はるか昔の話、
偉大なる勇者アレフは、世界を闇で覆い尽くしていた竜王を討ち、
世の中は再び平和な世界に戻ったのだと言われる。
世界中の人々は平和な日々を楽しみ、喜び、
子々孫々に至るまで、その恩恵を当然蒙れると考え日々の生活をしていた。
だが、わが国ではこれを、当然の平和とばかり喜んではいなかった。
我がローレシアは、勇者アレフの直系の流れをくむ国。
万が一、世界が再び闇に覆われることになったら、
この国が率先して立ち上がり、アレフに続いて、闇を晴らす。
これが我々に課せられた宿命であり、偉大なるアレフの意思でもあった。
質実剛健で飾り気のない国ではあったが、
日々の修練も怠ることなく、兵力も充実していた。
そうして最低限の強さを保つ事は出来ていたかもしれないが、
そうは言っても、いかんせん世界は平和だった。
これで良いのか、これで足りているのかは分からない。
きっとアレフ以降、どの歴代の王も、来るべき危機を想定しつつも、
心のどこかで、平和に浸りきった心と体は緩みきり
実際何も起きないままに、平和のままに生涯を終えていった。
そして、また自分も。
恐らくは、何も起きないのだ。
ただ、何も起きない平和な中でも、
一つだけ自分には、課せられた使命が残っていると思っていた。
それは、ロトの血を残す事。
アレフの、そしてロトの血を引き継ぐ勇者の血筋を
自分の代で断つことはあってはならなかった。
しかし、ほんのそれだけの事が難しかった。
既に自分が王位に即位して何年にもなる。
ローレシア王には中々子どもが授からなかった。
親戚筋の王族ならいるには、いる。
ローレシアの国としての最低限の形は繋ぐ事はできる。
だが、代々直系の者がローレシアでは王となってきた。
その「当たり前」の事すら自分には出来ないのか。
そんな風に思う日々であったが、
そんなある日突然一つの僥倖が舞い込んできた。
王妃が懐妊したというのだ。
舞い込んだニュースは、ローレシア中に広がった。
国民達の喜びの声とともに、
自分が一つ責を果たせたのだと安堵する気持ちがあった。
「あなたは、この子にはどんな大人になってほしいですか?」
王妃は、慈しむようにお腹を撫でながらそんな事を聞いてくる。
子どもの事を考える。長い人生の中で初めてのことだ。
少々こそばゆい気持ちがする。
「ああ、元気に育ってくれればそれで良い。」
少し考えて、王はそう答えた。
+++
王は、生まれた子どもにアレンと名づけた。
アレフにも、負けない勇敢な勇者に相応しい名前だ。
王と同様に、高齢だった王妃は難産になると言われていたが、
予想に反して、アレンは予定日どおりに生まれ安産だった。
「ああ、アレン良い子ね。」
アレンは、とても元気な赤子だった。
小さい体で、大人も驚くほどの大きな声で泣いた。
ただ、母乳も良く飲んだのだが、
あまりによく飲み、よく泣くもので、
すっかり王妃は疲れ果ててしまっていた。
王妃は何とか赤子を満足させたいと思うが、
疲れに比例して、次第に母乳は出なくなり、やつれてしまった。
「どうした、どうしてこんなに泣いているんだ。」
「お腹が空いたのよね。アレンは、おっぱいが大好きなのよ。
でも、私じゃ満足できないのよね。
ああ、可哀想なアレン。」
アレンは昼も夜も可哀想なくらい泣き続けた。
さらに、力の強いアレンは、面倒を見ようとする女官達にも懐かず
女官も乱暴な赤子の世話が手に余っていた。
王妃も眠れぬ夜が続いていた。
そんな夫妻に、宰相が一つの提案をしてきた。
乳母を立ててはどうかと言うのだ。
慣例としてそんな習慣がローレシアにあった訳ではない。
ただ、ごく最近、不幸にも赤子を喪ったローレシアの夫婦がいた。
その母はよく母乳も出ていたというのだ。
王妃は、その提案に嫌悪感を示すことなく頷いた。
「アレンを満足させてあげられるのなら、
そうしましょう。」
++
乳母が来てから、
アレンは空腹に泣く事もなくなっていった。
すくすく元気に育つ赤子に、
王妃も嬉しそうな表情をしていたし、
王はさらにその王妃を見て、この判断は良かったと考えた。
