カインは足元に青い顔で横たわる妹に
回復を試みた。
「ベホイミ・・」
カインの左手に広がる癒しの光はマイの体を包み込む。
ベホイミの効力とは血みどろの怪我もたちどころに癒すほどのものだ。
それなのに、眼下のマイは顔色も戻らないし、
何の効果も見えない。
「・・・・・しっかりしてよ・・。」
焦る気持ちで声をかけて見ると、マイはうっすら目を開けた。
「マイ!?大丈夫?」
青白い顔をしたマイは、ぼおっとカインの顔を見つめていたが
うっすらと口を開いた。
「お兄ちゃん・・・いてくれたんだね・・・。」
「いるよ!ここに!」
「・・・お兄ちゃん・・・お兄ちゃん・・・」
「な、何・・?」
マイが何を言うのかと、カインは妹の手を取った。
するとマイは苦しそうな顔で、口元を少し動かして笑った。
「・・変な顔・・だよ?・・・お兄ちゃん・・」
「馬鹿っ。」
一瞬その言葉に呆れ、いつも通りの軽口なのかと思った。
でもその表情は真剣だった。
実際自分はひどい顔をしているのだろう。
マイは強い。本当に強い。
こんなになっても自分を気遣ってくれている。
「だって・・・ほん・・と・・・に・・。」
その声はどんどん掠れてきている。
話すのも目をあけているのもつらそうだ。
「良いよ。分かったよ。マイここで休んでいて。」
「うん・・・そうする・・。」
そう言って目を閉じたマイに、
カインは駄目元でもう一度ベホイミを唱えた。
少しでも苦しみが癒されますように・・・。
カインはそばに落ちているロトの剣を再度手に取った。
そして、周りを見渡し、城内の気配に耳をすました。
すると変わらずサマルトリア国の日常のざわめきを感じた。
どうやら、この悪魔神官の目の届く範囲にしか
先ほどの奇術の範囲は至らないようだ。
少し、カインは胸を撫で下ろした。
これ以上被害を広げたくない。
特に病身の母には絶対こいつを近づけたくない。
一気に、悪魔神官を・・・斬るしかない。
カインは立ち上がった。
「やる気になったようですね。」
悪魔神官は自分がこうやって立ち上がるまで
追い討ちをかけるでもなく、何もせず待っていた。
余裕があるようだ。
「悪いけど、お前を生かしておくことができなくなった。」
「あなたが私を斬れるとは思えませんが・・・?」
飄々とした言葉尻には、とても自分程度に
負けるはずなどないと言う自信が見えた。
それはそうだろう。悪魔神官は強い。
それでも、勝算は・・なくはない・・はず・・・
カインはそう自分に言い聞かせた。
今悪魔神官の魔法は封じられている。
手元にあるのはロトの剣だ。
アレンはこの剣で悪魔神官を斬っていたのだ。
『お願い、アレン・・・僕に力を貸して・・・・。』
そばにいない仲間たちに祈りたい気分だった。
地を蹴ったカインは、
ロトの剣を持ち悪魔神官ノアに向かった。
しかし、ノアは重そうな棍棒を乱暴に振り回し、
剣による一撃を食い止めた。
「くっ・・・。」
両手でこらえようとするが、
敵の腕力はカインの比ではなかった。
強引に振り回す棍棒の勢いに
振り飛ばされてしまう。
「非力ですね!王子!!」
だが、カインは相手との距離ができたのを良い事にスクルトを唱えた。
防御力の強固のためだ。
そして、その離れた位置から再度魔法力を練った。
「ベギラマ!!」
炎が巻き起こるのと同時に、カインは敵の背後に回った。
ロトの剣を大上段に構えて、
一気に悪魔神官を斬り捨てる。
いける!
