「おはようございます。先生」
マイは見知らぬ老人を『先生』と呼び、ぺこりと頭を下げている。
先生と呼ばれた見知らぬ老人も頭を下げて応えた。
老人が顔をあげた瞬間には、カインが先ほど感じた妙な雰囲気は消え、
その表情は憂いげなものであった。
「今朝は母君の具合はいかがでしたか?」
「体調は変わらない様子でしたが、
お兄ちゃんが帰ってきたから嬉しそうでしたよ。」
「それは・・何よりの薬でしたでしょうね。
過酷な旅を終え、よく無事にお戻りくださいましたカイン様。」
老人は顔をカインの方に向けた。
「あなたは・・?」
「私はノアと申します。一介の薬師です。
頭は頭痛から、下は下痢止め、水虫の薬まで
何なりとご用命ください。」
老人はにこやかに笑みを浮かべて、ノアと名乗った。
「先生の薬はピカイチなんだよね。お母様もお薬を飲んだら
気分がすっきりするんだって。」
どうやらこの人物は母の治療にも当たっており、
妹も信頼している薬師のようだ。
「カイン様も何かあれば、
このノアが何なりと力にならせていただきます。」
カインはそれに軽く会釈して応えた。
「では失礼します。薬の用意がありますので。」
「バイバ〜イ」
それだけ言うと老人は手を振ってそそくさと去っていった。
「お兄ちゃん、パーティーのメニュー考えようよ。」
マイはカインに話しかけたが、カインは
老人の向かった先を見つめたまま動かない。
「お兄ちゃんって!」
「あ、うん。そうだね。」
「料理長にも声をかけようね。
せっかくアレン様たちが来るんだから。
あー楽しみだなあ。」
マイはパーティが楽しみで仕方ない様子だ。
「?どうしたの?お兄ちゃん。」
「ああ、いや・・。
あのさ、さっきの薬師の人っていつから
この国にいるんだっけ?」
「あれ?お兄ちゃん忘れちゃった?
ずっと前からいるじゃない。」
「前から?僕がこの国にいる間もいたっけ。」
「うん。そのはずよ。」
「そうだったっけ。」
単に自分が忘れているだけで、
以前からこの国のお抱え薬師だったのだろうか。
まぁ、いずれにせよたいした問題ではない。
「じゃあ、夜に向けて、考えようか。」
「うん!」
カインとマイは
マイの部屋に戻ってパーティーのプランを考えることにした。
「サマルトリア名産のフルーツ盛り合わせとかってどう?」
「おいしそう〜〜!」
「あとケーキだよねー。」
「ケーキは必須!
フルーツケーキにティラミスに・・チョコムースとー」
話は盛り上がり、プランは次々に出来上がっていった。
元々この兄妹は、誕生日パーティだの何だのと
こういうことを考えるのが好きであった。
「あーあと、あれは?
ロールキャベツ。マイ好きだったでしょ?」
何気なく聞いたマイの好物だったが、
ちょっと困った顔をしている。
「うーん。最近あんまり食べないなあ。」
「あれ?そうなの?
じゃあ、ミートローフは?」
やはりマイはうーんと首を傾げた。
「そういうの食べないなあ。もっとさっぱりしたものが良いよ。
でもアレン様たちが食べるのなら、用意したら?」
「ええ?あんなに好きだったじゃない。
変なマイだなあ・・。」
「年頃だから味覚が変わることもあるわよ。
リゾットとか良いんじゃない?」
「そう?まぁそれはそれで良いけど。」
カインは若干釈然としないものを感じた。
味覚なんてそうそう変わるだろうか?