乳母はよく言っていた。
「アレン様はとても力強くてびっくりします。
きっと立派な勇者様になられますよ。」
こんな赤子に言うのもおかしい話だが、
だが、ローレシアの王子と言う事は、
すなわちロトの血を引く勇者の末裔だという事だ。
それを思うと、軽々しくは誰も接してこない。
だが、王はそれは好ましくないと考えた。
確かにアレンはローレシアの王子であるし、ロトの血を引く。
その生まれながらの血筋が、アレンにとっての全てとなってはいけない。
いずれ人の上に立つものであるなら、
なおさら、多くの人と接して大人になってほしいと思ったのだ。
高齢の自分は、もしかするとアレンが大人になるまでいられないかもしれない。
だから、その身は、生まれ持った血筋ではなく、
自らの人となりで立てられるようになって欲しかったのだ。
だが、アレンの周りにいた人は決して多くは無かった。
相変わらず力の加減も出来ないアレンは、
不快を顕にすると大人の女官に噛み付き、怪我を負わせることもあった。
たしなめる事は、年若い女官には出来なかった。
大人でそれである。
同年代の子どもと触れ合うなどとは、とても出来ない事だった。
もう少し分別がつけば、アレンも変わるだろうか・・・と
そんな風に時が経つのをただ待つだけの日々だった。
ある日、授乳に来た乳母は、見知らぬ1人の子どもを連れてきた。
3つか4つになるかどうかと言った年頃の子だ。
「あら、その子どもは?」
王妃は尋ねた。
「勝手につれてきてしまって申し訳ありません。
亡くなった子どもの兄弟なのです。
王子の邪魔にならないようきつく言っております。
少し一緒にいても良いですか?」
「大丈夫よ。」
言葉通り、その子どもはじーっと静かにしていた。
「賢い子ね。ちゃんとお母様の言う事を聞いているのね。」
そして、乳母はいつものようにアレンに乳を与えた。
だが、その子はその乳母の姿を見ると、何故かぽろぽろと涙を流し始めた。
お腹でも痛いのかと思ったが、そんな事は無かった。
「何を泣いているの。おかしいわよ。
王子様の前で!」
乳母の大きな声で、アレンはびっくりして泣き出してしまった。
「う・・・ううぅ・・・・。うわああーーん!!」
癇癪を起こしたアレンは、少しやっかいである。
暴れてしまって、抱いて揺さぶっても中々泣き止まないのだ。
「大丈夫よ、アレンをこちらへ。」
王妃が乳母からアレンを抱き戻そうとすると、
その子どもが、小さく「あっ・・・」と声をあげた。
「なぁに?どうしたの?
言いたい事があるなら、言って御覧なさい。」
王妃の言葉に子どもはか細い声で、お願いをした。
「赤ちゃんを・・・抱っこしたいです。」
王妃は乳母と顔を見合わせた。
アレンが若い女官を泣かせた事も知っている。
こんな子どもの手に負えないだろうと思った。
「抱っこしたいです。」
だが、懇願するようなその声に、
王妃は頷いた。
「良いわよ。でもあなたはまだ小さいから、
そこにお座りなさい。
アレンは重たいわよ。しっかり抱いてあげてね。」
「はい!」
言われたとおり、子どもはぺたんとその場に座って、
渡されたアレンを大事に大事に抱きしめようとした。
だが当然、泣いているアレンは、不満そうに
暴れまわって、子どもを何度も殴った。
すぐに子どもは音をあげて、アレンを手放すだろうと思った。
だが、殴られても暴れられても、
子どもは慈しむようにアレンを抱きしめ続けた。
「かわいい・・・、かわいい・・・。
ああ、なんてかわいい子なんだろう。」
これは、どういう事なのだろうか。
大人も音を上げるような乱暴で見知らぬ赤子を、
何故この子どもはこんな風に愛しそうに抱いているのだろうか。
暴れていたアレンだったが、
次第に疲れたのかうとうととし始めた。
そのときだった。
その子どもが意外な言葉を口にしたのだ。
「かわいい・・・・。私の弟。」
王妃は一瞬何を言っているのか分からなかったが、
乳母はハッと顔をあげると、子どもからアレンを奪い取った。
「あっ!!」
子どもは悲鳴をあげるような声を出した。
「とんでもない勘違いよ!
