ハーゴンの神殿 2


マリアは虚ろな気分で、
今自分が夢を見ているのかと周囲を見渡した。

ふわふわと膜が掛かったような思考と視界が
正常な判断を鈍らせていた。

「ここは・・・・。」

知っている。
ムーンブルク城だ。

目をつぶれば、今でも克明に思い出せる。
厳しい冬を越えて、春を迎えると
待ちわびていたかのように花々が咲き誇る。
城の入り口は種々の花々が訪れる来客を賑やかに
迎え入れている。

城の中央には噴水が吹き上がっている。

その噴水広場を越えれば、父のいる王室が近い。

扉を開ければ、いつも穏やかな笑みを浮かべた
父がマリアを歓迎してくれるのだ。

かつては、毎日そうだった。
そんな思い出とともに、扉を開けると・・・

「どうしたんだい?マリア?」

ああ・・・、これは夢では無いだろうか?
父の姿、そして紛れもない父の声だった。

何度も夢にまで見た。
大好きなムーンブルク城で、
いつかのように父に会いたいと思っていた。

「お父様・・・!?」

その夢が叶ったのだ。

「マリア、そんな息を切らして
 走ってきてどうしたんだ?お前らしくない。」

「お父様・・・お父様ご無事だったのですか!?
 ずっとここに、いらっしゃったのですか・・・?」

「ああ、ここにいたとも。
 マリアが帰ってくるのを待っていたよ。」

そう言うと父王は、玉座を立ち上がり、
ゆっくりとマリアに近づき、そしてその身を熱く抱擁した。

そうだ、私は本当は父が亡くなったところを見ていない。
皆ムーンブルクは全滅したとか言っていたが、
そんなのはきっと嘘だったのだ。
父はきっと生きていたのだ。

今まで見ていたのは悪夢。こちらが現実だ。
良かった・・。これが真実で良かった・・。

父は緊張しているのか、
その手は少し暖かかった。

「私を待っていたの・・・?
 どうしてですか?」

「お前は旅に出ていたじゃないか。
 私達を捨てて。」

「え・・・・・。」

私が、ムーンブルクを捨てる?
そんな訳ないではないか、父は何を言っているのか。

だって、私はこの国が大好きだ。
『大好きだった』のだから。

・・・・・・?

ふと違和感を感じた。
1つも嘘などついていない。
心の奥底で、この国を愛していたのは
真実なのだ。紛れもない真実だ。

なのに、どうして既に過去のことのように思うのだ?
今目にしているこの姿が現実ではないか。

「さあ、マリア。お前には幸せになる権利があるのだよ。
 母様もお前の大好きな庭のイチゴ畑で待っているよ。」

その言葉にマリアは、ハッと父の表情を見上げた。
だって、『お母様』だなんて何を言っているのだ?
お母様はいない。母が亡くなってから10年ほど経った。

勿論母とイチゴを採りに行くのは大好きだったし、
出来るなら、願えるのなら、
もう一度母に会いたいと思ったことはある。

だけど・・・

『母様はもう1年も前にいなくなったんだ。
 早くマリアが元気にならないと、母様も安心できないよ。』

古い思い出が脳裏によぎる。
いつだったか、それが「もう出来ない事」だと教えてくれたのは
父では無いか。
母がいなくなったのだと私に諭してくれたのは
ほかならぬ、父では無いか。

