目的地が近づくにつれて、マリアの足
取りが重くなるのが感じられる。
周辺の魔物たちは相変わらず多かったが、
もちろんその戦いが過酷で歩みが止まっているわけではない。
ムーンブルク周辺の地形は変わり果てていた。
木々がみずみずしく立ち並び、花々が咲き誇った平原は、
異様な腐敗臭を漂わせる沼と化している。
マリアの心中を思うと、あまりに痛ましい。
「マリア、大丈夫か。休むか?」
アレンはマリアを気遣った。だが、マリアは首を横に振る。
先ほどから一度たりとも休息を取ろうとしないマリアであった。
「いいえ、行きましょう。」
額に流れる汗をぬぐいながら、
マリアはアレンを追い越して進んでいった。
「おい。先に行くな。危険だ。」
どうしたものかと思いつつ、今度は早歩きで進んでいってしまうマリアを
アレンは追いかけた。
少し背後からカインもそれを追う。
目を背けたくなる現実。
それでも一度腰を下ろしてしまうともう二度と進めなくなってしまう。
マリアは、そんな恐れと戦っているように見えた。
「・・・・・ここがムーンブルク城。私の・・・城・・・・。」
瓦礫が積み上げられ、どこが正門なのかも分からない。
入り口の噴水広場はもちろん枯れ果てている。
かつてマリアが母と丹精こめて育てた花々などは一輪も見えない。
ここは、最早マリアの知っているムーンブルク城ではない。
それでも、奥には王宮が見える。
手前に広がる瓦礫は城下にあったはずの家々のものだ。
目をつぶれば、かつての栄えた姿が浮かび上がる。
やはり、ここはマリアが過ごしたあのムーンブルク城なのだ。
「マリア、油断するなよ。魔物も潜んでいるからな。」
「魔物・・・。ここは今は人が住む場所ではなく、
魔物たちの巣窟になっているのね・・・。」
マリアは淡々とつぶやいて、背後の二人の方へ振り向いた。
「アレン、カイン・・ごめんなさいね。
こんな・・・こんな所へ連れてきてしまって。」
そして二人に申し訳なさそうに頭を下げた。
アレンもカインも、マリアのその言葉に驚いた。
「え?何を謝ってるんだよ?」
「そうだよ、マリア。頭下げることじゃないでしょう?
さぁ、どこか行きたい場所があれば行こう。」
「行きたい場所・・・そうね・・・王宮の様子が気になるわ。」
どこか遠慮がちにマリアは答えた。
アレンたちも異存なく、3人は奥へと進んでいった。
進むといっても道などはない。
元々道であった場所は瓦礫で埋め尽くされている。
その瓦礫の下には犠牲者の姿がいまだ生生しく残っている状況だ。
「あそこ。あそこの・・・瓦礫の下には、犠牲者の姿が見えるわ。
せめて埋葬を・・・。」
かつての国民への思いを捨てきれず、マリアは瓦礫へと近づいた。
追悼の意を表し黙祷を捧げるマリアには、犠牲者の指がピクリと
動くのに気がつかなかった。
「・・・・・マリア!気をつけて!」
カインの声にハッと目を開けて、魔物の襲来かと左右を見渡したマリアであったが
襲撃は今マリアが追悼を捧げていた犠牲者からだった。
瓦礫の下で眠っていたはずの、かつてのムーンブルクの民が起き上がった。
もちろん、生き返ったなどという奇跡ではない。
「ギラ!」
そして、そいつがマリアに襲い掛かろうとするのを目ざとくカインがギラで食い止めた。
相手は「人であったもの」である。炎に包まれると、ひとたまりもなく崩れ落ちてゆく。
「カイン、どうして!?」
批判しようとするマリアであったが、カインはその手を引いて
奥へと走った。アレンもそれに続いた。
かつてアレンとカインがこの城を訪れたときも同じことがおきた。
ここでは死者が動き出す、しかも怨念をまとった魔物リビングデッドとして。
一体の死体が動いたのが魔物たちの合図となったのか、
次々にリビングデッドが襲い掛かってくる。
「ち・・・。こっちに来るなよ!」
アレンも剣を抜いて、邪魔するもののみを切り捨てた。
「魔物だったのね・・・。なんて浅ましい罠・・・!」
あまりの禍々しい姿にマリアはそう口にした。
確かに今のこの姿は魔物だ。だけど、彼らは確かに人だった。
そして彼らの思いは、今もかつてと同じで、ただひとつ。
『侵入を許すな!侵入者を討て!!』
ただ、それだけなのだ。
リビングデッドは言葉を発するわけではない。
だけど、その無念の思いはマリアの心に届く。
「侵入者って・・・?」
走って襲撃を避けながらも、マリアには彼らの意図が分からない。
同じ声はカインの心にも届いていた。
「マリア、彼らはこの国の人たちなんだよ。」
