「おーい。入るぞー。」
アレンは室内に向かって声をかけたが、
耳をすませど返事が聞こえない。
「・・・・・・あけるぞ。」
返事が聞こえないが、アレンは船室の扉を開けた。
大体この部屋はアレンとカインの共用なので、
扉を開けるために、アレンがカインの許可を得る必要は、
ないと言えばない。
ずかずかと勝手知ったる部屋の中へと入っていく。
また、カインがいなくなってたりしないものかと思ったが、
今回はちゃんと船室の寝台で横になっていた。
「よぉ。いたな。
飯を持ってきたんだ。食わねえか?」
「・・・・やぁ。わざわざ・・ありがとう。
そこに置いておいて。」
寝転がってるカインはこっちを向きもせずに、
そう言った。
「おーい。寝てんのか?
起きろって。お前飯食ってないだろ?
吐いてたし。腹減っただろ?」
「ああ、うん。どうもありがとう。」
「・・・・・・・。」
ありがとうと言いつつ、やはり起きるつもりは無いようだ。
「おい。起きろって。
とりあえずこっち向け。」
アレンはカインの手を引いて無理やり体を起こさせた。
「ちょっと、何するの。」
カインはマントや法衣も脱いで軽装であった。
それは良いが、どうも疲れているのか
表情がさえなかった。
「君が、じっとしてろって言うから、じっとしてるんじゃないか。」
「それは重畳。」
「なんだい、その言葉。」
アレンが珍しく難しい言葉を使ったので、
思わずカインはそのおかしさに笑った。
起きてみると、アレンがいくつか皿を持ってきていたのが目に入った。
「飯な、飯。
これ、卵入りのお粥と、それから果物。」
「・・・・・・誰が作ってくれたの?」
「粥はマリアが。
それ以外は俺だぜ。って切っただけだけどなー。」
ハハ、とアレンが笑って言った。
妙に不均一で小さくなってるりんごはアレンが切ってくれたらしい。
「ありがとう。嬉しい・・・です。
マリアはどうしてるの?」
「もう自分の部屋に行っちまったぜ。
お前が起きてくるのかと思って、結構待ってたんだぜ、俺たち。」
「そうだったの?」
「知ってる?もう真夜中なんだぞ?」
「・・・・・・そう。」
ここは外の日差しが入らない。
どうやらもうかなり夜も更けているらしい。
「ほら、喋ってないで食えって。」
「うん・・・・・。食べとくから、もうアレンも寝たら?」
カインがそう言うと、
アレンは、ていっとカインの頭を叩いた。
「痛い・・・。」
「ぐだぐだ言ってないで、早く食え。
そしたら俺も寝るよ。
明日にはもうベラヌールに着くらしいし?」
「・・・・・・・・。」
「だから、早く食えって。」
取り付く島も無いアレンと
一向に箸に手を触れようともしないカインは
平行線であった。
アレンは大仰にため息をついた。
「なんで食わないんだよ。
理由を言えよ。ちゃんと。
俺には隠し事をしないって約束したじゃないか。」
「そう・・・だよね・・・。」
カインは自らの目を覆うようにして恐る恐る言った。
「せっかく食べても・・は、吐くんだよ。」
「・・・・・・・なんでだ?」
「なんか、変なんだ。
変なのが見えるんだ。」
「変なのって?」
「皆いなくなるんだ。皆倒れちゃってるんだ。
僕、気が付いたら一人になってて・・・。」
うーんとアレンは首を傾けた。
マリアが言ってた話が本当だとすると、
カインが言ってることはあながち間違いでもないってことだが・・。
アレンはあえて何食わぬ顔をして答えた。
「そういうのな、なんて言うか知ってるか?」
「何?アレンは何か知ってるの?」
カインは上目遣いでアレンを見た。
アレンは大仰な身振りで答えた。
「夢だよ、夢。白昼夢。
特に身体の調子が悪いときは、気が弱くなって
そういうの見るらしいぜ。」
「・・・・・・・・・・。」
「本当だって。マリアだってそう言ってた。」
「・・そう・・・なのかな・・。」
「そうなのだよ。」
うんうん、とアレンは頷いた。
カインは訝しそうにしているが別に反論はしてこなかった。
「まぁ、とりあえず食えよー。
俺マリアからもちゃんと食うか見張っとけって言われてるんだ。」
「だから、食べられないんだって。」
「食えるだけで良いんだって。
ひとっくちも食えないってことないだろ。
マリアが作ったんだぞー?」
「そ、そんな風に言わないでよ。」
困ったようなカインにアレンは助け舟を出すべきか悩んだが、
結局何もしなかった。
「俺が食わせてやろうか?
