第28章魚のいない釣堀②
2.toppy派(toppyと降臨)
うり坊がデイトレードに深入りするきっかけとなったが、北浜流一郎のサイトでtoppyjumpについて知ったためです。
ここでtoppyについて簡単に説明します。
toppyは「toppy」「toppyjump」「toppy flair」といくつかハンドルネームがありますが、ここでは一番有名な「toppy」と記述します。
toppyは2001年6月、北浜流一郎のサイト「3年で倍増!株高倶楽部」の掲示板に書き込みを始めます。
鋭い書き込みから何度か北浜流一郎に取り上げられ、徐々に仲間が集まってきます。
toppyがブログを始めた後も仲間とは付き合いが続き、「FLAIR」というグループを作るに至ります。
うり坊もそのメンバーの一人でした。
2chをはじめネット上では「toppy派」と呼ばれることが多いです。
北浜流一郎の「株高倶楽部」は削除されており見ることができません。
toppyが最初にブログを作ったInfoseekのブログも削除されており見ることができません。
唯一見ることができるのがアメーバブログのものです。
https://ameblo.jp/toppyjump/

toppyは感覚を大事にトレードします。
どこで買えば上がるのかということに集中してチャートを見れば、自ずと勝ちやすいチャートの形状が見えてくると言います。
toppyは右肩上がりの25日線をサポートに株価が上昇している時、日足で陰線を付けた翌日に陽線を付けた場合、チャンスと見ています。
この時に買って行くことが多いです。
だましとの区別は出来高がポイントで、少なすぎても多すぎてもいけない、ほどほどの頃合いがあったようです。
toppyはこのパターンを「刺しこみ」と呼んでいます(酒田五法の「差し込み陽線」と区別するためあえてこの字を使っています)。
銘柄はランキング上位銘柄、あるいはストップ高をした銘柄から出来高とチャートの形をもとに選んでいました。


https://ameblo.jp/toppyjump/entry-10002089612.html
この世界で勝つ人になるためには「違和感を感じること」と「切るときに切るという行動ができること」と言っています。
toppyはマスメディアに出ることが無かったので詳しいことはほとんど分かっていません。
toppy派の重鎮で「降臨」というトレーダーがいました。
降臨は何度かマスメディアに出ており、「降臨式デイトレ攻略塾」(ぶんか社)「1日に100万円稼ぐ勝ち組デイトレーダー12人の法則No.2」(oricon)などのムック本のほか、「勝ち組フリーター列伝」(ビッグコミック)という漫画に取り上げられたことがあります。
降臨は2001年9月に400万円でトレードをスタートしますが、わずか3カ月で70万円にまで減少し、退場します。
その後2003年2月に20万円で再スタートし、2003年は910万円の利益を上げます。
2004年は9575万円の利益を上げます(2004年4月12日に資産2000万円突破、6月18日に5000万円突破、11月24日に1億円を突破)。
2005年は6億円程度の利益を上げます。
2005年12月8日のジェイコム事件ではストップ安では手が出ず、途中で数回トレードして微益を上げたようです(なお、1降臨=1000円です)。

2006年1月16日のライブドアショックでは、引け間際の動きに怪しさを感じつつも放置してしまい痛い目に遭います。
ライブドア株は連続ストップ安の後、25日に寄りますが、そこでも放置し、結局31日に決済します。



※1降臨は1000円のこと。
1月31日は1日で1.29億円失っています。
2006年は3億570万円の利益を上げます。
2007年は6193万円の利益でした。
降臨はスキャルピングが中心です。
先物とオプションの取引もやりますが個別株の取引が多いです。
信用取引については買いはやりますが空売りはほとんどやりません。
株価指数やランキング、ニュース等で市場全体を俯瞰し、雰囲気を感じ取ります。
そのことを踏まえながらティックチャートと板情報を使って売買を判断します。
リバウンド取り、節目のブレイクアウト、持ち合いからの放れ、関連銘柄の出遅れ狙い等がエントリーポイントになります。
一日数十回トレードします。
「欲を出すと負けます」「読みが外れた場合はさっと切り替えることが大切」と言います。

