「カイン・・?どうしたんだよ・・・?」
アレンは、倒れたカインの傍にかけよった。
そしてカインの上半身を起こそうとしたが、
その腕はだらんと力無く垂れ下がったままであった。
「・・・・・・お、おい・・!」
その瞳は堅く閉じられ、生気を感じられなかった。
「マリア・・・・・マリア!」
回復魔法を!と叫ぼうと思ったが、
マリアは、その場に立ち尽くすかのように動かなかった。
いや、動けなかったようだ。
そしてマリアは泣きそうな声で言った。
「アレン・・・、無理よ。
回復魔法は死者には効かないもの。」
「・・・・!?」
一瞬、二の句が告げられなかったアレンだったが、
周りの魔物たちが全滅している惨状からしても、
ただならぬ事態だと言う事だけは分かっていた。
が・・・、カインが一体何をやったのか。
それがアレンには分からなかった。
マリアには分かっているらしい。
その事がアレンは少し悔しかった。
だが、そんな事を言っていても仕方ない。
アレンはうめくような低い声でマリアに問いかけた。
「マリア。教えてくれよ。
こいつは何をやったんだ。」
静かに問いかけるアレンに
マリアも努めて冷静に答えようとした。
「きっと・・・カインが唱えた魔法は、
メガンテと言う魔法よ。」
「メガンテ・・・?初めて聞く。
どんな魔法なんだ。」
マリアは少し声を詰まらせながら、
ようやく答えた。
「己の・・・命と引き換えに、
周りの敵の命を奪う・・・魔法・・。」
その答えにアレンがどんな反応を示すのかと思ったが、
アレンは一瞬歯軋りするだけで冷静であった。
「なるほどな。その魔法の威力で、
これだけの魔物が倒されてるって訳だな。」
「え・・・ええ・・・。」
「多分、こいつがその魔法を覚えたのは、ついさっきだと思う。」
「えっ?」
先ほどまで、事態を把握しきれずに
あわてふためいていた人物とは思えないほど
アレンは落ち着いていた。
「お前がザラキで倒された時、
カインの様子が普通じゃなかったから。
魔法力が急に収束してきたような感じでさ。多分、あん時だ。」
「そ・・そうなの・・・?」
冷静なアレンとは対照的に
マリアは血の気が引く思いがしていた。
そもそも、先ほどまでバタバタとしていてはっきりと覚えていないが、
自分もザラキで命を失っていたようだ。
「ああ、覚えてないのか?
一瞬だったもんな。お前死んでたんだぜ。」
「そ、それ・・・って・・・。」
「で、カインがザオリクしたんだ。
俺もこの目で見るまで、半信半疑だったけど、
あの魔法ってすごい・・奇跡だよな。」
でも、確かにザラキを受けて、急激に命を削られた感じ、
そして誰かが自分を探して、その手を掴んで浮上していった感じ、
どちらも何となく覚えている。ついさっきの事だ。
「そうだったのね・・・。私お礼も言ってない・・・。」
アレンはカインを一旦横たわらせると、
未だに少し離れたところに立ち尽くしたままのマリアの手を引いた。
「アレン?」
「礼とか・・・、後で言えば良いんじゃねー・・。
ってかいらなくね?」
「?」
「お互い様ってことで。」
「??」
とりあえずアレンに手を引かれつつ、
倒れたままのカインの傍までマリアは連れてこられた。
「な、マリア頼んだぜ。」
「え・・え・・?何が・・?だからベホマは効かない・・・って。」
「じゃなくて、ザオリクだよ。」
「え・・・!?私は出来ないわ!!
あれは、カインじゃないと出来ない魔法よ・・!!?」
マリアはあわてて首を振った。
アレンはマリアにザオリクを唱えるようにと言っているのだ。
「そんな事ねえんじゃねえか?
お前天才だろ。」
「やめて、やめてよ!そんな事・・・!」
マリアは大きく首を振った。
が、アレンは尚も続けた。
「だって、カインもよく言ってたぜ。マリアは魔法の天才だって。」
「そんな事無いわ。どうしてそんな事言うの!?
