第9章クラスター爆弾③
8.非2ch系カリスマトレーダー
当時、TVや雑誌で頻繁に露出していたブログ系トレーダーはライブドアショック以降、苦戦しており、特にクラスターテクノロジーの取引では損を被っています。

簡単に非2ch系トレーダーのクラスターテクノロジーの取引を紹介します。
8-1.迷える子羊
「迷える子羊」は20万円からデイトレードを始め、3億円稼いだ個人トレーダーです。
BNFやcisとからむことはありませんでしたが、2chにも投稿をしていました。

子羊の手法は、上昇エネルギーの強い銘柄を板状況を見ながら買って行くと言うものです。^1
上昇エネルギーの強い銘柄とは、値上がり率ランキングに入っている銘柄やもみ合いを抜けてきた銘柄、出来高が膨らんできている銘柄、急落後に買いが入り始めて出来高が膨らんできた銘柄等で、最終的には経験によって判断します。^1
それらの銘柄をピックアップした後、その銘柄の売り板を食っていく勢いに乗る形でエントリーし、日計りで決済します。^1
2004年8月には書籍も出しています。

ジェイコム事件では1400万円以上の利益を上げています。

全文
子羊は2005年11月18日に新規上場のメビックスを取引して1461万7000円の損をしています。
それを超える利益と言うことですので1400万円以上は稼いでいるでしょう。
ライブドアショックについては、子羊はライブドアを持ち越しておらず、ダメージは無かったようです。
ただ、ライブドアショック以降、過剰流動性の相場が終わり、がばっと買われると逆に売りが降ってくるような地合いに変わります。
上昇エネルギーのある銘柄が急減していました。
子羊は苦戦します。
2006年4月17日のクラスターテクノロジーの取引でも苦戦です。


※子羊が出した2006年4月17日時点の年間収支。
少し先の話をします。
子羊の苦戦はその後も続きます。
2006年4月の収支は-7400万円です。

ブログの投稿から苦悩が伝わってきます。




5月の収支は-3663万円、6月は-1025万円でした。
ブログのキャッシュは2006年7月14日が最後ですが、そこまでの7月の収支は-834万円です。

ブログのコメントも辛らつです。




子羊は2006年8月にブログにパスワードを掛け、現在もアクセス不可の状態です。

^1「別冊宝島 本当に儲けた12人のオリジナル株投資」(宝島社、初版2004年3月17日)
8-2.三村雄太
ここで三村雄太について紹介します。
8-2-1.略歴
三村雄太は1983年(昭和58年)生まれ、名古屋在住の個人トレーダーです。
高校は有名進学校に進むも大学受験に失敗、「偏差値45」と言う平凡な大学に通うことになります。
その挫折感と親も株が好きだったと言う縁で、2003年大学2年だった時にネットトレードを始めます。
資金は親からの借り入れとお年玉を貯めた70万円です。
当初はゲーム好きだったと言う関係でセガやソニーを買うも失敗、すぐさま30万円にまで資金は減ります。
長期保有は儲からないと悟った三村はデイトレーダーに転向します。
ネットで情報収集している時に「キッチンカブー」という投資情報サイトを見つけ、その有料サイトであるカブーフレンズに入会します(2020年頃キッチンカブーはカブビトに改称)。
そこで仕手株の売買を覚え、新興銘柄やIPOにも進出します。
2003年8月には100万円、2004年3月には800万円に資金を増やします。
この頃より生活の中心をトレードに傾け、2004年4月に2000万円、7月に5000万円、8月に7000万円、そして2004年9月に1億円に到達します(参考までにcisが1億円に到達したのは2004年8月)。
時折大きな損をするも基本的には順調で2005年2月には2億円、6月には3億円に到達します。
2005年3月に初めて週刊SPA!(扶桑社)から取材を受け、その関係で2005年8月に「平凡な大学生のボクがネット株で3億円稼いだ秘術教えます!」(扶桑社)と言う本を上梓するに至ります。