出て行きなさい!クレハ!!」
そして乳母は子どもを部屋の外へと追い出してしまった。
「どうしたの?急に。一体どうしたというの?」
王妃が尋ねると、乳母は苦々しそうに答えた。
「この子は、アレン様と亡くなった弟とを勘違いしているのです。
私が王子へお勤めに来ることも、私だけが小さな弟と会っている
とでも思ったのでしょう。」
その言葉は王妃に少なからず衝撃を与えた。
「あの子、なんていったかしら?クレハと言った?」
「はい。クレハと申します。」
「クレハは、生まれた弟を、抱いた事がなかったの?」
その質問に、乳母は少し間を空けて答えた。
「・・・はい。あの子は、一度も、弟を抱いた事はありません。」
「まぁ・・・。」
それであの反応だったのだろう。
きっと母のお腹が大きくなるにつれて、あの子は生まれてくる
赤ちゃんに会うことを期待に夢膨らませて楽しみにしていたはずだ。
それなのに、生まれた赤ちゃんを一度も抱く事が出来なかったのだ。
自分の母が別の子どもに乳を与えていると言う事も、
どのように感じただろうか。
あんな小さい子が、冷静に状況を判断する事など出来なかっただろう。
亡くなった弟と、アレンとを重ねてみてしまう事は無理からぬ事だと思った。
それから乳母は恐縮してしまい、クレハを連れてくることは無かった。
アレンが成長するにつれて、乳母がお勤めに来城することもなくなっていった。
アレンは、歩き始めても、相変わらずやんちゃで、
女官の手に余る日々だった。
「あーーー。」
「あー、じゃない。
棒で、人を叩いてはいけません。痛いのよ。」
王妃が今日も暴れまわるアレンを捕まえてそんな注意をしていると
王が珍しく2人の部屋に入ってきた。
「あら、あなたどうかされましたか?」
「最近見かけないのだが、あの乳母が来なくなったのだな。」
「どうも、少し恐縮してしまったようです。
最近は、アレンも色んなものが食べられるようになりましたしね。」
「恐縮とは何のことだ?」
王妃は先日の事を王に話した。
乳母の上の子が口にした言葉。
きっと身分を考えて、乳母はとんでもないと思ったのだろう。
「なんだ、そんなことか。
乳兄弟と言う言葉だってある。
アレンの事を弟と思うことは、間違ってもいないじゃないか。」
「まぁ、そうとも言いますね。
でも、多分あの子が言った事はそう言うことではありませんよ。」
死んだ弟とアレンを重ねて見たのだ。
「構うものか。
その子を・・・、クレハを連れてきなさい。」
王は、そう指示した。
考えていることがあったのだ。
+++
久方ぶりに乳母はクレハをつれて来城した。
王妃は、少しその乳母のよそよそしい雰囲気が気になった。
クレハもよっぽど口をすっぱく注意されたのか、
遠慮がちに乳母の後ろに隠れていた。
「いつも世話になっているな。
そして、その子がクレハか。」
王はアレンを抱きながら、クレハに近づいた。
「やい、やいやい。」
ぽこぽことアレンは王の頭を叩いた。
「これ、アレン。
見なさい、お前のもう1人のお母さんだよ。
沢山お世話になったんだから、
お礼を言いなさい。」
「お、王様!!とんでもないです!
