どぉんと大きな音がした。
カインの目の前に丸太のように太い足が、その行き先を閉ざしていた。
どうやら先ほどアレンと戦っていたアークデーモンのようだ。
「ふふふ、先には通さんぞ・・・・!」
アークデーモンは不気味に笑いながらそう言った。
「・・・・・・。」
カインはそれをちらりと見上げた。
先ほどから吹雪が強くて、視界が悪いのだが、
魔物たちは、どうもカインの周りを囲むように
回り込んでいるようだ。
「一匹・・二匹・・・。」
視線だけ周りに向けながら、
カインは魔物の数を数え始めた。
「八・・・九・・・・」
ブリザードにギガンテスに、恐るべき数の魔物たちだ。
「助けを乞うたらどうだ!?
今なら大声を出せば、仲間に声が届くだろう。
お前の絶命の声が!!」
「・・・・驚いたなあ。」
カインは落ち着いた様子でそう言って
アークデーモンの方を向いた。
「ふふ、さすがにこの数に驚きを隠せないようだな。
あまりの恐怖に絶望感に苛まれている所だろうが、
いくら仲間が来たとてあの程度の腕では我々には手も負えまい!」
「いや、そんな事じゃなくって。
お前は喋れる魔物だったんだ。」
カインは軽く笑いながらそう言った。
そして首をかしげながら続けた。
「でも、お前間違ってるよ。
1つは、アレンはお前達なんかに負けないし・・・・。」
「貴様!!」
アークデーモンはイラついたように、その手に持つ三叉鉾を
カインに向かって突き刺した。
「・・・・・・・っ!!」
その鉾はカインの右肩を貫いていった。
その衝撃に思わず持っていた隼の剣を落とした。
「・・・って・・・。」
だがカインは肩から流れる血を止めようともせず、
落ちた剣を拾おうともしなかった。
「それと・・2つ目だけど、今不思議なことに、恐怖も感じてないんだ。
魔物が集まって来ているのは、ちょうど良い。」
「・・貴様、何を言っている・・!?」
カインに魔法力がほとんど残っていないのは本当だ。
血が流れ出る肩の負傷にホイミもしていない。
そして武器も持てなくなった。仲間もいない。
なのに悲壮な様子はなかった。
「さっき気づいたんだ。ちょうどマリアが殺された時・・
僕に・・まだ出来ることがあるって。」
その力のことを、僕は最初恐れていたはずだった。
ラダトーム城で初めてそれを知ったとき、
僕はそれを恐れた。
全てを失うその力のことを恐れた。
たいした力もない自分が、全てを賭けて、全てを捨てて・・。
あとには何も残らず、
誰にも覚えていてもらうことも無く、
いずれ誰の記憶からも忘れ去られる・・・。
それが悲しいことだと思ったからだ。
だけど、そんな事よりも2人を・・
アレンとマリアを生かすことの方が大事だった。
アレンはどんどん強くなっている。
アークデーモンに言ったことは本気だ。
こんな魔物なんか必ず倒してくれる。
その彼の盾になれるんであれば、後悔はない。
そう・・・ずっとそう思っていた事だ。
マリアも魔法の天才だ。
彼女のように全ての魔法を使える
そんな魔法の使い手は古今東西探してもどこにもいなかっただろう。
アレンの良いパートナーとしても何の不足もないだろう。
だけど・・・・。
「・・・・・・。」
カインは一度だけ、息を呑んだ。
「僕は・・・嘘つきだ・・・。」
いつかマリアと約束した。脳裏にその言葉が蘇ってくる。
『約束して。死なないでっ・・・て』
その約束が守れないんだから。
「ごめんね。ごめん・・・・。」
許してもらおうとは思わない。
ずっと憎まれるのかもしれないな・・と思う。
いくら罵声を浴びても、それも仕方ない。
「だけど、どうか・・どうか・・・少しでも多くの幸せを・・。」
ただ一つ心に強く・・・、
それだけは祈らずにいられなかった。
そして今・・・これだけの数の魔物が
アレン達の後を追うことだけは、させない。
「何をぶつぶつ言っておる。
恐怖のあまりおかしくなったか。
さっさとつぶして、残りの奴らを追うとしよう。
やってしまえ!!」
興味を失ったアークデーモンの声を合図に
止まっていた魔物たちが動き出す。
ブリザードは凍れる吹雪を吐き出し、
ギガンテスはその強大な腕で殴りかかってくる。
カインの体の回りに緑色の光が集まってくる。
光が次第に収束し始める。
「・・・・その魔法は・・!!」
一瞬、何かに怯んだアークデーモンは
次の瞬間躍起になって鉾をカインに向かって突き刺そうとした。
今度は肩などではない。
急所である左胸の心臓を一刺しだ!