カインにしか出来ない魔法よ!!」
「だって、お前さ、ギラも使えるようになったし、
洞窟の中でルーラも使えただろ?大丈夫だよ、出来るって。」
「そ・・そんなの・・たまたま・・・で・・・。」
本気でアレンはそんな事を言ってるんだろうか。
マリアは到底出来る気などしなかった。
「出来るって。出来る、出来る!お前なら出来ぃーる!!」
「ちょっとアレン、出来ない・・・・わよ・・。」
アレンの思わぬ勢いに少しだけ笑ってしまったマリアであったが、
実際の所、ザオリクが出来る予感など全く無かった。
そうやって否定し続けるマリアを、アレンはじーっと見つめた。
そして何を思ったか、マリアの右手を取った。
「お前ら魔法使いってすごいよなあ。
この華奢な手ですげえ奇跡が起こせるんだから。」
「アレン、だから・・私は・・・・。」
「なぁ、マリア、俺は今まで魔法が使えたら・・・って
何回思ったと思う?」
唐突にそんな事をアレンは言い出した。
「え・・え・・・?何回・・・って?」
「・・・へっ。教えねーよ。
とりあえず今一回増えたけどな。」
そう言ってアレンは悔しそうに笑った。
「アレン・・・。」
「ザオリクって難しい魔法なんだろ?
そりゃ・・・無理かもしれねえけど、やるだけやって・・みねえか?」
「・・・・・・。」
「マリア〜そんな心配そうな顔をするなよ。
それが駄目だったとしても、大丈夫だ。
俺がさっきの洞窟を引き返して、
世界樹の葉を取りに行ってやるから!」
「・・・アレン・・・・」
アレンの覚悟がようやくマリアに伝わった。
何が何でもアレンはカインを失いたくないのだ。
そのためなら・・・手段を選ばないつもりなのだ。
世界樹の葉を取りに行くと言うのは本気だろう。
あの危険な洞窟を再度挑戦することになっても。
ならば、そんな危険を冒すくらいなら、
ここでザオリクに挑戦するくらいのことは
やってみるべき・・・・なんだろう・・・・。
「アレン・・・分かったわ・・。」
「ホントか!よし!絶対出来るって!出来る!!
あの馬鹿カインに出来て、お前に出来ない魔法があるもんか!」
アレンの表情がパッと明るくなった。
マリアも前向きに挑戦してみようと言う気持ちになった。
が、ちょっと待て。
カインは何と言っていただろうか?
死者の魂が見えるようになったとか言っていなかったか?
それで、アレンに死が迫っている可能性に気づいたのだ。
そんなものマリアは見えた覚えがない。
実際、倒れたカインを前にしても、マリアには何も見えもしない。
アレンにザオリクした時も、
そのアレンの魂を見つけて手を引いたんだと言っていた。
今マリアがいくら見渡しても、周りに見えるのは
全滅している魔物たちと、倒れているカインと、
怪訝な顔をしているアレンだけだった。
「何を探してるんだ?マリア・・・。」
「見えないの・・。私にはカインの魂なんて見つけられない。」
「?なんだって・・?」
アレンは怪訝な顔をして眉を顰めた。
そこで、マリアはカインが話していた内容をアレンに話した。
ザオリクで人を生き返らせるために、
カインがどうやっていたのか。
「へーーー。死者の魂?本気でそんなもんがあるのか?」
「少なくとも、あなたを生き返らせたときはそうだったわ。」
アレンも周りを見渡してみたが、そんなもん見えた覚えは無い。
「やっぱり・・・私じゃ駄目だわ・・・。」
悲しそうに肩を落とすマリアを見つめていると、
アレンは何かを発見したかのように声をあげた。
「あれ・・・っ。お前、それって。」
「どうしたの?アレン、何か見つけたの!?」
藁にもすがる思いで、
魔法力の無いアレンを見つめたマリアだったが
アレンが指差したのは、マリアの左手の・・・。
「お前、それ、してたっけ?」
祈りの指輪であった。
「え・・?あ・・・、これって。
祈りの指輪・・なんで、こんなところに・・?」
マリアは自分で指輪をはめた記憶などなかった。
「カインが、お前にザオリクする時、最後に使った奴だ。
あいつ、こんなことやってたんだなー。」
「・・・・・・カイン・・・・?」
全然覚えてもいないし、今まで気づきもしなかったが、
少しだけ、カインの込められた思いに触れられた気がした。
「ザオリクって魔法力使うんだろ?
