その夜。
宿にはベッドがひとつしかなかったのだが、
アレンとカインは今夜はマリアにベッドを譲り、先に休ませるように勧めた。
マリアはそれに従い、少し考えを整理したいと言って横になっていた。
普段であれば、別室でアレンたちも部屋を取って休む。
だが、今日ばかりはマリアが心配だった。
アレンは部屋のソファにもたれかかり剣の手入れをしつつ、
カインは椅子に腰掛け、ランプの薄明かりの元で魔法書を開いて
朝まで徹夜をするつもりであった。
どれくらい時間が経ったのであろうか・・・。
カインは今までの旅でのマリアの様子を振り返っていた。
マリアは自分たちと出会ってすぐに、
滅ぼされた国の様子を聞いていた。
そして父は死んでしまったのかと悔しさに涙を流していた。
あのときの涙に嘘は無かった。
先ほどのマリアの悲痛な叫びが本当だとしたら、
彼女は本当に記憶を失っていたのだろう。
それはあまりにも悲しいことだ。
マリアはいつも国の敵を討ち、国を復興させるのだと言っていた。
その固い気持ちは、魔物たちへの憎しみから生まれたものだが・・
今、彼女は何を考えているだろうか。
そこまで脳裏をよぎったところで、
またあのマリアの悲痛な叫び声が聞こえたような気がした。
マリアはどこにいる?
ふと心配になった。
マリアはこの部屋で休んでいるはずだ。
でも、・・・・マリアを探さないといけない・・・そう思った。
「あ・・・れ・・・?」
徹夜するつもりであったカインは、自分が頬杖をついたまま眠っていることに気がついた。
少しうたた寝してしまったのであろうかと、首を振ったが、
頭がボーっとする。瞼も重くて空けられない。
『なんだろう・・・疲れたんだろうか・・・変だな・・』
思わずこのまま寝てしまおうかと思ってしまったが、
ちらっと横を見ると、同じく徹夜の覚悟をしていたアレンもソファに崩れるように
眠っていた。
『なんでアレンまで寝てるんだろう・・?』
眠気の中で思考がまとまらない。
しかし何だか嫌な予感がしてきた。
視線を向けて振り返ると、
マリアの横になっていたはずのベッドはもぬけの殻であった。
嫌な予感がして、カインは重い体を無理やり叱咤し立ち上がった。
「マリア・・・?マリア?どこ!?」
明かりも消えてしまっている部屋は暗がりになっている。
だが、ランプを再度つけて見渡しても
やはりマリアの姿は部屋の中にはない。
それどころかマリアの荷物すらない。
「アレン!アレン起きて!!!マリアがいない!」
あわてて、今度はアレンを起こそうとしたが
揺すっても叩いてもアレンは目を覚まさない。
「アレン寝てる場合じゃないって!!」
思い切り激しくアレンの体を揺すったが目を覚まさない。
これは異常だとカインは悟った。
あまり考えたくないことだが、自分たちは『眠らされた』のだ。
おそらく・・・マリアに。
なぜ?なぜ自分たちに魔法をかけたんだ?
そしてどこへ行ったんだ?