トレード例です。

寄付き直後の上昇に飛び乗って利確し、その後の下落を見送ってリバ取り、リバ取り後の持ち合いで買いを仕込むが、急落で損切り(一部持ち合い中に利確)。
その急落の後にリバ取り、リバ取り後の持ち合いで買いを仕込むがこれも底割れで損切りしています(一部持ち合い中に利確)。
リーマンショックの時の降臨のトレードです(動かせる金は5億円程度あったようですが、運用資金がいくらだったのか不明です)。
まず2008年入ってからの月別の損益を書いておきます。
1月-3132.6万円、
2月+1億5619万円、
3月+3109.4万円、
4月+191.8万円、
5月+9911.2万円、
6月-1198.2万円、
7月+1494.2万円、
8月-644.8万円。
8月末の時点で+2億5350万円です。
迎えた2008年9月です。
リーマンブラザーズの破綻を食らいます

この時の損失のほか9月2日にも同額の1071万円の損失がありましたが、なんとか挽回し2008年9月は+251万円で利益を確保しました。

10月に入って、1日(水)は+84万円、2日(木)は-30万円、3日(金)は+241万円と高いボラティリティに苦闘しながらもトータルでは利益を上げていきます。
10月3日は「今夜のNY…雇用統計と法案、、、どんな感じで織り込んでるのか?一応勝負に出てるのでやられたらデカイ」と言っています。
9月30日に否決された金融安定化法案の修正案が議会に提出された日です。
修正案は議会を通りますが、株価は暴落します。
月曜日、暗黒の一週間と言われる一週間の始まりです。
2008年10月6日(月)

-2077万円です。
「殺されそう」と言っています。
この日、BNFとcisとびびりおんが買いに行きます。
三村雄太も買って行きます。

日経平均現物:始値10,817.27 高値10,839.5 安値10,374.38 終値10,473.09(前日比-465.05、-4.25%)
2008年10月7日(火)
日経平均は下髭陰線です。
BNFは寄付いてから買いに行きますが、持ち越し分と合わせて下髭の上昇途中に損切りします。
びびりおんはナンピンしてホールドします。三村雄太もホールドです。
cisはデイトレが中心なので日々売り買いしています。

降臨は-2658万円で前日以上の損をします。
「歴史的な場面に遭遇しているようだ」と言っています。

日経平均現物:始値10,328.54 高値10,363.14 安値9,916.21 終値10,155.9(前日比-317.19、-3.03%)
2008年10月8日(水)

後場が始まって、危険な香りを感じ取り、13時から13時20分にかけてノーポジにしました。
「結構負けたが、今日のところは降りておいて良かった…意地になってたら死ぬところだったろう」
と言っています。
ちょうど同じ頃、びびりおんも損切ります(びびりおんの損切りの報告は13時32分)。
おそらく大きくGDして始まり(当時はGDすると日中に上昇することが多かった)、反発を待ちますが、逆に後場になって2発目の下げが来そうだったのでその初動で逃げたのでしょう。


日経平均現物:始値10,011.64 高値10,011.64 安値9,159.81 終値9,203.32(前日比-952.58、-9.38%)
一方、三村雄太は「ここでヘコたれていては男が廃ります」とホールドします。
BNFはこの日の大引け近くで買いに行き、2億円の含み損で持ち越します。
2008年10月9日(木)
BNFは上髭の上昇途中で決済します。
「前日からは2億円の含み損で持ち越してたんで、プラスで終われればいいやって感覚でしたね」(SPA2008年12月9日号)。

