「ここは・・・」
マリアが旅の扉で飛ばされた先は、大きな岩山が広がる野原であった。
見渡してみたところ、岩山に囲まれていて、先に進む道は無い。
要は行き止まりである。
「・・・・・・。」
だが、道を間違ったとは思わないのだ。
禍々しい空気はベラヌールの街にいたときより強くなっている。
少し歩くと眼前に毒の沼地が広がっている。
マリアは眉を顰めて、ため息をついた。
無理に進んでも、
その先にも道が開けているようには見えない。
これ以上探索しても、何も得られないだろう。
ここは、外れだったか。
一旦アレンたちの元に戻ろうと思ったとき、
風が舞い起きた。
「?」
風は周囲の土や緑を巻き上げて、
開けていた視野が閉ざされていく。
黄砂か?と思ったが、風は静まらなかった。
「なに、これ・・・!?」
マリアはいかずちの杖を手にした。
風を巻き起こして砂埃を散らしてやろうと思ったのだ。
だが、そんなマリアに話しかける声があった。
「ムーンブルクの姫か・・・。」
その声に、はっと振り返った。
低いその声は、誰の声であったか。
だが、記憶のどこかで聞いたことがあるような気がした。
「誰!?何者なの?
出てきなさい!」
目を凝らして声の主を探そうとするが、
今や小さな風が竜巻のように激しく舞い上がり、
その人影の姿を捉えることが出来ない。
「国を亡くし、家族を亡くし、
何も残されない状態で、よくぞここまで来たものだ。
運命を受け入れる覚悟は出来たか?」
「なんですって・・?」
竜巻の轟音が舞い起こる中、
その声だけは妙に耳に響いた。
マリアの心がざわつく。
「お前たちの言う運命になんて、私は従わないわ。」
「・・従わない?」
毅然としたマリアの返答に、声は疑問を呈した。
「そうよ。
我が国が滅ぼうと、家族を失おうと、
それが私の運命だとするのならば、
私は運命に抗う!」
「ほう・・・・。」
マリアはある一つ推測を立てた。
この声の主は・・・。
「だから、いくら私を脅そうとも無駄よ!
出てきなさい!
ハーゴン!!」
姿が見えている訳ではない。
はっきり分かる訳ではない。
だけど、この生み出された禍々しい空気と
周辺の変化。
そして記憶のどこかで、
聞き覚えのあったこの声。
いつも自分たちを暗澹とした世界を連れ込もうとする
あの存在に違いない。
「何か用があるようだな。」
声の主は、マリアの言葉を否定しなかった。
「そうよ。用があってここまで来たのよ。
カインにかけた呪いを解きなさい!」
「なるほど、私を倒せば呪いは
解けるだろう。」
「!」
相手はそれを認めた。
なら話は早い。
相手の姿が見えなくても、
この魔法なら全てを吹き飛ばすことが出来るはず。
マリアは全魔力を杖に集中させた。
ハーゴンを倒す。
それは私の本懐でもある。
なら、私のやるべきことは唯一つ。
この魔法に私の魔力の全てを込めて、思いの全てをのせる。
「・・イオナズン!!!!」
覚えたばかりの極大爆発魔法は
確実に周辺に大爆発をもたらした。
近くにいるもの全てに大きなダメージを与えられる破壊力だ。
だが、パラパラと舞い起きた砂埃が
落ち着いて周辺を見渡すと、
人影らしきものは何一つ見当たらなかった。
「・・・・!?」
確かに、ハーゴンがいたはずなのに・・。
マリアは左右を見渡した。
相変わらず周辺は岩山に囲まれ、眼前には毒の沼が広がる。
「まぼろし・・・・だったの・・?」
それとも白昼夢でも見たのであろうか。
マリアが肩を落としたとき、
あの声が再度聞こえてきた。
「そんな魔法は私には届かない。」
ハッと顔を上げたが、やはり人影は無い。
声だけが聞こえる。
「だが、一つ教えてやろう。
我が呪いを解く方法は一つではない。」
「!!どういうこと!?」
「・・・そうだな。来れるものなら、我が元に来るが良い。
姫の言うとおり、運命に抗ってな。
ロトの子孫よ。」
声はそれだけを告げると、何も語らなくなった。
「ま、待ちなさい!!!」
マリアは声を追おうとしたが、
もう何も聞こえなかった。
*****
バン!!!
