87−1.災難

「これは、荒れてくるかもしれねえな あ・・・。」

ミゲルは遥か西の空を見ながら、そう話した。

「え?こんなに良い天気なのに?」

船室にいたマリアは、綺麗な青空を指差しながら、不思議そうに尋ねた。
だが、ミゲルのそういった航海士としての勘は外れることはない。
どうもマリアたちには分からないが、鳥の位置や空気の湿り気など、
非常に微細な変化をいち早く読み取れるらしい。

「ああ。ここら辺は天候の変化が激しい。
 兄ちゃんたちも船室に戻ったほうが良いんじゃないか。
 今どこにいるんだったか。」

「分かったわ。確か魚を捕まえるとか何とか言ってたから
 甲板に出てると思うわ。私声をかけてくる。」

先日から何度かミゲルが海の幸料理を作っているのだが
丸ごと焼いたり、つくりにして食べたり、
豪快に食べていると、いくらあっても多すぎることは無い状況だった。

しかもマリアが氷の魔法を覚えた分、そういった生鮮品も
保存が利くようになってきたことが、旅に役立っている。

アレンとカインはデルコンダルへの長い航海に備えて、
食料を増やそうと言っていた。

だが、そんな保存食を増やすのは暇なときにやればいい。
嵐が近いのなら、避難しておくべきだろう。







その時、アレンとカインは嵐が来るとも知らずに
釣り糸をぶらさげて、魚釣りに勤しんでいた。

以前ならカインが一人でやっていたが、
ドラゴンの角を出てからは、アレンも一緒に付き添っている。

カインはいつも通り動ける体調のときもあるのだが、
やはり身体が鉛のように重たいときもあるようで、
釣りなんてして、釣竿ごと海にでも落ちられたら困るということだ。

「いくら何でもそんなにドジじゃない。」

というカインであったが、魔物が出る可能性もあるし、
わざわざ付き添うアレンを追い返したりすることはしなかった。

そうこうする内に、カインの釣り糸に反応があった。

「お?」

竿を引き上げようとするが、やけに重い。

これは大漁で重いのか、
自分の力が落ちてるから重いのか、
そんなことが妙に冷静に脳裏をよぎる。

「なんだ、大物か?」

アレンが手を貸すと、一気に引き上げる。

そしてようやく見えてきたのは・・・
毒々しい青い色をして釣り糸に絡まったらしい
・・うみうしであった。

「うーわ・・・いらねえ!さすがにこれは食えねえ!」

「わ!アレン・・!?」

アレンが思わず手を離すと、その反動でカインがよろめいた。

「つーか、お前も離せって!モンスターだよ!うみうし!」

「え、ええ!?いらない、いらない!!」

釣れたうみうしを海に投げ捨てようとしたが、
見た目によらずすばやい動きで
うみうしは先に甘い息で攻撃してきた。

この先制攻撃に、何も準備してなかったカインは
激しい眠気に覆われて膝をついた。

「あ、この野郎。」

アレンが大かなづちで反撃をしたが、
あろう事か、釣り糸からはワラワラと大量のうみうしが
引っかかっていたようで、アレンの目の前に姿を見せた。

「げげーーー。やっぱ大漁だったんじゃねえか。」

アレンがその数に頭をかかえた。
海は敵が大量に出る傾向がある。
そう言うときは魔法攻撃が有効なのだが、
せっかくの魔法の使い手が眠ってしまった。

ちまちま一匹ずつやるしかないか・・とアレンが覚悟を決めた。

しばらくすると背後からもう一人の仲間の声が聞こえてきた。

「アレン!大丈夫!?」

いかづちの杖を手にしたマリアだ。

「おお。マリアじゃねえか。ちょうど良い所に。
 魔法のフォロー頼むぜ!」

「ええ。もちろん。」

マリアは杖をかざすと得意のバギで応戦した。

アレンとの協力プレイで順調にうみうしを撃退していった二人.
しかし、この騒ぎを聞きつけたのかどこから
ガーゴイルが飛んできた。

「うっとうしい。ガーゴイルは俺がやる!」

アレンがそう照準をあわせて武器を構えたとき
大きく船が揺れた。

「きゃあ!」

「うわ、なんだ!?」

見るとあんなに青かった空が真っ黒になっている。
波も非常に高い。
頑丈なこの船がまるで小船になったかのように
大きく揺さぶられている。

「何・・これ・・・・・。」

眠気に襲われていたカインも、
激しい揺れで壁にぶつかったせいで目が覚めた。

「ミゲルが言っていたの、嵐が来るって!
 こんなに早いなんて!」

「嵐ぃーーー!?もっと早く言ってくれよ!」

「私、それを言いに来たのよ!」

アレンとマリアがそんな言い争いをし始めると
アレンが目を離した隙に空を飛ぶガーゴイルが
嵐の影響も受けずに襲い掛かってきた。

ガーゴイルの細い剣の狙いは、いまだ寝ぼけているのか
動きの緩慢なカインであった。

「わ、わわ!」

手にしていたのは細い釣竿のみ。
あっけなく真っ二つに折られてしまった。
そのまま壁にもたれかかったカイン。

「馬鹿!そんなもんで戦うな!逃げろ!」

アレンがそう叫んだ。
だが、その叫びはカインの耳に届くことは無かった。

「危ない!」

信じられない光景が目の前に広がった。
大きな波が甲板上にまで襲い掛かってきたのだ。

それはほんの一瞬の出来事であっただろう。

激しい波が襲い掛かったのはうみうしの死骸、そしてガーゴイルのように見えた。
敵を飲み込んでくれるなんて、不幸中の幸い・・・そう思った。

波が引けていくと、甲板上は水浸しになりつつも
やはりガーゴイルの姿がない。
カインは波が来る前と同じように壁にもたれかかる形で
呆然と立っていた。とりあえず無事のようだ。

