第32章アベノミクス前編①



1.BNF

2012年はBNFのニュースはほとんどありませんでした。
ネット上の噂と言うことで日本証券新聞のコラムに出たことがあります。



BNFは結婚したのでしょうか。
2chでは何度か噂になっています。





真相はいかに…なお、BNFは母親が保育園に勤務していました。

2012年5月にBNFは思わぬ訴訟に巻き込まれます。

BNFがチョムチョム秋葉原に次いで購入したビル、AKIBAカルチャーズZONEです。
その開店に関わるコンサルタントを請け負った建築士事務所が、東日本大震災に関連して追加の作業をしたため約2500万円の損害賠償を求めて訴訟を起こしました。

BNF側は追加の業務に関する契約が無いとして争う構えです。

https://media.yucasee.jp/11213/

この訴訟について「BNF氏とは連絡がつかず、コメントを得ることができなかった」とあります。
マスメディアにはもう出ないのでしょう。

この裁判の結果ですが、東京地裁は2013年4月に建築士事務所の請求を退けます。
追加作業の契約書が無く、争う事実がないということです。


https://media.yucasee.jp/13297/

ゆかしメディアによるとAKIBAカルチャーズZONEの年間賃料はおよそ4億円のようです。
ゆかしメディアはBNFのAKIBAカルチャーズZONEの購入価格は170億円と断定としていますが、これは根拠がありません。

2012年6月にはBNFが川崎汽船の大株主になっていることが明るみに出ます。




https://www.kline.co.jp/ja/ir/library/securities/main/05/teaserItems1/0/linkList/0/link/yukashouken2013.06.pdf



半年後の2012年9月30日付の第2四半期有価証券報告書にはBNFの名前はありませんでした(第1四半期報告書には大株主欄が無い)。
大株主欄には載ったものの長期投資ではなく1泊2日~一週間程度の短期スイングだったのではないでしょうか。

参考文献
https://kabumatome.doorblog.jp/archives/65682536.html
https://kabushiki-blog.com/article/3712154.html

2.cis

cisは2011年12月からポーカーを始めます。
それに伴ってポーカー愛好者が集まる「ひゃっほう掲示板」に投稿するようになります。



当初はポーカーを勧められてもcisは断っていたのですが、



それでも勝負の魅力に勝てず、ポーカーに手を出します。







ポーカーはあくまでも趣味で名誉や賞金には興味ありません。







WSOPとは米国で行われるポーカーの世界大会のことです。
2012年の優勝賞金はおよそ7億円(850万ドル)でした。
cisの知り合いのトレーダーも何人かポーカーを始めたと言います。







株とポーカーの共通点です。







あれだけ熱心だったオンライン麻雀の方はと言うと





天鳳は最高位9段で休止中のようです。

3.2012年の主なニュース

3-1.AIJ投資顧問による年金消失事件

2012年2月に発覚したAIJ投資顧問による約2000億円の年金資産消失事件についてです。
AIJ投資顧問の企画部長だった九条清隆の『巨額年金消失。AIJ事件の深き闇』をもとに説明します。

AIJ投資顧問は野村證券OBの浅川和彦が2000年12月に創業し、社長を務めるヘッジファンドです。
当初は投資助言業のみを行う会社でした。
2001年にとかく規制のゆるいケイマン諸島にAIA(エイムインベストアドバイザース)という運用会社を立ち上げ、さらに旧知のアイティーエム証券にファンドの販売窓口になってもらい体制が整います。
後にAIJ投資顧問も投資一任の許可を取得し、アイティーエム証券は経営危機に乗じて傘下に収め、体制は強化されます。

2002年5月に販売した「エイムミレニアムファンド」が第1号ファンドでした。

“浅川という男は、確かに魅力的だった。数字にはめっぽう強く、しかも愛嬌がある。大風呂敷を広げてもなぜか憎めない。
とにかく年配の資産家に好かれた。いわゆるジジイ転がしだ。”(P111)

“たとえ損がかさみ顧客が資金を引きあげることになっても、必ず自分で参上し、恐縮するどころか、 有無を言わせぬ勢いで「社長、次で取り返しましょう」とハッパをかけた。
資産を失った顧客がどんなに落胆していても、どんなに怒っていても、それがクレームに発展することは一度もなかったという。”(P111)