狭い室内に激しい衝撃音が起きる。
アレンが部屋の壁に叩きつけられた音だ。
「アレン様!!」
兵隊長がアレンの身を案じて駆け寄ろうとする。
「来るな!お前は俺が言ったことだけやってろ!」
だが、アレンはそれを拒否した。
実は先ほどから何度か同じやり取りが行われている。
しかしアレンは決して手出しを許さなかった。
ただ、狭い室内での戦いが騒ぎになるとまずいため、
宿の他の客や、宿の主を眠らせて置くように指示を出していた。
一人の人間を眠らせるのと違って
広い範囲にラリホーするというのは
多くの魔法力を消費させる。
アレンはそれ以上の事は、兵隊長に求めなかった。
「いってーな。くそ。」
アレンとカインの戦いは、
アレンが圧され気味であった。
しかしそれは無理も無かった。
ロトの剣を持つカインに対して、
アレンは武器は持とうとしなかった。
武器は無かったわけではない。
だが、ドラゴンキラーのような武器では
アレンの一撃では、カインに致命的なダメージを与えてしまう。
ベホマの使い手のマリアもこの場にいない状況で
アレンにそれは出来なかった。
ロトの盾を使って、アレンは致命傷を避けつつも
決定打に欠けていた。
「カインの馬鹿野郎!室内で剣を振り回すなんて
いくら俺だってしねーぞ。」
そう話しかけてみても、カインは反応を示さない。
瞳は開いているし、こちらを見ているが、
意識は自分を捕らえてはいない。
だが、戦ってみて思った。
カインの腕力は自分に劣ると思っていたが、
その分動きが素早かった。
その上・・・・。
「うわっ!?」
背後に回りこまれたと思ったら、
カインに首根っこを引っ張られ、引き倒されそうになる。
「お前!どんな捨て身の大雑把攻撃だよ!?」
バランスを崩したアレンにロトの剣が襲い掛かってくる。
中々、むちゃくちゃな攻撃だ。
「くそ!!」
盾で攻撃を防いだと思ったら、
今度はカインの空いたほうの手で正拳突きが振ってくる。
「なんだそりゃ!!」
何とか身をよじってそれを避けた。
そしてカインの身を蹴り上げて、さっと身を起こした。
体制を整えなおして、息を整える。
どこの狂戦士の戦い方だ?
こんな戦いカインはしない。
いや、俺が知らないだけだろうか?と思って
カインを見た。
「・・・・おい・・!」
思わず、アレンは声を上げた。
カインが先ほど床を殴りつけた手からは
赤い血が滴っている。
見ると床が少し穴が開いている。
武道家でもないのに、素手であんな真似をしたら
そりゃあ、血も流れるであろう。
やっぱりこれはカインの意思など、どこにも無い。
どんな戦士でも武道家でも戦うときは、
どこか自分の身まで傷つけないようセーブするものだ。
今のカインはそれが無い。
このまま戦わせておいたら、
勝利云々より、体がどうなってしまうか分からない。
大体、そもそもカインの今の体は
とても万全の状態ではないし、
やせ細り、本来立っているのも難しい状態だったはずだ。
とりあえず、悠長に戦ってる場合ではない。
それにしても厄介なのは、あのロトの剣だ。
こっちは武器を持たないのに、
あの剣で勢い余って襲い掛かってこられたら、
防戦一方になってしまう。
「まずはあの剣を何とかするか。」
奪い取って、一旦どこかへ投げ捨ててやろうかと思った。
アレンはカインの持つロトの剣を目掛けて駆け寄った。
「!」
カインはこちらを認識すると、
剣を片手上段から振り下ろした。
大した威力ではない。
アレンはロトの盾でその一撃を食い止めると、
右手でその刃を上から押さえた。
「カイン、剣を離せ!!」
とりあえず、そう言ってみるが、
まぁ、そう易々とは剣を手放すわけは無い。
こうなれば力付くだ。
「よこせってーーー!!!」
無理やり、ロトの剣を引っ張ろうとした。
ロトの剣はギリギリと嫌な音を立てていた。
アレンが再度力を入れたその時だった。
ガキンッ!!と鈍い音がした。
「あ!??」
「え?」
一瞬何が起きたかのか分からなかった。
目の前に起きたことの意味が分からなかった。
いや、だって・・・ロトの剣ってさ、何か知ってるか?
