ベラヌール5

街は、騒々しく人々が行き交い、賑わっている。

夢を見るにはまだ外は明るすぎるし、
夢を見ているわけでもない。

目蓋を閉じれば、
あの熱さ、あの明るさ、そしてあのときの表情全てが
はっきりと脳裏に浮かぶ。

「はぁぁ・・・・。」

アレンは大きく息を吐いた。

目の前でカインが炎に包まれた。
成すすべもなく自分は見ていただけだ。

大口を叩いて、カインを止めると言ったのに、
何も出来なかった。

悔しいとも思うし、情けないとも思う。
それと同時にカインの行動が予想を超えていて
目を瞠った。

「ああ、もう俺・・馬鹿だなあーー。くそっ。」

ってか、気持ちの整理がつかないまま
がむしゃらに走ってきたけど、ここはどこだ?

顔をあげると教会が見える。
ああ、カインを一度連れてきて匙を投げられた教会だ。

教会で神に祈るか?

は。馬鹿馬鹿しい。

神ってものは、この世にいるんだろうか?
いや、いたとしてそれは人の味方たる存在なんだろうか?

そんな事をふと思ってしまう。

時折、世の中には神も仏もいないんじゃないかと
思ってしまう。

何気なく教会の扉に手を伸ばしたアレンであったが、
それを止める者がいた。

「今更、何を馬鹿馬鹿言ってるの?」

振り返ると、やや息を切らしているマリアがそこに立っていた。
マリアは皮肉げに口を開いた。

「どこに行くのかと思ったら、まさかの神頼み?」

「お前、なんでここに!違えよ。
 意味なんてねえよ!」

アレンは扉からパッと手を離した。

「そうよね。まさかあのアレンがね。」

妙にとげのある言い方をする。

「なんだよ。そんな事言いに来たのかよ。
 そうだよな。無様な俺を笑いに来たのか。」

思わずアレンの言葉もつっけんどんなものになってしまった。

マリアは、それを聞いて、
つかつかとアレンの元へと歩み寄った。

「ふざけないでっ!!」

言うのと手が飛ぶのが同時だった。
パンッ!!と小気味いい音がアレンの頬でなった。

「んな!?」

「痛くなんか無いわよね!?私ごときの力!!」

マリアは殴った拳をぎゅっと握り締めた。

「こんなところで腐ってないでよ!
 あなたが逃げてしまっては、
 私一人で・・どう・・した・・・ら・・・!」

下を見ているからその表情は覗えなかったが
声は震えていた。

「マ、マリア。」

必死になのも心細いのもマリアも同じだ。

「悪かった・・よ・・。ちょっと一人になりたかったんだ。
 カインは大丈夫なんだろう?」

「・・・・・・。」

マリアはその問いには答えなかった。
ベホマはした。確かに傷は治った。
だから、大丈夫なんだ・・とは言える状況ではなかった。

違うことをマリアは話題にした。

「カインの暴走は止められたようじゃない。
 やっぱり・・さすがね。」

「え?」

アレンは眉を顰めた。さすがと言われても・・。

マリアはあの場にいなかったから、
よく分かってないのだろうと思った。

「お前分かってないのかよ。
 カインの大火傷の理由。」

「そうね・・・。あなたがやった訳じゃないし、
 自分で・・ってところ?」

「そうだよ。あいつ・・・ザラキを止めようとして、
 そんで、あんな事を。」

歯軋りしながら苦々しそうにアレンが言った。
口にすれば自分の無能さに嫌気がした。

うつむき加減なアレンに、マリアはため息をついて
顔をあげるよう言った。

「いい加減に、そうネガティブオーラを発するの
 止めてくれる?
 こんな事いっちゃなんだけど、あなたね・・・
 上出来なのよ?」

「は・・・?」

上出来?何が?と言う怪訝な顔をするアレンに言った。

「相対してるのがあなたでなければ、
 カインは部屋を飛び出して、
 街はどんな惨状になってたか分からないわね。
 周辺に怪我人は出てないし、
 結論として、被害は・・多少室内が凹んだくらいよね?
 特に無いわ。」

