薄暗い書庫の中は恐ろしい静寂に包まれていた。
厳密に言うと完全な無音ではなくて、書物をめくる音が聞こえる。
その音がこの空間では一番大きい音だろうと感じるほど、
息をつく音さえ許されないほどに、今、カインとマリアは集中していた。
そんな中・・・アレンは一人戦っていた。
眠気と。
『これは駄目だ・・・・眠すぎる・・・・』
脇目も振らずに魔法書を読んでいる二人に倣って
何となく魔法耐性についての専門書を開いてみたのだが、
チンプンカンプンであった。
『あいつらは良い勉強になるだろうけど、
俺は専門外だぞ。』
と抗議の一つもしたくなるのだが、
仲間達の真剣な眼差しを見ると、それは言えなかった。
昨日、街の宿でマリアの提案で
ラダトームの書庫へ行こうという話しがあがった。
アレンには何のことか分からなかったが、
どうやらそこには、勇者ロトの時代の魔法について書かれた書物が
数多く残されているらしい。
かつてロトの時代には、今では継承もされていない
多くの魔法が存在したと言う。
あるいはその中の一つでも物に出来れば
戦いにおいて、自分達の戦力は大幅にアップするだろうと考えたのだ。
ラダトーム城へ来てみて、
書庫に入れて欲しいと願い出たら、意外なほどあっさりと許可がおりた。
顔が割れているというのもあったが、
ロトの魔法をロトの子孫が学びたいと言うのを反対する理由もなかったのだろう。
『魔法の勉強・・・それは、良い。お前らが強くなるのは良い。
でも俺がいくらこれ見ても意味無いよな・・。』
はぁとため息をつきながら、
アレンはもう一度文面に目を向けてみたが、やはりこれは自分が読んでも無駄だ。
パタン、と本を閉じた。
その音にカインもマリアもこちらを見た。
「なあ、悪いけど、俺はコレ読んでても眠くなるだけだ。」
「あ、アレンつき合わせてごめんね。」
そろそろ戻ろうかと立ち上がろうとしたカインをアレンは制した。
「これでお前らが強くなるんだったら、いくらでも勉強してろよ。
俺はちょっと街に出てるよ。」
「街で何するの?」
「代わりに、お前の武器、見てきてやるよ。」
「え?」
今朝、回復魔法で腕の傷も治ったカインに、
アレンはロトの剣を持ってみるかと聞いたが、
やはりカインはそれを断った。
マリアも試すぐらい良いじゃないかと思ったのだが、
カインは、ロトの剣はアレンのものだからと持とうとしなかった。
結局カインの武器探しもしなければならないのだ。
「それだったら僕も行くよ。」
「いいって。見てきてやる。武器に関しては俺が
専門なんだから。」
そういえばマリアの魔道師の杖を用意してきたのも
アレンだった。
「本当に任せても良いの?」
頷いてアレンはカインとマリアに言った。
「その代わり、お前らここですげえ魔法覚えて、
使えるようになれよ。」
「・・・・。」
カインはマリアと目を合わせた。
興味深い本ばかりで読んでいて夢中にはなるが、
読んですぐ使えるようになるとは思えなかった。
マリアもそれは同じだった。
「とりあえずがんばるよ。」
薄く笑って二人はアレンに手を振った。
アレンはラダトーム城の門番に事情を話し、
あとの二人はまだ残ることを告げた。
門番は快く了解してくれた。
『何かと物分りの良い城だな。
そういえば王が不在と言っていたが、どうしてるんだろうか・・・』
もしも、ラダトーム王が竜王を脅威に感じてどこかに隠れてしまったのだとしたら、
竜王は危害を与えるものではから安心するようにと王に伝えて
その不安を取りに除きたいと考えた。
しかし、伝えようにも場所が分からない。
どこにいるのか分かっているなら、