しかし、その武器がカインに届くより一瞬早く、
収束していた光がまるで太陽のように明るく輝いた。
カインが顔をあげた。
「少し・・遅かったね。
ここにいる全員が、道連れだよ・・・!」
「貴様ぁ!!」
そうしてカインは一言短く魔法を唱えた。
****
「?」
祠まであとわずかという所で、
アレンはふいに足を止めた。
風が届いたのだ。
さっきから風などいくらでも吹いている。
吹雪が吹き荒れているのだから。
でも、それとは違う風だ。
「・・・・な・・に・・・?」
マリアも何かを感じ取ったらしい。
堅くつぶられたいた目が開かれた。
ああ、本当にマリアは無事だったようだ。
「アレン?私・・・どうしたの・・・?」
「ああ、マリア。大丈夫そうだな。」
アレンは、そう言うと背負っていたマリアを下ろした。
そして一目散に、まっすぐ祠に向かって前だけを見ていたが、
ふと背後を振り返った。
次の瞬間、まるで二つ目の太陽が現れたかのような
まぶしい光の爆発が起こった。
「な、なんだ・・!?」
最初それがイオナズンか何かの爆発魔法かと思った。
が、どうやら違うようだった。
何度か経験しているイオナズンの爆発と比べて
より印象的だったことは、
光がまるで消えることを惜しむかのように、
しばらくの間、明るく輝いていた事だ。
「なんなんだ、あれ・・・?」
アレンにはそれが何だかさっぱり分からなかった。
しばらく考えてみたが、
アレンの知識や経験をどうひっくり返しても、
それが何だか全く分からなかったのだ。
呆然としていたアレンの腕をマリアが引いた。
そして震える声で尋ねた。
「アレン・・・・・、カインは!?」
「・・・・え・・・?」
アレンが一瞬答えられないでいると
ざっ・・・とマリアがその雪面に両膝をついた。
「お、おい・・どうしたマリア。どうしたんだ?」
マリアはじっと、光の方を見ていた。
あれほど太陽のように明るかった光は
少しずつ・・少しずつ、だが確実に消えていった。
「なんだったんだ?あの光・・・。
でも、なんかの魔法だろう?
カインが心配だよ、戻ろうぜマリア。」
その言葉にマリアの肩がびくっと振るわせた。
「カインは・・・やっぱり・・あそこに・・いるのね・・。」
その肩がふるふると震えていた。
マリアは何をか激しいショックを受けている様子だった。
だが、アレンは全然それが分からなかった。
「なぁマリア!!なんだってんだよ!?
あの馬鹿野郎、追ってもこねえし、
大声で助けを求めもしねえし、
今のはイオナズンで吹っ飛ばされたんじゃねえのか!?」
マリアは答えなかった。
アレンは少し苛立ってきた。
「マリア立てって!!お前の怪我は治ってんだろ?
こんな所で座り込むなよ。
あの馬鹿の怪我治しにいかなきゃだろ!?
あいつ、なんで作戦まもらねーんだ!!」
アレンは座り込むマリアの手を引いて立ち上がらせた。
「とりあえず、行こうぜ。
それとも、お前は先に祠で休んでるか?」
マリアは何だか消耗しているような様子だったから、
休ませて置こうかと思ったのだ。
「いいえ、いいえ。行きましょう・・・。」
だがマリアはそう言って堅く口を結ぶと、緩く首を振った。
***
「結局、道戻ることになるんだ。
あの馬鹿、一発なぐらねえと気がすまねえ!」
アレンはそう言って元来た道を戻った。
だが、奇妙だ。
魔物の気配が微塵もしなかった。
相変わらず強く吹雪いているので視界が悪い。
この先で何があったのか、遠目ではわからない。
だが、恐らくイオナズン級の爆発があったのだと思う。
魔物の仕業ならまずい。その思いがアレンを焦らせる。
それともカインは何か新しい魔法でも覚えたのだろうか。
色々考えながら早足で歩くアレンの歩みが、
少しずつ戸惑いに変わっていく。
倒れているのたのは魔物だ。
でも、そうすると魔法を唱えたのはカインなんだなと思った。
よくは分からねえが、カインがやられたんじゃないんだ。
アレンは少しほっとした。
だけど一体これは何の魔法だ?
そして、その安堵したアレンと対照的にマリアの表情が
辛そうに歪んでいく。
足を緩めたアレンと対照的にマリアは早足で駆け始めた。
「あっ、おいマリア。急に走るな。
魔物がどこにいるのか分からねえんだぞ!?」
アレンがそう忠告して、手を引こうとしたが、
マリアはそれを拒否した。
まるで周りなど一向に気にしていない様子だ。
おいおい・・・マリアの奴、
お前このロンダルキアの魔物の化け物じみた強さ、
忘れたんじゃないか?
が、実際の所、もはや魔物の恐怖など
その場所には存在していなかった。
魔物は全て倒されていた。
全てだ。
アレンが苦戦したギガンテスや、
マリアが命を奪われたブリザード、
そして巨体のアークデーモンすらだ。
アレンはその有様に、鳥肌が立っていた。
今まで体験してきたどんな魔法よりも桁違いの威力だった。
だが、まだどこかでアレンは自分を納得させようとしていた。
きっとカインに勝算があったんだ。
新しい魔法を覚えて、それでこいつらを倒す自信があって、
だからすぐに追いかけてこなかったんだ。
「はは・・すげえじゃないか。
あいつもやっぱりロトの子孫なんだ。だから、強くなったんだ。
そういうこと・・・だよな?」
アレンはそう思おうとした。
だけど、そんな事ありえるのか?
あのイオナズンをはるかに越える威力なんだぞ。
大体何の魔法だって言うんだ。
やっぱり俺にはいくら考えても分からない。
だから、マリアに教えてもらおう。
そう思ったとき、マリアの悲鳴のような声が聞こえた。
「い・・・いや・・・いやぁぁぁぁぁあああ!!」
アレンはその悲鳴に、息が詰まるほど驚いた。
な、なんだ?
こんなに魔物が一網打尽にされているんだ。
一体何にマリアは悲鳴をあげたんだ。
生き残った魔物がいやがったのか・・?
そう思ってアレンが駆け寄った先で見たものは・・・・
「カイン・・・・?」
雪面に額を擦り付けるほどに頭を伏せているマリアと、
微動だにせずうつ伏せに倒れている
カインの姿であった。
- 続く-
2013/03/18
▲