中途半端なな戦力がカインを止めようと手を出そうとしても
下手をすると殺されてたかもしれない。
その点ではアレンだったからカインを止められたのだろう。

「でも・・・。」

「それに、カインだったから、
 あなたを殺さずに済んだんでしょうね。」

「え・・・、あ・・・。」

一度発されようとした魔法を止めるのは難しい。

アレンにはそれは実感できず、よく分からないが、
マリアがそれを言うのには特別な理由がある。

マリアは暴走する魔法を止められずに
ムーンブルクで取り返しのつかない悲劇を起こしている。

カインがアレンを思う気持ちが並ではなかったからこそで、
自分の身を燃やして止めるなどとは
半端な覚悟では出来ない芸当だ。

「二人が、・・あたなたち二人だったから、
 あのくらいで済んだのよ。
 ねえ、これ以上悲嘆にくれるの辞めてよ。」

マリアは、どこか寂しげに、
もう一度握りこぶしを作っていった。

「それとも。もう一発殴ってもいいかしら?」

「ちょ、ちょっと待てって!」

アレンは、マリアの肩をぽんと叩いた。

「・・それを言うなら、お前がいてくれたからこそだな。
 お前がいたから、ベホマしてくれて
 取り返しつかないことにならなかったんだもんな。」

は〜〜と今度はアレンは息を吸った。

「悪かったな。ちょっと頭冷えたよ。
 とりあえず・・・戻るわ。」

「そうして。」

ふふっとマリアは笑った。
アレンは元来た宿へと戻ろうとして、
ふと足を止めた。

「なあ、お前なんでここが分かったんだ?」

アレンが全力で走れば、マリアは追いつけはしない。

「なんとなく・・・。」

もしかして、アレンもこの場所に何かを感じ取ったのかと
思ったが、どうもそう言う様子ではなかった。

「そういえば、お前はどこに行ってたんだよ?」

「ええ、ちょうどこの先に行ってたんだけどね。」

「魔界と繋がってるとか言うやつか?
 どうだったんだ?」

「・・・・・・・。」

マリアは少し答えるべきかを考えた。
少なくとも伝えるべき今必要な情報は・・・・ないと判断した。

「何もなかったわ。」

「ええー。そうなのか?」

「・・・・今の私たちには何ともしようがないわ。
 岸壁が聳え立ち、先には進めそうになかった。
 禍々しい空気は立ち込めていたけどね。」

「そっかぁ。」

マリアはそれ以上のことは言わなかった。
アレンも何も追求しなかった。

「とりあえず、カインが気になってきた。
 一足先に戻るな。」

「ええ。」

アレンはどうも慌しい。
走ってここまで来て、走って宿まで戻るらしい。

マリアも今度は教会に足を踏み入れる気分ではなく
元来た道へと戻ることにした。

今アレンにぶつけたのは自分の八つ当たりではなかったか?
アレンだけでなく、マリアも今の自分の気持ちが
落ち着かなかった。

足取りも重たかった。

なんだろう・・・私たちは一人いなくなるだけで
これほど足並みが揃わなくなるのだろうか。

カインが心配だった。

だけど、ベホマをしたのが自分だからよく分かる。
回復なんてしてない。

アレンはどこか魔法を万能なものと思っている。
私もそう楽観していた部分があった。

きっと回復させられると思っていた。

だが、最強の回復魔法であるはずのベホマが
正直もう効果が無い。
とすれば一体どうすればいいのか?

アレンに悲嘆に暮れるなと言っておいて、
自分はどうだろうか。

ベホマをあと5回、いや10回でも100回でも
唱えれば治るというならいくらでもやる。
何か手段があるのであれば、
なんでもするのに・・・・。

とぼとぼと歩いていると、
マリアに小さな少女が話しかけてきた。

「おねえさん、どうしたの?
 悲しい顔をして。」







*****




宿はアレンが出て行ったときのままの状態で
静寂が部屋を包み込んでいた。

「アレン様、お帰りなさいませ。」

「あ?ああ。」

部屋に残っていた兵隊長がうやうやしく
アレンを出迎えた。

カインはベッドで眠っているようだった。
それにしても最近はカインの寝顔ばっかり見てる気がする。

「まだ眠ったままなんだな・・・」

「ええ・・・。」

マリアの話を聞いて気づいたカインの強さ。
このまま失ってしまうなんて嫌だった。

この街に手がかりが何もないとすれば、
次はどこへ行けば良い!?