8-2-2.新興銘柄のトレード
三村雄太は主に仕手株とIPO銘柄と新興銘柄をトレードします。
新興銘柄のトレードを紹介します。
「ボクのデイトレスタイルは「順張り」が基本なので、相場の勢いについていくことが大事」(A:P55)
と三村は言います。
そのために重要なのが「相場の雰囲気を読むこと」(A:P63)です。
「ジャスダック平均などの指標も、こまめにチェックして最近の「雰囲気」を理解」します(A:P63)。
特に新興市場は「一定方向にトレンドが向かうと、一定期間続くことが多いので、ジャスダック平均の日足、週足を見ていれば簡単に相場の強弱がわかる」(A:P59)と言います。
雰囲気が悪い時は無理をせず様子見をします。
「ジャスダック平均が大幅に下がり、値上がり銘柄ランキング1位の銘柄でさえ、前日比4~5%程度の上昇の場合、下落が下落を呼ぶ兆候のこんなとき、ボクはさっさとベッドに戻って取引をやめてしまいます」(A:P59)
と言います。
相場の雰囲気がいい時はトレードをしますが、ザラ場以外に「夜30分、朝30分程度」(A:P75)情報収集をします。
「夜は明日の相場に備えて、まずヤフーファイナンスの全市場株価値上がり率ランキングをチェックします。そして、日足チャート、分足チャートを見て、株価が移動平均線を上抜いていたりすると、明日の売買リストに加えます」(A:P76)。
三村が売買する銘柄は
「値上がり率上位、売買高上位株の中でピンとくるもの。業績の上昇修正、株式分割など、値上がり材料のある株」(A:P76)
です。
三村が好むチャートは「日足で角度が45度以上あるくらい値動きが激しいチャート」(A:P106)になります。
「ボクはこういう「イケイケ銘柄」が大好きです」(A:P107)と言います。
その他に好きな日足チャートとして、5日線ブレイク(A:P116)や三角持ち合いから上放れ(A:P119)を挙げています。
逆に、苦手なチャートとして「なだらかに上昇して、短期に大きくあがるかどうかがわかりにくい銘柄は好みません」(A:P122)と言っています。
「ローソク足がポーン、ポーンと長くないと短期投資には向きません」(A:P122)と言います。
朝夜の情報収集で銘柄をピックアップしておき、ザラ場に臨みます。
2004年当時、三村は2台のモニターを使っていました。
「1台はメインの銘柄ボードを映し出し、もう1台はジャスダック平均の3分足チャートを映している状態に。
こうすると、平均株価のちょっとの上昇・下降に応じて、売買することができる」(A:P40)
と言います。
ジャスダック平均の動き(3分足)を見つつ、(個別銘柄の)「3分足チャートを見て、参戦のチャンスをうかが」(A:P109)います。
さらに「デイトレをするうえで、「板」の読み方をとても重要視しています」(A:P126)と言います。

板の読み方は簡単に言うと、
「○買い板が厚くなり、売り板がどんどん食われていくと―株価が上がる
○売り板が厚くなり、買い板がどんどん食われていくと―株価は下がる」(A:P129)
と言っています。
これらで相場、チャート、板を読み、利益を上げていくわけですが、三村が「得意技」と呼ぶ手法が2つあります。
「高値掴み高値放し」と「前日のストップ高株を持ち越し」になります(A:P30)。
「高値掴み高値放し」は、分足チャートでその日の高値を取っていくものを買い、さらに高値で売るものです。
正当な順張りでしょう。
「前日のストップ高株を持ち越し」は、この時代の流行りとも言うべき、ストップ高で引けると次の日はギャップアップして寄付くと言う性質を利用したものです。
ストップ高投資法と言ったりします。



