サマルトリア 4


「そうですよ。」

重い沈黙の後、ノアは口を開いた。

「あなたの言うとおり、全てはまやかし。」

「? どういうことだ。」

「私はあなたの言うとおり、記憶を捏造した。
 この国にはある種の膜が張られているのと同じ。」

「・・・・それは、何のつもりで。」

ノアの言うことは大きな裏があるような気がするが
それがわからなかった。

「何のつもり?こちらこそ聞きたい。
 あなたは何のつもりでそんな事を私に尋ねる?」

「決まっているだろう。
 お前がこの国に害をなすのなら、それを止めるためだ。」

至極当然のことを言ったつもりが
ノアはそれをあざ笑った。

「馬鹿馬鹿しい。
 あなたはこの国の何のつもりだ。」

「ぼ、僕はこの国のっ・・」

「王子?次期王・・のつもりか・・・?」

「・・・・・・・・・・つもり・・・?」

カインには何を言われるのかいよいよ分からなくなってきた。

「あなたはこの国を捨てた。捨てたでしょう。
 一番大変な時期をあなたは全て他の者に任せて逃げた。」

捨てた?
自分がこの国を、捨てる?
そんなつもりは毛頭なかった。

何故そんな事を言われるのかわからない。

「ち、違う!逃げたんじゃない!戦うためだ!」

「なら、あなたの父は何と言っていた?
 あなたの悲痛な覚悟を認め、熾烈な戦いを認めていたか?」

「・・・・・・・・。」

父は、父は確かに・・・怒っていた。
僕の勝手な行動を怒っていた。

「魔物の溢れるこの危機に、あなたがこの国を去ったのは事実なんだ。
 あなたはどう思われてるのか、全国民に聞いて回ると良いよ。」

少し感じていなかったわけではない。
道を歩いていても、人々は自分のことを、
少しの驚きと少しのいぶかしみをもって見ていることを。

それでも、マイも母も、オリーブ先生だって自分の帰還を喜んでくれた。

それで、
それだけで十分じゃないか。

「関係ないだろう?」

「ん?」

「皆がどう考えてるのかは関係ない。
 僕はこの国を捨てたつもりはない。だから帰ってきた。」

「・・・・・・・・。そう。それは残念なことだ。」

「何が、残念なんだ。」

「もう少しで、もう少しだったんだ。」

「何が・・・・。」

「もう私が手をかける必要もない。
 この国は放っておいても滅びるはずさ。」

カインはロトの剣を抜いた。
もう間違いない。

こいつは、このサマルトリアを滅ぼそうとしている。

『敵』だ。


その時、背後の壁で人影が動いた。
目を真っ赤にしてマイが立っていた。

「マイ・・どうしてここに・・?」

「今の話・・・どういう事なの?この国がって・・」

ノアはさして驚いた様子も見せず
マイを一瞥した。

「あなたはお母様を真に心配してくださっているのだと思ってたのに。」

「残念でしたね。私の薬は徐々に王妃を弱らせていっていただけのこと。」

「・・・!!な、なんてことを・・。」

「王妃に、いや・・この国にもう生命力は残っていないのですよ。姫。」

「私さっきの話も全部聞いてた。
 あなたは・・・嘘つきだわ。」

マイは顔を伏せて、右手を握り締めた。

「マイ・・・。」

「お兄ちゃんはこの国を捨てたんじゃないもの。 
 お兄ちゃんが出て行ったときのこと、私は、私だけは良く知ってるもの!」

あの日、カインがサマルトリアを出て行った日のこと。
カインとマイは珍しく喧嘩をした。言い争いもあった。
出て行かないでとマイは懇願すらした。

「お兄ちゃんはマリアお姉さまを助けるために旅に出た。
 その間、この国のことは私に任せると言ったわ。

 そして、お兄ちゃんはその言葉の通りマリアお姉さまを助けた。
 私は・・・確かに、この国を守れていなかったのかもしれない。
 でも・・お兄ちゃんは帰ってきてくれた!!