降臨は「枯渇相場」ということで投入金額を減らしてトレードしているようです。

日経平均現物:始値9,168.16 高値9,443.45 安値9,100.93 終値9,157.49(前日比-45.83、-0.50%)
2008年10月10日(金)
日経平均はサーキットブレーカーが発動する歴史的な一日になります。

パニクる場面もあったようですが、+140万円の利益を確保しています。
三村雄太はここでようやく損切り、資産の9億円のうちの40%近くに当たる3.5億円を失います。

日経平均現物:始値9,016.34 高値9,016.34 安値8,115.41 終値8,276.43(前日比-881.06、-9.62%)
降臨はその後のユーロ安による22日からの下落や日経平均が7000円を割った後急上昇した28日などを(降臨の資産から見れば)微損でやり過ごします。
降臨の10月の損益です。


暗黒の1週間の損失が響き-5470万円と資金の10%近くを失いますが、
「8日時点で降りてなかったら、、、まだまだ負けてた、、死んでたかもしれない」
と言っています。
10月8日(水)が命運を分けた分水嶺だった言います。
リーマンショックが吹き荒れる2008年10月4日、cisは降臨と会っています。
降臨はcisより12歳年上です。
バブル華やかなりし頃に青春時代を過ごした降臨と平成不況のcisとでは遊びのレベルが違ったのかもしれません。
cisはあっという間に篭絡されます。


toppyjumpはtoppyのハンドルネームの一つです。
この場にtoppyがいたのか降臨だけだったのかはっきりしません。
cisは何度か名無しのそのことを聞かれますが、答えようとしませんでした。

ひょっとしたらtoppyに口止めされていたのかもしれません。


養豚とはコテハン仲間の潜伏員Aに食事をおごってあげることです。

降臨のブログの収支は全て確定ベースでの損益です。




大友さゆりのフェイスブックより
cisによるとグラビアアイドルの大友さゆりに似た女性ということです。
「降臨式デイトレ攻略塾」(ぶんか社)に降臨の後ろ姿の写真が載っています。
どう見ても男性です(しかもリーゼント)。

<参考>降臨が登場する漫画「勝ち組フリーター列伝」(初版2006年6月1日)
「勝ち組フリーター列伝」p132-p133
「勝ち組フリーター列伝」p134-p135
「勝ち組フリーター列伝」p136-p137
「勝ち組フリーター列伝」p138-p139
「勝ち組フリーター列伝」p140-p141
「勝ち組フリーター列伝」p142-p143
「勝ち組フリーター列伝」p144-p145
「勝ち組フリーター列伝」p146-p147
「勝ち組フリーター列伝」p148-p149
「勝ち組フリーター列伝」p150-p151
「勝ち組フリーター列伝」p152-p153
「勝ち組フリーター列伝」p154-p155
「勝ち組フリーター列伝」p156-p157
参考文献
http://blog.livedoor.jp/superluky/
「降臨式デイトレ攻略塾」(ぶんか社)P8-P9・P10※このページ以外からも引用あります。
3.その他の人たち
2-1.小倉優子
ダイヤモンドZAiで連載をしていた小倉優子です。
リーマンショックもあってなかなか上がる株を見つけられない小倉優子。
カブドットコム証券の山田勉から不景気の時に上がる株を考えればいいとアドバイスを受けます。

山田勉から「いまなら、サイゼリヤでしょう」とサイゼリヤを薦められ、小倉優子はサイゼリヤを買うことにします。
ここから小倉優子の“伝説のサイゼリヤトレード”が始まります。
小倉優子が買った翌日の10月21日(火)です。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2008-10-21/K92CW16S972801
ピザからメラミンが検出されたということです。
サイゼリヤはレシートが無くてもピザを食べた可能性のある客にはすべて返金するという思い切った対応をします。
当然サイゼリヤの利益を圧迫します。
10月21日(火)、サイゼリヤはストップ安でした。
連載第一回で小泉秀希から言われた「他人任せで銘柄を選ぶと必ず失敗します」を思い出していれば…
その後、サイゼリヤは割安感からV字回復し、なんとか小倉優子は含み益を得ます。