世界は広い。
きっと手はあるはずだ。

たとえば・・・・・
あいつはどうだ?
竜王の孫ならば、人智を超えた知恵を
授けてくれるかもしれない。
会いに行ってみるか?

いや、待て。そう言えば竜王の孫は、
紋章を集めろと言っていた。
精霊ルビスの助けが得られると。

神も仏も信じられないと言うが
精霊ルビスの助けが得られるのなら、
今がそれだろう?

とすれば、残り2つの紋章を探しにいこうか?
幸いに1つは居場所が分かったし・・・。

アレンが頭をフル回転させていると
カインの手がピクリと動いた。

アレンは、慌ててカインに駆け寄った。

もしかして、またさっきみたいに暴走するかもしれない。

「おい!カイン!大丈夫か・・!?」

アレンの声かけに、カインはゆっくり目を空けた。

「ア・・・レン・・・・?」

薄く開いた目がこちらを見た。
弱弱しかったが、その目はちゃんと自分を捕らえていた。
さっきまでとは違う。

「そうだよ!!俺だよ。おい、大丈夫なのか?質問に答えろよ。」

「アレン・・・・。」

急き込むように問うてくるアレンにカインはふっと笑ったように見えた。
そしてアレンに向かって手を伸ばそうとした。
が、力が入らないようで、指がぴくりと動いただけだった。