そう思ったときだった。
サマルトリア城の天井の一部が急に
ギシギシときしみ始めた。
「な、なんだ!?」
見上げてみると、パラパラと壁が崩れ落ちてくる。
「馬鹿な・・・・・・呼んだ覚えはないぞ。」
悪魔神官は冷静にそう呟いた。
どうやら何者かがやってくるらしい。
「あ、危ない・・!」
しかし、崩れ落ちる破片が振り止まず
カインは、背後で横になっているマイの元に戻った。
妹に覆いかぶさるように、やり過ごそうとした次の瞬間、
激しい破壊音と共に、化け物が現れた。
「・・・!?」
それは、まさに異形の姿をした化け物であった。
紫色の体毛で、一見猿のような姿であるが、
長い手足を持ち、そして翼を生やしていた。
そして明らかに普通の猿とは違う、巨大な魔物であった。
「だ、誰だ・・?なんだ、お前??」
カインは一瞬何がやってきたのか分からなかったが、
ローレシアで起きたことを思い出した。
あの一つ目の化け物と同じ、三巨神の一人・・だろうか。
「バズズ殿よ。サマルトリアには手を出さないと
言ったではないか?」
ノアは現れた化け物を『バズズ』と呼んだ。
化け物は怪しい光を湛えた黒い瞳でノアの方を見た。
「馬鹿を言う。背中を斬られそうになったのは誰だ。」
バズズという化け物はローレシアに出た化け物とは違い
言葉を話すようだ。
「ローレシアのような失敗は続けられないのでな。」
そう言うとバズズは、長いその手をカインに向かって振るった。
すると、その手から激しい風が舞い起こり、カインに直撃した。
「う・・・・わ・・!」
風に飛ばされカインは背後の壁にまで吹っ飛ばされた。
バギのような魔法だが、威力がバギとは段違いであった。
「ふん。誰が、こんな小僧に斬られるものか。」
ノアは、生き残っていたマドハンドら魔物たちに何かをささやき、
数を減らしていた魔物は再び仲間を呼び、その数を増やし始めた。
「ま、また魔物たちが・・!」
カインは離れた壁から、ベギラマで応戦しようとしたが、
その炎はバズズの生み出す爆発魔法によりかき消された。
マホトーンをかけていたのに、
何故この化け物は自由に魔法を使うことができるのか?
だがその疑問について考える間すらもカインには与えられなかったか。
増殖するマドハンドが倒れているマイを襲ったのだ。
「や、止めろ!」
あわてて駆けつけようとしたが、またしてもバズズが立ちはだかり
それを邪魔をした。
「人間が・・いくら頑張ったところで勝てるわけがない。
諦めろ。我々の意思の前には無意味だ。」
「お前たちの・・・意思・・?」
やはりロトの3国が狙われたことには
何らかの意図があったようだ。
だが、カインには解せなかった。
「何故、何故だ!何故この国を襲う!?
何故ムーンブルクとローレシアを襲ったんだ!答えろ!」
バズズはぎろりとカインを睨んだ。
「これから死ぬ人間に言う必要はない。」
そう言うとバズズは、カインの足を尾でなぎ払い、
その両手を手中に捕らえ、床に叩きつけた。
「な、何を・・する・・っ・・!?」
「ロトの血を引く人間は、他の人間とどれほど違うのか
味わわせてもらおうか・・・。」
そういうとバズズはカインの右腕に噛み付いた。
「う・・・・わあああああ!!!」
腕をちぎられる様な痛みにカインは叫んだ。
残った左腕で何とか小さな炎を作り出そうとしたが、
その炎すらバズズは喰った。
「・・・・・・・っ・・・・・」
「中々良い味がするじゃねえか?小僧・・・・。」
バズズはカインのあがきにニヤリと笑う。
カインはいよいよ自分が殺されるのだと思った。
死ぬのか・・・・
自分は死ぬ。
「念仏でも唱えるが良い。一瞬で終わるさ。全てが。」
体は身動き一つとれず、
武器も持てず、魔法も唱えられない。
絶対絶命だった。
殺される。
覚悟を決めようとした。
だが、カインはふと最後にこの目に全てを焼き付けようと思い、
唯一自由に動かせる視線を動かした。
するとノアが指揮する魔物たちが、マイに襲い掛かる姿が見えた。
「あ・・・・・・マイ!!」
思わず起き上がろうとするが、
やはりバズズに捕らえられた力は強く、起き上がることすら出来ない。
「は、離せ・・!」
「心配するな。お前の家族も仲間も、すぐに後を追わせてやる。」
「・・・・・・・・・・・」
目の前に見えているのに、
大切な家族が殺されそうになっているのに、
何もできない。
「やめっ・・やめろ!!」
カインは必死に反抗して、食い下がった。
その必死な様子を見てバズズが答えた。
「良いだろう。」
「!?」
「お前を殺すのは、あの小娘が殺されるのを見た後にしてやる。
自分の無力さを思い知って死ぬのが良かろう。」
「何て非道な・・・」
カインはギリッと歯を食いしばった。
許せない。
この残忍な悪魔たちが許せない。
この悪魔たちはマリアのムーンブルクを滅ぼして、
今こうやってまた国を滅ぼそうとしている。
力なく倒れたままの妹も、殺される。
病身の母も、厳格な父も、殺される。
自分が生まれ育ってきたこの国は滅亡するだろう。
この悪魔たちの手によって。
許せない・・!
許せない・・・!!
許せない・・・・!!!