何を仰るのですか。
私は務めを果たしただけの事!!」
「そうか・・・。」
乳母の言葉に、王は頷いた。
「そして、君がクレハだね。
もし良かったら今日アレンと遊んでいかないか。」
その言葉に影に隠れていたクレハの顔は、
ぱっと明るくなった。
「王様、お戯れはおやめ下さい。
この子は・・・。」
前に出ようとするクレハを乳母は押しとどめて
恐縮して辞退しようとした。
「なら、これも勤めだと思ってくれぬか。
この子に、アレンと遊んでやって欲しい。」
「お、お勤め・・・ですか。」
王からそう言われると断る事なんてできない。
乳母はクレハを差し出した。
「クレハ、失礼のないように・・・。
この方はアレン様と言います。
この国の王子様よ。」
「アレン様・・・。」
クレハはおずおずと遠慮がちに前に出た。
だが、その表情は喜びに満ちていた。
「あ、あそびましょ?」
クレハはよちよちと歩くアレンの手を引いて、庭に出た。
アレンはどうも長い棒状のものを見つけると
拾うのが好きらしい。
「っきゃ〜〜!」
お気に入りの棒を見つけて、
歓声をあげるアレンにクレハも着いて歩いた。
「アレン様は、ちっちゃいけど、本で見た剣士さまみたいね。」
「たいたい?」
「そう、それで頭を叩いたら、皆痛い痛いって言うね。」
「たーい。」
頭を抱えて、そんな事を言うアレンにクレハは笑った。
「そうそう、痛いの。アレン様は賢いね。」
褒められて、嬉しそうにアレンは笑った。
次にアレンは棒切れで、地面をぺちぺちと叩いて歩いた。
そしてその棒の衝撃が、一輪の花をつぶしてしまった。
それを見て、クレハはアレンの手を捕まえた。
「?」
「アレン様、駄目ですよ。お花も痛い痛いですよ。
綺麗に咲いていたのに、かわいそう。」
「ふ・・・うわああーーん!」
怒られたと思ったのか、アレンは泣き出してしまった。
クレハはアレンの手をそっと、つぶれた花に持っていった。
「お花も痛い痛いですよ。」
「たい?」
「そうです。
もうこんな事しちゃ駄目ですよ。」
しゅんとしたアレンに、今度はクレハが笑いかけた。
「アレン様、きっとこの棒で剣みたいに戦いたいのね。
クレハなら、叩いても良いですよ。
戦いごっこしましょう!」
そう言って、今度はクレハもアレンのように棒を持った。
一連のやりとりを見守っていた大人たちの反応は様々だった。
乳母は真っ青になっていた。
アレンを泣かせ、さらに棒切れをアレンに向けるなんて、
とんでもない事だと思った。
だが、王と王妃は違う事を考えていた。
大人の女官も遠慮がってアレンに注意なんて出来なかった。
アレンと同じ目線で遊ぼうとした者もいなかった。
王は2人のやり取りをみて、あることを決意した。
遊びつかれて眠くなったアレンを、
クレハが抱いて帰ってきた。
「アレン様、眠ってしまったみたいです。」
「ええ、ありがとうね。」
王妃にアレンを返すと、クレハはぺこりと頭を下げて、
退所しようとした。
それを、王が呼び止めた。
「クレハと言ったね。
今日はアレンと遊んでくれてありがとう。
どうだった?」
こんな風に小さい弟と遊ぶのはクレハの夢でもあった。
「・・・えーっと・・・アレン様とっても可愛かったです。
今日はとっても楽しかったです。」
「そうか。クレハは、アレンの事を自分の弟のように
思っているんだって?」
「え!?」
その言葉にクレハはぶんぶんと首を振った。
きっと母からそれが分を弁えない、とんでもない事だと、
きつく言われているのだろう。
「違いますっ。違います!」
あわてて否定するクレハに王は優しく言った。
「違うのかい?
だけど、もし良かったら、本当にアレンの兄弟に、
なってくれないか?アレンはクレハの弟だ。」
「私の・・・弟?」
「そうだな、クレハがお兄さんだ。」
「え、ええっ?お兄さん・・・ですか?」
突然の言葉に、クレハは何と答えたら良いのか分からないように
戸惑った。
王妃は一度首を傾げて、王に耳打ちした。
「クレハは女の子・・・ではないでしょうか?」
髪の毛は短いが、さすがに良く見ると分かる。
王も一瞬そうだったのか、と思ったが、考えは変えなかった。
「馴染みのない場所へやってきて、苦労もあるだろう。
それにやんちゃのアレンの相手をするのだ。
兄の方が何かと都合がいい。」
ようは本来の身分や性別を分からないように
あえて、詐称すると言う事だ。
「わ、分かりました!
