが怒っているようだ。
「私は、一分一秒でも早くあなたに会いたかった。」
そう言われてカインははっとした。
「あなたは違うの?
アレンやアレル様との冒険が楽しくって、
一日でも長く旅をしていたかった?」
「マリア……。」
「私、ずっとずっと待ってたのよ。」
マリアは、今日は何か報が届くんじゃないか、
今日は帰ってくるんじゃないかと
一日千秋の思いで待っていたのだ。
まだ帰りたくなかったなんて聞くのは悲しかった。
「ご、ごめん。マリアの思いを無視してひどいこと言った。」
「私に心配かけたくないとか、そんなのいらないから。
良いから、カインと一緒にいられるなら、なんでもするから。」
カインは気を使って、心配かけまいとするが
マリアはこの思いを分かってもらいたかった。
「……うん。そうだね。」
カインは腕で目を覆った。
「マリアの言う通りだ。ごめん、変な意地はって。」
言われて、情けないような気持になった。
それより……。
そうだ、自分もずっと願っていたことじゃないか。
「僕も、君にずっと会いたかったんだ。」
カインは手を伸ばしてマリアを抱き寄せた。
+++
翌朝。
「よー。マリア。」
アレンがマリアたちの寝室を訪ねてきた。
どうやら、これからローレシアに帰るようだ。
クレハを連れてあいさつに来たようだ。
マリアは2人を部屋に招き入れた。
「カインどうだ。調子は。」
「あ、アレン!おはよう。大丈夫だよ。」
書き物をしていたカインはアレンの来訪に手をとめた。
「そうだな、随分顔色もよくなったな。」
その様子にアレンも安堵した。
「うん。
アレン、もう帰っちゃうの?」
「ああ、ってどんだけ俺国ほったらかしにしてんだって話だ。
さすがに帰らないとまずい。」
一日ムーンブルクでゆっくりさせてもらって疲れも取れた。
ローレシアのことも気になった。
「ディアンが気張って変な政策をしているそうですよ。」
「あーあーあー。
ほら、訳わからんことになってる。」
どうやらアレンの不在はディアンが何やら
ごちゃごちゃやらかいているらしい。
クレハはよく様子を聞いていたようだ。
「そっか。」
アレンとずっと長旅をしてきて……。
「アレン、迷惑いっぱいかけてごめんね。」
「!」
まず一番に思ったことが謝罪だった。
きっとアレンは自分のことで色々気をもんだだろう。
そう頭を下げたカインの肩をぐっと押して顔をあげさせた。
「俺は、めっちゃめちゃ楽しかったよ!」
「え……。」
「信じられない冒険だったよな。
俺たち勇者ロトと一緒に戦ったんだぜ。」
目を輝かせて言うアレンの表情に嘘はなかった。
「アレルはすごかったよなあ!」
「アレンは全然負けてなかったじゃない。
アレンのロトの剣の雷、すっごいかっこ良かったから。
僕、やっと見れて嬉しかった。」
「それを言うなら、お前も!
すごかったわー。雷の魔法、勇者ロトみたいだったぞ。」
マリアは目を丸くして二人の話を聞いている。
どんな、どんな冒険だったんだろう。
「…………。」
沈黙しつつも、恨めしそうに見ているマリアの視線を感じた。
「でも、やっぱりマリアも一緒の方が良かったかな。
俺さ、この旅の間、何度かマリア探しちまったもん。」
「!」
「そうだねー。
マリアも一緒だったら良かったね。」
なんだか、よっぽどハイレベルな戦いだったようで、
自分が行って役に立てるか甚だ不安であったが、
マリアはその言葉が嬉しかった。
「でもこいつさ、マリアが待ってるから、
死なないって言ってたもんな。」
「そうなの?」
「そうそう、カイン絶対帰るんだって何度も言ってたぜ。」
「………。」
一緒に行けなかったが、自分の存在を忘れてなかった様子に
マリアは嬉しく思った。
「あ、そうそう。
でもなー、こいつ相当ムーンブルクの王女たらしだぞ。」
「え?」
「リンダにも相当気に入られてたもんな〜。
危うくムーンブルク王家の側室になるところだったもんな。」
「は?え?何?」
あははと笑いながらアレンは言うが、
マリアは今度は眉を顰めた。
「ちょっと、アレン……。」
「何、その話、どういうことなのカイン!?」
「わー、誤解だよ!」
「ははっ。」
リンダの話はあまりまだしていなかった。
アレンは愉快そうに笑っているが、
カインは慌てて説明しながら、誤解を解いた。
最初は怪訝な顔で聞いていたマリアだが、
ムーンブルクのはるか大昔の話を聞けて、