ダイヤモンドZAi2009年1月号P54-P55
ダイヤモンドZAi2009年1月号P56-P57
ここで話が終わっていたら“伝説”にはなりません。
V字回復で含み益を得た小倉優子は「儲かってるうちに早く売っちゃいマス」と11月21日(金)の大引け後に売り注文を出します。
まさにその直後です。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2008-11-21/KAO6GV0D9L3501
サイゼリヤがデリバティブで140億円の評価損を出し、赤字に転落する可能性があると言います。
サイゼリヤは3日連続ストップ安で小倉優子は含み益から一転損失を出してサイゼリヤのトレードを終えます。

ダイヤモンドZAi2009年2月号P80-P81
ダイヤモンドZAi2009年2月号P82-P83
買って翌日にストップ安、売り注文を出したら直後に連続ストップ安、なんとも悲惨なトレードでした。

時代の荒波に翻弄される小倉優子のポートフォリオですが、2008年は種銭100万円で損益は-10万円ほどでした。
リーマンショックの中、健闘しています。

とは言え、ヤマダ電機では天井を掴んだり、

気を取り直して、通販会社のニッセンを買いに行きますが、

ダイヤモンドZAi2009年4月号P80-P81
ダイヤモンドZAi2009年4月号P82-P83
結局それも天井掴みになってしまいます。

ダイヤモンドZAi2009年6月号P72-P73
ダイヤモンドZAi2009年6月号P74-P75
ゆうこりんの苦難は続く。
2-2.若林史江
日経新聞の記事盗用が問題になっていた若林史江です。
10月29日発売の夕刊フジにその後の顛末が載っています。

結局、対価を払うことで解決したようです。
日経新聞との関係はこれで解決したようですが、有料のメルマガで盗用記事を読まされ続けた人たちには何かしたのかは不明です。
2-3.タワー投資顧問
最後の長者番付となった2005年の長者番付(2004年分)で1位となったのがタワー投資顧問の運用部長である清原達郎です。
この時の推定年収は100億円でした。
ピーク時には2600億円あったと言われるファンドですが、リーマンショックの影響でおよそ450億円にまで減少しているようです。
こちらのサイトが報じています。
MONEYzine2008年11月21日配信
※MONEYzineは2022年4月にサービスを終了しているためスクショです。
2-4.投信
2008年の投資信託はほとんどがマイナス運用となりました。