分からないことばかりだ。
見ると、アレンとカインの荷物は残されたままであった。
カインはアレンの荷物からロトの剣を取り出した。
「アレン、これ借りるよ。早く起きて、追いかけてきてよ!」
再度、アレンの耳元で叫んだが、やはりアレンは目を覚まさない。
間違いなく、自然の睡眠ではない。
夜のムーンペタの街は静かだった。
だが、明かりの点いている深夜の店もあった。
時間帯がよく分からないが、まだ夜も深いようだ。
しかし昼であれば賑わう道々にも街の人もいない。
自分の足でマリアを探すしかないだろう。
どこへ行ったんだろうか。
もしかして、街を飛び出して、ムーンブルク城へ戻ったんだろうか。
途中で帰ってきてしまったから、
マリアにはまだ見てみたい場所があったかもしれない。
マリアの魔法も強力になっている。
ここらの魔物にそうそうやられるレベルではないが・・・
心配なのはそういうことではない。
彼女の心のほうだ。
今まで、一人で夜に出て行ってしまうなんて一度も無かった。
しかも今回は自分たちを眠らせてまで強行に。
何らかの意思があって、
自分たちと別れを告げようとしてるのかもしれない。
もう考えれば考えるほど、嫌な予感しかしない。
だけど、どこを探せばいいのかはさっぱり分からない。
仕方なく、カインはまだマリアが街の中にいる方に賭けた。
全部探せば良いんだ。
この街は以前にも犬になったマリアを探して、あちこち探索した記憶がある。
大体の場所なら、道が分かる。
犬になっていたマリアと初めて出会った教会や
ラーの鏡を使った離れた平原。
装備を整えた武器屋の軒先・・・
見て回ったが、どこにもマリアはいなかった。
見知った場所にはどこにもマリアはいない。
だけど、まだ諦める気にはならない。
『知らない場所が・・・まだこの街にあるんだろうか・・・』
そう思ったとき、一件の廃屋を見つけた。
街の真ん中にある廃屋なのだ。知らない訳ではない。
でも入って行ったことは無い。
『そうだ・・・ここって鍵がかかっていて・・・』
何気なく扉に手をかけると、扉の鍵が開いていることに気づいた。
ゆっくりとその扉を開けた。
ぎぃぃ・・・・
空けると直後に階段があって地下に通じていた。
地下は水漏れがしていて、泥水の水溜りが出来ているような場所であった。
真っ暗闇で何があるかも見えない。
けれども、奥から光が漏れている。
『行ってみるか・・・・』
どちらにせよ街の中に知ってる場所は全部調べたのだ。
ここがハズレならば、最早マリアは街を出たということなのだ。
それならそれで、早く手を打って後を追わねばならない。
カインは足早に奥の光へと歩いていった。
どうやら、この光は地上の月の光らしい。
地下の通路を進むと、地上へと上がる階段が見えてきた。
階段へと足をかけたとき、
前方からひゅうっと風が吹き抜けた。
「!?」
風は、どんどん大きくなると鋭い刃へと変化した。
風の刃はカインの体を切り裂いていく。
「わ!!」
これはバギだ。階段の上に敵がいるのだろうか?
思わず剣に手をかけたが、
見上げた先の人影に驚いて、その手を離した。
「や、止めてよ。僕だよ!カインだよ!」
そう声をかけてもバギは止まらない。
カインは再度は叫んだ。
「どうしたのさ・・・・マリア!!!」
地上にいるマリアは月明かりを浴びて、いかづちの杖をこちらへ向けて
見下ろしている。その姿は、美しくすらあった。
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】
「カイン・・・?カインなの?」
「そうだよ。見たら分かるだろう?魔物と間違えたの?」
間違えて攻撃してしまったのだろうかと思った。
だが、マリアは構えた武器を下ろそうとしない。
「どうして、どうやって、ここに来たの!?私はラリホーを使ったのよ。」
「どうしてもどうやってもないよ。・・・街中探し回って、やっと見つけたんだよ。」
「帰って。一人にして。」
どうもマリアの様子がおかしい。
「ちょっと待ってよ。どうしてラリホーなんてしたの?
