第27章終戦②
1-4.三空
三空はもともと2chでLin ◆3gdze7ZIU6(もしくは鱗◆3gdze7ZIU6)を名乗るコテハンでした。
三空は2003年6月に50万円でトレードを始めます。
少ない資金でトレードをしていた三空ですが、びびりおんとの出会いが彼を変えます。


2004年の年初には96万円だった資産が年末には2000万円を越えます。

翌月の2005年1月には3000万円を突破、2月に4000万円を突破、3月に5000万円、5月に6000万円、6月に7000万円を突破します。
驚異的な増加率です。
トレード手法は単純な順張りで高値・安値・分足平均線・ボリンジャーバンドのブレイクアウトによく乗ります。
一方通行に動く値動きを得意としており、そのように動く時間帯を見つけてその時間帯だけトレードすることが多いです。
レバレッジも利かせます。
時間軸は数ティック抜くスキャルピングから数時間持っているデイトレード、1泊2日の持ち越しまで地合いに応じて様々です。
ただ、レバレッジを利かせているため失敗すれば手痛い目に遭います。


2005年は地合いが良かったため下がっても待っていれば戻ってきました。
うり坊がそうであったように押し目は買い増しのチャンスでした。



結局この書き込みから1年近く書き込みが無くなります。
三空はその後復調し、2005年末には1億4000万円にまで資産を伸ばします。
12月8日にあったジェイコム事件では三空がどのように動いたか不明です。
2006年1月にあったライブドアショックによって新興市場の地合いは悪くなっていきます。
2006年5月久しぶりに三空が2chに書き込みます。


2006年はなんとか現状維持の横ばいで資産は推移します。
2006年末の資産は1億3390万円でした。
2007年に入って地合いが良くなったこともあり、2007年1月末は1億5070万円(+1680万円)、2月末は1億7620万円(+2550万円)、3月末は1億8710万円(+1090万円)と順調に増やします。
2007年4月、三空は起業します。
株式会社スペイロンです。
スペイロンは社長がますぷろ、取締役にcisと三空という布陣です。
社名の由来はますぷろのニックネームである「ますぺろ~ん」から取ったのではないか言われています。
スペイロンの主たる事業は、ますぷろが開発した発注ツール「T++」(ティープラスプラス)の販売と、「カブトモネット」というSNSの運営でした。
カブトモネットは個人トレーダーの交流を目的としたもので、大引け後にcisとますぷろと三空が対談する「今日の相場」が売りでした。
個人トレーダーが書く日記もありました。
三空はスペイロンの取締役としてマスメディアに個人トレーダーを紹介したりしつつ、自身でもトレードをして資産を伸ばします。
2007年は時折大きく損しながらも1億円以上の利益を上げます。
三空は頻繁に入出金をするので総資産ははっきりしませんが、12月末にはおそらく2億3000万円程度の資産があったようです。

※リンクの日興證券上場廃止のトレード


三空のトレードを説明するうえでよく出てくる言葉に「睡眠投資法」と「中の人理論」というのがあります。
この二つの言葉についてここで説明しておきます。
「睡眠投資法」についてです。
三空は株価が一方通行に動く時間帯以外はトレードをしません。
その時以外は何もしない(=寝ている)ので、そのことを指して言うものです。
言葉の響きからは楽そうに聞こえますが、一方通行に動く時間帯と言うのはそうそうありません。
東京市場、海外市場、為替、コモディティ等、昼夜問わずあらゆる市場でそのように動く時間帯を探さなければならず、楽ではなさそうです。
なお、「睡眠投資法」という名前は三空自身が付けたものではなく、マスメディアが付けたようです。
「中の人理論」についてです。
三空は株価は誰かが意図的に上げたり下げたりしていると思い込んでいます。
その株価を操作している人を「中の人」と言います。
三空は検証を重ねることによって「中の人」の意図を読むことができるようになり、そうすればトレードで大きな利益を上げられると考えています。
cisは完全に否定していますが、一部仕手株が好きな人などからは支持されています。
※賛否両論の「中の人理論」





三空のトレードの話に戻します。
2008年に入り、三空の資産は再び伸びが止まります。
そこへきて2008年6月9日です。



2008年6月9日グッドウイルがストップ高で引けそうだったため、比例配分狙いで三空も1億円程度買いを入れます。
翌日のGUを狙ったストップ高投資法です。
そうしたところ引け間際に大きな売りが出て三空の買いも約定。
あわてて売りに回るも全ては捌けず、翌日にぶん投げ。
結局1250万円失ったという事です。
この損失もあり、三空は日本株から外国株へ移ることを考えます。
渡りに船でCFDの取引が日本で始まります。
外資系ディーラーからCFDの説明を聞くcis、ますぷろ、三空。
エンスパ2008年夏号(2008年6月5日発売)
cisは累進課税が適用される総合課税になりそうなのを気にしています。
なお、この取材の後、cisはスペイロンの取締役を解任されます。

三空は2008年6月末に500万円でCFDのトレードを始めます(総資産は2億円程度あったようだ)。
原油、ゴールド、ダウを取引します。
米国時間に取引するので生活はかなり不規則になっていたようです。
最初の数日で半分にしてしまいます。
「3回ナンピンしたところでとんでもなくお金が減ってるのに気づいたんですよ(笑)」(エンスパ2008年秋号)
と言っています。
この損失は経済指標の発表に乗る経済指標トレードで8月末には取り返します。
「今のアメリカでいい数字が出るはずないから下がるだろうという単純な発想です(笑)」(エンスパ2008年秋号)
CFDは最大で200倍(当時)のレバレッジが効きましたので資産の増減が激しくなります。
2008年9月15日、米国でリーマンブラザーズが破たんします。