手仕舞いは無理をせず、
「板とその日の分足チャートをひっきりなしに見て、買い板が薄くなり、勢いがなくなってしまった瞬間に売ってしまいます」(A:P132)
「様子を見て、まだまだ強いようなら再び買う」(A:P105)
と言うことです。
「「5日移動平均線」より現在値が切るようだったら売ります」(A:P159)と言うように5日線も目安にしています。
8-2-3.その他
・IPOについては、
「あまり業績など考えずに株価の強さだけを感じ取って売買します。ですからボクは、高値でもどんどん買いに入ります。逆に弱くなったらすぐ売ります」(A:P105)
と言っており、強弱のみでトレードします。
「強さの判断は、少し前に上場した銘柄がどのような動きをしているか、新興市場の強さはどうなのかを参考にするといいでしょう」(A:P48)
と言っています。
・仕手株については、
「出来高が急増し、確信犯的な買いが入った「仕手」っぽい動きをする銘柄は、ボクのターゲット。翌日の寄付きをチェックするため、こうした銘柄は自分の銘柄ボードに登録しておきます」(A:P77)
と言うように、出来高が急増した銘柄は仕手化すると見て監視します。
「仕手株に挑戦するときは、仕手筋のシナリオを考えながら売買するとよいでしょう」(A:P46)
と言います。具体的には、
「仕手筋は、どのくらいの力を投入して株価を上げようとしているのか?これからどのあたりまで持っていくつもりなのだろうか?」(A:P174)
と言うことです。
仕手筋の資金量や個人投資家に対する空売りの踏み上げや振るい落としにも注意します。
・ランキングのチェックについてです。
三村は「大切なのが、ランキングを毎日見るということです」と言います。
「毎日見ているうちに、ランキング上位常連の銘柄を「記憶」することができます。すると、「アレッ。上位常連のこの会社のランキングが急激に落ちたな。コレはリバウンドが起こるかも…」なんて具合に、明日のボロ儲け銘柄を発見することができるようになってきます」(A:P77)
と言います。
「株は確率です。出来高が減少している銘柄よりも、出来高が増えた銘柄のほうが儲かる可能性は高い。だって、それだけ世間の注目が集まって活況になっているということは、それだけ買いも集まるので、株価が上がる可能性のほうが確率として高い。ボクは、そう考えています」(A:P78)
と言っています。
・連動銘柄についてです。
三村は連動銘柄を把握しておくのを重視しています。
「株価の動きを予測するうえでヒントになるのが、ここ1週間の値動き(チャート)が似ている銘柄の存在。それを見つけて、グルーピングしておくことは重要」(A:P96)
「人気ランクから拾った銘柄を銘柄ボードに登録しておき、こまめにチャートや板をチェックしていれば、どことどこが連動しているかはだいたいわかります」(A:P96)
「「連動銘柄」を押さえておくと、株価急騰の「初動」をとらえる可能性も増すので、知っておいて損はないと思います」(A:P96)
(手仕舞いについても)「「連動」を押さえるとラクになりますよ。だって、例えばアパマンが崩れたら、(※連動している)日本通信も崩れる→こりゃ売りだ。といった予測がつきやすくなりますからね」(A:P139)
・損切りとナンピンについてです。
「ボクは慎重派なので信用取引も、ナンピン買いもあまりしない。そして、損切りが早い。ちょっとでも間違ったと思ったらスグに売り払うクセもしっかりつきました。だから、あまり損することなくコンスタントに儲けられたのだと思います」(A:P38)
と言っており、レバレッジ取引やナンピン買いと言ったリスクの高いトレードはせず、損切りも早いことが継続的に利益を上げられる要因の一つだと言うことです。
8-2-4.ジェイコム事件
三村のジェイコム事件の時の動きです。
「この日05年12月9日は、みずほ証券がマザーズに新規上場したジェイコム(2462)株の発注ミス事件を起こした翌日。
