カップから湯気がたっている。
飲んでみると、思ったよりほのかな甘みがあった。
これは何が入っているんだろうか?とマリアがカインに尋ねようとすると
それより先に、カインが口を開いた。
「あの、マリア。最初にまず謝らせて。
ごめんっ!!」
「・・・・・・・・。」
言うなり、いきなりカインは立ち上がって頭を下げた。
急に謝罪されたので、
思わず、このカップに何か変なものでも入れてしまったのかと
勘違いしたが、まぁそうではない。
自分の行ったことについて、
カインはマリアに謝罪したいんだろう。
そうは思い至ったが、マリアとしてみたら
さすがに「気にしないで」とも、何とも言い難かった。
「カイン?」
「う、うん・・っ。」
カインは緊張しているようだった。
それこそアレンと同じように殴られても良いと思っているのだろう。
あの時のアレンの気持ちは、マリアとしても良く分かった。
アレンは、私達の気持ちを強く代弁してくれたのだろう。
その気持ちは、カインに伝わっただろうし、
改めて私が畳み掛けるように、どうこう言う必要はないだろう。
「一つ聞かせて?」
「ど、どうぞ・・・。」
「この飲み物、甘いけど、何が入っているの?」
「あ、飲み物・・?」
緊張した面持ちのカインは拍子抜けしたような様子で
顔を上げた。
「あ・・ハチミツが入ってるよ。温まるでしょう?
まだ外も寒いし。」
「そうなのね。ええ、すごく温まるわ。
ロンダルキアが寒いところだなんて、誰も教えてくれなかったものね。
びっくりしたわ。」
「確かに、びっくりしたね。」
思ったより和やかな雰囲気のマリアに、カインは安堵したように頷いた。
そんな様子を見ると、マリアも少し肩の力が抜けたが、
やはり一度は、きちんと確認しなければならないのだろう。
「カインは、私がザオリクできると思ったから、
あんな魔法を使ったのよね?」
「えっ。」
唐突に変えられた話題に、カインは少し答えに詰まった。
しばらくして答えた。
「思って・・・・・なかったよ。」
その答えはマリアに意外だった。
生き返ってすぐに、なんだか妙に納得したように
マリアのことを「天才」と言っていたので、
事前相談も何もないが、そう言う作戦なんだと思っていたのだ。
とんでもない無茶な作戦だったが、無事に済んで良かったと思ったのだが。
「どういうこと?
あなたは・・・どうして・・・
どうして道半ばで、あんなことを・・?」
「・・・・そうだね・・。」
カインは答えづらそうにするかと思ったが、
頭を整理するように少しずつ語りだした。
「2人が眠っている間、少し考えてたんだけど・・
僕にとっては、本当に・・・」
「本当に・・?」
カインはすっと息を吸って答えた。
「アレンとマリアが・・・と言うか、マリアのね?
マリアの思いが遂げられることが、僕の一番の願いなんだよ。
アレンには何だか馬鹿にされたけど、でもやっぱり・・そうなんだ。」
「・・・・それって・・・?」
「だからってあんなところで死んでたら、
意味ないじゃんって思うだろうけど・・。
でも、あの時はギガンテスとか普通に戦っても、勝負にならないと思ったし。
マリアはまだ眠っていたし。
祠は見えていたから、結局逃げるしかないと思ったけど・・・、
逃げ切れるような魔物の数じゃなかった。」
「だからって、あんな真似!!」
「あのね!だけどね!」
メガンテを正当化することは、どうしてもマリアには出来なかった。
それを指摘しようとすると、カインが急に声を張り上げた。
「僕のしたことが正しいなんて思わないよ!
本当はね・・もっと、もっともっと僕が強ければ良かったんだよ。
だけど・・・、実際は弱いんだ。
そして、僕は・・絶対・・・アレンもだけど、
マリアが死んじゃったら意味がないんだよ。」
「意味?」
「言ったじゃない。
僕の願いは、マリアの思いが遂げられること。
そのためにはマリアがいなかったら話にならないよ。」
この人は・・・。
本気でそう思うんだろうか。
でも、だとしたら、大きな間違いが存在している。
「だったら、カイン?
