第31章東日本大震災②
1-6.五月
五月です。五月についてはリーマンショックの後から説明します。
五月はリーマンショックの後も空売りのスキャルピングで利益を重ねていきます。
(リーマンショック後は)「ボラティリティが凄かったから、株を持っているってことがあまりにもリスク高すぎた。
だったらそのボラティリティの高さを有効活用する手法で臨んだ方がいいだろうってことで、ひたすら安値ブレイクのスキャルピングをやっていた。
1100円が直近安値だった銘柄のその1100円の節目に、1万株とか空売りでぶっ叩く。
そしたら1090円とか1080円まで滑っていくんですよ。
そこで買い戻すって言う国賊みたいな空売りのスキャルピングをやっていました」(2022年12月17日のネット配信(41分頃))
と言っています。
2008年当時からファンダには詳しかったですが、あくまでもそれは趣味でトレードはテクニカルでした。

資産は増えていきますがリーマンショックの後遺症とみられるランダムな値動きに翻弄され、ストレスの多い日が続きます。










2008年大納会の五月の資産は12,046,823円でした。
リーマンショックのあった10月末に比べると95万5953円の増加です。
2009年に入ると、スレの名無しとの関係が悪くなってきます。
リーマンショックで資産を失ったと思われる名無しに執拗に挑発されることになります。
とくに2009年3月にcisが株板(投資一般板)を去ってからは五月が標的になってきます。


五月は他人の収支が気になってしまうタイプで自分がどんなに儲けていてもそれ以上に儲けている人がいるとストレスを感じてしまいます。

そのストレスが自ずとネガティブな発言になり、負けている人からすると嫌味に聞こえます。

名無しからすると嫌味な事を言われるから、五月の嫌がることを言い返し…となり、五月と名無しの関係は悪循環です。
五月はそれでも耐えていたのですが、堪忍袋の緒が切れます。

ついには名無しを糞尿扱いです。



五月は2chの他はブログとネットラジオとTwitterで情報を発信していました。
Twitterはまだ流行り始めたばかりでした。


五月は糞尿発言の後、2ch引退をほのめかして数日2chからいなくなりますが、結局2chに戻ってきて投稿を続けます。


名無しとの関係はぎくしゃくしたままです。








※573の意見は多少違っており、BNFは1が動意付く前に買う長期の人、2が上がってないが上がりそうな雰囲気だけで買う人、3が上がり始めてから買う人、4が上がって高値圏を維持しているのを確認してから買う人、5が翌日の強い気配で買う人、6が翌日も上がるのを確認してから買う人と言っている。
BNFの逆張りの6段階(再掲)









五月は2009年7月末で一旦2chから離れツイッターとブログとネットラジオのみになります(ただし、2ch投資一般板の「今日の勝ち負けを報告するスレ」に収支は報告していた)。
2カ月ほど間隔をあけてまた2chに戻ってきます。

名無しとの対立は相変わらずです。








五月は名無しと小競り合いをしながら2chに投稿しますが、すでに情報発信はツイッターをメインにしており、2chの投稿は以前に比べると少なめです。
そこへ来て五月は思わぬ“エサ”を名無しに与えてしまいます。


ラグナロクとはラグナロクオンラインというオンラインゲームのことです。
RMTはリアルマネートレードの略でゲーム内のアイテムを(ゲーム内での通貨ではなく)実際の通貨で売買することです。
これは運営元のガンホーによって禁止されています。

https://ragnarokonline.gungho.jp/support/play-manner/rmt.html
それにもしRMTで月収100万が事実だったするなら確定申告が必要になります。

五月のRMTの話はどこまで事実か分かりません。
仮に脱税していたところで株と関係ない脱税で証券口座が停止になるのかも不明です。
五月はこのRMTの話からめっきり2chの投稿は減ります。
2009年末の五月の資産は37,268,907円でした。
前年末の12,046,823円に比べると3倍以上にしています。
YenSPA2011年夏号によると資産2千万円を越えた2009年半ばあたりから、スキャピングからスイングに変えました。
これが功を奏したようです。
五月はランダムな細かい値動きに苦戦しつつもおおよその方向性は読めていました。

ランダムな細かい値動きを無視し、その方向性に乗る形にしたのでしょう。
五月は2009年もニコニコ動画にクソ株ランキングを投稿しています。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm9263337
2010年に入っても五月は資産を増やします。
2010年2月頃より第3四半期で業績の良かった自動車部品関連銘柄にほぼ全額を分散投資します。
「同じ自動車部品関連の大型株は09年に株価を戻していたのに、小型株は流動性が低いから割安に放置されていた。
それは東証2部指数を見ても明らかでした。
しかし、2月の第3四半期決算で営業利益の回復がすごくて、通期予想に対する進捗率もよかった。
しかも、株価は最高値の2割以下で、その業績が来季も続くと仮定してPERを計算したらめちゃくちゃ安かった。
それで、同じように株価が最高値の30%以下で、業績がいい小型株に分散投資したんです」(ダイヤモンドZAi2011年4月号)
「70~80銘柄に分散投資しました。そしたら直後に株価が上昇して2~3倍になりました」(YenSPA2011年夏号)。

