第3章2ch登場①
1.2003年5月以降の情勢
2003年3月20日、米国軍のバクダッド空爆によってにイラク戦争が始まります。
4月には早くもイラク戦争終結の見通しに伴う米国景況感の回復があり(5月1日に戦闘終結)、加えて4月30日に日銀会合での金融緩和の拡大決定がありました。
同日三菱東京FGがストップ高を付け、悲観ムードは一気に後退します。
その後5月17日にりそな銀行に公的資金が注入されることが決定し景況感に弾みがついていきます。
日経平均は2000年から続いた下落トレンドが終わり、上昇トレンドに転じます。
2003年日経平均日足チャート

2.cis
2-1.2003年半ばまでのcis
2002年夏、cisは短期トレードを始めます。
ところが長期投資の割安株投資をそのまま短期トレードに用いたため、およそ2000万円あった資産を瞬く間に失ってしまいます。
2002年12月、cisは当時2ch株板でトップトレーダーだったuoaと共に忘年会を開きます。

cisはここでびびりおんに出会い、ワラにもすがる思いでびびりおんの値動き重視のトレードを模倣し始めます。
ようやく資産は下げ止まります。
その後、試行錯誤を続けていた時に2003年5月の上昇トレンドに乗ることができ、cisは全力投資に物を言わせ資産を急増させていました。

2003年7月、cisはUFJホールディングスの暴騰で資産をおよそ300万円から900万円へ3倍以上にします。

9月にはさらに倍の1800万円にします。
UFJホールディングスの取引を得意にしていたcisですが、UFJホールディングスの取引で、あるハイリスクな取引をします。
そのトレードを紹介します。
2-2.UFJホールディングスと中国出張
cisは親族が経営する会社の取締役課長でした。
その仕事の関係で2003年10月2日(木)から四泊五日の中国出張が入ります。
当時の中国はネット環境が悪く、日本のiモードもろくに通じません。
10月1日(水)、中国へ旅立つ前日です。
この日、UFJホールディングスはストップ高をします。終値は489,000円でした。
そのおかげもあってcisはUFJホールディングスの取引で157万円の利益を上げます。
翌日から中国出張が入っているにもかかわらず、そのままUFJホールディングスを持ち越します。
金額にして2125万0800円分、総資産(1879万6300円)をオーバーする持ち越しです。

cisが当時やっていたブログのコピペです。
9/31は10/1の間違いです。

ブログと同じ内容を2chにも書きますが、「全然もうからねー」と言いながら前日比で9%以上の儲けを出しているので煽られています。
「鬱山車脳」は「鬱だ死のう」→「鬱山車(だし)脳」という誤変換から来たスラングです。
そのまま「うつだしのう」と読んだり「うつざんしゃのう」「うつやましゃのう」「うつやまだ」と読んだりします。

うんこはUFJホールディングスのことです。
リスクとリターンを考えて信用二階建てと言うことです。
おそらく当時は地合いが良く、ストップ高で引けたものは翌日も買い気配で始まることが多かったためでしょう。
とは言え、トレード出来ない環境で持ち越しは危険です。

10月2日(木)です。
cisは中国へと旅立ちます。
UFJホールディングスは524,000円で始まり、一時ストップ高まで行きます。
大引け前に垂れて終値は506,000円でした。

cisは株価を見ることができるのか分かりません。
10月3日(金)です。
cisは中国です。

ローマ字入力で2chに書き込むのがやっとです。
かろうじて株価だけ知ります。
UFJホールディングスは乱高下しましたが、大引け前に持ち直して終値は527,000円でした。
10月4日(土)5日(日)とcisは中国にいて、10月6日(月)にようやく帰国します。

レバレッジを利かせて持ち越し、海外出張に行くという危険な取引の結果は…
+290万8200円です。
大勝利です。

この日(10月6日)は終値544,000円(前日比+3.23%)で暴騰していたのです。
結果は見事ですが、ハイリスクなのは言うまでもありません。
世界的な大暴落を生んだ米国同時多発テロからまだ2年しか経っていない時期です。
cisは命知らずのギャンブラーと言う印象をつけたトレードでした。
cisに開眼するきっかけを与えたびびりおんもcisのこのような行動には批判的です。