私の思いがって言うけど、本当にそれをあなたは理解しているの?」
「え?」
カインが戸惑った顔をしている。
「旅の途中で、あなたを失う。
それで私がムーンブルクを復興出来たとして、
私はどう思うと思う?カインがいないのよ?」
「忘れてしまえば良い。」
「忘れられる訳無いじゃない!!」
今度はマリアが大声で拒絶した。
即答したカインに対して、言わずにはいられなかった。
「忘れられる訳ないじゃない・・・・。
私言ったわよね?あなたを失いたくないんだって。
だから、ずっとずっと思い出すわ。
ずっとカインのことを思い出して、そして私は後悔するわ。
『どうしてあの時、あなたを助けられなかったのか』って。」
「・・・・・・・・」
「年を取って、おばあさんになっても、
それこそ死ぬ間際まで、ずっとその自責の念にさいなまれるわ。
そして私は自分の無能を恨むわ。
仲間を犠牲しておいて、何が幸せだと思うからよ。
あなたは、そうなれば良いって言うのね?」
少し恨みがましい思いで、マリアはカインの目を見つめた。
カインのその表情は少し愕然として、そして少し青ざめていた。
「ち、違う・・。」
「どう違うの?」
カインは何を言うべきか、何度か口を開きかけて、噤んだ。
「ごめん、違わない・・・・。僕が悪いんだ。
そんな思いさせたいわけじゃなかったんだ・・。
本当に・・ごめんなさい。
だから、君が許せないのは当たり前だけど・・・・。
一つだけ聞いて?」
「何?」
「僕が、最期の最期に、死ぬ間際に願ったのは、
マリアの幸せだった。
君に不幸になって欲しい訳じゃないんだよ。
それは信じて欲しい・・んだ。
アレンがいれば大丈夫だと思ったんだ。」
「カイン・・・・」
マリアも既に分かっていた。
さっき自分が言ったこと、『後悔し続ける』と言う事。
これは実際事実だろうが、カインの性格から言っても、
彼は本当に、そんな事を彼女にさせたいわけではなかったことを。
十分分かっているのだが、マリアの意地悪な部分であろうか。
少し彼に自覚させたかったのだ。
そして何とも鈍感なカインが、死ぬ間際に最期に思ったのは自分だという。
これほどまでに気持ちを話してくれたのだから、
もうマリアは、これ以上恨み言を言うつもりはなかった。
それよりだ。
そもそもの話、どうしてカインはそんな事を願うのだろうか。
メガンテをして文字通り命を賭けてでもと言うのは、
元より尋常な話ではない。
おそらく・・・ムーンブルクを滅ぼされた私の姿が
彼の目に、よっぽど悲劇的に映ったのだろう。
元来仲間思いのカインだ。
自分のために、そこまでさせてしまったのは、
恐らく、その強い同情の思いだろう。
そう思い、マリアは心を落ち着けるため
カップに口をつけた。
「信じてない?本当だよ。
だから祈りの指輪を君にあげたんだよ。
指輪を左手の薬指につけたら、幸せになるんでしょう?」
「ーー っ!!」
思わぬ言葉にマリアは飲み物を噴出して咽そうになった。
「え・・・左手薬指?」
「うん、サマルトリアだけの風習かな。知らない?
幸せになって欲しい人には左手薬指に指輪をつけてあげるんだよ。」
「あ、ああ・・・。」
カインは少し気恥ずかしそうな顔で、
でもマリアがまだ指輪をしていることに嬉しそうに笑った。
サマルトリアの風習って・・・誰がそれを教えたの!?・・と思いつつ、
そんな嬉しそうなカインの表情に、マリアは最早訂正も何も出来ずに笑った。
「ふ、ふふっ。祈りの指輪助かったわよ。
おかげでザオリク出来たものね。」
「そ、そっかぁ・・・それはすごかったなあ。」
思わぬ副産物だったけどと思いつつ、
でもやっぱり効果はあったんだなとカインは満足そうだった。
そう言えば、すっかり外も明るくなり、
相変わらず寒いながらもすっかり陽が昇っている。
いい加減、空腹も感じている。
一番真っ先に腹が減ったと騒ぎ始めるであろうアレンは
どうしているんだろうか?
まだ眠っているのだろうか?
カインもだが、マリアもふと気になったようだ。
アレンは結構朝が早い方なので、起きてこないのは珍しいのだ。
「アレン、起きてこないわね。」
「そうだね・・・。」
隣の部屋で眠っているアレンの様子を見に行ってみる事にした。
「アレンー?」
ふと覗き込むと、やはりアレンはそこにいた。
まだ眠っているようだった。
「起きないの?アレン、朝だよ?」
「んーー・・。」
何やらもぞもぞとしながらも、
アレンはちらっとこっちを見た。
そして億劫そうに口を開いた。
「なんかお前ら、喋ってんなーって思ったけど・・・。」
「き、聞いてた!?」
「聞いてねーよ。」
それだけ言って、それでもやはり起きるでもないアレンに
さすがに不審に思って近づいた。
「どうかしたの?アレン。お腹空かないの?」
「腹は減ってるけど、なんとなく頭いてぇ。」
「ええっ?どうしたの!?
もしかして・・・もしかしてハーゴンの呪い!?」
カインはアレンの言葉に肝を冷やすように驚いた。
まさかとは思うが、ハーゴンが間近になったこの段で
今度は何かアレンがターゲットになったのかと思ったが・・・
「それはないんじゃない?