「カイン!大丈夫か!?」

アレンのその問いにカインは答えもせずに、
ふらっと体を起こすと、慌てて海を覗き込んだ。

「おい。馬鹿、落ちるぜ。
 この様子だと、またいつ大波が来るかわかんねえ。」

「アレン!何言ってるの!
 マリア、マリアがいない!」

「え・・・?」

そう言えばマリアの姿が見えない。
さっきまで自分と言い争って、自分のそばにいたはずなのに。

まさか、と思ったが海に落ちたとしか考えられなかった。

「おい!マリア!!聞こえたら、なんか合図しろ!」

「マリアーー!!」

二人は船上から叫ぶが、波がこんなに激しくては
声はかき消されてマリアの元には聞こえてなかっただろう。

「くっそ!こんなんじゃ聞こえねえぞ。」

「いや、いる!!あそこ!!マリアの魔法!!」

カインはそう離れていない海中を指差した。

「ええ!?どこだよ!」

アレンは目をこらしたが、見えるのは激しい波と
大漁だったうみうしの死骸くらいだ。

「あそこ!」

「どこ?・・・え?」

「どこって・・・ええ?」

こういうときの魔法力を感じる勘というか能力と言うか、
アレンは物理的にそういった物に欠けている。

言いながら、カインはアレンとしばし顔を見合わせた。

「じゃ、じゃあ分かった。僕飛び込んでくるから、
 あとよろしく頼むよ、アレン。」

「待てよ、お前、行っても泳げもしないだろ?」

「とりあえず、行けば・・・何とかなる・・でしょ。
 マリア見えなくなっちゃう。」

言うなり、カインは勢い良く海に飛び込んだ。

「おいーーー!!何とかって、何とかなるのかよ!
 ちょっと、どうすんだよ!!」

水面に一瞬顔を出したカインは一目散に泳いでいっている。
泳ぐと言うか、流されていっている。

「あれで、大丈夫なのかよ・・・。」

アレンたちが騒いでいるのに気づいたのか
ミゲルがやってきてくれた。

そして、3人いるはずが1人しかいないのに気づいたようだ。

「兄ちゃん、何やってんだ!?
 こんな嵐で海に飛び込んだのか?自殺行為だぞ!!」

「えーい、もうそんな事言ってても遅いんだよ。
 縄か網か、なんか無いか!?」

アレンが聞くと、ミゲルは大急ぎで縄を持ってきた。

カインはどうやら流されつつも、
何とか無事にマリアの元に辿り着いたようだった。

「よっし、間に合った!!マリアも捕まった。
 縄、貸せ!投げる!!!」

アレンが縄を受け取って、海面に投げた。

「おーーーーい!!
 これで、引き上げるぞーーー!!」

アレンもミゲルも大声で、カインに叫んだ。
海は荒れていて、声は聞こえてるんだか、
聞こえてないんだが最早分からない。

それでもカインは縄に気づいたようだった。
視線をこちらに向けた。
しかし、マリアを支えているので精一杯で
なかなか反対側に手を伸ばすことができないようだった。

「早く掴まんねーと流されるぞーー!!」

ミゲルが叫んでいる。
カインも手を伸ばそうとしている。

やっとのことで縄に手を触れた・・ように見えたが
結局掴みそこなったようだ。

アレンはそんな様子を見て痺れを切らした。

「無理だ!今のあいつそんな力ねえ。
 俺が行く!ミゲル、これ命綱どっかに繋いどいてくれ!
 二人連れて戻ってくる。」

アレンがそう言って身を乗り出したとき、