2-5.大学
大学がリーマンショックで損失を出しています。

駒沢大学だけではありません。
uoaの母校もです。

仏教系の立正大学もです。

さんざんな結果になっています。
アメリカの大学もです。

2-6.安田隆夫
大手ディスカウントストア「ドン.キホーテ」(7532)の創業者で当時会長を務めていた安田隆夫です。
個人トレーダーとは全く立場が違いますが、リーマンショックで多額の損失を出しています。
安田隆夫の息子が代表を務める「セルバンテス」という会社がありました。
セルバンテスは実質的には安田隆夫の資産運用会社とみられており、セルバンテスはその資産13億円の運用するため投資顧問会社と契約をしていました。
投資顧問会社は日経オプションのプット売りをやっていました。
10月8日、日経平均が952.58円下げます。
びびりおんと降臨が損切りし、三村雄太がホールドした日です。
BNFは後場買いに向かい2億円の含み損で持ち越します。
この日、安田隆夫の電話が鳴ります。
「10月8日に日経平均が953円下げた時、担当者から“11億円の追証が発生した”という電話がありました。
何があったのかと聞くと、“記録的な下げで仕方がない”とのことでした」
「息子たちは1日で11億円ものカネを用意できません。
担当者は、“追証を入れないと約定違反になる”といったようなのですが、狼狽のあまり、それを私は法律違反だと勘違いしてしまった。
息子を犯罪者にするわけにはいかない、と思って応じたのです」
安田隆夫は追証分の11億円を支払います。
10月9日はBNFは相場付きの不安定さを感じ取り、上髭の上昇途中に素早く決済します。
cisもプットを売っていましたが、9日の終値で追証がかかり、一部手仕舞います
一方、投資顧問会社です。
(投資顧問会社は)「9日に損失を減らすための取引はできたはずですが、担当者は何もしなかった」
SQ日である10月10日を迎えます。
明け方のダウは8,579(-679、-7.33%)で大暴落です。
「10日の朝6時、枕元の携帯電話が突然鳴った。
投資顧問会社の担当者からでした。
担当者は“(9日の)ニューヨーク市場が暴落している。最悪中の最悪です”と声が震えていた。
初めは、何のことかわからなかったが、次第に今日(10日)の日経平均株価がニューヨークに引きずられて暴落する可能性が高く、数十億円の損失が確実であることを理解しました。
妻からも“何かあったの?”と心配されましたが、とても説明できませんでした」
10月10日は日経先物にサーキットブレーカーが発動し、記録的な一日になりました。
SQ値は7992.6円で前日終値9157.49円から見て-1164.89円(-12.72%)というSQの中では歴代ナンバー1のギャップダウンでした。
安田隆夫は結局36億円の損失を被りました。
その後、15.79億円については証拠金によって支払いましたが、残りの金額の支払いを拒んでおり、裁判沙汰にまでなっています。
裁判の結末までは追うことができませんでした。
参考文献
週刊ポスト2008年11月14日号
https://diamond.jp/articles/-/6115
※安田隆夫の損失は週刊ポストでは36億円、ダイヤモンドオンラインでは39億円となっている。
2-7.倉田真由美
文芸春秋2006年5月号(4月10日発売)でBNFを初めて取材は倉田真由美は、BNFのトレードを直に見るチャンスをふいにして居眠りをし、「ひ弱な感じ」「中学生にカツアゲとかされそう」「株に人生を捧げる男にはなってほしくない」「他人との接触なしに人生の貴重な時間をつぶして」と散々侮辱します。
2008年1月30日のオーマイニュースでは「みずほ証券の誤発注で20億円儲けた人」とBNFを指して、「そんなに株に精通してない」「ヒトは有能だからお金を稼ぐってもんじゃない」とさらに侮辱します。
そんな倉田真由美ですが、ダイヤモンドZAi2009年4月号(2月21日発売)に出ます。

結局、倉田真由美も株をやっていました。
ふざけているのは倉田真由美の方に見えます。
注目の成績です。


トヨタ自動車を最高値でゲットするなどして50%以上資産を失っています。
「もうマンション1戸分損してるの!」と言うことです。
「最初は儲かったんだけど、結局、ドカンと下がった時マイナスが切れないんですよね」
「「負けっぱなしで終わる」みたいな感じはいやなんだよな~」
「必死で会社のことを調べたくないんですよね。正直、そこまで情熱を傾けられない。なんとなくヤマ勘で選んで、それが当たるといいなって」
損切りできない、意地になる、勉強はしたくない、短期投資で始めたのにいつの間にか長期投資に変わっている…
さんざんBNFのことを侮辱しておいて、この有様です。
よっぽど倉田の漫画よりエンターテインメントに富んでいると言わざるを得ません。
全文
ダイヤモンドZAi2009年4月号01
ダイヤモンドZAi2009年4月号02
※記事中のチャイナショックは上海ショック(2007年2月)、パリバショックはサブプライムショック(2007年8月)のことです。
また、倉田は本HP同様2007年8月の暴落をサブプライムショックと呼んでいますが、ZAiはリーマンショックのことと誤認しています(為替のチャートの表示など)。
さらに倉田は「03年に株とFXを始めて」と書かれていますが、BNFに会った後に始めているなら06年の間違いです。
cis伝HOME BNF伝TOP
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