勇者ロトが使っていた伝説の剣なんだぜ?
そうだよな。伝説の剣だよな。
そんな事を考えてから、
一度目をぎゅっとつぶって再度目を開けた。
しかし、やはり目の前の光景が変わらない。
「う・・そだろーー??」
アレンの右手にはロトの剣の刃がある。
カインの右手にはロトの剣の柄がある。
両者は繋がってはいない。
そう、ロトの剣が折れたのだ。
「げーーーー!!折れた!?折れた・・!??
嘘だろ!!」
アレンは思わず叫んでしまった。
確か、デルコンダルでロトの剣にはヒビが入っていたのだ。
無理なことをしてしまったせいだろうか。
自分がロトの剣を折ってしまった。
アレンが呆然としていたとき、
カインが不意に口を開いた。
「アレ・・・ン・・・?」
何だか久しぶりにカインの声を聞いた気がした。
「え?カイン?」
ふと見上げると、
カインは折れたロトの剣に下ろしていた視線をあげて
アレンの方を見ていた。
「・・・・あ、悪い。折れちまった、ロトの剣!」
思わずそんな風に謝ってしまったが、
いやいや。そんな事より。
「お前、意識戻ったのか!?」
「ア・・・レン。そんな事より、逃げて・・・!」
カインは折れたロトの剣のことなど、
何ら気にもしないように剣を手放した。
「なんだ?どうしたんだ?」
思わずカインの肩をつかんだアレンであったが、
カインは大きく首を左右に振った。
「いいから、僕に近づかないで!
逃げて!!早く!!早く、アレン!!」
「え?」
アレンは何が起きるのか頭で認識するより早く
その危機を体が察知して後ろに飛びのいていた。
「うわっ!」
もう少し、動きが遅ければ
わき腹が焼き焦げていたかもしれない。
カインの左手から炎が放たれていたのだ。
「ギラか!!」
そう言えば、さっきまでカインは魔法は使っていなかった。
何故使わなかったのは分からないが、
もしかしたら魔法は精神が伴わなければ使えないのかもしれない。
今一瞬意識が戻ったせいで、
魔法が使えるようになったのかもしれない。
まぁそんな真実は、今のアレンにはどっちでも良かった。
カインから剣を手放すという目的は達成できたのだ。
まぁ魔法は少々やっかいだろうが、
ベギラマにはちょっと気をつける必要があるが、
ギラやマホトーンなんかは、アレンには効かない。
これは自分に有利だとアレンは考えた。
だが、それは間違いだった。
あれこれと考えている間にも炎が飛んでくる。
アレンはロトの盾でそれを防いだ。
「アレン!アレン!!」
カインは何度も自分の名を呼んだ。
「大丈夫だ!全然ダメージはない。」
ロトの盾で炎を防げば
ベギラマであっても致命傷にはならないだろうと思った。
だがカインは震えるように首を振った。
「違うよ、逃げて!
アレンを殺したくない。逃げて、逃げて!」
必死のその叫びにアレンはハッとした。
「え・・・?殺すって・・・」
カインの左手が黒い光をまとっていく。
あれは・・・あの魔法はなんだったか。
まだ何度かしか見たことがないし、
その理論もよくは分かっていないが、
効いた場合は問答無用でその生を奪う魔法。
「それ・・・ザラキってやつか・・!?」
言っておきながら、アレンはふと左右を見渡した。
手にはロトの盾。強力な盾だ。
どんな攻撃をも防いでくれるだろう。
が、この魔法はどうなんだ?防げるのか?