 あなたの言うことは嘘ばかりよ!」

マイは涙をポロポロ流しながら叫んだ。

ああ、自分はどれだけの負担をこの幼い妹にかけていたのだろうか。
それだけは、カインは本当に悔やまれた。

「大人しくしていれば、最期に母とのパーティーというささやかな夢も
 叶えられただろうに。 」

ノアはゆっくり手をあげた。

「まぁ、それも寿命がほんのわずか縮まっただけのことか。」

醜くそう言うとノアは、その身の姿を変化した。

「!!」

「え・・・。」

白いローブと、真の表情を見せない鉄火面の姿。
見覚えがある。ローレシアで見た悪魔神官と同じだ。

「私は野蛮なことは好まない。
 このままじわじわと、この国を滅ぼせればそれが一番良かったんだが・・。」

ノアの手の動きに合わせて、閉ざされていた研究室の扉が開いていく。
そこには、小さな研究室のどこにいたのかと思うほどの魔物たちが巣食っていた。

「ま、魔物・・・!」

「お前たちがいけないんだよ。
 こいつらの目を覚まさせるようなことをしたのはお前たちだ。」

それほど巨大な魔物はいないが、
タホドラキーやスモークといった魔力をもった魔物たちや
毒々しい腕の形をしたマドハンドがいた。
マドハンドは、次から次へと仲間を呼び集めその数を増やしていた。



「マイ!下がってて!!」

カインはそう言うと、一気に型をつけるべく叫んだ。

「ベギラマ!!」

ベギラマの炎は、増えようとしているマドハンドの多くを殲滅した。
残った敵には、一気にロトの剣を突き刺す。

カイン一人では、一度に全ての敵を倒せる魔法も、攻撃力もないかもしれない。

でも、だからこそ、その二つを使って敵と戦っていけば良い。

それに・・・魔法を使う敵が多いというのは、
実は、今の自分には有利だった。



「スモークよ。マヌーサだ!!」

ノアはマヌーサを要求した。
打撃を封じるつもりのようだ。それは妥当な戦法だろう。

スモークは言われるままにマヌーサを唱えた。


だが、何も起こらなかった。


マヌーサは必ずしも効く魔法ではない。
失敗したのかと思い、スモークは再度マヌーサを唱えた。
だが、やはり何も起こらない。

「何をしているんだ!?スモーク!」

ノアはたまたまこの魔物が魔力が足りていないのかと思った。
だが、他の魔物たちの魔法も成立しない。

「な、何故魔法が使えない!?」

カインはその間にも、魔法を使い、剣を使い、敵を倒していく。

「何故、あいつの魔法だけは唱えられるのだ・・!?」

ノアは当然の疑問を抱いた。

悪魔神官であるノアは、
さすがにその動きも攻撃力も他の魔物たちとは桁違いだった。

素早いカインを捕らえると、胸倉をつかみ無理やり壁に叩きつけた。

「っつ・・・!」

「貴様・・・貴様・・・何かしたな!?」

ノアはカインを睨み付けた。
カインはそれを冷静ににらみ返す。

「ローレシアにいた悪魔神官はお前の仲間なのか?」

「な。なに・・?あんな奴がどうしたというのだ・・!」

魔物たちの関係などはカインの知ったことではないが・・
どうやらローレシアを襲ったあの魔物との関係はないらしい。

「そう・・・じゃあ、お前たちチームワークも何もないね。
 これはそのローレシアの悪魔神官が教えてくれた方法だよ。」

「どういうことだ?」

「この国中に僕は結界を張っている。
 マホトーンの結界だよ。お前たちの魔法は全て封じさせてもらっている。」

「・・・!!!」

これが、カインが昨夜オリーブと共に行っていた事だった。

ローレシアでは先手を取られて大変な事態になったが、
カインは逆にこの国を守るために結界を張った。
結界の楔を6箇所に決めて、マホトーンの魔法を唱え、
国中を守っているのだ。