とりあえずその、その思いのこもってる指輪使ったらどうだ?」
「で、でも私にはやっぱり、ザオリクなんて・・・」
出来ないと言おうとするマリアを、アレンが遮るように言った。
「カインの魂?そういうの信じられねえし、俺には見えねえけど・・。
でもさ。本当にそう言うのがあるんだとしたら、
俺は絶対近くにいるって思うぜ。」
そう言ってアレンは大きく背伸びをした。
そして万歳するように両手を広げて、大きく振った。
「アレン、何してるの?」
そんなアレンにマリアはきょとんとした表情で尋ねた。
するとアレンは確信的な表情で力強く答えた。
「きっとカイン、これくらい近くにいるって。
お前をこんだけ泣かせてんだ、心配してるに決まってる。」
「アレン・・・・。あなた・・・。」
「おいこら、カイン!聞いてんだろ!!!
これからマリアがザオリクするんだ!!ちゃんと聞いとけよ!!
だから、ここにいろよ!!」
そう言ってアレンはどことも無く、周りに向かって叫んだ。
「ほら、カインなら俺が今捕まえたから、やってくれよマリア!」
「アレン・・・・。アレン、ありがとう・・。
わかったわ。」
そう言うと覚悟を決めてマリアは、
カインから託されていた祈りの指輪を使った。
限界まで酷使されていたマリアの魔法力が少し戻ってきた。
そして、奇跡を信じて・・・・・・。
「慈愛に満ちた命の精霊よ、我が祈りに耳を傾けたまえ、
地上をさ迷う死せる魂を呼び戻したまえ・・
ザオリク・・・・!」
こんなに何かに祈ったことはあるだろうか。
マリアはザオリクを唱えたのだ。
と言っても、情けないほど、魔法を唱えた実感が無かった。
たとえば、バギを唱えれば風が起きる。
ホイミを唱えれば傷が治る。
そう言った確かな感触が何も無く、
非常に不確かな感覚だけが残っていた。
だけど、回復していたはずの魔法力が、
がくんと無くなっているのを感じた。
ザオリクは・・今唱えられたのだ。
無我夢中で唱えたザオリクであった。
成功するとは思えなかったが、
少し時間が経つと、マリアは胸がざわついてきた。
成功しなかったら・・・?
生き返らなかったら・・・?
あのカインの声を聞くことは二度とないのだ。
忙しいほんの少ない時間でも魔法書を読んでる姿も、
アレンに負けまいとこっそり剣の稽古に励んでいる姿も
そして・・優しそうに、でも遠慮がちに笑う姿も、
全て二度と見ることは出来ないのだ。
そんな事は・・・信じられなかった。
私はまだ何も伝えていない。
彼に何も伝えていないのだ。
「いや・・・いや・・・・目を覚まして・・
お願い、目を覚ましてカイン・・!」
マリアの瞳から一粒の涙が流れ落ちた。
その涙のしずくがカインの指にポツリと触れた。
次々に涙がこぼれた。
後ろで何も言わずに見守っていたアレンが
一言、「あっ」と呟いた。
涙のせいで視界がぼやけてマリアは気がつかなかったようだ。
カインの指が動いたのだ。
そして・・・
「・・・マリ・・ア・・・・・?」
「!!」
二度と聞けないと思ったカインの声だった。
マリアは思わず、上半身を起こそうとするカインに抱きついた。
「カ・・カイン!!カイン・・・!
