ハーゴンの神殿 1

このロンダルキアの祠の最深部には、礼拝堂が存在した。

ハーゴンの神殿に一番近いと思われる祠だ。
恐らく禍々しい邪教の偶像が祭られているのだろうと思ったが、
意外にも、精霊ルビスを祀っている他の地域の礼拝堂と
同様の様式であった。

カインはその最深部の礼拝堂に立っていた。

ずっと小さい頃からしていたように・・
サマルトリアの教会で祈りをささげて来た時と同じように・・

そうやって、少しでも祈りを捧げ、心を落ち着けることしか
今は出来なかった。

「カイン?」

朝から剣の稽古をするでもない、
魔法の修行をするでもないカインを探して、
マリアも礼拝堂へとやってきた。

「珍しいわね。朝から礼拝堂に入り浸ってるなんて。」

「・・・マリア・・・。」

朝の陽を浴びて、礼拝堂にやってくるマリアは
どこか眩しかった。

「気持ちは分かるわよ。最終決戦も近いものね。
 私も出来るならば、ここでお父様、お母様に
 誓いのご挨拶がしたいくらいよ。」

そう言うマリアの言葉に、カインは何か返答しようとして、
口を噤んで、視線をそらした。

マリアは、カインがあんまり話をしようとしないので、不審に思った。
なんだか、少し元気が無いような様子だが、
別段どこも怪我などした訳ではなさそうだ。
何か気になることでもあるのだろうか?

「・・アレンが探していたわよ。」

「・・・・ありがとう。
 マリアは、ここで待ってて。アレンを呼んでくる。」

「呼んでくるって・・。
 きっと稽古の相手がいないって騒いでいるだけよ?」

「そうだよね。稽古サボっちゃった。」

「カイン・・?」

やっぱり変だ。
訳も無く、アレンとの日課の剣の稽古をサボるはずがないのだ。

「ごめんね。2人に話したい事があるんだ。
 待ってて。」

そう言って、カインはアレンを呼びに行った。
足取りはしっかりしていたが、その表情は見えなかった。

何かあったのだろうか。

ここ数日はアレンもカインも先日宣言したとおり、
修行に明け暮れていた。
その成果か、ロンダルキアの凶悪な魔物とも
互角以上に戦えるようになってきていた。

それに対して、カインも嬉しそうにしていた。

それが昨日の事だ。

浮かない顔をしていたが、どうかしたんだろうか?
でも、カインが自分から、私達に話したいと言ってくれているのだ。
それを待てば良い。

外から、がやがやと賑やかな声が聞こえてきた。

どうやらアレンが文句を言ってるらしい。

「なんだよー!
 話なら、そこですれば良いじゃないか!」

「まぁまぁ、外だったら寒くて落ち着かないじゃないか。」

そう答えるカインの様子は少し平常どおりに
戻っているようだ。

「ちぇ〜。」

まだ文句を言いたげなアレンはマリアもそこにいるのを見ると、
適当な場所に腰を下ろした。
カインもそれに倣って、適当な場所に腰を下ろした。

「2人とも、忙しい所ごめんね。
 どうしようかと悩んでたんだけど、2人に言っておきたいことがあって。」

「・・・なんだよ、改まって・・。」

アレンは妙に緊張した様子だった。
何かあれば自分に話せと、今まで口をすっぱくしてカインに言ってきたが、
こう改まって「話したい事がある」などと言われると
何事かと思った。