3.フルーツパーラーオフ
前述のように2002年12月、忘年会オフでびびりおんとcisは出会い、二人は2ch上だけでなく、リアルでもよく遊ぶようになります。
びびりおんとcisは連日のようにオフ会を開いており、2003年11月4日、顔見知りだけでオフ会を企画しますが、前日になって一人がキャンセルします。



平日と言うこともあり、なかなか応募が無かったのですが、ようやくメールが来ます。

2003年11月4日銀座千疋屋のフルーツパーラーで行われたオフ会は、6人での開催になりました。
cisは方向音痴で

と2chに書き込んでおり、この時本当にたどり着けなかったらcisのトレーダー人生は大きく変わっていたかもしれません。
オフ会から帰って来て、



と言っています。
4.閑話休題
本題とは関係ありませんが、後々長く2ch上でネタとして扱われた話題を紹介します。
4-1.マスメディアデビュー
cisは2003年の年初に300万円だった資産を11月には3000万円近くにしていました。
どこで聞きつけたのか、ある記者がcisに取材を申し込みます。

ところが、記者は自分で色々調べたらしく取材を取り下げます。
cisの3000万円を嘘と思ったのか、まぐれで増やしただけと思ったのか、どうでしょう。

cisはこの日UFJホールディングスの取引で100万円以上の損を出します。

すると、日本証券新聞のネットサービスである兜町ネットでこんな記事が流れます。

cisはそれまでゲーム雑誌などに載ったことがありましたが、株関係でメディアに出るのは初めてです。
苦々しいマスメディアデビューでした。
4-2.名古屋ドル紙幣ばら撒き事件
2003年12月23日17時過ぎ、名古屋市のテレビ塔から1ドル紙幣と旧100円札およそ5000枚、金額にしておよそ100万円がばら撒かれます。

https://sonohino.com/2003/15-1223 より
この犯人(?)は2chのコテハン・ヒキ投資家◆mDHd/OASmMでした。
儲けた銘柄は足利銀行のようです。



この事件は、デイトレーダーが世間を騒がせた最初の事件と言えます。
5.フルーツパーラーオフ後
本題に戻ります。
cisはフルーツパーラーオフの後もその印象が忘れられないようで、


あのuoaより上手いトレーダーがいる―
uoaはこの年(2003年)の8月、ブログに「死亡」の文字だけを残して消息不明になっていました。


uoa以上というその謎のトレーダーは“2億円先生”として噂になります。


すくる~じはcisやびびりおんとともに2002年12月の忘年会オフと2003年11月のフルーツパーラーオフの両方に参加していました。
すくる~じも2億円先生はuoa同様に別格と言っています。
cisは2億円先生の話から得るものは多かったようです。


勝ちたかったら勝っている人の研究をしろ、これはもうcisの信念となっていました。

具体的に教わったことと言うのは「逆張り教えてくれた師匠」(2004年1月5日15時37分)と言うように逆張りの手法です。
2億円先生は一度名無しで2chに書き込みをしています。
フルーツパーラーオフの後にcisが急に乖離率の話をするようになったことについて、

と言っており、内容からcisがフルーツパーラーオフで出会った2億円先生であることが明らかです。
cisは急激に勝てるようになったことについて


と言っています。
おそらく2億円先生は逆張りの話をする中で「トータルの値動き」について話し、cisはそこから資金の流れ(物色傾向)を捉えることを得たのではないでしょうか。
cisのトレード方法の最もコアな部分の一つである売買状況から違和感を読んでいく方法について

と言っており、2億円先生も同じようにやっていたということです。
2億円先生とは何者なのか、誰もが興味津々です。


謎の2億円先生は2004年1月18日、ついに秘密のベールを脱いで登場します。

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