父の言葉は真実ではない。
まやかしだ。

マリアはそれに気付いて、
父から一歩退いて前を向いた。

私は、都合の良い幻を信じ込もうとしてしまっていた。

だが・・・幻でもまやかしでも嘘でも夢でも
もう何でも良い。
マリアには、伝えたいことがあった。

「お父様・・・。
 マリアは・・・・お父様とお母様を・・・・
 心から・・愛して・・・おりました・・・・・・・。」

マリアは心の奥底から悲痛な声を絞り出した。
本心だ。本心だった。
本人に伝えたい言葉だった。

だが、もう、叶うことは無い。
ザオリクの力を得た今であっても、
父と母を生き返らせることは出来ないと分かっている。

マリアは目から涙が流れるのを感じた。

「さよう・・なら・・・・ 幻の幸せよ・・!
 そして我が現実よ、目覚めて・・!」

涙のせいか、視界がぼやけていく。

「マリア、どうしたのだ!!」

手を伸ばしてきた父の手が、どんどん熱を持ち、
尋常でなく燃えるように熱くなっていく。

比喩ではない。燃えているのだ。

全てが燃えていく。
もうマリアは分かっていた。

「マリア!!マリアーーーーーー!!」

悲痛な父の叫び声。
忘れられた記憶の中で・・・私は、聞いていたに違いない。

そう、こちらが現実だ。

ガラガラと音を立てて、城が崩れていく。
愛する城に魔物たちが襲い掛かってくる。

綺麗だった庭の花も噴水も魔物たちの汚い足が
容赦なく踏みにじっていく。

多くの兵達の叫び声が聞こえてくる。

マリアと同じように国を愛した兵達が
命を賭して戦った断末魔の叫びだ。

「ああ・・・・・・。」

そうして・・・・。
城が燃えていく。朽ち果てていく。

穏やかな笑みを浮かべていた父すらも炎は巻き込んで・・。

その炎の真因には、自分の唱えた暴走した魔法があったことも
分かっている。

だから、今度ムーンブルクに帰ったときは
父に謝罪をしなければならないと・・・
私はずっとそう考えていた。

ぼやけた視界が次第にはっきりとしていく。
さっき目の前に父がいてくれたことが嬉しかった。

でも、それは幻なのだ。

本当は、
目を開ければ、そこはいつもムーンブルクではないどこかだ。
近くにいてくれるのは、父ではなく・・・
大事な私の仲間達。

「マリア・・・?大丈夫?」

マリアの耳に届いた声。
これは、苦しんでいる我が兵の声ではない。
聞きなれた優しい仲間の声がマリアの耳に届く。
そして、薄暗いもやが晴れていく。

傍にいてくれたのは心配そうにこちらを見ているカインと、
ぶっきらぼうな表情で油断無く辺りを見つめているアレンだ。

そうだ、この2人だった。

「カイン・・・。う・・うう・・・・・。」

どうやらマリアが泣いていたのは本当らしい。
2人の顔を見るとさらに止め処なく涙が流れてきた。

今見たものは一体なんだったのだ?
何故、こんな思いをさせられたのだ?

「マリア、お前が見たものは幻だ。ハーゴンの罠だ。
 気にするなって言っても無理かもしれないが、
 気にするな。」

「ええ・・・分かっている・・わ・・
 びっくりしたけれど・・・もう大丈夫よ。」

そう言ってくれたのはアレンだ。
だが、アレンのその表情は少し青ざめて硬く緊張している。
2人も私と同様に、何らかの幻を見せられていたのだろうか?

「マリア。本当に大丈夫?
 ハーゴンっての、まやかしを見せる力があるらしいよ。
 ルビス様の守りがあったから、
 偽者と気付けたら、現実の世界に戻れたみたいだ。」

カインは、そう説明してくれた。
アレンほどは緊張した様子も無い。

「カインも何か見せられたの?」

「うん。なんか神殿に足を踏み入れたら、
 急にサマルトリアに帰ってたからびっくりしたよ。
 母様もいたし、父様がやたら笑顔で歓迎してくれるし。
 そんな訳無いじゃんって思って。」

カインの母が亡くなったと聞いたのは
つい先ほど、ほんの半日ほど前のことだ。
どうやら、この冷静な様子だと、
カインは幻にはあまり囚われなかったらしい。

「うちの父様って、鬼みたいな形相で、
 会いに行っても、何しに来たんだって言うのがいつもなのにさ〜」

そう笑いながらカインは言った。
いや、そんな事ばかりでは無いだろうと思うが・・。
ルビスさまの守りを持っていたのはカインだ。

おそらく3人の中でいち早く幻に気づいたのだろう。

マリアに笑って話せるほど、
心にはどこか余裕があったらしい。
だが、平常通りの様子のカインを見て、少し落ち着いた。

アレンはどうだったのだろうか?