ラダトーム兵も行方不明とは言わないだろう。
仕方ない、とりあえずは自分達のやるべきことを
進めるしかない。
予定通り武器屋に向かおうかと思ったが、
ふとロトの剣の情報をくれた老人に会いに言って
礼を言おうと思った。
無事にロトの剣が手に入った報告もしたい。
「よぉ。じいさん。生きてるか?」
アレンの姿を見つけた老人は嬉しそうにこちらを見た。
「おお。王子・・・無事に戻られましたか。」
「ああ、おかげさまでロトの剣手に入ったぜ。
その報告にと思ってな。」
アレンは背中にかついだ剣を指差して老人に見せた。
剣には確かにロトの紋章が輝いていた。
「それは良うございました。爺が言うた通りだったでしょう。」
穏やかに老人は笑った。
「そうだな。」
つられてアレンも笑う。
「よくお似合いですよ。
きっと他の道具もアレン王子の元に集まるでしょう。」
「そうか?爺さんの言うことは結構当たるからな。
期待してるぜ。」
不思議な老人の言葉は、不思議と当たっているものだ。
きっとロトの武器が見つかると言われれば、
その通り、本当に見つかる気がしてきた。
「時にアレン王子、お仲間はどうされました?」
「二人して魔法のお勉強だよ。ラダトーム城にいる。」
アレンはその方向を指差した。その方向を老人も見て
そうですかそうですか、と頷いた。
「アレン王子、二人のことをどう考えてますか?」
「え?」
唐突な質問にアレンは一瞬沈黙した。
「どうって?信頼する・・・・大事な仲間と思ってるよ。」
こんなこと面と向かって言えやしない。
どうもアレンはこの老人の前では、まるで子供のようだ。
「な、なんだよ!それがどうした!」
「ではどうか・・・その二人の手綱を最後まで放さないように。」
「・・・?どういうことだ?」
二人に色々指揮を出すことはあるが、手綱を放すなとは
どういうことだろうか。
「言葉の通りですよ。手綱を放して後悔するのは王子じゃよ。」
「・・・え・・・?は??」
訳の分からない顔をしているアレンに、老人は優しく告げた。
「また爺に3人そろった姿で会いに来て下され。」
++++
その頃・・静かな静寂に包まれた書庫の中で、
カインはため息をついていた。
ここにある本の内容は本当に知らないことばかりであった。
「マリア、どう?」
「ええ・・・すごい勉強になるわね。」
カインがマリアに様子を聞いてみると
マリアも少し興奮している様子だった。
「うん。僕の使う炎と、マリアの使う風・・
これ以外にも以前は氷系魔法、爆裂系魔法、それから・・」
「電撃魔法ね。」
「これらが全て体系立てて理論付けられているんだね。」
昔は攻撃魔法を専門に使う魔法使いに、
癒しの魔法を得意とする僧侶と言う風に、
それぞれに専門家がいたらしい。
「じゃあ僕らみたいにホイミとギラを両方するってのは
珍しかったのかな。」
「そうね・・。でもいなかった訳じゃないわ。これを見て。」
マリアは自分の見ている本をカインに見せた。
「両方の魔法を使える賢者と言う存在がいたみたい。」
「なるほど・・。本当に魔法のエキスパートってことだね、その人。」
すごいなあとつぶやくカイン。
「でもロトはその賢者すら使えない魔法が使えたのよ。」
「勇者だけが使える魔法?」
「それが電撃魔法よ。ここに書いてあるのは
ライデインとギガデインとミナデイン・・。」
その名前にカインはピンと来た。
「ライデイン・・竜王が言ってた魔法ってこれなんだ。」
「そうみたいね。ロトだけが使えた魔法は、
ロトの子孫である私達に使えないのかって・・そういうことを言ったんでしょうね。」
カインは沈黙した。