「大体メニューはこんなものかしらね。
あとは適当に料理長に作ってもらえば良いんじゃないかな。」
マイは満足げに座りなおした。
「じゃあ、伝えてくるよ。」
「あ、私が行こうか?」
「いや、いいよ。ここで待ってて。」
カインはマイの部屋を出て、
厨房へと向かった。
普段母やマイの料理を作ってるであろう料理長に
少し確認してみたいこともあった。
++++
「カイン様!お久しぶりです!」
料理長の元気そうな様子にカインは笑顔で挨拶した。
小さいころからチョロチョロと厨房に入って
料理の真似事をしていたカインは、
料理長とも親しかった。
カインは母が希望したパーティーのことを告げた。
「ああ、マイ様から以前より聞いております。
ローレシアの王子殿下、ムーンブルクの王女殿下も
いらっしゃるとなれば、これは下手なものは作れませんな。
腕がなります!」
「僕も、久しぶりにサマルトリアの料理が食べれるの
楽しみにしてるよ。」
にっこり笑ってそう言ったカインは、
次の瞬間真顔になって聞いた。
「ところで、ちょっと聞きたいんだけど。」
「は?なんでしょうか?」
「ここ数ヶ月のことなんだけど・・。」
++++
時刻は正午。
太陽の灯りは今一番熱く感じられた。
鳥がさえずり、虫達は花々の周りを飛び交う。
人々は湖のほとりで会話に勤しむ。
なんとも平和なサマルトリアの一幕だ。
初めてこの国を訪れた旅人は、
きっと一様に平和な国だと感じるだろう。
だけど・・・
カインは、この国を襲う闇を感じていた。
てっきりローレシアと同じように、
見たこともない強大な敵が襲い掛かってくるのかと思っていた。
しかし、・・・敵はやってこない。
だが、これで問題なしとは言えなかった。
敵は国の内側にいるのかもしれない。
料理長によると、
母や妹に限らず、最近王宮内の人々の
食が細くなり、料理長も困惑しているようだ。
料理を囲んでパーティーを開こうなどというのも
ここ最近はまったく無かったようだ。
自分がいなくなるのと入れ違うように、
急に崩れた体調と
急に変わったと言う味覚。
そして現れた見知らぬ薬師。
突拍子のない考えかもしれないが、
ひとつの考えに至った。
カインは料理長から聞いたある場所へと向かった。
それは城の中でも外れにあった。
すぐそばには牢獄もある。
もちろん一般人が来るような場所ではない。
そんな人気もない薄暗い場所に、薬師の調合室があった。
カインは部屋の扉を開けようと
ドアのノブに手をかけた。
「?」
だが、扉には鍵がかかっているらしい。
あのノアという薬師は不在のようだ。
諦めて出直そうかとため息をついたとき、
俄かに後ろに気配を感じた。
そしてその何者かが唐突にカインの右腕を掴んだ。
掴まれた腕が一瞬燃えるような熱さを感じた。
「えっ!?」
驚いてあわてて振り返ったが、薄暗くて相手の顔が
一瞬誰かわからなかった。
「カイン様、いけませんねえ。
人の部屋に勝手に入るのはいけません。」
そう語ったその声は先ほど出会った薬師ノアのものであった。
「わっ」
思わず、そう言ってカインは掴まれていた右手を振り払った。
先ほど感じた熱さに、火傷でもしたかと思い
右手首を見てみたが、なんともなっていなかった。
不思議に思って手首を振るってみたがやはり何ともない。
「・・あ・・れ・・?」
「何かありましたか?」
「さっき手を掴まれたときものすごく熱くって・・。」
「気のせいでしょう?」
ノアは何を言ってるんだという風に不思議そうに笑った。
「それより王子、何か聞きたいことがあって
こんなところまで来たのではないのですか?」
不適な笑みのままノアはそう問うた。
カインはごくりと息を飲んだ。
自分の推測が当たっているとしたら・・・
「では・・単刀直入にお聞きします。
この国にやってきた目的はなんですか?」
「目的ですって?
私はもともとこの国をただ通りすがっただけ・・
我が薬の効き目を知り、請うて王妃の治療を頼んできたのは
あなた方の民の方ですよ?」
話を聞けば、たまたまサマルトリアを滞在中に、
病に苦しむ一人の子供の治療を行ったところ
たちまちに快癒して、その後は城内の貴族・王族たちの
治療にも当たるようになったらしい。
「それはいつ頃の話でしたか?」
「ああ、確かあなたは旅に出た直後でしたか。
数ヶ月前のことですね。」
その言葉に、カインは笑って頷いた。
「ははっ。そうでしょう。僕もそうだろうと思うんです。」
「何が・・・おかしいのですか?」
ノアは笑い出したカインをいぶかしんだ。
この王子は、何を言いたいのか。
「はは。スイマセン。だって・・・実際おかしいんだ。
僕はどう考えてもあなたを知らない。
こう見えても僕は記憶力だけは良いんだ。
一度会ったら顔を忘れたりはしない。」
「ええ、ですから、私が来たのは
あなたが旅立った後ですよ。」
「じゃあそれは正しいんでしょうね。
でもおかしいんだ。
マイは、あなたはずーっと前からいたんだと言った。」
ノアは若干表情を固くした。
「それこそ記憶違いじゃないですか?」
「そう思います?
でも料理長もそう言っていたよ。」
「そ・・・それは・・・。」
「それなのに、いつから来たかははっきりとは覚えてないらしいんだ。
変な話だよね。それで僕はおかしくって。」
ノアはもう何も答えなかった。
無言で次にカインが何を口走るのかを見据えていた。
「もう一回同じことを聞きます。」
カインは一度腰に挿したロトの剣に視線を落としてから、
顔をあげて、ゆっくり口を開いた。
「お前がこの国にやってきた目的はなんなんだ?」
- 続く -
2011/05/30
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