「アレンは、一体どんな幻を見せられたの?」

「・・・・・・・。」

そう尋ねたが、アレンは黙ってしまった。
その様子にカインも困ったように、口ぞえした。

「僕も聞いたけど、教えてくれないんだよ。
 アレン、大丈夫?」

「うるせえ!くそ忌々しい幻なんか見せやがって、
 けったくそ悪い!!」

アレンはそう叫ぶように言って、
拳をバキバキと鳴らした。

そうして、いなづまの剣を取り出した。

「お前ら、忘れるな。
 ここはハーゴンの根城だ。
 まだまだどんな罠があるかわからねえぞ!」

マリアは頷いた。
そうだ、入るなり、いきなり良く分からない幻を見せられた。
やはりここは普通ではない。

「3人、離れ離れにならないようにした方が良いよ。」

カインの言葉に2人は頷いた。

立ち上がって左右を見渡すと、
やはりそこはムーンブルク城などとは似ても似つかない。
むしろ今までの塔や洞窟でも見たことのないような
おどろおどろしい雰囲気だ。

ゆらゆらと人魂のような火の玉が徘徊している。

アレンが、その火の玉を真っ二つに斬り裂いた。

「おい、お前らここを一気に抜けるぞ。
 こんな所で休憩してる場合じゃねえ。」

「分かったわ。」

火の玉を一度に払うには、
この魔法が有効だろう。

マリアはいかづちの杖を構えて唱えた。

「マヒャド・・!!」

マヒャドは吹雪の魔法だ。
四方八方から降りそそぐ氷の刃が次々に火を消していく。

ロンダルキアは基本的にいつも吹雪いているので
あまり氷の魔法を使う機会はなかったが、
代わりと言ってはなんだが、氷の魔法を受ける機会は多かった。

そのうちにマリアが覚えた新しい氷系最強の魔法だ。

「すごーい!」

カインが感嘆の声をあげている。

マリアの魔法で、アレン達を多い囲んでいた人魂は
全て消し飛んだ。

もし、この力を使えていれば
・・・・・ムーンブルク城を覆っていたあの炎も、
消すことが出来たのだろうか・・。

否。

そのようなことは、いくら考えても、
もはや詮無いこと。
マリアは首を振って、足を前へと進めた。

「行きましょう。」




人魂が消えて、先に見えるのは
金の鍵に閉ざされた扉だ。

「いかにも、あやしいな。」

アレンは剣をしまわずに、扉に向かって歩いていった。

直前まで行くと、そこはバリアを張り巡らされていた。

「周到なことだ。カイン、トラマナを。」

「うん。」

カインがトラマナを唱えると、
アレンは躊躇なく足を進めた。

金の扉を開けると、そこの先に広がっていたのは・・・
さらなるバリア床であった。

「ほー・・・どうやら相当俺達は招かれざる者らしいな。」

「アレン、待ってよ!
 一度途切れたらトラマナはやり直しなんだから。」

カインは再度トラマナを唱えた。
そうしてアレン達は緊張した面持ちで足を進めた。

だが、すぐにアレン達は行き詰ってしまった。

フロアをくまなく探索しても上に行く階段がないのだ。
宝箱がフロアの端に2箇所置かれていたが、
いずれとも空っぽだった。

「なんだ?道を間違えたか?拍子抜けだな。」

「でも、別の道なんて無かったわ。」

アレン達はその場をウロウロとしながら、途方に暮れていた。

「外から見た感じでは、
 この神殿、上に大きい感じだったよ。
 どうにかしたら上に行けると思うんだけどなあ・・・。」

カインは上を見上げるように、そう呟いた。
そしてふとアレンがいる場所を見おろしてみると
明らかに不自然なことに気づいた。

「アレン、その場所・・その場所だけ、なんかおかしいよ?」

バリア床の中に一部だけ、十字架が刻まれた床がある。

いかにも意味ありげな十字架の場所を調べてみるが
別に何も出てこない。

「そうかー?外れじゃねえの?別に何にも見つからねえぜ。」

アレンはそう言って、その場所に座りこんだ。
この神殿もあれだろうか?
抜け道などは無く、ハーゴンの元に行くのならば、
ルーラで一度行ったことあるものだけが行けるとか?

しかし、そもそもここは邪教の本拠地のはずだ。
その割りに何も無いではないか。

やはり、このフロアは入り口に過ぎないのだろう。

「あれか?お前の持ってるルビス様の守り。
 また、それを使ったら道が開けるんじゃねえ?」

アレンはあぐらをかいたまま、何気なくそう言った。

精霊ルビスの守りを使って、邪教への道が開くと言うのも
変な話では無いか?
そうだ、思い返せばハーゴンの神殿へと道が開けるアイテムとして
あれを手に入れたではないか。

そう思い、カインはアレンの方をもう一度振り返った。

すると・・・アレンが持っている道具袋が怪しい光を帯びているのが見えた。

「!?なんっだこりゃ!?」

アレンは一瞬何が光っているのか分からなかったらしい。
勢い立ち上がって、ふいに思い出したらしい。

そうだ、邪教への道が開くアイテムと言えば
邪悪なとぐろを巻いた禍々しい姿の

「邪神の像・・・!?」

まさか、またこれを使うとは思っていなかったので、
アレン達は何の心構えもしていなかった。

邪神の像が怪しい光を発した時、
3人は散れ散れの場所に立っていたのだ。

「わっ!!」

「アレン!?」

一番近くにいたアレンがまばゆい光を受けて、
まずどこかへ弾き飛ばされた。
その光はあっという間にフロア中を飲み込んでいく。

「マリア!!」

カインが慌ててマリアに手を伸ばそうとしたが、
一瞬間に合わなかった。

「きゃああ!!」

マリアの悲鳴が聞こえる気がする。
気がする、と言うのは、
次の瞬間カインもどこかへ吹き飛ばされたからだ。

そうして、三人は再度離れ離れになってしまったのだった。



- 続く-

2013/05/16
▲

     
    じわじわ続いております。
    何故かバラバラにされてばかりの3人です。せっかく「3人で最強」って思えるようになったのにね。
    危うし。
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