ロトだけが使った魔法・・・もちろん今まで見たことも無い。
どうやれば使えるのかも検討もつかない。
「マリアなら使えるんじゃない・・?」
おずおずとカインはマリアを見た。マリアは魔法の天才的センスを
持っているのだ。それにロトの血を引いている。
この伝説の魔法が使えてもおかしくないんじゃないかと思った。
しかしマリアは首を横に振る。
「どうして?無理よ。雷の精霊なんて応えてくれたことも無い。」
魔法は、何も無いところから生まれるものではない。
魔法をつかさどる精霊と契約を結び、その力を借りることにより
通常の人間では実現不可能な力を呼び起こしているのだ。
「そっかあ。。」
残念そうにつぶやくカイン。
「ねえ、自分のことを棚にあげないで。カイン、あなたはどうなの?」
「え?どうなの・・・って?無理だよ!僕炎以外の精霊とは相性悪いみたいだし。
バギも使えないんだし。」
二人はため息をついた。
「背伸びするのは止めましょうか。現実的に使えそうな魔法を
調べてみましょうか。」
「そうだね・・・。
ロトの子孫ったってロトと同じ魔法が使える訳じゃないよなあ・・・」
もしそうだとすると、ロトの3国にこの魔法は伝わっているはずなのだ。
マリアは立ち上がり、新たに他の本を物色しに行った。
カインも別の本を探しに行った。
爆裂系魔法と言ったものも自分には使えないだろう。
元々サマルトリアは聖職者の国柄である。
キアリーやホイミは使えるようになったが、
もう少し強力な魔法も使えるようになりたかった。
聖職者向け・・と何となく本の背を見つめながら
カインが見つけたものは命の魔法の書であった。
『命・・・・・?・・なんだろう・・・』
何気なくその本を手に、カインは元の席に戻った。
ぱらぱらと本をめくる。
最初の章には、相手の息の根を一瞬で止めてしまうと言う
死の魔法ザラキについて書かれていた。
どれほど体力や生命力に溢れる生命であっても
関係なく息の根が止まる。
『なんて・・・なんて強力な魔法だろう』
カインはその本を読みふけっていた。
次の章には、不幸にも失われた仲間の命を
この世に取り戻す蘇生の魔法ザオリクについて書かれていた。
さまよえる死者の魂を探し出し、この世に呼び戻す。
死者は息を吹き返す。
興奮してカインはその章を読んだ。
もし使えるようになれば、戦いで倒れた仲間達を
蘇生させる事ができる。
これができれば、自分達はどれほど旅を有利に
進められるだろうか。
『すごい!すごい!!』
自分に使える魔法であろうか。
どうすれば使えるようになるのか。
その本に書かれた魔法の解釈をカインは必死に読み解いた。
隅々まで読んで、一行も読み漏らしたくなかった。
相手に死を与え、仲間には命を与える。
それゆえに命の魔法と呼ばれるのだろう。
カインは今やその魔法の持つ魅力に魅せられていた。
しかし、最後に書かれていた章を見て、手が止まった。
命を・・・自らの命と引き換えに、敵の命を奪う魔法メガンテ。
死の魔法ザラキは必ず相手に通用するわけではない。
死のささやきに耐えた相手は何事もなかったかのように
擦り傷ほどのダメージすら残らない。諸刃の魔法とも言える。
だが、このメガンテは100%成功すると書かれている。
自分の命さえ捨てる覚悟があれば。
必ず、敵の命を奪うのだ。
ただし、自分の命を捨てなければならない。
そうすることで、必ず仲間の命だけは助けられる。
『必ず・・・仲間の命だけは助かる・・・』
それはすごいことだ。アレンとマリアが絶対に助かる魔法。
だけど、それは自分の命と引き換えに・・・
自分の全てと引き換えに・・・二人を助ける・・・?