“人なつっこく、しゃべり出したら止まらない。頭の回転は速いが後先考えなし。負けず嫌いでギャンブル好き。
買い物も止まらない。かけ始めると電話も止まらない。時間にうるさく、嘘やごまかし、いかさまを嫌悪していた。 そして、空白の時間を嫌悪していた。
外交、来客、酒、麻雀で平日を埋め、ゴルフと競馬で週末を埋め、連休を海外旅行とギャンブルで埋める。
スケジュールに空白ができることを怖がってさえいるようだった。”(P142)

“浅川の口癖は「ごまかしはいかん!」「ウソは絶対にだめだ」だった。”(P134)

当初は浅川の昔からの知り合いを顧客にしていましたが、アイティーエム証券の西村社長を介して知り合った厚生年金基金の人脈が運命を変えます。

浅川は年金基金へ営業攻勢を強め、2003年5月から年金資金を受託するようになります。
最初の顧客は東日本文具販売厚生年金基金とCSK企業年金でした。

AIJ投資顧問はその後も年金基金の受注を増やしていきます。
これにはファンドの好成績が背景にありました。

“ファンドの中身は一貫して、日経平均、日本国債の「オプション売り」がメインだった。”(P169)

“堅実に取引を続け、大きな損失を運も含めて回避できれば、オプションの売りは相場の上下にかかわらず常に小さな利益を積み上げることができる手法であり、 AIJ投資顧問の運用が常にプラスになること自体は不自然ではない。”(P170)

AIJ投資顧問の運用部は高度な売買技術をもとに着実に利益を重ねていましたが、一方である素人が無謀な売買を繰り返していました。

“ヘッドトレーダーであった浅川は、天才的な営業マンであったが、運用については、ズブの素人だったのだ。”(P170)

“浅川は自分で売買をするときは常に電話だった。
社内から、時には社外から運用部に直接電話をかけるのだ。運用部には浅川の注文の発注担当者がいた。
さすがに顧客の前で売買の電話はしていなかったが、移動の合間にはよくかけていた。
いつもは声の大きい浅川だったが、さすがに売買の電話はくぐもり声で小さかった。
「コール○○、XX円でYY枚売り」
1回の電話は短い。
「どう?」
だけで終わることも多かった。”(P174)

“オプションの場合、個別の株式とはまったく違い、コールとプット、それぞれの売りと買いなどが戦略的に組み合わさった上で、最終的に損益が確定する。
株式のように「あのとき買ったぶんで○億やられた」とわかるようなものではないのだ。
目の前を通り過ぎていく浅川の売買だけを見ていても、総損益、累計損益は絶対にわからない。
わかるのは、最後の損益集計を見る浅川だけだったのである。”(P176)


(2010年だけで500億円以上の損失を出している)。

2012年1月、AIJ投資顧問は金融庁の「証券検査」を受けていました。
これは業務や財産の状況を検査するもので、不正の疑いのある「犯則調査」とは別のものです。

この証券検査に関連して、2012年2月23日(木)、浅川和彦がAIJ投資顧問の従業員を集めて言いました。
総務・人事担当の役員である高橋成子(しげこ)も同席していました。

“「1月23日以来続いていた監視委員会の検査のことだが、実は運用資産の内容の一部に疑義が生じ、1ヶ月の業務停止命令を受けることになった」”(P22)
“「業務停止の期間中1ヶ月は、新規の契約、解約を行うことはできない。顧客からの問い合わせは、専用の番号を用意するからその番号で受けるように。とにかく会社自体に心配なことはないから」”(P22)

従業員が食い下がります。

“「社長、業務停止命令の直接の原因はどういうことなのでしょう」
「今は話せない」
「なんらかの損失隠しのようなことがあったのですか」
「それも詳しく話せない」
「業務停止後はどうなるのですか」
「ともかく会社の財務基盤は万全だから」
「しかし解約が殺到するのでは」
「一部の顧客はそうなるだろうがとにかくだいじょうぶだ」
「運用益か原資産の過大評価のようなことでしょうか」
「だから、金融庁に止められているから話せないと言っている!」”(P25)