ハーゴンもアレンに呪いはかけないって言ってたし・・。」
「・・それは、そうだったけど。
じゃあ一体アレンどうしたって言うの・・!?」
心底心配そうに言うカインに、
若干アレンが憮然としたように答えた。
「そんな大層な話じゃなくて、
頭使いすぎて、頭いてーんだよ。
分かってんのか、お前のせいだよっ!」
「あ?え?・・・・・そうなの?」
カインはもう一度アレンの顔を覗き込んだ。
どうやらアレンはアレンで昨日から色々なことを考えて
少し頭を使いすぎたようだった。
「偉そうに言う事じゃないわよ。
アレンってお子様ね。それって知恵熱じゃない。
普段頭使わないから。」
マリアは少し安心したようにアレンを茶化した。
「うるせーよ。」
アレンはマリアに文句を言うと
薄っぺらい毛布を頭までかぶった。
「アレンーー?アレン、ごめんね。」
カインは、マリアのように言える気分ではなく、
どうしたら良いのかと、アレンに声を掛けた。
アレンが体調悪そうにするなんて、
もしかして初めてかもしれない。
そして2人に物凄く心配をかけたんだと言う事を
再度改めて感じていた。
アレンはそんなカインの様子に
ため息をつきながら、床をパンパンたたきながら、顔も見ずに答えた。
「腹は減ってるっつってんだろー!あとは・・寝る。」
「あ・・・うん。なんか作ってくるね!
待ってて!」
とりあえず、お粥的なものがいいだろうか?
食材は何があったっけ?と思いつつ、
カインは何か作りに戻ることにした。
暖炉をあるし、料理も出来るだろう。
そう思ってあれこれと、準備をしていたカインであったが、
しばらくすると、どこからかズゥーンと嫌な重低音が聞こえた。
自分のメガンテで、
この付近一帯は魔物を一掃したはずだったが、
やはりどこから現れた様子だった。
深夜の間は何も現れなかったが、
魔物はまだまだどこかにいるんだろう。
しかもこの重い音は巨大な魔物の足音だろう。
恐らくギガンテス級のものだ。
しばらくしたらいなくなるだろうかと思ったが、
どうやら付近をうろうろ徘徊しているらしく
いなくならない。
今はアレンが休んでいる所だし、
強襲などはされたくなかった。
「・・・・・カイン、何考えているのかしら?」
ハッと振り返ると、そこにいたのはマリアだった。
やはりマリアも魔物の気配に気づいているようだった。
「まさかとは思うけど、
あなた、1人で行こうって言うんじゃないわよね?」
マリアはいかづちの杖を装備していた。
臨戦態勢だ。魔法力は回復しているし、十分戦うことが出来るだろう。
戦う・・・・。そう、戦闘だと考えると、
ふとカインの頭によぎったことがあった。
「マリア・・・。
あのさ、さっき言いそびれたことがあったんだ。」
「は?」
マリアは予想と違う答えに、一瞬きょとんとした。
唐突にカインは何を言おうとしているんだろうか。
どうやら先ほど言いそびれたことがあるらしい。
「メガンテを使ったのは僕が弱かったからだ。
僕が強ければ、そんな事する必要なんてなかった。」
「・・・?」
そしてもうすっかり治っているが、アレンに折られた鼻を指差した。
「アレンに欲を持てって言われて、
それで僕、一晩中ずーっと考えてたんだ。」
「何を・・?」
「僕は・・強くなりたい。
誰よりも・・・誰よりも、強くなりたい!」
マリアはその宣言に少し驚いた。
『強くなりたい』とは前から言っていたことだ。
その言葉どおり、カインは最初よりずっと強くなったのだ。
だが、今回言った言葉は『誰よりも』という。
それは、はっきり口にしてはいないが、
アレンや私よりも・・・と言う宣言に他ならないだろう。
正直、それは衝撃だった。
いつも、カインは自分よりアレンの剣が強いんだと、
自分より私の魔法が強いんだと言っていた。
それを覆そうという宣言だ。
マリアは同じ旅の仲間として、
感じたことのない緊張感に背筋が伸びる心境だった。
だが・・・・あえて、それは表に出したくはなかった。
マリアにもプライドがある。
「それは良いけれど、あなた私の質問に対する答えは?」
薄く笑って私の再度の問いかけに、
カインは「あっ・・」と慌てて、首筋をかいた。
「は、はは。でも、今は弱いんだよ。
だから、正直に言うけど、マリア一緒に行ってくれる?」
その言葉にマリアはふふっと笑って答えた。
「ええ、勿論よ。」
- 続く-
2013/04/17
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