そういうのお前は嫌だろ?」
カインはちらっとアレンを見ると
諦めたように、右手で匙を持つと
震えながらも自分で手で粥を口に運んで
ごくんと飲み込んだ。。
「うまいだろ?俺も食ったんだけど旨かったんだ。」
「おい・・しい・・よ。」
久々に食べた食べ物は
ほのかに卵の甘みがして、温かかった。
「だろ?
それにしても何かお前小さな子供みたいだな。
飯食わせるのに、こんな手が掛かるなんてさ。」
「・・・・・・・・・・。」
「まぁ、今に始まったことじゃないか。
お前が手が掛かるなんてのは。」
アレンは一仕事終わったとばかりに
背伸びをした。
「本当だよね。アレンには迷惑をかけてばっかりだ。
アレンじゃなかったら、僕なんかここまで来れなかった。」
何を言い出すのかとアレンはカインを見た。
「君はやさしいね。」
「は?」
「僕はアレンに甘えてばっかりだよ。
だけど、こんな役立たずいらないって言うなら
いつでも僕は出てい・・・・・痛!」
話が終わらないうちにアレンはカインにデコピンした。
むーっと頬を膨らませて怒るカインの気持ちは分からなくもない。
だが、反論はこっちがしたかった。
「ふざっけんなよ。お前の身体が元気だったら
本気でぶん殴ってたところだ。」
アレンは立ち上がって反対の壁を殴った。
カインもびっくりしてその様子を見守っていた。
「あーもう、むかついた。
悪いけど、お前が足を引っ張るのも今に始まったことじゃねえ。
そんなの俺は一番よく知ってるんだよ。
だからこんな中途半端なところで出て行かれたら困るんだよ。」
「アレン・・・・。」
「よし、俺決めた。
お前を元気にしたら、本気で一発ぶん殴る。」
「え・・・。」
何とも物騒な事を目標に掲げたアレン。
「決めたぜ。
お前を追い出すくらいだったら、お前をぶん殴る。
どんだけ俺に心配かけさせてんだと思ってんだ。
うん。決めた。良いよな?」
「えーー・・・・っと・・」
蒼い顔をさらに蒼くしながら、カインはしぶしぶ頷いた。
「言っとくけど、お前に拒否権ないからな。」
「分かったよー。全く俺様だなあ、アレンって・・。」
困ったような顔をしつつも
いつも通り振舞ってくれる、それこそがアレンの優しさだと知っていた。
カインはその後半分ほど食べて結局匙を置いてしまった。
どうやら本当に食べれないようなので、
これ以上は何も言わなかった。
朝にでも食べろと言って、
そのままその夜は手付かずの皿を置いておいた。
その夜。
アレンは寝台に転がりながら
眠れぬ夜を過ごしていた。
マリアの言って事は、嘘じゃないかと言うのがアレンの実感だ。
確かにカインの呪いは進行しているらしい。
食事をしている様子からしても
今は小さな匙を口に運ぶだけでも大変そうだった。
武器なんて持てやしないだろう。
このまま動けなくなってしまう可能性も高かったが、
幸いに明日にはベラヌールに着くと言う。
ぎりぎりその点においては間に合うと言えるだろう。
何事も起こらなければ良い。
マリアの言ってた話が本当である証しは、何もないのだ。
まどろみながら、何となくそんな事を考えていたアレンは
ふと、何かの音で意識を揺り起こされた。
音は下で寝ているカインの寝台からしていた。
がたっと音がなった。
思わず下の寝台を覗き込むと
カインがどこかへ行こうとしていた。
「?」
物も言わず出て行こうとするカインを不審に思って
アレンは後を追いかけることにした。
その時、高波があったのが船が大きくぐらっと揺れた。
「おわっと。」
思わず壁に手をついて体を支えた。
高波は一度だけだったようだ。
船の揺れはすぐに収まって行った。
「・・あれ・・?」
見ると、すぐそこにいたはずのカインがいない。
慌てて追いかけると、
どうやら外に出ようとしているらしく
甲板への階段を上っていた。
「おい。」
アレンがカインの手をひくと、
カインは大きく手を振ってそれを振り払おうとした。
「え、ちょっ・・・!?」
アレンはその勢いに振り回せされて
ドンっと背中を打ちつけた。
「な、何するんだよ。」
返事をするでもなく、カインはアレンを虚ろな目で見ていた。
「カイン・・・・!!」
呆然とした様子のカインを呼び覚まそうと
アレンは大きな声でカインを呼んだ。
「・・・・・・ア・・・・レン・・・?」
「お前何してるんだ?