「う・・・・・。」
全身に脂汗が流れていた。
手足がしびれ、視界が次第に閉じていく。
目の前が霧がかかったようになり、目を凝らしても
文字が読めない。いや文字どころか本も見えない。
そして目の前が真っ暗になる。何も聞こえなくなる。全てが闇になる。
・・何も感じない・・何もない・・それが死。
全てを無くして、
暖かい家族を、信頼する仲間を、自分のあるべき居場所も、輝かしい未来も
全てを捨てることで初めて二人を助けられるとしたら・・・
自分は・・自分には・・・できるのだろうか
自分は大事なものを全て捨てられるのだろうか
二人を助けるのに、必要なのものはその覚悟だけだとしたら。
「・・・っ・・ううー・・・」
大気すらも存在しないその息苦しさにカインは右手で胸元を押さえた。
気持ちが悪い。吐き気がする。
左手で口を押さえて、そして額を本にこすりつけるような形で、
その場に突っ伏してしまった。
闇の中で、唯一つの感情が残った。
それは・・・・恐怖。
『・・・・・怖い・・・・・・・・』
何もない闇の中でカインはただ恐怖にふるえた。
「カイン!?どうしたの!?」
カインの何やら苦しげな様子を見たマリアは
あわてて書物を放り捨てて駆け寄ってきた。
闇の魔法の影響に当てられたのかもしれない。
「どうしたの!?気分が悪いの?しっかりして!!」
カインの肩に触れ、マリアは声をかけた。
しかし返答がなかった。
「カイン、聞こえてる!?私の声聞こえてる!?」
耳元でマリアは声をトーンをあげた。
全て遮断されてしまったかのような真っ暗闇の中で、
カインにはようやくその声が届いた。
「・・・・こ・・・え・・・・・?マリアの・・・・声・・・・?」
やっと返事をしてくれたカインに、マリアはほっとしつつも
急にカインが倒れてしまった訳がわからなかった。
「ええ、聞こえたのね。大丈夫?しっかりしてカイン。」
ゆっくりこちらを見たカイン。
闇に捕らえられ、うつろだった目はマリアの姿を見つけた。
「マリア?・・・マリア・・ここに・・・・いたんだ・・・・。」
少し周りを見渡してから、驚いたようにマリアを見て、
心底安心したようにカインが息をついた。
「どうしたの?ずっと一緒にいたじゃない。」
「そっか・・そうだよね。ごめん。」
両手で目を覆って、ゆっくり深呼吸した。
徐々に落ち着きを取り戻してきて申し訳なさそうに笑うカイン。
でもマリアはカインが何に苦しんだのか分からず、まだ心配だった。
「急にごめん。難しい解釈が書いてあって、頭が痛くなっちゃった。
もう僕止めとくよ。」
そういうとカインは立ち上がり、そそくさと本を元ある場所に戻した。
マリアはその時、その本の題名をちらっと見た。
命の魔法の書だ。何となくマリアは気がついた。
「カイン・・・命のやりとりは神のみに許されたものよ。
私達が使える魔法じゃないわ。」
それは解釈が難しいだけではない。
一歩間違えれば呪われし魔法として人の世を乱すとして、
禁呪の魔法と言われるのだ。
命の取引を人間が行うことは許されない。
その言葉にカインははっとした表情をした。
「うん。そうだね。・・そうだよね。」
そう言って頷いた。もういつもの様子に戻っていた。
そしてマリアに聞いた。
「ねえ、マリアのほうは?何かいい魔法あった?」
マリアの目の前には何冊もの本が目の前に広がっている。
「そうね・・。扉を開ける開錠の魔法アバカムなんて、今の私達が
使えたらとても便利なんだけど、解釈がとても難解だわ。」
「そうなんだ。」
「でもね、魔物封じのトヘロスは使えそうよ。弱い魔物に対して
だけなんだけど。旅が楽になりそう。」
「魔物封じ・・」
「それから、どうも爆裂系魔法は風の魔法に通じるものが
ありそうよ。きっと使えるように練習するわ。」
力強くそう宣言するマリア。
色々な魔法の可能性を試していたようだ。
「すごいね。マリア。」
カインはこの短時間で多くの魔法と触れたマリアをすごいと素直に思った。
「でも私もさすがに頭が痛くなってきたわ。あんまり続けると身体にも良くないわ。
アレンの元へ戻りましょう。」
「そうしよっか。」
どれくらい時間が経っただろうか。
あまりに夢中になり、外の様子が分からない。
カインとマリアは門番に礼を言って、城をあとにした。
- 続く -
2010/11/04
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