再び船が大きく横揺れした。

「わ、また来た!高波だ!」

「あーもう、うっとうしい!」

大きな波が再び船を襲った。

壁に手をあて、一瞬やり過ごしたアレンは
あわてて、海を覗き込んで顔色を変えた。

既に海上に二人の姿は見えなくなっていた。





 


+++


無茶だし、馬鹿だし、と言うのは良く分かっていた。

ろくに泳げもしない、ろくに戦えもしないし力も無い、
そんな今の自分が海に飛び込んで、何ができるだろう。

それでも、マリアの居場所が分かっていたのに
放っておくことなんてカインには出来なかった。

嵐で荒れた海は、今まで何度か飛び込んだ海とは
全く様相が違った。
大体あの透き通った美しい青い海とは同じとは思えない。
濁っていて先が全く見えないのだ。

先ほど何やら背中に触れたのは一体何なのか。
それを確かめることも出来ない。
おそらくうみうしの死骸か何かか。

でもマリアの姿だけは見えていた。
彼女が今魔法を使っているわけじゃないのだが、
360度どこを見渡したって、
マリアの明るい魔法力を見失うことは無かった。

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一直線にただそちらだけを向いて泳いだ。
というか流された。

マリアを手に触れると両手で抱きしめて、一旦海面に顔を出した。

目を硬く閉ざして意識が無い様子だったが、
まだ口元に手を当てて確かめるとまだちゃんと息をしていた。

良かった・・。あとは・・船に戻るだけ。

アレンが何か叫んでいる。
ミゲルも来てくれているようだ。

引き上げようと縄を投げてくれている。

つかまれば、きっとアレンが絶対引き上げてくれる。
それで助かるのだ。

それは分かっているのに、手を伸ばせない。
すぐにマリアを手放しそうになる。力が入らない。
絶対マリアを放したくなかった。

思わず、カインはマリアのその服の襟元に歯で噛みついた。

そして必死に手を反対側に伸ばした。

必死の思いで腕を伸ばして、
確かに縄には触れたのに、
それでも掴むことができなかった。

縄を掴む力はもう残されていなかった。

『これじゃ駄目だ』

すぐにカインは諦めて手を伸ばすのをやめた。
アレンが助けに来てくれるのを待つのが早いのか
自分たちが遭難するのが早いか・・・。

見ると大波が襲ってくるのが見えた。

もう悩んでいる時間は無かった。

『どこでも良い!!』

カインは必死に魔法を唱えた。



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- 続く -

2011/11/22
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1周年記念企画のリクエスト小説今頃アップしましたよ・・と言う訳で、遅くなり申し訳ありません。
サマムンのリクエストだったんですが、何か書いてたら長くなったの前半後半に分けました。
後半は場面転換いたします〜
ちなみに時期はデルコンダルに行く前です。
 
      ★2P漫画化しました
      【 見る  】

 
 
 
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