こんな時間にどこに行こうってんだ!!」
「た・・・・す・・・け、て・・・。」
聞こえるか聞こえないかの声でそう呟いた。
「・・・え・・?」
カインはアレンの方へ手を伸ばして、足を一歩踏み出そうとした。
ほんの小さい声だったが、アレンにはその声が聞こえていた。
その虚ろな目はどこを見ているのか分からない。
でもカインは自分に助けを求めている。
その証拠に、その手はこちらに差し向けられている。
「お・・・おい!階段っ!!」
カインには階段も見えていないようだった。
アレンがあわてて手を指し伸ばすと
案の定、階段を踏み外すようにカインはバランスを崩した。
思わず倒れこむカインを抱きかかえた。
「どうしたんだよ!カイン!!」
アレンの呼びかけには返事がなかった。
カインは全体重を自分の預けて、もたれ掛かっていた。
そしてずるずると崩れ落ちていった。
「カイン?」
どうやら眠ってしまったらしい。
アレンは静まり返った暗闇の中で自分の心臓の音が
落ち着かないのを感じていた。
なんだ今のは。何だったのだろうか・・・。
一つ分かることは、カインが普通の状態ではなかったという事だ。
言っちゃ悪いが、自分でもバランスを崩したほどの高波で
今のカインがすたすたと歩いていくのもおかしいのだ。
「・・・???」
よく分からないが、マリアの言ってたことが当てはまるのかもしれない。
だが、今は相談するにもマリアも深夜で眠っていることだろう。
とりあえず、戻って休むことにした。
+++++
翌朝。
マリアは、早々に部屋を出た。
今日はベラヌールへと上陸する予定の日だ。
急ぐようにミゲルに頼んでいたから、
早ければ、午前中に到着するかもしれない。
「おお、姉ちゃんおはよう。」
「おはよう。どうかしら船は。」
「順調だぜ。もうじき着くかも。」
「それは良かったわ。」
言いつつマリアは調理場へと向かった。
まだ誰もそこにはいなかった。
「緑の兄ちゃん、いつもだったら
起きて飯作ってくれてる頃なんだけどなあ。」
朝食が用意されてない様子にミゲルがぼやいた。
「良いのよ。たまには休ませてあげて。」
そう言いつつもマリアは調理場の勝手になれていない。
何をどう作れば良いものかと思案に暮れる。
「確か、スコーンが余っていたはずよね。」
そんな事を言いつつ食在庫を覗き込んでいたとき
アレンが慌てた様子で入ってきた。
「あ、アレン。おはよう。
悪いんだけど、まだ朝食の用意が出来て無くって。」
「ああ、マリア。
それはいいんだけど、水と、なんか拭くものないか。」
「?はい・・・じゃあこれを。」
コップいっぱいの水と布巾を渡した。
アレンはそれを受け取ると、物も言わずに慌てて踵を返した。
その様子を心配に思って何事かと聞いてみると
アレンは複雑な表情で答えた。
「や・・あのさ、話をしてたら、また吐いちまったんだよ。」
「え・・?誰が?」
「誰が・・ってカインが・・・。」
「どうしたの?何があったの?」
アレンが話すには、今朝カインが目覚めたときは
おかしな様子はなかったらしい。
昨日の残った食事を食べるといって
アレンが昨夜用意してくれた果物にも口をつけていたらしい。
「でもさ、昨夜のこと、どうしたのかって聞いてみたら
急に頭を押さえて苦しそうにして・・・。」
「昨夜のことって?」
「ちょっとさ、いや、別に何でもなかったんだけど・・。」
アレンはカインが一人でどこかへ行こうとしていた
昨夜の出来事をマリアに話した。
「もうっ、どうして起こしてくれないの?」
「深夜だったし。」
「緊急事態に深夜も早朝もないわよ。」
「いや、緊急ってほどでもなかったから・・・。」
アレンも戸惑っているようだった。
言っていても仕方ない。
マリアもアレンについて
船室に入ると、くぐもった匂いがした。
カインは近くにあったバケツに嘔吐していたようだ。
見ると吐き気は収まったらしいが
荒い息遣いで、
まだ呼吸が落ち着いていなかった。
「カイン!大丈夫なの・・・!?」
マリアが駆け寄ると、カインは上気した表情で
チラッとマリアの方を見た。
「・・・マ・・リア・・。ごめん。」
「!?何が?」
「せっかく・・・・作ってくれたのに。」
ああ、自分が作った粥を戻してしまったことを
謝っているのだろうと分かった。
「馬鹿ね!そんな事気にしてる場合じゃないわよ。
水、水を飲んだほうが良いわよ。」
若干無理やりコップを手渡して
一口だけ水を飲んだ。
「もっと飲んだらどうだ?