「からだが・・動か・・ないん・・だ。
 きみが・・・無事そうで・・・・よかった・・・。」

途切れ途切れのカインの言葉にアレンは返事をすることも
出来ず立ち尽くしていた。

「も・・・う・・、ぼく・・・は・・駄目みたい。
 さぁ、ぼくに、構わず・・・行って・・くれ。」

馬鹿野郎!と怒鳴ってやりたかった。
だが、今にもその命の炎が消えそうなカインに対して、
喉まででかけている声が出せなかった。

「アレン様、サマルトリアに連絡を取った方が良いのでは?」

背後から声をかけてきたのは
状況を見守っていた兵隊長だった。

その言葉にカインも薄く頷いた。

「アレン・・・おねがい・・・だよ」

そうだ・・・。無事に帰ると約束していたのだ。

「サマルトリア・・に・・・ごめん・・って」

ごくりとアレンは唾を飲んだ。

今の今まで諦めるつもりなんて無かったんだ。
たとえば竜王のところへ行ってみようとか、
紋章を全部集めて奇跡を起こせばとか、
色々考えていたことがあった。

でも、それは無理だと分かった。
カインはもう息も絶え絶えで、旅に耐えられる状態じゃない。

カインを置いて、船でマリアと旅をしたとしても・・・
そんな悠長な時間は残されて無いだろう。

だとすれば、
きちんと故郷の家族へ連絡を出すことが、
最初から一緒に旅をしてきた今のこの自分に出来ること・・だろう。

親友として、また隣国の王子として・・。

こんなに苦しいことは今まで経験したことがなかった。
どんな化け物に殴られても蹴られても、こんな苦しみは無いだろう。

だけど、自分が無能だから助けられなかったのだ。
これくらいの事はせめて責任を持ってやらなければならない。

「わ・・分かった・・・。」

アレンはキメラの翼を取り出した。

確かこれを使って、手紙を飛ばすんだ・・。

アレンがその準備をしようとしたとき、
バン!!と部屋の扉が乱暴に開かれた。

静かだった部屋に何の暴漢が現れたのかと振り返った。
そんなもんに付き合ってやる気分じゃないと思ったが
やってきたのはマリアだった。

「カイン!アレン!!ねえ、聞いて!!」

マリアの顔は明るさと希望に満ちていた。
自分の通夜みたいな顔とは対照的だった。

「なんなんだ、お前は。
 うるせーんだよ。」

嫌そうな口ぶりとは対照的に
アレンはマリアが何を言うのか気になっていた。

「アレン、キメラの翼使うのは待って!」

キメラの翼を手にしているアレンを制止しながら
マリアは、カインの元に駆け寄った。
そして、その手を取った。

「マリ・・ア?」

戸惑うカインにマリアは嬉しそうに言った。

「あなたを助けられる手段が見つかったの!」

「え・・?」

「んな!なんだと!??」

カインも驚いているが、
アレンは何事かと言う勢いでマリアの肩を掴んだ。
手段さえあるのならば、何でもやる気持ちだった。

「痛いわよ。アレン。
 死者をも生き返らせるという世界樹の葉を見つければ!」

「なんだと!?世界中の葉・・・・!?
 世界中の葉っぱを集めるのか!?分かった!!」

アレンは鼻息荒く頷いた。

「いや、ちょっと待って。世界中じゃないわ。世界樹よ。」
 
「せかいじゅ?何、それ?」

「だから、死者をも生き返らせる伝説の樹木よ。
 どうやらそれが本当にあるらしいの!」

伝説上のアイテムと思われていたものだが、
どうやらこの街にはその伝説が本当のものとして伝わっていたようだった。
マリアはそれを街で聞くことが出来たのだ。
藁をもすがる思いであったマリアはその情報に嬉々とした。

「お待ちください。世界樹のことは確かにこの街では
 まことしやかに語り継がれていますが、その所在は不明。
 世界中のどこを探すと言うのですか?」

兵隊長が舞い上がってる二人に努めて冷静に声を掛ける。

「世界樹っていうのは、どこかの海のとある島で
 天にも届く巨大な一本の木に宿したたった一枚の
 奇跡の葉っぱだと言う事ですよ。」

「それは聞いたわ。」

マリアは頷いた。聞いて落胆することもなく、嬉しそうに。

「ねえ、カイン。あなた言ってたじゃない?」

「・・え?」

何の事かとカインは聞き返した。

「ザハンの手前だったわね。
 天にも届く木が一本だけ生えていて、
 それが枯れてしまっているって。」

「え・・?あ・・・・えーっと・・・?」

「言ってた!言ってたーーー!!!!」

当のカインはまだぴんとしてないようだが、
アレンは思い出した。

あの時、カインは嬉しそうに大発見した!といってたが、
木が一本枯れていたからってどうしたって
アレンは取り合わなかったのだ。

そのやりとりを思い出した。

「それだ!!それだろ!!世界樹!
 うわーーー!!!お前マジすげえ!
 大発見してんじゃねえか〜〜!!」

「え・・。ああ、あった・・ね。」

ようやくカインも思い出したらしい。
誰も興味を示してくれなかったあの巨木のことか。

「場所なら分かる。
 ミゲルに聞いて、最短で行って、一瞬で戻る!」

「ええ!!行きましょう!!!」

アレンとマリアは旅支度をしはじめた。

「ア、アレン様!お行きになるのですね。」

「ああ。すぐに戻る。
 すぐに戻るから、カインのこと頼んだ。」

「は!!命に代えても。」

アレンはその返事に頷いた。
そしてマリアと共に、再度カインの元によった。

「アレン・・・マリア・・・・。ほんとに・・行くの?」

カインはどこか心細そうな顔をしていた。

「すぐに戻るわ。カイン。待っていてね。」

「絶対世界樹の葉手に入れてくる!
 だから、絶対待ってろよ!」

アレンもマリアもカインの手をぎゅっと握った。
返す力はほとんど感じなかったが、
その目からは光るものが見えた。

「もう・・お別れ・・とおもった。
 うん・・・。絶対・・・待ってる・・・ね・・・。」

カインがそう言ったので満足げにアレンは頷いた。

三人は再会を誓い合った。

体力を温存するために、再び眠りに着いたカインを宿に残して、
アレンとマリアは一路、世界中の葉を目指して旅立ったのであった。





- 続く-

2012/04/18

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     何気ないことが、すごい助けだったりしますよね。
     書くのがとっても辛かった回でしたが、救いが見えて本当良かった!
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