「カイン、気遣いは無用よ。
 なんでも話して頂戴。今日あなた少し様子が変よ?」

「変かな・・。
 あのさ・・言ったから、どうなるって話じゃないんだけど、
 今朝サマルトリアから手紙が来たんだよ。」

そう言ってカインが何枚かの紙を取り出した。

なるほど、手紙に間違いないようだが、
何故かその便箋は、妙に所々破れているものがあったり、
そうでないものがあったりと、
バラバラな印象があった。

「ああ・・伝書鳩な。
 俺とお前でこの間、最後の決戦を前にって
 手紙を書いたんだよな。その返事か?」

アレン達はルーラを使って、
海からでも、こんな陸の孤島からでも、
普通は届け得ない手紙を出すことが出来る。

アレンとカインは無事の報告と
最終決戦が近いと言う内容の手紙を出していたのだ。

「これはその返事で・・
 それからこっちは、僕らがロンダルキアの洞窟にいたときとか
 何度か手紙を送ろうとしてたものみたい。
 中々手元に届かなくって、ボロボロになっちゃったのもあるんだけど。」

ああ・・とボロボロの便箋の理由を納得した。
それはどうだっていいのだが、
問題は書かれていた内容だ。

「そこに書いてあったんだけど・・・・
 少し前に母さまが亡くなられたみたいだ。」

「・・・・えっ・・。」

「そんな・・!本当なの!?」

アレンは思わず言葉に詰まり、
マリアはその真偽を正そうとした。
が、それにはカインは困ったように笑うだけだった。

「嘘だったら、嬉しいんだけどね?」

「ご・・・ごめんなさい。」

思わず謝ったマリアに、カインは「気にしないで」と首を振った。

「いつなんだ・・?」

「それが、結構前みたいなんだ。
 僕らが洞窟に入るかどうかって頃じゃないかな。
 だから・・・まぁ・・・どうしようもないんだけど。」

「そ・・・そうか・・・。」

どうしようもないと言うのは、
祠についてすぐ急いで帰ったところで、
母にはもう会えなかったと言う意味だろう。

いや、アレンは少し腑に落ちなかった。

「や・・・いや、どうしようもないって事は無いだろう・・!?」

「何が?」

カインは、アレンのその勢いに、思わず顔を上げた。
そしてアレンは今思いついたことを、口にした。

「お前にはザオリクがあるじゃねえか!
 今からサマルトリアに帰っ・・」
「無理だから!!」

アレンの思い付きを、最後まで聞けないと言う風に
カインは途中で遮った。

「な・・なんだよ・・・?」

「ごめんアレン・・・。おっきな声だしたりして。
 ザオリクは出来ないんだ。父さまからも言われている。
 あれは全てのケースで使える魔法じゃないんだよ。」

「そ・・・そうなの・・・か?」

こと魔法については、アレンは正直なんのアドバイスも出来ない。
マリアが口を挟まないところを見ても、
何故だか分からないが出来ないらしい。

カインがぼそっと呟いた。

「分かってたことなんだ・・・。」

「・・・?」

何が分かってたことなのか、少し言葉が足りなくて
よく分からなかった。

「カイン、一旦サマルトリアに帰るのか?」

アレンはそうカインに尋ねた。
間もなくハーゴンとの最終決戦・・と迫っているが
事情が事情なので、仕方が無い。

「いいや。アレン、帰らない。
 今の時点で帰っても仕方が無いし。
 見て?手紙にも帰ってくるなって、何度も書いてあるんだ。」

手紙を指差しながら、
「なんか僕、必要とされてないっぽいよ」
などと笑って見せたカインをそんな訳あるかとアレンが叩いた。

「それで良いのか?
 お前が決めれば良い事だが・・。」

「アレン、だからね、これは僕の希望だけど、
 今日、これから出発しないか?
 ハーゴンの神殿はここから西南方向。
 歩いていっても半日もかからない。」

「こ、これから・・!?」

まさかそっちを希望してくるとは思わなかったアレンは少し驚いた。

「そして、ハーゴンを討つ。
 だから明日には、全て終わる。」

「終わる・・・って・・」

「そしたら僕ら帰るんだ。
 ほら、どっち道大して変わらないでしょう?」

