目の前の光景は、到底信じられないものだった。
「アレン・・・アレン、止めてよ!!!」
カインの必死の叫びは、
恐らくアレンの耳に届かない。
だから、カインは思いっ切り地を蹴って駆け出した。
アレンが、あろう事か、マリアに対して剣を向けていたからだ。
***
アレンたちはとある村で奇妙な話を聞いた。
「殺人鬼の出る森?」
「なにそれ・・・怖〜・・・。」
アレンたち3人は、
村人の話に目を瞠った。
「ですから、恐ろしい話なのです。
あそこの森に足を踏み入れると、
誰もが殺人鬼にやられてしまう。」
「・・・本当かよ。殺人鬼って何だよ?」
「それは分かりません。
ただ、無事逃げおおせた者も多くは語らず
ただ、恐怖だったと・・・。」
アレンたちは顔を見合わせた。
「あれだろ。
殺人鬼じゃなくて、魔物だろ。
恐ろしい魔物がいるんじゃねえのか。」
恐ろしい魔物が現われて、
人間達に襲い掛かってきたのであろう。
森の中は魔物も多い。
しかも知恵をつけた魔物もいるから、
卑劣な罠をしかけてくるのかもしれない。
「魔物ではないのです!
魔物ならば、村の男手が総出で出向かいます!」
だが、村人は首を振ってそれを否定した。
出向いた腕に覚えのある男たちが、皆殺され、あるいは恐怖に
今もさいなまれていると言う。
「でも、そのせいで、もう皆さんが
森の中に入れなくなったんですね。」
「そうなのです。森の中には村の貴重な資源が
沢山あり、困っています。」
「それは大変ですね。」
「どうか戦士様方、森の中の殺人鬼を退治して
いただけませんか!?」
アレンたちが武器を携えているからか、
村人達は恐怖の殺人鬼討伐を懇願してきたのであった。
***
「殺人鬼と魔物ってどっちが怖いだろうな?」
アレンが森を歩きながら、
後ろの2人に声を掛ける。
「うーん・・・魔物も嫌だけど、
得体のしれない、殺人鬼って言うのも嫌な感じだね。
何者なんだろう。」
「村の人たちの様子からすると・・・
恐怖しかないという感じだったわね。」
アレンたちは獰猛な魔物なら何度も戦った事がある。
だから、ちょっとやそっとの相手なら、負けはしないと思う。
魔物だろうと、ましてや人間になんて負ける気はしなかった。
木々をかいくぐって奥まで歩いていくと、小さな祠が見えてきた。
「あれが、村の人が言っていた祠じゃない?
あの中で休息が取れるって言ってた。」
カインは祠を指差して、アレンにそう言った。
「休息?そうだなあ、腹ごしらえして、
その殺人鬼とやらの相手をするか。」
「では、あそこを拠点にしましょう。」
殺人鬼がいつどこから現われるのかも分からない。
長期戦になるかもしれないので、
ひとまずそこの祠を拠点として据える事にした。
アレンとマリアもそれに頷いた。
祠の中は、小さな部屋が2つあるのみだった。
「狭い祠だなあ・・・。」
そう言いながら、アレンは奥の部屋も覗いている。
「アレーン、おにぎりあるよ。
食べない?」
「ん。食べる食べる。すぐ行くー。」
カインはアレンを待っている間に、
作ってきたおにぎりをマリアに手渡した。
「これは、村で作ってきたの?」
「うん、長期戦になるかなって思って。
もう時間も遅いしね。」
「そうね、相手の存在が得体がしれないから
休むのも、見張りを立てないといけないわね。」
「そうだね。
って、ねえ!アレン!!
おにぎり要らないの!?全部食べちゃうよーー!?
もう残ってないよー。」
戻ってこないアレンに、痺れを切らしたように
カインが再度声を掛けた。
その声が聞こえたのか、慌ててアレンが戻ってきた。
「おい、待てよ。俺の分無くなるのか!?