浅川は口が堅く、はっきりしません。
企画部長の九条は同僚と噂話をしつつ退社です。

“「いったいどういうことなのだろう」
「生命保険担保証券のほうでしょうか」
「わからん。そのあたりじゃないかと思うけれど」
「うーん、業務停止1ヶ月というのは厳しいですね」
「しょうがない。いよいよやることがなくなったら、平日ゴルフでも行くか」
「そのくらいしか思いつかないですよ」”(P32)

2月24日(金)です。

“2月24日の朝が明けた。
「今日から業務停止か」
昨夜の酒がまだ澱(おり)のように残っていたが、私(※九条清隆)はいつものように4時前に目覚めた。
家族が寝静まる中、新聞受けから日経新聞を取り出し、1面の見出しを見たとたん私は凍りついた。”(P33)





“「AIJ年金2000億の大半消失」

昨日の浅川や高橋の様子からはまったく想像もできないような内容が、そこに書かれていた”(P33)

AIJ投資顧問による年金消失問題は社会に衝撃を与え、3月には浅川和彦とアイティーエム証券社長の西村秀昭は国会の証人喚問に呼ばれます。


(証人喚問に呼ばれる浅川和彦)

“4回の証人喚問で浅川はただひたすら「だまそうと思っていない」「一生懸命やった」「取り戻せると思っていた」という主張を繰り返した。

「立ち止まって考えると大変申し訳ないことをしたと思っている」
「走っている間は悪いことをしているという認識は全く無かった」

テレビの画面で見る浅川は、ふてぶてしくも思えたが、いつもより心なしか小さく見えた。
説明の内容がわかってもらえないことをに小首をかしげ、ときに頷く様子は、起きたことの重大さに気付き怯えているようにも見えた。

「虚偽ではない。数字の水増しだ」
「横領、私的流用はぜったいにしていない」

この点の否定は強硬である。

「取り戻そうとしたんだ」

それだけを訴え続けている。”(P201)

4月に証人喚問が終わると、6月に浅川、高橋、西村の3人は逮捕され、7月に起訴されました。

2013年12月、東京地裁は「過去の運用の失敗が表沙汰になることを回避するため、運用実績の水増しを続けた。人を欺く行為にほかならない」として詐欺罪を言い渡します。
浅川和彦に懲役15年、高橋成子と西村秀昭には懲役7年の実刑判決が下ります(2016年4月上告棄却により確定)。

浅川和彦もまた、オプション売りの甘い誘惑に取りつかれた一人だったのかもしれません。

参考文献
https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG18015_Y3A211C1MM0000/
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG14H7G_U6A410C1CC1000/
https://blog.goo.ne.jp/hikarishokubai-2009/e/5e87d884c20eae5c671a76138544a50b

3-2.ロンドン五輪

2012年7月27日から8月12日までイギリスのロンドンでオリンピックが開催されました。

8月2日に登場した体操の内村航平は金メダルの大本命でした。
しかし、体調が悪く、予選ではミスを連発し9位での予選通過になりました。
決勝でもミスを出します。



それでも尻上がりに調子を上げ、終わってみれば予想通りの金メダルでした。





女子レスリングは3連覇を狙う吉田沙保里の登場です。



相手は技らしい技を出せないまま試合終了です。







ボクシングでは村田諒太が日本勢として46年ぶりの金メダルを獲得しました。






ロンドン五輪に沸いた2012年でしたが、最大のトピックは民主党政権の四年間が問われた衆議院選挙です。

参考文献
https://mainichi.jp/graphs/20190108/hpj/00m/050/003000g/20190108hpj00m050031000q
https://jp.pinterest.com/pin/145733737912767985/
https://mainichi.jp/graphs/20160121/hpj/00m/050/016000g/20160121hpj00m050319000q

4.アベノミクス

2011年9月に菅直人総理の後を継いで総理大臣となった野田佳彦総理でしたが、2012年11月14日衆議院を2日後の16日に解散することを明言します。



翌15日より株は爆発的に上がり始めます。
2007年のサブプライムショック以降眠り続けた日本株の夜明けです。





ただ、cisはかつてのようにハイレバレッジでフルタイム相場に張り付くようなことはしません。





cisももう33歳でした。
一線は退いたという感じです。


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