よ、よかっ・・う・・・・・うう・・・・・・ああああーーー!」
マリアは自分が何を言ってるのかも分からなかったが、
カインにしがみ付いていた。
「マ、マリア・・・。」
カインの方も、一瞬何が何だか分からなかったが、
こんなにマリアを泣かせているのは間違いなく自分なんだと
思い出した。
「ご、ごめん・・ごめんマリア。」
「う、うう・・・・よ、良かった。助かって・・良かった。」
「ザオリク・・・してくれたんだ・・。
きみが・・・・天才だって、思い出したよ・・・。」
その言葉にマリアはハッとして、
カインの服にしがみ付くように叫んだ。
「馬鹿!そんな事言うのは止めて!
本当に・・・もう・・・二度と・・・・・・。」
そう言って、マリアは顔を伏せたまま嗚咽を漏らしていた。
「おい。」
そして、ずっと背後から見守っていたアレンが
カインに声をかけた。
「こっち向け。」
それだけ言うと、アレンの方に顔をあげたカインの顔面目掛けて、
アレンは思いっきり右拳で殴りつけた。
それはバキっと音がするほど激しい衝撃だった。
「いっ・・・・・!!つ、げほっ・・。」
その衝動で、カインは再度雪面に思いっきり倒れこんだ。
かなりの勢いだったようで、雪面に少し血がついた。
どうやら鼻血が出たようだ。
「ちょっと、アレン、何をするの!?」
思わずアレンを制止しようとするマリアであったが、
そのマリアにどくように、手で合図すると、
おもむろにアレンはカインの胸倉を掴んだ。
「お前!こんな程度で済むと思うなよ・・・!!
許さねえ・・絶対・・許さねえからな・・・!!!」
「ア、アレン・・・。」
カインは鼻筋と口元を押さえたままで、
もう一度アレンの方を向いた。
そして、アレンの激しい怒りを感じた。
こんなに怒っているアレンは初めてかもしれない。
だけど、それも自分のせいなんだと分かっていた。
「どーしたよ。なんか反論してみろよ・・・!」
「・・・しないよ・・・。僕はアレンに殴られるべきだと思ってる・・し。
皆をこんなに困らせて・・・。」
「あーーー!!!もう!!!分かってない!!
お前はなんも分かってねーー!!」
アレンはカインの胸倉をぽいっと投げ捨てた。
「皆を困らせて・・じゃねえーよ!
お前これで2回だぞ!なんも、一言も言わずに、
勝手なことをしやがって!!
いっそ先に相談して俺らを困らせやがれ!」
アレンが怒っているのは、
カインの勝手な決断についてだったのだろう。
2回と言っているのは、
ハーゴンの呪いのことだろう。あの時も一言の相談も無かった。
「アレン、落ち着いてよ。」
マリアにしてもアレンの怒りは分かるつもりだ。
カインは困らせて悪いと思うのかもしれないが、
困らせてもくれていないままに、行動しているのだ。
それにしても・・・・・だ、
アレンは先ほどまで冷静に励ましてくれていたのに、
これだけの激情を秘めていたことにマリアは驚いた。
恐らく、ずっとアレンも
怒鳴りたいような泣きたいような感情を押し殺して
マリアを励ましてくれていたのだろう。
「アレン・・・、マリアも・・・ごめん。
ごめん・・・なさい・・・。」
カインとしても、その二人の、
泣きたいような、怒鳴りたいような気持ちが痛いほど伝わってきた。
座りなおして、アレンに頭をさげて謝るほか無かった。
・・が。
「お前は、マリアのおかげで命を拾ったんだ。
だから・・・もう、今のうちにサマルトリアに帰れ。」
「アレン・・?」
アレンが言った言葉は、
そのカインの謝罪を切り捨てるような意外な言葉だった。
- 続く-
2013/03/31
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