ダイヤモンドZAi2011年4月号より
この自動車部品関連への投資の成功は五月にとって初めてのファンダメンタルズ投資での成功でした。

(日興フロッギー2024.8.06より)
以降、五月はファンダメンタルズ投資へ傾倒して行きます。
2chには時折来る程度になっていましたが、名無しとの小競り合いはいつも通りです。


五月は「今日の勝ち負けを報告するスレ」に2005年12月から週末資産を報告していましたが、それを終了します。

最初に2005年12月3日に報告した時は174万1486万円でした。

最後の報告は2010年5月14日で5277万9659万円になっていました。

五月の報告資産
http://saitama.no-ip.com/market/user_data.html?d=924
運用スタイルが変わったというのが報告をやめる理由です。
チャートを中心とした短期トレードから、ファンダメンタルズを中心にした投資に変わったのでしょう。
2007年12月には
(※サブプライムのような)「ちょっと大きなニュースが入ってくると、途端に投資家になった気分で世界の先行きを不安視してみたりするが、お前のやっているのはそういうことではない。
新興市場をテクニカルベースで追っていく“作業”なんじゃないかと、そう言い聞かせることが一番大事なんだと」
「俺にとってはサブプライム問題こそが最大のノイズ」
http://blog.livedoor.jp/love_aeria/archives/2007-12-09.html
と言っており、ファンダメンタルズはテクニカルにとってはノイズに過ぎないと見ていますが、3年後の2010年9月には
(※経済成長率が長期間低迷するデフレの中で)「時代と共に変化し、自らの価値を高めていくもの、あるいはその手助けとなるものに投資していく。
ベタだが、成長する地域に貢献するもの、大きなテーマに沿っているもの、など」
「当たり前のことしか言ってないようだが、そうした投資の基本に立ち返ることが大事なのではないか」
http://blog.livedoor.jp/love_aeria/archives/2010-09-11.html
と言うように、ファンダメンタルズを視界に入れつつ成長する株に投資していくというスタンスに代わっています。
もうテクニカルの話はありません。
このブログの投稿には
「買うのは未来」
「変化するものにこそ価値はあり」
「個別に明確なストーリーを持っている銘柄にはチャンスがある」
とあり、「未来」「変化」「明確なストーリー」と現在の五月の投資を構成する重要なキーワードが含まれています。
それまでも



テクニカルには限界がある、現在の株価水準よりこれからの業績、決算書で大事なのは変化率…と言っており、もともと五月がその経験から感じていたことが、一つの投資哲学として結実してきたのでしょう。
現在に至る五月の投資はこの時期に始まったと見ていいかもしれません。
五月の快進撃は加速していきます。
5千万円に到達してからわずか半年後の2010年10月、五月の資産は1億円に到達します。

http://blog.livedoor.jp/love_aeria/archives/2010-10-20.html
1億円到達に貢献した銘柄は2010年6月10日マザーズに新規上場したボルテージ(3639)です。
ボルテージでの成功はファンダメンタルズを重視する成長株投資家という自分のスタイルを確立するきっかけにもなったと言います。

(みんかぶマガジン2023.05.15より)
1億円達成を報告したブログに「年末までにやらなきゃいけないこと(別にやらなくても困りはしないんだが)が結構あって」とあります。
これは株に関する同人誌を発売することです。
五月はコミックマーケットという日本最大の同人誌即売会に参加します。


こちらで全て読むことができます(メールアドレスによるアカウント登録が必要(無料))。
https://seiga.nicovideo.jp/watch/mg104826?track=ct_first
エフオーアイの粉飾についてはブログで触れたこともあります。