相場全体は荒れ模様?と、内心ヒヤヒヤしていました。
実は、ボクも昨日のドサクサで、ちゃっかりジェイコム株を50株買い、翌日に持ち越していたんです」(B:P34)
三村の取得平均単価は77万2060円と言うことです(B:P34)。
「ところで、持ち越したジェイコムの取引はどうなるんでしょう。
ニュースを見ると…。
今日は取引停止。
みずほの御発注の後、個人投資家の買いが大量に発生していたので、急騰を期待したんですが…。
まあ、いいでしょう」(B:P36)
ジェイコムは始値67万2000円、高値77万2000円、安値57万2000円、終値77万2000円です。
三村はストップ高で買ったのでしょう。
ジェイコムは翌日以降取引停止になり、最終的に1株91万2000円でみずほ証券が一方的に買い上げる形で終息します。
三村は
(91万2000円-77万2060円)×50株=699万7000円
およそ700万円の儲けを上げました。
8-2-5.ライブドアショック
三村のライブドアショックです。
ライブドアショック後8連続ストップ安があり、ライブドアは1月25日に寄付きます。
三村はここでは寄付き値の155円で買いに行き、一部を利確するも後で買い増したものと含め80万株を持ち越します。
翌26日です。
前日の大引け後に東証が信用取引を規制したため、大幅な下落が予想されましたが、さほど下落せず135円(前日比-2円)で寄付きます。
なお、BNFはここで5000万円損切りをします。
BNFは「ガイアの夜明け」(第8章参照)で「5000万円で済んで良かった」と言っています。
三村は自ら「損切りが早い」(A:P38)と言っていたにも関わらず、ここでは塩漬けにしてしまいます。
10万株を108円で損切りするも70万株はホールド…
その後どうなったのか追っていません。
週刊SPA!2006年2月21日号(2月14日発売)
参考文献
A:「平凡な大学生のボクがネット株で3億円稼いだ秘術教えます!」(三村雄太)
B:「三村式ネット株実践編3億円大学生が徹底指導した勝利の鉄則」(三村雄太)
8-3.株之助(旧名HANABI)
第4章2ch復帰①で紹介しましたが、株之助(HANABI)は2004年8月31日に「ガイアの夜明け」に出演し、一躍脚光を浴びたトレーダーです。
テレビに最初に出た億トレーダーと言われており、元祖・億トレーダーと呼ばれることもあります。
株之助は2003年1月に300万円でデイトレードを始め、2004年3月に1億円到達、2004年10月に2億円に達します。
なお、cisも2003年1月は運用資金が300万円で、2004年7月に1億円到達、2004年12月に2億円到達ですので、当初はcisより腕が良かったことになります。
株之助の手法はスキャルピングでのリバウンド取りのみです^1。
主にザラ場中に急落した銘柄が反発するタイミングで買いを入れ^2、1~2ティックですぐ決済する手法です^3。
反発のタイミングは買い板の厚さ等から読みます^4。
保有時間は数秒から3分程度で^5、10分以上保有するのはまれです^6。
多い時は前場だけで50回は注文を入れます^7。
勝率は7割以上は欲しいと言います^9。
急落銘柄のリバ取りという手法はさほど珍しいものではありません。
タイミングや銘柄選定は個人差があるでしょうが、比較的多くの人が使っている手法です。
この手法は往々にして、小さく利益を積み重ねては大きな損失で全て失うというパターンをやりがちです。
コツコツドカンと呼ばれるものです。
株之助も例外ではなく、頻繁に大きな損失を食らいます。
その損失を防ぐためには、ロット(投入金額)とロスカットのルールは守らなければならないと株之助は言います^10。
株之助は2004年10月に資産2億円に到達していましたが、2005年からは実際の運用資金を3000万円にしてトレードを行っていました。
2005年2月、一日で1000万円の損失を出してします。これは前月の利益を全て吹き飛ばす損失です。