「どういうこと?彼らは何を言っているの?」
「言葉の通りだ。
この国を襲う侵入者を討つ為に成仏できずにこの世をさ迷っているんだよ。
彼らはまだこの国で戦っているんだ。」
「・・・!!!」
マリアの瞳から涙がこぼれる。
この国が滅びて数ヶ月。自分はただハーゴンを討つためにと
旅を続けていたが、その数ヶ月の間、このムーンブルクでは
死してなお戦い続ける、眠ることも出来ない民がこれほどいたというのだ。
「こんな・・・・こんな・・・・・・!!」
マリアは襲ってくる魔物を振り返った。
魔物ではないのだ、国を守ろうと戦う勇士なのだ。
「もう、もう止めて!もう剣を降ろして!!」
それは懇願にも近い、マリアの願い。
だが、リビングデッドにはもう人の言葉は聞こえない。
「マリア、危ないよ!」
歩みを止めたマリアには縦横無尽に魔物が襲い掛かってくる。
カインはマリアに覆いかぶさるように、かばった。
「そのまま伏せてろ!」
アレンがリビングデッドを一太刀で倒していく。
せめて、少しでも苦痛を感じる時間を少なくするために
一撃で急所を確実に打ち抜いていた。
「カイン、あんときの魔法は!?」
以前ムーンブルクに来たとき、
カインが未完成ながらも使っていた魔法は彼らを苦しみごと成仏させた。
「う、うん。
死せる魂よ、どうか安息の場所へ・・・ニフラム・・・!」
カインの手のひらから生まれる光は数体の魔物を消し去った。
だが、数体は未だ残ったままだ。
「くそっ。まだ、未完成みたいだな。」
アレンが苦々しくつぶやくと、二人に逃げるよう指示した。
王宮はもうすぐそこだ。無用な戦いをしたくない。
戦いを避けるように3人は走り続けた。
崩れ落ちた王宮に入り込み、マリアは玉座へと進んだ。
「ここ・・・前に王様がいたところだ。」
相変わらず、荒れ果てた玉座であった。
どんな戦いがここで繰り広げられたのだろう。
「・・・ああ・・・・・ここは・・・・・・。」
呆然とマリアが玉座へと進んでゆくと、ガラガラと壁が崩れて
魔物の群れが現れた。
「スモークに、かぶとムカデか・・。敵じゃねえけど、こんな所で戦いたくねえなあ!」
「一気に燃やしてしまおう!」
アレンの呟きに、カインは一気に戦いを終わらせるべく
ベギラマを唱え始めた。
「魔物たちを燃やしつくせ!ベギラマー!!」
カインの作り出す炎は大きく膨れ上がり、魔物たちを飲み込んでゆく。
マリアは呆然とその炎を見つめていた。
「あ・・・ああ・・・・あ。」
そして何かがマリアの脳裏をフラッシュバックしていく。
「あ・・・あああああ、いや・・・・いやーーーーー!!」
「!?」
アレンもカインもその悲痛な叫びに思わず振り返った。
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マリアは両手で目と耳を覆っていた。
外界から入る全ての情報をシャットアウトするみたいに。
「マリア!?どうした!!?」
唐突な叫び声を心配して駆け寄ったアレンを、
マリアは振り払って、しゃがみ込んだ。
何も聞きたくない、何も見たくない。
だが、彼女の脳裏には、容赦なく消えていた記憶が呼び戻されてゆく。
彼女には自分が呪いを受けたときの記憶はほとんど残っていない。
だが、『あの日』、自分は魔物たちの襲撃に抵抗した。
持てる力を全て出し切って戦った。
昔からマリアの魔法力は、幼いながらも国中で一目置かれるものだった。
実際に使えた魔法は回復魔法が少しと、火炎魔法だけだったのに。
だが、彼女が国の王宮魔導師達に注目されたのは、
その数・種類ではなく、秘めたる潜在力だ。
とても子供のものとは思えない魔法力が彼女の小さな体の中には眠っていた。
懸命に国を守ろうとマリアは戦った。
持てる力を全て使えるよう、祈りながら戦った。
そして箍を外した彼女の魔法力は、『あの日』暴走したのだ。
当時マリアが使えた数少ない攻撃魔法だった火炎は、たちまち暴走した。
魔法を発生させることが出来ても、
抑える術などは知らなかった。分からなかった。
結果として、マリアの炎は、この王の間の最後の戦いを全て燃やし尽くしたのだ。
その記憶をマリアは自身で封印してしまっていた。
「思い出した・・・・。」
この場所でかつて起こったことがフラッシュバックする。
あの時・・・・
マリアは敵を倒そうと懸命に慣れない魔法を唱え続けた。
しかし、炎は暴走を始める。
自分が巻き起こした炎が敵のみならず、全てを飲み込んでゆく。