俺も食べるって!」
戻ってきたアレンは目の前のおにぎりに手を伸ばした。
そして、一気に一つ食べると、さらに二つ目に手を出した。
「そんなガツガツ食べなくても、多めに作ってあるから
大丈夫だよ。」
慌てた様子のアレンに、思わずふふっとカインが笑った。
どうやら、本当に多めに作ってあったようだ。
カインは後ろに隠しておいたおにぎりの山を指差した。
「なんだあ。びっくりした。
いっぱいあるじゃねえか。」
アレンは胸を撫で下ろして、
腰を下ろしてゆっくりおにぎりを食べだした。
「うん、明日の分もあるんだよ。だから全部食べないでね。」
「分かったよー。」
頷きつつ、早速三つ目のおにぎりに手を伸ばしている。
「ところでアレン、奥の部屋には何があったの?」
「ああ、変な祭壇があっただけだ。
狭いし、あそこでは寝れねえな。」
「祭壇?何の?」
「邪教の祭壇だ。気味が悪い。」
どうやらルビス様の祭壇ではなく、
邪教の祭壇だったらしい。
と言うことは、ここは邪教徒たちの拠点地かもしれない。
「あまり空気が良くないわ。
この祠に長居はしたくないわね・・・。」
マリアも、奥の祭壇をちらっと振り返りながらそんな事を言った。
「一晩だけ、ここを借りて、
朝には外に出たほうがいいな。
それにしても、外は静かで物音一つしねえ。」
アレンの言葉に、2人は頷いた。
そして、その言葉通り、外は気味が悪いほど
物音一つしなかった。
「でもどっから何が出てくるかわからねえし、
俺が見張りに出てるから、交代に休もうぜ。」
「うん、何かあったら、アレン僕らを起こしてね。」
「分かってるさ。」
その後、アレンは見張りに立ち、夜をやり過ごす事になった。
結局夜は何も起きず、
翌朝、カインとマリアが目覚めた時、アレンはまだ起きていた。
交代に休もうと言った割には、
結局アレンは自分達を起こさなかったのだ。
「アレン・・・?おはよう。
あれ、アレン全然寝てないの?」
「え、あ・・・!?もう朝か?
嘘だろう??」
「朝だよ朝。ほら見て、外はこんなに明るいよ。」
カインは扉を開けた。
確かに外は眩しいくらいに明るい。すっかり朝になっていた。
「アレン、夜に何かあったの?」
マリアが不審そうにアレンに尋ねた。
だが、夜通し起きてたはずのアレンは首を振った。
「何も無かったぜ。」
マリアはカインと顔を見合わせた。
どうやら、夜は何も起きず、アレンは見張りを続けてくれていたらしい。
見ると、アレンはふぁっとあくびをしている。
「全然寝てなかったら、アレン眠たいんじゃない?
少し眠っていたら良いよ。
僕らは周辺を見回ってくるね。水も探したいんだ。」
結局、殺人鬼も魔物も何も出やしなかった。
このまま村へ帰る訳にも行かない。
それに、食料はまだあったが、少し水が補充したかった。
「ねえ、マリア一緒に少し見てこようよ。」
そう言って、マリアを誘ったが、
マリアは何故か首を縦には振らなかった。
「マリア?」
「え?ああ、カイン、先に行っていて。
少しだけ気になることがあるの。
後で追いかけるわ。」
「そう?
じゃあ、何か見つかったら、合図するからね。」
「分かったわ。」
結局、カインはアレンとマリアを祠に残して、
1人で森へ行く事になった。
外へ出てみると、平穏で静かな森だった。
魔物の気配もしない。
人の気配もない。
でも、実際にここで何人もの人が亡くなったらしい。
そう思うと油断は出来ない。
魔物なんて、狡猾な奴もいっぱいいる。
気配を消して人間に襲い掛かるなんて、お手の物だろう。
そう思いつつ、油断せずに歩いていると
無事に水場を見つけることが出来た。
「・・・結局、何も起きないなぁ。」
少々拍子抜けしつつ、持ってきた筒に水を汲んで帰ろうとすると、
静かだった森の中で爆発音が聞こえた。
カインは驚いて顔をあげた。
音は、2人を残してきた祠の方角だった。
慌ててカインは踵を返して、来た道を戻る事にした。
今の爆発音は恐らく魔法だ。マリアのイオではないか。
とすると、やはり魔物か何かが現われたのだ。
「マリア!!アレン・・・!!」
カインは二人の仲間の無事を祈った。
***
何が起こっているのかなんて、考える余裕もない。