「ただの人間が・・・そんな真似を・・」

ノアが手をゆるめた瞬間、カインは急いで、その手から逃れた。


マイは兄の戦いを見ていて、驚いていた。

「わあ、お兄ちゃん・・。強くなってる・・・。」

自分以上に魔法も剣も使えなかったくらいだったのに。
旅をして、本当に頑張ったんだろうなあと思った。

「わ。私も戦わなくちゃ。」

自分も戦える。魔法も使える。
カインの手助けもできるだろう。

マイはタホドラキーにギラを唱えた。
タホドラキーは炎に包まれた・・が、倒れるには至っていない。

「あー!もう、ちょっとだ!」

悔しがったが、マイには武器がなかった。
こう見えてもマイは剣も使える。
小さいころは兄と一緒に剣の稽古をしたものだ。

「お兄ちゃん!お兄ちゃん、槍も持ってるじゃない。
 じゃあ、その剣、ちょっと貸して!」

「え・・?へ?」

そう言えばカインは鉄のやりも、元々持っていた。

「え、剣?槍じゃなくて?って言うか、戦うの?」

「だって、私槍なんて使えないよっ!」

まぁ・・・カインも槍は稽古したことがなく使えなかった。
それをアレンに叱られたりしていたくらいだ。

マイは強引にカインから剣を奪って、
タホドラキーにとどめを刺した。

「やったぁ!」

ぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。

「この剣よく斬れるなぁ!
 よおし!次だ!こーい!!」

などと、やる気満々モードだ。

その剣は、伝説のロトの剣だってこと
マイは分かってないんだろうなあと思いつつ、
そもそもロトの剣を使える妹に驚きつつ、
以前ロトの剣を持つかどうかで悩んだ自分を思い返しつつ、
とにかく、そんな妹にカインは呆れ笑った。

マドハンドを倒すくらい、鉄のやりでも十分だ。
カインは槍を装備して、魔法を使い、敵を倒していった。


『いける、戦える。』


悪魔神官のノアは手ごわいが、魔法が封じられているのならば
倒せなくもない・・と考えた。

大方の魔物を倒したか・・と思えたとき、
ずっと不動状態だったノアがマイに向かって歩き出した。

「何よ!?
 近づくなら、あなたも斬るわよ。」

マイはロトの剣を構えなおした。

カインも歩みだしたノアを警戒し、ベギラマを唱えた。
炎に包まれたノアは白い法衣がやや燃えただけで
その歩みを止めることはできなかった。

「腐っても悪魔神官か・・」

アレンとマリアと3人がかりで何とか倒したくらいの敵である。
やはり強敵には違いない。

「人間共が調子付きよって・・・。
 先ほど言っただろう。」

「な、何よ何よ。怖いこと言っても無駄よ!?
 この剣、よく斬れるのよ!」

マイは内心の恐怖と戦いながらも叫んだ。
だが、ノアは悲しそうに笑った。

「かわいそうに。全てはまやかし。今の姿はまやかしですよ、姫。」

「・・・??何、何を言ってるの?」

「言ったでしょう?もうこの国には生命力は残っていないのだ。」

ノアがマイの眼前に手をかざした。

魔法でも唱えるつもりかと、あわてて駆けつけようとしたら
カインの右腕にひどい痛みが走った。
痛みというより、燃えるような熱さだ。

「っつ!?これ・・・・・・さっきの・・。」

ノアの研究室に入ろうとしたときに走ったあの『熱さ』だ。

あの時は一瞬でその熱さは消えて、
気のせいだったのかと思っていたのに・・。


ガタッ



燃えるような右腕を支えながら、
何の音かとカインは見上げた。

見るとマイは剣を落として、
その場に膝をついて・・・倒れた。

「マイ!?どうしたの!?
 お、お前、何をした・・・!?」

あわてて、カインはマイのそばに駆けつけた。
マイは苦しそうに、浅い息を繰り返した。

「あなたが悪いんですよ。
 余計なことをしなければ、もう少し生きながらえたものを・・。」

「・・・え・・・・・?」

カインの脳裏に、マイとの会話がよみがえった。
母は目に見えて弱っていっていたが、
マイも最近は食べられないものが多いらしい。

「私、言いましたよね?
 この国は、もう生命力が残っていないって・・・。
 これが、本来の姿なんですよ。」

マイはもう意識もなかった。

「う・・・・・嘘だ・・・!」

カインは絶望的な気分で、
青白い顔で苦しそうな呼吸を繰り返す妹を見下ろしていた。



- 続く -

2011/06/08
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せっかく行けるーと思ったら大ピンチです。

マイは意外と戦える強い子だったんですが、
ちょっとピンチですよ。

どうするカイン!?みたいな・・

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