三空は3カ月弱で500万円を830万円にしています。
三空は9月中に一時期1200万円にまでなりますが、結局670万円で9月を終えます。


10月に入ってあることが発表されます。
三空は株式会社スペイロンの取締役で、社長のますぷろとともに「カブトモネット」の運営にあたっているはずでした。

カブトモネットの会社概要にアクセスするとサイトスコープのサイトに飛ばされます。
サイトスコープは「とれまが」という個人投資家のSNSを運営しており、スペイロンのライバル会社です。
とれまがには株之助(=HANABI)とうり坊が参加していました。

三空はカブトモネットとともにサイトスコープに移籍して取締役に就任し、cisは辞任(解任?)、ますぷろはスペイロンに残ってT++のメンテナンス等をするということです。

カブトモネットの発展を考えての行動という事ですが、あるいは野心家で有名人志向の三空にとって、職人肌のますぷろやマスメディアを嫌うcisとはどこか合わないところがあったのかもしれません。
2008年10月の三空のトレードです。
「朝4時に起きて1時間トレードするだけで一日の値動き取れてしまいます」(とれまが10月9日)
と言うようにダウの引け間際の1時間を中心にトレードしていきます。

10月10日(金)の明け方のトレードで三空は+50%近い利益を上げます。
10月10日は暗黒の一週間と呼ばれた週の金曜日で日経先物にサーキットブレーカーが発動します。
CFDでダウを取引していた三空にとってはあまり関係ありません。
翌11日(土)の明け方です(米国時間では金曜の夕方)。
日本時間の10日深夜から11日明け方にかけてブッシュ大統領の声明とG7の行動計画が発表されます。


三空は二日連続で50%の利益です。
10月14日(火)の明け方も利益を上げ、1380万円が1559万円に増えます。
昼間の日経平均は上のサーキットブレーカーが発動した日です。

10月15日(水)の明け方はダウが-76だったこともあり、資産を減らして1380万円になります。

10月16日(木)の明け方です。
この日の発表された米国の経済指標はことごとく冴えないものであり、ダウは大きく下落します。
三空は当初ボックス圏での動きに翻弄されますが、トレンドが出たら一気に利益を上げます。


売りでも買いでも一方通行で動く値動きは三空の得意とするところです。
昼間の日経平均は今度は下落のサーキットブレーカーが発動します。
10月17日(金)の明け方です。

三空も疲れています。
10月18日(土)の明け方です。


2000万円突破です。
10月21日(火)の明け方です。

確かに2369万円あります。
この日の昼間にcisがREITを損切りします。
10月22日(水)の明け方です。


この日からユーロが売られ続け、日経平均は下落します。
10月23日(木)の明け方です。
この日も勝ちます。

※トレードは主なものです。「ここから4時」と言うのは日本時間の明け方です。ダウの引け間際でトレードしています。

この日の昼間、BNFは前日に買った50銘柄を損切りし、5億円を失います。
10月24日(金)の明け方です。
ついに3000万円を突破します。


ものすごい勢いで資産を増やします。
10月1日は670万円だったのが、11日に1385万円、18日に2256万円、24日に3101万円です。
この日の昼間の日経平均はユーロ安に振られる形で下落し、8000円を割ります。
外部市場に翻弄される日経平均ですが、三空が取引しているダウは世界の中心のためそれもありません。
ところが、三空はやらかします。
10月25日(土)の明け方です。





ボリンジャーバンドをブレイクした時に順張りでポジションを取るものの、それは騙しでまたバンド内に戻ってしまいます。
その度に逆指値で損切りしていましたが、だんだん嫌気がさして逆指値をやめてしまったところ、大きく動いて大損してしまったということです。
10月28日(火)の明け方です。


前日27日に日経平均はバブル後の最安値を更新し、この日の昼間に7000円を割ります。
そこでBNFは猛然と買いに向かいます。
この時の買いはこの日と翌日に決済し、12億円の利益を上げます。
10月29日(水)の明け方です。
この日の明け方のダウは史上2番目の上昇を記録します。

会心のトレードです。


3227万円にまで資産が増えます。
40%の負けをわずか2営業日で取り返します。
10月30日(木)の明け方です。
4時50分までほとんど勝てませんでした。
4時50分前にボリンジャーバンドをブレイクするタイミングで200枚×3回の買い増しをしますが、これも騙しで逆指値で損切られます。


一気に資産を4000万円台に載せます。

10月31日(金)の明け方です。
4時まで様子見でその後の大きな動きを取りに行きます。


多くのトレーダーが退場していった2008年10月で資産を6倍以上にします。
日本市場での苦戦しているトレーダーを横目にダウをトレードし、引け間際が利益を上げやすいと見るやその時間だけに集中して、レバレッジ取引で一気に増やします。
三空の行動の速さと思い切りの良さが出た一カ月だったかもしれません。
10月の三空のトレードは鮮やかでしたが、レバレッジ取引ならではの後日談があります。
11月に入ってどんどん資産を失います。





CFDをはじめハイレバは大損と隣りあわせです。
三空は身をもってそのことを知っていたにもかかわらず、CFDの宣伝に力を入れます。

楽天ブックスより

CFDはリスクが高すぎるとして政府も注意を促していました。
https://toyokeizai.net/articles/-/10671
政府は2009年半ばより規制に乗り出し、レバレッジが個別株は5倍以下、株価指数は10倍以下となります。
https://www.reuters.com/article/idJPnTK031981920091016
三空は政府に反抗する形でCFDの宣伝をしていたことになります。
参考文献
エンスパ2008年秋号(2008年9月19日発売)
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