よほどショックだったのか、この時にハンドルネームをHANABI(ハナビ)から株之助に改名します。

2005年12月8日にはジェイコム事件がありました。
ジェイコム株は9時27分、67.2万円で寄付くとストップ安57.2万円に向けて急落します。
その途中で株之助は買いに向かいます。買い増しを続け、平均単価61万円で80株を持ちます。
その後ジェイコム株はストップ安を離れて上昇し、ストップ高まで行きます。
その前後で株之助は平均72万円で手仕舞いします。
880万円、予備の証券口座に用意しておいた資金まで入れたため合計で1000万円以上の利益を得ました。
「投資人生最高のありえない利益」です。

2005年はジェイコム事件での利益も手伝い、3000万円を6871万円に増やすことができました。
2006年に入り、運用資金を5000万円にしてスタートします。
1月はライブドアショックがありました。

この時の損失も含めライブドア関連で1800万円の損失を食らいます(1月の収支は-756万円)。
ライブドアショック以降は新興市場が冷え込み、苦戦が続くようになります(株之助は値動きが速くすぐ利益を上げられためほとんど新興市場のみでトレードをしている^11)。
そこへ来て、4月17日のクラスターテクノロジーです。

この時の損失もあってか、株之助は運用資金を5000万円から2000万円に落として戦うことにします。
株之助は2chでは旧名のHANABIと呼ばれることが多く、それをもじって「鼻毛」と呼ばれることもありますが、おそらく本人は好んでいないでしょう。
^1、とれまがブログ2008年7月23日。
^2、とれまがブログ2008年7月17日。
^3、とれまがブログ2008年7月24日。
^4、「超入門2億円稼いだ株之助の世界一受けたいデイトレ授業」P30。
^5、とれまがブログ2008年8月25日。
^6、とれまがブログ2008年8月25日。
^7、とれまがブログ2008年7月18日。
^9、とれまがブログ2008年8月3日。
^10、とれまがブログ2008年7月27日、8月1日。
^11、とれまがブログ2008年8月8日。
8-4.うり坊
うり坊はもともとパチプロをしていましたが、パチンコは複利が効かず儲けが頭打ちだったため株に興味を持ち始めます。
株式評論家・北浜流一郎の書籍を購入し、そのブログにアクセスしたことがデイトレードの世界に入っていくきっかけになります。
「そこで1日100万円を稼ぐtoppy jumpさんという凄腕トレーダーに出会って、衝撃を受けました。
僕もこの人のようになりたい、デイトレードの可能性を追求したい、思ったんです」^1
2004年3月、スロット稼いだ100万円を元手にデイトレを始め、最初の月で34万円、次の月は190万円の利益を出します。
「これはいけるぞ、と思いましたね。すぐに資金を200万円追加しました」^1
うり坊のトレード手法は一言でいえば、勢いに乗ることです。
「まず重要なのが、市場全体の雰囲気を感じ取り、流れに上手に乗る事ですね。
どんな地合いでも上昇する銘柄は必ずあるので、それを見つけて、上昇の勢いにうまく乗って利益を出しています」^1
「株価が連続して急騰するような銘柄で、値動きが大きいものですね。
上昇する理由が何であれ、株価が強い勢いで上がっていくのならば、それは利益を出せるチャンスです」^1
「銘柄をピックアップする方法ですが、多くのデイトレーダーと同じで、上昇率ランキングなどから、日足チャートを参考にピックアップしていきます。
僕の場合は、何より日足の強さ、勢いを重要視しています」^1
と言っています。
エントリーポイントは、5分足で前日の高値やもみ合いからのブレイクになります。
下がったら押し目で増し玉をし、信用取引も枠いっぱいに使います。
うり坊はこの方法で瞬く間に資産を増やします。
小泉バブルの好地合もありました。
2004年8月には1千万円を突破、2005年7月には5千万円を突破し、2005年10月には1億円の大台に到達します。
https://plaza.rakuten.co.jp/uribou777/diary/200510030001/
https://plaza.rakuten.co.jp/uribou777/diary/200510030002/
2005年12月8日にはジェイコム事件がありました。
ジェイコム株は67.2万円で寄付き、一度ストップ安57.2万円まで売り込まれます。
その後ストップ高へ向けて上昇途中、うり坊はおよそ69万円で40株買い、72万円でも40株買います。
そのうち40株をストップ高77.2万円で手仕舞いします。
残りをいつ手仕舞ったか不明ですが、おそらく溶け合い(強制決済)の91.2万円で決済したのでしょう。
となるとおよそ1096万円の利益を上げたことになります。