カインの心に憎悪の感情が渦巻いた。
その渦巻く感情は、一つの魔法の発動を紐解いた。
「 ・ ・ ・ ザ ラ キ ・ ・ ・ ! 」
闇は、空間を飲み込み、
魔物たちを包み込んだ。
「ザラキ・・!?」
バズズは目の前の人間の放った魔法に驚いた。
ザラキは闇を背負う魔法だ。
人間共の間では禁じられている。
そう、使えるのは、自分のような闇に生きる者だけだったはずだ・・・。
ザラキの効力は
マイを襲っていたマドハンドにも届いた。
魔物たちは糸が切れたようにパタリパタリと倒れていく。
さすがに悪魔神官やバズズは倒れないが、
多くの魔物がこの一つの魔法によって倒れた。
「はぁ・・はぁ・・・・っ」
カインは自分が何をしたのか一瞬分からなかった。
ザラキは初めての魔法だ。
ラダトーム城の書庫でその存在を知ったが
マリアにも使用を反対されていて、
使うつもりなどなかった。
思わず口にしてしまったのだ。
「小僧・・・面白いことするじゃないか。」
バズズは手を緩めた。
捕らえていたカインに自由を許した。
カインはあわてて立ち上がったが、体が重い。
おそらく魔法の使いすぎのようだ。
一人で戦うことの負担は思いのほか重いものだった。
いつもなら一人でこんなに魔法を酷使することはない。
アレンがいるから、攻撃魔法はいざというときにしか使わない。
マリアがいるから、回復魔法は強力なベホマの補完程度にしか使わない。
カインは一人で戦うということの意味合いを痛感していた。
前には強大な敵が無傷で残っている。
一方カインの体はバズズに噛み付かれた負傷を治すことも出来ない。
魔法力も残っていない。
まだ、手にはロトの剣があるが・・。
カインは唇を噛んだ。
もう、どうやって戦えば良いのか分からない。
「思いのほか・・・やってくれるじゃないか、王子。」
カインは顔を上げたが、先に動いたのは悪魔神官だ。
腹心の配下を殺されたことで、頭に血が上ったようだ。
動きの緩慢なカインの頭部を、
鈍器で殴りつけた。
「う・・・うう・・・。」
頭から血が流れ出る。
目がかすんでくる。
「面白いことをやってくれた代わりに
教えてやろう。」
「・・・・・・・な、何・・を・・?」
「この国を覆う呪いは解けはしない。
例え、この私を殺してもだ。」
「・・・・・え・・・・・」
「そうだ。妹がそんなに大事だったら返してやろう。」
ノアはそう言うと倒れたマイをカインに向けて
投げ捨てた。マイはゆっくり目をあけた。
「マ、マイ・・・・だ、大丈夫・・・?」
カインは妹の名を呼んだ。
大丈夫であるはずがない。
今目を開けても、助けることもできない。
だが、マイはゆっくり目を開けると言った。
「ふふ・・お兄ちゃん・・やっぱり変な顔。」
そして笑顔を見せた、次の瞬間。
マイは血を吐いて倒れた。
「最後まで麗しい兄妹愛を、ありがとう。」
背後からバズズが醜く伸びる爪で刺したのだ。
「ゴ、ゴホッ・・・ゲホッ」
「マイ!!?しっかりして!!」
苦しげに咳き込みながらマイは何度も血を吐き出す。
「私、信じている・・・から・・・・。」
「マイ・・・?」
何を信じているのだろう。
もう自分は何もできないのに、妹は何故笑えるのだろう。
だが、もうマイの答えはなかった。
どんどん体から力が無くなっていく。
死ぬ。
死んでしまう。
「嫌だ、待って、待って!逝かないでっ!」
必死の思いでカインが手にこめた回復の魔法の光は
あまりにも小さい。
流れ出る血も止まらない。
国も救えない。妹も救えない。
『悔しい』
もう本当に何も出来ないのか・・・・
絶望感がカインの体中を覆った。
その時、大きな赤い光が二人を覆い包んだ。
「!?」
一瞬何か分からなかった。
だが、振り返らずとも、次の瞬間には全てを理解した。
「きて・・・くれたんだ・・・。」
カインの目には涙がにじんだ。
「紅蓮の炎よ、我が意思に従いて舞い上がれ!!」
振り返ると魔導師の杖からの舞い起こった炎が
ノアに襲い掛かっている。
「何者だ!!」
炎はノアを傷つけるには至っていないが、
思いがけない攻撃にたじろいた。
「何者だあ?」
1日しか離れていないのに、
こんなに懐かしく感じるのは何故だろうか。
「知らねえなら、教えてやる。
仲間だよ。」
そう言って、青い瞳の少年はニヤリと笑った。
その声に、カインの目からは涙がボロボロとこぼれた。
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「来てくれた・・・・・・アレン・・・マリア・・・・ッ!」
- 続く -
2011/06/13
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