私なんでもやります!
アレン様のお兄さんになります!」
それに乳母が断りを入れた。
「王様、何を仰いますか!」
「あんな風にアレンと楽しく、また厳しく接してくれる者が
城内にはおらんのでな。
本当の弟と思って、厳しく接してもらって構わない。」
「い、いえ・・・そんな事ではなく・・・。」
あくまで辞退しようとする乳母に、
王は静かにだが、反対を許さないと言う風に言った。
「不便がないように、家族も城の中にいられるように計らおう。
他に十分な待遇を約束する。」
「そ、それも・・・お勤めですか?」
「最初は・・そう思ってもらっても構わない。
勿論おぬしも不便な事がないように取り計らおう。」
「・・・・わ、分かりました。」
王の命令とあらば、断る事が出来ない。
王の命令、お勤め、最初はそんな理由だった。
「う、嬉しいです!!」
だが、クレハはこのことを喜び、
日、一日と成長するアレンのそばに付き添った。
++
その後の、アレンを取り巻く環境は必ずしもいいものとは言えなかった。
むしろ、状況は年を追うにつれて、
徐々に悪くなっていった。
成長し、剣の才能を開花させていくアレンだったが、
反対に、あろう事か魔法の能力が全くないという結果が出た。
ローレシアのたった1人の王子、跡取りが
魔法の才能を持たない。
ありえない事であった。
「中には、アレン様がロトの血筋である事を疑うものすらいると言う事です。」
宰相は国の噂を王の耳に入れた。
王は信じられない思いだった。
「アレンは、たった一人の私の息子だ。
アレンがロトの血筋でないのであれば、私のことをも愚弄するのと同じ。
そのつもりで言っておるのか!?」
「い、いいえ・・・!そんなつもりは。」
宰相はあわてて首を振った。
あくまで噂の対象は王ではなく、アレンに対してだった。
まだ10にもならない子どものアレンも
少し周りの環境が変わったことを感じ取っていた。
魔法のことは、本人が望んだ事でも何でもない。
小さな子どもには、あまり不憫な事実だった。
その噂が広まると、
少しずつアレンへの国民への対応も変わっていく。
はっきり口にせずとも、人々はアレンを避けるようになり、
中にははっきりとアレンを陥れるような事件もあったという。
「アレンは何をしておる?」
「は。アレン様は今日も剣の修練に精を出しておられ。」
「またか。」
そして、本人も魔法についてはさっさと見限ったのか、
魔法の講義などには全く興味を持たなかった。
「王、いいニュースもあるのです。
アレン王子の実力はわずか10歳にして、
大人の兵にも引けを取らないと。
私は、これがロトの血の証明であるとも思います!」
宰相は王を安心させるように、いいニュースだとそんな事を言った。
だが、王は少し疲れていた。
皆が言うロトの血という言葉。
ロトの血筋の証明・・・。
平和な世の中に、そんな力や魔法というものは、必要だろうか。
「クレハはどうしておる?」
「は?クレハさんですか。
クレハさんは、ずっとアレン様のそばにいらっしゃいますよ。」
どうやら、王妃によると、一騒動があり、
昨今クレハはアレンに女であることがばれたらしい。
いや、いかにそう言う点に幼いと言っても、
今の今までずっと本気で男だと思っていた点の方が驚いたのだが。
まぁ、王妃いわく、アレンは初見で間違えた自分の方に
似ているのだそうだ。
それはさておき、女官にも愛想をつかされ、
同年代の友人からも手のひらを返され、
それでも、クレハはアレンのそばにいるらしい。
思った以上に、献身的と言うかなんと言うか・・・。
きっと、自分の直感は正しかったのだろう。
クレハは、アレンの孤独感を少しは癒してくれている事と思った。
++
それから七年後。
運命はさらに残酷に回りだす。
竜王が倒されて以後
アレフがもたらした世界の平和。
その大前提が打ち破られる時がきたのだ。
『ムーンブルク落城』
その報はあまりにも突然舞い込んできた。
傷ついたムーンブルクの兵は
ロト三国筆頭、ローレシアまでその悲報を何としても伝えんと