まっすぐな瞳でカインはアレンにそう言った。
迷いなど存在しない、凛とした視線であった。

アレンの方がその視線にたじろいだ。

「じゃあ、明日が旅の終わりと言う事ね。
 結構よ。」

今まで黙っていたマリアが、ゆっくり立ち上がりながら
背後を向いてそう言った。

「明日で・・終わり・・・。」

なんだか、アレンは急に現実に戻されるような感覚があった。

昨日までは剣の稽古だ、修行だと、
自分達のレベルアップを実感しながら、
・・・・正直、こんな日々がもっと続くのだと思ったのだ。

旅の終焉と言う事は、
平和を取り戻すこと、それに加えて自分達の国へ帰ること。
アレン達は3人ともが国の跡継ぎの立場なので、
そうなるともう容易く会うことも難しくなる。

それについては、少し複雑な思いもある。

だが・・・。

「上等だぜ。」

アレンはニヤリと笑って見せた。

そんな日が来るのは分かっていた。
最初から分かっていた。

それより、カインがこんな風に強気に宣言するのは
成長した証拠だろう。
最初は、あんなに頼りなく、何事にも及び腰で弱かったくせに・・・。

そんなカインに負けたくは無かった。

「よし。じゃあ、俺も用意する。
 お前らも長期戦を覚悟して、準備しろよ。」

「うん、分かってるよ。」

カインの表情は、特に気負ってる様子も無かった。
こいつは自然体で最終決戦に挑むつもりだろう。

返事の無いマリアの方は?と振り向くと、
一瞬浮かない顔をしているかと思ったが、
首を一度だけふっと振ると、表情が変わった。
声に出さずとも、心に秘めた思いを、その雰囲気から感じた。

いよいよ宿敵を前にする事になり、
マリアの意識が変わったのだろう。



****

ハーゴンの神殿が歩いて半日程度だというのは、
一度、遠征がてらロンダルキア周辺を偵察を実施したので、
それで分かっていた。

偵察してみると分かったが、
ロンダルキアとは、本当に周辺全てを岸壁に囲まれており、
一面雪景色。抜け道などはどこにも存在していなかった。
まさに外界と隔離された世界であった。

一般の人間が紛れてやってくるというケースは有り得ないだろう。

しかし、では逆に何がここには存在するのかと思って探索したが、
意外とシンプルな構造であった。

祠から進んで、南には唯一外界と通じる洞窟が存在する。

そして岸壁に沿いながら歩き続けると禍々しく聳え立ち、
一瞬塔かと見間違えそうになる
神殿が存在していた。

中までは足を踏み入れていないが、
アレン達はそこがハーゴンの神殿であると考えていた。

一度来ていたおかげで、道に迷うことも無く進むことが出来た。

そして道中の魔物たちにも、
稲妻の剣を持ったアレンは力負けすることなく、
カインはアレンともマリアともコンビネーションが絶妙であり、
マリアは彼らから一歩下がった所から
冷静な目で攻撃・回復共に戦いを支援していた。

ここに来てから、
何度も命の危険にさらされたロンダルキアの魔物であったが、
十分戦うことが出来るようになったのだ。
逆に言うと、3人で戦えば、これからの神殿内でどんな強敵が出ても
正直負ける気がしなかった。

「よし・・・いくぞ・・・・。」

アレンの声に、カインとマリアは頷いた。

「分かったわ。」

「行こう。」

いつもこうやって3人はどんなダンジョンにも挑戦してきた。

だが、それも・・きっと今回で最後だ。

そんな思いとともに、
アレン達は薄暗い神殿へと足を踏み入れた。

しかし、その先に広がっていたのは、意外な風景であった。





- 続く-

2013/05/12
▲

     
     いよいよ最終決戦です。
     「明日で全てが終わる。」の言葉どおり終わってくれるでしょうか、ドキドキ。
     しかし、やっぱりと言うか、内容的には目的地にたどり着いてないですね。
     うちの長編小説の第1話いっつもそうだ(笑)
     笑ってる場合じゃなく、少し暗い雰囲気の話でスイマセン。
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