マリアは、自分が何をしたのかも分からず、成すすべもなく立ちつくしている。
そんな自分を落ち着かせようと、
父はマリアを抱きかかえた。
それでも炎の勢いは止まらなかった。
そして・・・・・・・・・・
マリアの瞳からは、とめどなく涙が零れ落ちてゆく。
「お父様を殺してしまったのは・・・私だったのよ・・・・。」
そう呟くと、マリアの意識はフッと途絶えた。
アレンはあわてて、倒れ落ちる体を支えた。
「おい、マリア!!マリアッ!!」
アレンはマリアの体をゆすったり、顔を軽くたたいたりしたが、
意識は戻らない。
「マリア・・・!?マリア・・・しっかりして!!」
カインもその場に座り込んで、マリアに回復魔法を施した。
「ベホイミ」
だが、怪我をしているわけではないので、効果は見えない。
マリアは目を覚まさない。
「ーーー っ!」
カインは左の拳を握り締めると、思いっきり地面を殴りつけた。
自分が不用意に使った火炎魔法ベギラマがマリアを揺り動かした。
分かっていたはずなのに・・・。
マリアがギラを失った理由は、このムーンブルクの襲撃であろうという事・・。
「くそっ。僕のせいだ。なんて・・・ことだ・・・。」
二度三度と地面を叩きつけるカインの拳をアレンがとどめた。
「おい。カイン落ち着け。とりあえず一旦街に戻らないか?」
確かに・・・、今倒れたマリアとこの場所にいることは危険しか残らない。
「う、うん。戻ろう。アレン、行くよ。」
カインは、そしてルーラを使って一旦ムーンペタへと戻った。
+++++
一行はムーンペタに戻ると、宿へと向かった。
「よいっしょ。」
そしてアレンは、未だ眠ったままのマリアをベッドに降ろした。
マリアは微動だにせず眠ったままである。
「・・・・・・・・・。」
カインもそのベッドの傍の椅子に座った。
「どうする?医者でも連れてくるか?」
「いや・・・・、一時的なショックで意識を失っただけだと思うから・・・
すぐに意識は戻ると思うよ。」
「そっか。じゃあ、まぁ様子を見るか。」
「・・・・・・・・・。」
頷きながらも、落ち込んだ様子のカインにアレンはため息をついた。
「別にお前のせいって訳でもないだろ?
お前のベギラマなんて、マリア何回も見てるじゃないか。」
「そう・・だけど・・・・。」
「まぁ・・・あいつもショックが大きかったんだろうけど、
その記憶すらも失っていたんだな。」
マリアが倒れる前に叫んだことはアレンたちにも少なからず衝撃であった。
今までは、ギラが使えないと言うだけであり、
炎に恐怖心を見せるような素振りなどは全くなかった。
「とりあえず、俺たちは飯でも食うか?二人でこうしていてもしょうがない。
なんか食い物もらってくる。」
そう言ってアレン立ち上がったとき、横たわるマリアからうめき声が聞こえた。
「マリア!?大丈夫?」
「う・・・・・。」
ゆっくりとマリアは目をあけて、左右を見渡した。
「ここは?」
「お前倒れちまったから、ムーンペタの宿に一旦戻ってきたんだ。
大丈夫か?」
状況を把握したマリアは、そのまま体を起こした。
「寝てて良いぞ。いろいろ・・・大変だったからな。
飯でも食うか?」
あまりマリアを刺激しないようにしながら、アレンは話しかけた。
「ごめんなさい。心配をかけたわね。
私なら大丈夫。怪我もないし、異常はないわ。
そうね、食事でも取りましょうか。」
目を開けたマリアは、そう言いながらいつものように笑った。
「そうだよ!そうそう!飯食えば元気出るよ!」
アレンはそう言って笑うと、マリアの肩を叩いた。
「そうね。」とマリアも苦笑気味に答えた。
そしてアレンは食事を取りに部屋を出て行った。
残ったカインは、マリアの様子を伺った。
本当に元気になったのだろうか?
「マリア、さっきは・・・・。」
「カイン。何も言わないで。私は大丈夫だから。
心配かけて悪かったわ。
だから、今は・・・何も言わないで。」
「あ・・・うん。」
重ねてそう言われると、さすがに何も言えなくなる。
結局その後、アレンの持ってきた食事を3人で囲んだ。
マリアはいつも通りの様子に見えた。
ショックだったろうに、食事も取れていた。
その様子に少し安心したものの、
マリアはその心中を自分一人で溜め込んでしまったのではないか・・・・?
カインには、そこが心配でならなかった。
そして、異変が起きたのは、その夜のことだった。
- 続く -
2011/07/17
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