https://ameblo.jp/uribou777/entry-10006879041.html
https://ameblo.jp/uribou777/entry-10006882994.html
2006年1月16日にはライブドアショックがありました。
15時直前に堀江貴文社長が逮捕されますが、うり坊はその直前にライブドア株を全て手仕舞う神業を見せます。
「1月16日もライブドアを700円くらいで14万株も持っていたが、2時50分ごろに700円をきった所で全部投げた。
直感的に「これはおかしい」と感じた。それに感覚だけではなく、理論的にもおかしかった。
何故なら、マザーズ指数が90ポイント上がっていたのに、ライブドアの株価だけ下げていたからだ」^2
「マザーズの上昇に乗り遅れているだけだろうと考えて買っていたのに、引け間際に下がったのだ。
これだけマザーズが強いなか、ライブドアだけが下がるなんておかしい。
「保有銘柄全てを売却すべきだ」と僕のなかにある何かが警鐘を鳴らしたのだった。
そして、保有していた14万株を全て売却しロスカットした。
僕が売った後もライブドアは下げ続け、なんだか表しようもない不気味な感覚が残った」^2
鋭い視点と素早い決断でライブドアショックを逃れ、2006年2月には資産が2.4億円に達します。
1億円到達からわずか4カ月で2億円越えです。
破竹の勢いで資産を増やすうり坊ですが、いい時代は長くありませんでした。
2006年3月、ソフトバンクで2000万円の損切りをします。



さらにクラスター爆弾が落ちた2006年4月17日です。
















「それまでのIPO銘柄は、初値をつけたあとで下がっても、100%リバウンドしていたから、逆張りをしていたんです。
でも、ラクーン、ハブ、ジェイテックは違った。
なのに、下がったら下がるほどリバウンドしやすくなるって思うと、売れなくて…。この3銘柄で7000万円ヤラれました」^3
ラクーン(3031)は2006年4月6日、ハブ(3030)は4月3日、ジェイテック(2479)は4月6日に上場しています。
このコメントには含まれていませんが、4月13日に上場したクラスターテクノロジーでも損切りがありました。
これらを含め4月17日~21日で8900万円損失します。
https://finance.toremaga.com/inspecial/uri/196.html

100万円をわずか416営業日で1億円にしたうり坊でしたが、地合いの変化に大苦戦です。
^1、「うり坊式デイトレ最強の法則」(フロム出版)
^2、「デイトレで2億儲けた方法、1億損した失敗」(うり坊)
^3、ダイモンドZAi2007年10月号
8-5.カリスマトレーダーの凋落



大きく減らしてしまったトレーダーの、その原因はうり坊がリンクのブログで検証しているように
「一番大きな要因は『初めての体験』であると思う。
基本的にこの相場の世界で勝つということは、過去の経験からこうすれば勝てるということを体で覚えていき、そして体現していくことが一番簡単な勝ち方であると思う。
今までの僕には、今回の『IPO大崩壊』のような下落の仕方がインプットなされていなかったということ。
今までならば・・・ということをマーケットに否定されたが為にこの事態に陥ったのだ」(うり坊)
と言うように地合いの変化に対応できず、過去のパターンでトレードしてしまったことでしょう。
特に2005年の小泉バブルで増やしてきたトレーダーは、
「株価急落時ですが、狼狽売りはまずやりません。
あ~落ちてる、と見ているだけですね(笑)
基本的に日足チャートが強い銘柄しかやらないので、底値を割ったりとかよっぽどの状態以外は、株価を戻してくるんですよ。
急落の場合は、落ち着いてからナンピンしたりしてますね」(「うり坊式デイトレ最強の法則」2005年11月10日発行)
うり坊のこの言葉に見られるようにリスク管理が甘くなっていました。
うり坊が地合いが最高に良かった2005年12月に投稿したブログ記事「来る日のための準備」です。
この記事は後々、大損したうり坊への鎮魂歌のように頻繁に引用されることになります。

https://ameblo.jp/uribou777/entry-10006683906.html
至極まっとうなことを言っているのですが、ほんの数カ月後のうり坊の惨状を見るとおかしさと哀しさの入り混じった微妙な感情を持たざるを得ません。
cisもうり坊に関しては、

「一番重要な地合いにあわせて売買できてない」と言っています。
その後、三村雄太こそ資産を伸ばしますが、その他のトレーダーは苦難の道のりが続くことになります。
cis伝HOME BNF伝TOP
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