いや、盾で防げる魔法じゃないだろう。
アレンが何となく知ってる乏しい知識によると、
これは百発百中の魔法ではないはずだ。
効かなければ、何のダメージも無いのだ。
そうだ、効くわけがない。
だから死ぬわけがない。
と、頭ではそう考えるのだが、
だけど、どうすれば防げるのか分からない。
思わずごくりと息を呑んだ。
そんな魔法恐れるな、と思うのに、
自分には何も出来ないのだ。
カインはそんなアレンの様子を見ると、
ぎりっと歯を食いしばった。
「心配・・・しないで。
アレンを殺しなんて・・・絶対・・・しない・・・からっ!!」
カインは魔法が発動しようとする左手を
反対の手で押さえた。
そして、一息に叫んだ。
「ベギラマッ!!!」
その叫びにしたがって、大きな炎が起きた。
「え・・・!何?!」
何が起きたのか一瞬分からなかった。
炎はアレンに向かってくるわけではない。
どこにも向かわない。
失敗なのかと思ったが違った。
右手から発された炎は、
ザラキが発されようとしていた腕ごと燃やした。
「あ・・・・!!」
アレンはようやくその意図を理解した。
そうだ、わざと燃やしたのだ。
ザラキを止めるため、カインは自らの身体を焼き尽くそうとしたのだ。
「ば・・・・馬鹿!!!」
ベギラマの炎があっという間にカインの身体全身を覆い尽くした。
そしてゆっくりとカインはその場に倒れたのだ。
それは一瞬の出来事だった。
アレンには何をすることもできなかった。
「お・・・い・・・・。」
その場に膝を付いて、カインを揺り起こそうとした。
ぐったりとした体は何の反応も無く、
首はだらっと後ろに垂れた。
「アレン様!!
このままではカイン様が死んでしまいますぞ!」
今まで見守ってきていた兵隊長がアレンに叫んだ。
「う・・・・そだろ?何・・?何やってんだよ・・!」
その声は、アレンの半ば放心仕掛けていた心を呼び戻したが、
まだ頭が整理できなかった。
だけど、今腕に中にいるカインの鼓動が徐々に弱くなっていくのを感じた。
「待てよ・・・。ちょっと待てよ。
俺・・何も・・・・・・・」
何も出来なかった。
それが事実であった。
ああ、だけど、それが事実だとしても
それすらもどうでも良かった。
アレンは、か細い声で誰かに祈った。
「ホイミを・・・誰か・・・。」
誰でも良いから、誰かカインを助けてくれ。
言われるよりも早く、兵隊長はカインに回復魔法をかけていた。
だが、初歩のホイミでは追いつくダメージではなかった。
「駄目だ、そんなんじゃ。
もっと・・・強い魔法じゃなきゃ。くそっ。」
アレンは思わず、もう一人の仲間の名前を叫んだ。
「マリア、マリアどこだ!どこにいるんだよ!?」
アレンは叫び続けた。
「助けてくれ!マリア!!マリアーーー!!!」
半狂乱のように叫んだアレンの声が聞こえたのだろう。
宿から出ていたマリアがその声を聞きつけて
慌てて戻ってきてくれた。
「アレン?どうしたの?大きな声を出して・・・。」
そう言いつつも、部屋に入るなり、その惨状は
マリアの目にも入った。
「カイン!?え・・・何があったの!?」
全身焼き焦げて、ピクリともしないカインは
生きているのかも分からない様子だった。
「マリア・・・。
マリア、お前・・・。お前どこに行ってたんだよ!!」
せっかく来てくれたマリアに喜ぶどころか
アレンは怒鳴り散らしていた。
「ご、ごめんなさい!!
待って、すぐにベホマをするわ!!」
言うなり、マリアはカインにベホマをかけた。
カインに反応のない間中、
その部屋の中の空気は凍りつくようであったが、
徐々にマリアの魔法の効果があったようで、
火傷だらけの身体は、綺麗に癒されていった。
「ああ、良かった。脈もしっかりしてきました。」
兵隊長がその状態も確認した。
どうやら、危機は脱したらしかった。
「良かったわ。」
マリアもほっと息をついた。
しかし、この惨状は一体何事であろうか。
見るとロトの剣が折れているではないか。
「アレン、大変なときにいなくてごめんなさい。
一体何があったの・・・って、アレン!?」
マリアがアレンに話しかけようとしたとき、
アレンはそれを振り払って、
部屋から飛び出してしまった。
「アレン!?ちょっと、アレン!!!」
何も言わずにアレンが出て行ってしまった。
これは一体どうしたものか・・・。
カインはとりあえずは大丈夫のようだ。
だが、一向に目を覚ます様子は無い。
ベホマをしたのに、この様子はおかしい気もする。
「マリア様、この場はとりあえず私が。
アレン様を追っていただけませんか?」
マリアが考え事をしていると
兵隊長が話しかけてきた。
「え?」
「私も多少の魔法には心得があります。
どうか・・・アレン様を追ってください。」
アレンの事である。
きっとすぐに戻ってくるんだろうと思うが・・・・。
「分かったわ。」
マリアは、アレンの後を追うことにした。
- 続く-
2012/03/30
▲