どうして、一人で出て行ったの?」
「・・・・勝手な真似をしてごめんなさい。」
そう言ってマリアは頭をさげた。謝ってもらいたいことではないが、
話を聞いてくれる状態になったのかと思った。
「謝ることじゃなくて、ねえ、マリア。
何か思うことがあれば僕らにも話して欲しい。」
自分の思いもよらないところでマリアは苦しんでいるんだろう。
「あなた方には長く支えてもらって感謝しているのよ。
今まで、ありがとう。」
頭を下げていたマリアはそう言うと、顔を上げた。
そして、毅然とマリアは背を向けた。
「え・・・え・・・・?どういうこと?ちょっと、待って!」
階段をのぼり、追いかけようとするカインを妨害するように
風の魔法が妨害する。
マリアはどういう訳か、一人行ってしまおうとしている。
訳も言わずに。
それを追うことも支えることも固辞するように。
「−−−−っ、マリア待って!」
風の刃がカインの体を切り刻むが、そんな事はどうでも良い。
今見失ったら、二度とマリアと会えなくなる。
そんな予感がした。
風を潜り抜けて強引に進むと、
カインは身を乗り出して、マリアの手をつかんだ。
「つかまえ・・った。」
マリアは捕まれた手を振り払おうとしたが、
決してカインはその手を離そうととしなかった。
「離しなさい!!」
「離さないよ、もう。」
マリアは反対の手で、捕まえた手を無理やり離そうとしたが、
カインの握力が強くて離れない。
「マリア、聞かせてよ。どうして一人で行ってしまおうとするの?」
この手を離したら、本当にマリアがいなくなると思うと
絶対離したくは無かった。
「聞けば・・・軽蔑するわ。」
「しない。」
「・・・離しなさい!離さないと、どうなるか・・!」
マリアのその体を赤い光が包み込む。
そしてその叫びにしたがって、再び爆風が巻き起こる。
その爆発は再びカインの体を切り刻む。
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】
ポタポタと血が落ちる。
それでもカインはその手を離さなかった。
「教えてくれるまで、離さない。」
カインはある種頑固で、譲らないところがある。
このままでは本当に倒れても手を離さないつもりだろう。
その様子を見て、マリアは諦めたように口を開いた。
「分かったわよ。言うわ。だから手を離しなさい。」
「本当?」
「ええ・・。」
ゆっくり手を離すと、カインは膝をついた。
負傷を手で抑えると、息をついた。
「ひどい傷よ。早く、宿に戻ったほうが良いんじゃないの?」
「結構・・いじわるだね。・・・・帰らないよ。
さぁ、聞かせてくれる約束でしょ。」
マリアの気遣いともいじわるとも思える言葉に
苦笑しながらカインは顔を上げた。
「私の心には悪魔が住んでいるの。」
「悪魔?」
「そうね、カイン。宿に帰らないんだったら、国へ帰るのはどうかしら?」
「・・・帰らないって。」
あくまでマリアは自分を帰して一人になろうとしているのかと思った。
「あなたのサマルトリアは美しい国だったわね。
かわいい妹さんがいて、両親がいて・・・。」
「・・・・・。」
「ローレシアも素敵な国だったわ。海が近いのね。
アレンにあんな可愛い彼女がいるのは驚いたわね。」
「マリア?」
「本当はね、城に戻るまで、
・・そう昨日までは思っていたの。
滅びたといっても、少しずつ復興していけば・・・
私の国だって・・・美しいって言ってもらえるって・・。
本当にね、美しい国だったなのよ。」
「知ってるよ、マリア。」
「そう?知っていた?小さい頃に来たものね。」
フフとマリアは笑った。
「ねえ、カイン、私は馬鹿じゃない?
あの美しい国の姿ばかり考えていたわ。
頑張れば、戦えば、勝てばきっと
ムーンブルクは元に戻るんだと思ってた。」
「復興・・・・できるよ。なんで?いつも言ってたじゃない?」
マリアは自分の夢はムーンブルクの復興だと
いつも言っていた。魔物を倒すことが目的ではないのだ。
その先に、希望があるのだと言っていた。
「カイン、私たち見てきたじゃない。誰もいなかったわ。
誰もいなかったじゃない!?
ああ。。魔物たちがいたわね。
復興なんてしたら、困っちゃうのかしら?」
「マリア!!違うでしょう!?