2007年以降毎年出していたクソ株ランキングの2010年版です。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm16270911
クソ株ランキング1位はもちろん…「もはや水増しなんてレベルじゃなく、元から何も存在してなかったのである」。
クソ株ランキングは現在のところ、この2010年版が最後になっています。
2011年に入っても五月の快進撃は続きます。
まず2010年10~12月のシナジーマーケティングへの投資を紹介します。
五月は2010年の10月よりシナジーマーケティングに資産の半分を投入していました。
シナジーマーケティングは米国のクラウドコンピューティングサービスの提供会社であるセールスフォースドットコムと提携していました。
「セールスフォースはきれいな上昇トレンドを描いて、PERが230倍になるほど成長を期待されていたクラウド関連銘柄。
すごく大きなテーマなのに、日本にはクラウド関連の代表的な銘柄がなかったので、セールスフォースと提携したシナジーが本命になるなら、資金が集中してもおかしくないと思ったんです」(YenSPA2011年夏号)
五月は平均単価900円でシナジーマーケティングを買い、2か月後の2010年12月に3000円で利益を確定します。
「あまりに上昇が早かったので、下げたところを買いなおそうと思ったんですが、二度と戻らないまま、半月後には7000円を超えました。
想像以上の大相場でしたね」(ダイヤモンドZAi2011年4月号)

五月はこの投資で一気に資産を伸ばし、2011年1月には2億円に到達します。
1億円達成からわずか2か月です。
五月はおよそ8年後の2019年4月30日、投資仲間の「ぱりてきさす」とネット配信を行います。
その際、リスナーから「株に対する考え方が変わった銘柄を教えて下さい」という質問を受け、この2010年10~12月のシナジーマーケティングを上げています。
「シナジーマーケティングは儲かったんですけど、予想は外れた。
この会社はセールスフォースの金が入って凄い会社になって行くと思った。
3年ぐらい立つとこういう業績になると。しかし、いくらなんでも数ヶ月で3倍になったから、これはもう降りてもいいだろうと思って利確した。
自分の目標株価に達したから。
結果的に後から振り返ると、(※シナジーマーケティングが)その年(※2010年)の利益を上回ったことが一回もなかった。
一言でいうとクソだった。
これは自分の中ですごく嫌な出来事になった。間違っていたんですよ。
美しくないんですよ。
それ以来ちゃんとEPSが増えて自分が売った後も上がり続けるような銘柄で儲けようと強く意識するようになった。
流行っているけどEPS実現しないじゃんと言うような銘柄をハナから相手しないようになった」(121分頃)
五月は金は儲かったが業績予想は外したという経験から、EPSの変化を強く意識するようになります。
前述の「変化」「未来」「ストーリー」のキーワードに加え、ここで「EPS」が加わることになります。
話を2011年に戻します。
2011年2月にはダイヤモンドZAi2011年4月号(2月21日発売)に出ます。
これは今まで何度か引用してきたものです。


(IDを反転させているのは名無しの五月の投稿)。
ダイヤモンドZAi2011年4月号(2月21日発売)
飛ぶ鳥を落とす勢いで資産を増やし、同人誌の発売も成功し、雑誌にも出演した五月。
人生で最も勢いに乗っていた時期の一つだったかもしれません。
ただ、その時間は長くありませんでした。
2011年3月11日です。



この時に五月は信用分も含めて4億円分の買いポジションを持っていました(YenSPA2011年夏号より)。
日経平均は前日比-179.95円(-1.72%)の10,254.43円です。


地震の翌営業日である3月14日(月)です。


五月はここで買いに行きます。
「被害の全貌も判明していなかったのに、翌日には停電が直ったことで、甘く見ていた部分がありました。
年末からのファンダメンタルズの良さを考えれば、これは押し目になる可能性もあると思って、震災明けの14日に買っちゃったんです。
しかも復興銘柄ではなく、株価が上がってしまったために欲しくても買えなかった自動車部品関連などの製造業の株」(YenSPA2011年夏号)


下げが止まりません。



3月14日(月)の日経平均は前日比-633.94円(-6.18%)の9,620.49円で終えます。

15日(火)は大暴落し、前日比-1015.34円(-10.55%)の8605.15円で終えます。
最安値では-1392.86円(-14.48%)を記録しました。

五月は「明らかに冷静さを欠いていました」(YenSPA2011年夏号)と言っています。
(15日は)「放射線の数値が跳ね上がって、もはやマーケットの枠を超えた危機に突入していた。
僕も生き残ることだけを考えて、信用で買っていた銘柄は全部ぶん投げました」(YenSPA2011年夏号)
15日が終わった時点で資産は1億2000万円になっており、地震の前の-48%になっていました。
「退場した人も多いなか、よく1億円も残ったなと。ここから再起を図るしかないと」(YenSPA2011年夏号)
五月は大損失するも前向きにとらえています。
2chとは3月14日の投稿が最後になり、もう戻ってくることはありませんでした。
五月の2chの投稿の中で印象深いものをいくつか紹介します。













どこまでも執念深く勝利を渇望する五月。
大地震で資産を半減させてもなお、諦めないその姿勢はどこへ向かおうとしているのか。


参考文献:YenSPA2011年夏号
YenSPA2011年夏号①
YenSPA2011年夏号②
※後編は第34章で紹介します。
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