胸を躍らせた。
なんだろう、不思議な気持ちだった。
ずっと見守ってもらっていることとか、
聞くと自分よりはるかに優れた魔法の才を秘めた王女の話とか、
信じられない気持ちだったが、嫌な気持ちはしなかった。
アレンも昨日は仲間たちとこういう話ができなかったので、
最後に思いっきり笑って、満足げだった。
+++
日常に戻り、再び忙しい日々が戻ってきた。
カインも公務の時は元気そうな顔を見せていた。
その分、部屋にこもっているときは
体調が良くないときもあった。
「ゲホっ、ケホッ。ごほっ。…ッ。
はっ、はぁ……。ゲホッ。」
寝台のそばに縋るようにして蹲って
息苦しそうに何度も咳き込んでいるカインに
そっとマリアが近づいた。
「大丈夫?薬は飲んだの?」
「マリ、ア……。」
カインは首を横に振った。
マリアは教えられた場所から薬を取り出して、
水と一緒に渡した。
受け取って、それを飲み込むと、
少しして、咳が落ち着いてきた。
「はー。
ありがとう、もう平気。」
その言葉にほっと安堵するも、
少し怒ったように言った。
「どうして、薬を飲んでいなかったの?」
その言葉に申し訳なさそうに答えた。
「今日は、調子がいいと思った。」
「そうなのね、でも気を付けないと。
あなたさっきクナ達の修練に立ち会ってたでしょう。」
「う、うん。」
マリアは忙しそうにしていると思ったけど、見られていたらしい。
「まさかと思うけど、剣の稽古に参加した?」
「ちょ、ちょっとだけ……。」
やっぱり。
体調も大分良くなっていたのは本当だが、
まだ無理をしたら調子が悪くなったり、熱を出したりすることもあった。
カインは一度体調を悪くしたら、なかなかすっきり治らなかった。
マリアはカインがごまかしごまかし仕事をしているのを知っていた。
「あなたそれで具合が悪くなってきて部屋に戻ってたんでしょう。
気を付けないと。
皆の前で倒れることになったら困るでしょう」
「う、うん。気を付ける。」
皆はカインが体調を悪くしていることは知らない。
本当に、うまいことやってるなあと思うが、
本人がそれは隠しているのだ。
だから、久々に帰ってきたカインに
何も知らずに
誰もかれもあれこれと頼み事をしてくる。
「全部相手にしないで、良いのよ。
放っておいても良いのよ。」
「わ、分かった。」
「私なんて、公務ほっぽり出して、
ここに来ちゃってるんだから。」
「えっ。」
マリアは少しいたずらっぽく笑った。
公務100%になったら空き時間なんて正直なかった。
だから、ある程度は割り切っている。
それがうまい公務との付き合い方だと思う。
「マリアうまいことやってるんだなあ。」
「あなたが心配だからよ。」
「うっ……。ごめん。」
ちょっと恨み言のように言いながら、マリアは実際は
全然そう思っていなかった。
きっと今までなら、カインはマリアにも隠していた。
苦しくなっても自室に近づいてなかっただろう。
マリアにはちゃんと本当をさらけ出してくれるようになった。
「今日この後の予定は?確か…。」
「あー……。えっと。」
言い淀んでいるところを見ると、何かあったようだ。
「それキャンセルね。
私だけ行くようにするから。
皆には余計な事言わないから、とにかく休んでて。」
「わ、分かった。
ごめん。ありがとう。」
素直にカインはうなずいた。
マリアは首を振った。
「あ、でもマイから手紙の返事が来たんだ。
これの返事書いてても良い?」
「マイさんから?
なんて書いてあるの?」
「近日中に遊びに来たいって。
いつだったらいいかな。」
そう言われてマリアは慌てて予定を確認した。
予定を調整するなら2日後の午後の予定は調整できるはず……。
「2日後なら。」
「わかったー。そう書いとくね。
ありがとうね。」
予定の調整をするために、
今日がちょっと忙しくなってしまった。
マリアはため息をついた。
でも、その内心、
忙しくても幸せな日常が戻ってきたことに
マリアの心は充実していた。
- 完 -
2020/08/15
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【後書き】
とにかくカイマリをなんか書いておきたかったので、後日談的なものをひとつ。
カインはマリアにも上手に甘えてください。
マリアはちゃんと色々把握しておいてください。
続き