あれだぞ、吐いたら脱臭症状になるって。」
「脱臭って何よ。脱水よ、脱水症状。」
アレンとマリアのそんな普段どおりの
やり取りを聞いて、少しリラックスできたのか
カインも少し笑った。
「ありがとう・・・二人とも。」
カインはそう言うと、手をつけてない果物を指差した。
「二人はご飯食べたの?
それ、手をつけてないから良かったら食べて。
って、こんな部屋で食べるの嫌だよね。
持って行ってくれたら良いから。」
アレンとマリアの二人は顔を見合わせると
アレンがカインの髪の毛の分け目のあたりをチョップした。
「馬鹿やろ。
変な気を使いすぎだっての。
大体これはお前の分だっちゅうの。」
「〜〜いたい。」
カインは叩かれたところを押されて不満げに唇を尖らせた。
そうこうしていると、
ミゲルがアレンを呼びに来た。
「お?もう着くって!?本当かよ。
分かった行くよ。」
どうやら目的の島にたどり着いたようだった。
「ちょっと見てくる。もう着いたみたいだ。
良かったなーー。」
嬉しそうにアレンは外を見に行った。
「良かったわ。カイン、私たちも行きましょうか。」
「あ・・・うん。」
カインは寝台から足を下ろすと
立ち上がろうとした。
が、停泊したばかりの船は不安定で床が揺れていた。
いつにもまして不安定な床に
落ち着かずふわふわと雲を歩いているような感じがした。
「だ、大丈夫・・?」
「う・・・ん。」
うん、と言いつつ二本の足で体を支えるには
どうすれば良いんだっけ・・と思い返すのが大変だった。
それより昨日まではもうちょっと歩き回れていたはずなのに
なんでこんなに体が言う事を聞かないのだろうか。
その様子を見ながら、
マリアは少し考えて、カインの手を取った。
「マ、・・・マリア?大丈夫だよ。」
その手を振り払おうとしたカインだったが
マリアは手を離さなかった。
「大丈夫じゃないでしょ?
あなたって前から思ってたけど、
私の前では、なんか強がってない?」
「えーー・・・・え?そ、そうだっけ・・って、え?」
急にそんな事を言われて戸惑うカインに
マリアは明るく言った。
「いつかあなたも言ってくれたでしょう。
私を支えてくれるって。
私だって、あなたことを支えることくらい出来るんだから。」
「マ、マリア?・・・・あーーーー、うん・・。」
「何よ、その反応。」
くすっとマリアは笑った。
要は、ふらふらしている自分を支えてやろうという事だ。
肩を貸してもらって、カインは歩き出した。
歩いていると、本当に足元が不安定だった。
ミゲルもそんな様子を見て
口を挟んできた。
「女の姉ちゃんだと重いんじゃねえか。
俺も街まで手を貸してやろうか?」
「いや・・いいよ。」
丁重にその申し出を断ろうとしたカインであったが、
目の前に階段が見える。
良く考えると、階段を上ったって、街まではさらに遠い。
どうやっていったらいいだろうか?とちょっと不安になった。
そう思ったとき、アレンが双眼鏡を片手に戻ってきた。
「ベラヌールって街、すぐそこに見えるぜ。」
どうやら一足先に街の様子を覗き見したらしい。
「あ、アレン。おかえり。」
アレンは、仲間たちの様子を訝しそうに見た。
「カイン、大丈夫か?
もう街に行くだろ?」
「あ、うん。行く。なんか船が揺れてて、
足元ふらふらで・・・。」
申し訳なさそうにカインが言った。
「揺れてってお前・・・・。」
昨夜の大波でもスタスタ歩いてたのに・・・
と思いつつ、それは言わなかった。
「まぁ良いや。
じゃあ、マリアどいてくれるか。代わる。」
「え、平気よ。」
「その調子で街まで行く気か?
日が暮れるぜ?」
確かにふらつくカインを支えながら歩くというのは
時間がかかるだろう。
「背負ってってやる。」
「えーーー。良いよ。そんなんで街に行くの?」
カインは首を振ってアレンの申し出を断った。
「あ、嫌か。じゃあ、これか?」
アレンは両手を前に差し出した。
「お姫様抱っこするか?」
「ちょっと!!い、嫌だよ!!なんで!!」
カインはさっきより激しく首を振った。
「だったら後ろで背負った方が良いだろ。
早く行きたいんだろ?」
即答しないカインをマリアも良いんじゃないかと促した。
「うーーー・・・・・・・ん・・・。」
アレンは渋々頷いたカインを手早く背負うと
軽々と階段を上っていった。
「あ、マリア、武器は一応持ってきてくれな。」
「分かったわ。」
マリアは頷くと全員の武器を手に持った。
そうして、3人は船を下りていったのであった。
- 続く-
2012/02/27
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