復興した国にはきっとまた人が集まってくる。」
「誰が来るというの?私みたいな悪魔の元に。」
「どうしたのさ、どうしたのマリア?」
「この手で、私はこの手で父を殺したのよ。
それでお父様の敵を討つ・・・だなんて、お笑いよね。
私こそが敵なのよ、ムーンブルクの。」
カインは首をぶんぶん振った。
違う違う、マリアは大事なことを勘違いしている。
「マリア聞いて、それは違う!」
「何が違うの?」
「二つあるよ!聞いて。
マリアのお父様は決して君を恨んだりなんかしていない。
僕とアレンは以前ムーンブルク王のお心に触れることが
出来たんだ。本当だよ。
君の事を心配してばかりだったよ!」
「そんなの・・・。」
「もう一つ。マリアのせいでムーンブルクが滅びたんじゃない。
悪いのは、あくまでムーンブルクを襲った魔物たちだ。
マリアは必死に戦っただけでしょう・・・!?」
言われてマリアは自分の手を見つめた。
この手から炎が暴発したのだ。
自分の手からだ。
どんな理由があっても、どんな言い訳をしても
間違いなく、あれは自分の仕業なのだ。
「カイン。気遣ってもらって、ありがとう。」
「え・・?」
「だから、もう帰って。あなたには待つ人がいるでしょう?
帰る場所があるでしょう?」
「帰らないよ・・・。」
「生きて帰れなかったらどうするの!?」
「え・・・・・・」
「私があなたを殺してしまうかもしれないわよ!?」
「あ・・・そういう事。」
カインは少し柔らかい表情で笑った。
マリアは魔法の暴発を恐れている。
「大丈夫だよ。マリアに殺されたりしないから。
僕もアレンも。」
「分からないわ。死ぬときは一瞬よ。
後悔する時間すらないわよ。」
「そうかもしれないけど・・・僕は君には殺されない。
試してみれば良いよ。」
「馬鹿なことを言わないで。」
「じゃあマリア。使ってみなよ、炎。」
カインはポツリとそう言った。
マリアが父を失うことになった忌まわしい炎。
今彼女をこんなに苦しめているのは火炎魔法だ。
「死んでも・・・知らないわよ・・・・。」
「うん。大丈夫。死なないから。」
そう言ってカインは笑った。
マリアはゆらりと、立ち上がると、
普段絶対使うことの無い魔法を唱えた。
「炎の精霊よ・・我が・・・意思に従え・・・・っ!」
唱えたのは、ギラの魔法の詠唱だ。
しかし精霊とは使い手の精神に影響する。
不安な気持ちで唱えれば、その魔法を
自分の意図に従わせることはできない。
具現化された炎はゆらゆらとマリアの手のひらで
踊っているかと思うと、暴走を始めた。
ギラの炎にしては大きすぎる。
「っつ・・・・静まりなさい!!」
マリアはまた自分が魔法を制御できないと恐怖した。
でも、どちらかと言うと、暴走しているというよりは・・・
「マリア、大丈夫!怖がらなくて良いよ。」
「カイン・・・!」
ゆっくりカインは自分の左手を炎の中に差し出した。
「カイン!何してるの!?火傷するわよ!」
しかし、炎はカインが手を差し入れると次第に落ち着いてきた。
「大丈夫だよ。炎はね、怖いやつだけど、優しいやつなんだよ。」
「優しい?」
「そうだよー。炎が無かったら、ご飯も作れないでしょう?
暖も取れないでしょう?夜だって火の光は欠かせないんだ。
だからね・・・。」
そう言ってカインは笑った。
「マリア、怖がらなくて良いよ。」
そして火はゆっくりとマリアの手のひらの上に落ち着いた。
「・・・辛かったね、怖かったね。
でも・・・もう、怖がらなくて良いよ。
魔法の暴発は僕が抑えるから。」
「カイン・・・・。」
マリアが作った火の光は暗闇を照らす光となって、月夜の元で辺りを照らしていた。
- 続く -
2011/07/20
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