決死の覚悟でやってきたのだ。
ムーンブルクは壊滅し、
王をはじめ、多くの国民の命が失われたと言う。
ほぼ、全滅と言って良い惨劇だった。
しかし、その中で一点。
ムーンブルクの王女、マリアの生死だけが判然としない。
王は即刻に、ローレシアの一団を派遣し、
マリアの救出に向かわせようとした。
そして当初、アレンもその一団の一人として旅に出るはずだった。
だが、アレンは頷かず、驚くべき台詞を吐いた。
「行くのなら俺が一人で向かいます。」
たった一人で旅に出ると言ったのだ。
ムーンブルクを襲った魔物の軍勢が次にローレシアを襲うかもしれない。
大勢を探索に裂くのは得策ではないと。
勿論反対をした。
確かに今やローレシアのどの兵にも劣らない実力を身につけた。
そうは言っても、アレンは一切の魔法を使えない。
だから、勇者アレフとは違うのだ。
いや、それより何より、
アレンはたった一人のローレシアの跡継ぎなのだ。
王は頭の中で様々な考えが逡巡としていた。
しかし、なおもアレンは口を開いた。
「かの勇者アレフも一人で旅に出たと言います。
俺とて同じ血を引くもの。」
平和な世の中になったと思っていた。
だが、アレンはずっと心の中でこんな事態を想定していたのだろう。
その言葉に、王は自分の私情を心に収めた。
自分より、よっぽどアレンは世界を思っている。
王は、条件をつけて、アレンの旅だちを認めた。
アレンと同じロトの血を引く隣国サマルトリアの王子、
そのものと合流し、2人であれば旅だちを認めると言ったのだ。
アレンは若干不服そうな表情もしたが、
それに従った。サマルトリアの王子は魔法も使えるという。
アレンのない部分を補ってくれると思った。
そうしてアレンは、本当に旅だってしまった。
あっという間の事だった。
王妃は、当然話を聞いていないと憤った。
だが、結局は運命を受け入れるしかなかった。
「今までずっと平和だったじゃないの!
どうして、今こんなことに!?
あの子はまだ子どもなのに!なんて過酷な運命なの・・・!!」
王も同様の思いだった。互いにこの運命を呪った。
自分が即位してから、何年も何年も経ち、
ようやく授かった1人息子。
ただ元気に育てば、それだけで良いと思っていたはずだった。
だが、何の運命のいたずらか、
魔法力を持たないアレンは小さい頃から、
国民からも疑いの目を掛けられていた。
居心地の悪い思いをさせてしまっただろう。
せめて平和な世が続けばと、
ただそれだけの事すらも覆されてしまった。
今頃、どんな恐ろしい魔物と戦っているのだろうか。
アレンを取り巻く環境は苛酷なものばかりだ。
一体何が悪かったと言うのか。
王は、かつて自分が過ごしてきた最低限な生活すら
アレンにはさせられていない事を感じていた。
もはや、国を離れたアレンの無事は、
王も王妃も祈る事しかできない。
「王様、王妃様、
大丈夫ですよ。」
そう言って王に声をかけたのはクレハだ。
「だって、アレン様、本当にお強くなりました。
ローレシアで一番お強いのはアレン様です。」
「クレハ・・・だが、そうは言っても。」
「ずっとアレン様、こんな日を待ってたような気がします。
あれだけの稽古を積まれたのです。
だから、きっとマリア様をお救いして帰ってきます。」
クレハは気丈な言葉だったが、
だが声は震えていた。
そう信じなければ、心が引き裂かれるほどに、
クレハも自分達と同様、アレンを心配しているのだろう。
クレハも今や自分達同様家族であり、
アレンの兄なのだから。
「うむ。そうだな。
アレンはわが国最強。
必ずや無事に帰ってくるだろう。」
「そうです、アレンは誰が何と言おうと
私達の自慢の息子ですよ。
きっと帰ってきます。」
2人の言葉に、クレハも静かにただ頷いた。
そしてアレンが戻るまで
必ずやローレシアを守りきる事。
これが自分に残された最後の使命だと、
王は考えていた。
- 終-
2014/09/26
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