ただ無我夢中で、思わず駆け寄って、
カインはマリアを抱きあげると、そのまま横に飛びのいて
間一髪の所で、マリアを助けた。
「マリアッ、大丈夫!?」
「ええ、カイン。ありがとう、大丈夫よ。」
大丈夫と言うマリアの体にはいくつもの傷が出来ている。
血も流している。
刃物による切り傷だ。
その傷を付けたのは・・・・
「アレン・・・、アレン何をするの!?」
カインは、目の前にいる仲間に信じられないように
声を掛けた。
アレンがマリアに剣を向けたのだ。
「・・・アレン・・・?」
だが、変だった。
アレンはカインの声に何の反応を示さなかった。
ただ、少し荒い息でこちらを睨み付けていた。
「カイン、聞いて。アレンは正気を失っているのよ!」
「マリア・・・?」
マリアは憎憎しげにそう言った。
「やっぱり、これは魔物の仕業なの・・・?」
「そうよ。
この祠には、と言うか正確には奥の邪教の祭壇には、
罠が仕掛けられているのよ。
恐らく、それが村で噂の殺人鬼の正体ね。」
「・・・正体って・・・。」
「邪教の祭壇を見たものは、正気を失って、仲間に襲い掛かる。
信頼していた仲間に襲われるのよ。それは恐怖だわ。」
「・・・・・・・。」
マリアは冷静にそう言った。
確かにアレンは昨夜、奥の邪教の祭壇を見ていた。
どうやら夜の見張りの間も、長時間邪教の祭壇を見ていたのだろう。
そして、あっという間に時間が過ぎたと言っていた。
マリアも澱んだ祭壇と祠の空気を不審に思っていたのだ。
が、その事象についてゆっくり考える時間も、話をしている時間も余裕もない。
アレンは再びこちらを振り返ると、
こちらに向かって襲い掛かってきたからだ。
「アレン!!アレン、止めてよ!」
なおも、マリアに斬りかかろうとする、アレンの剣を何とか
細身の隼の剣で抑えるが、
力に勝るアレンは当然そのままに押し切ろうとする。
「マ、リア・・・マリア!ラリホーは!?」
カインは、アレンを一旦眠らせようと考えた。
対策を考えるも何も、こんな調子では何も出来ない。
「それが・・・駄目なのよ。
妖術師に魔法を封じられてしまったの!」
「え・・・?」
見ると、祠の周りを
邪教の法衣を身につけた妖術師が取り囲んでいた。
妖術師は怪しく笑みを浮かべて言った。
「人間どもの同士討ち、
友情も絆も全てを破壊するのに、これほど容易いものはないな。」
結局これは、全部邪教徒の罠なのだ。
自分達の手を汚さず、かつ効果的に、
ここにやってきた人間達を根絶やしできるだろう。
「くっ・・・。」
カインはアレンの攻撃を両手で何とか堪えていたが、
一瞬手を緩めた。そして魔法を唱えた。
「ベギラマーー!!」
「・・・・!!」
アレンは炎の勢いに驚いて一瞬その場から飛びのいた。
どうやらアレンは無意識らしいが、さすがに戦いなれているのか
冷静な動きだった。
などと落ち着いて分析している場合ではない。
「カイン、大丈夫!?
私もまだ戦えるわ。アレンの動きを2人で封じ込めましょう!」
そう言って、マリアはいかづちの杖を構えた。
いかづちの杖の使った攻撃なら、
魔法と同程度の威力の攻撃が可能になる。
魔力が残ってなくても、戦えると、マリアはそう言っているのだろう。
だけど、カインはそれに対して薄く首を振った。
「マリア、ごめんね・・・。」
「え・・・?カイン、何が?」
「ごめんね、先に村に戻っていて。
僕が、絶対アレンを連れて、2人で帰るから。」
「カイン!?何を言っているの・・・!?」
カインはこの状況で、マリアに1人村に帰るように言った。
「私が、足手まといだからそう言うの!?
魔法が使えない私なんて、足手まといだから・・・!?」
「違うよ、違うんだ!!
マリア、ごめん・・・!!」
カインは嫌がるマリアに、
だが、無理やりルーラを仕掛けた。
ただ1人、マリアだけは無事に帰すために。
驚き、拒絶するようなその表情に、カインの気持ちは揺れた。
きっと帰ったら、後でマリアにこっぴどく怒られるだろう。
でも嫌だったのだ。
アレンがマリアに傷をつける所なんて、絶対見たくなかったのだ。
そして、無事にマリアは1人でルーラで安全な場所へ飛んでいった。
「アレン・・・。」
カインは、アレンの方を振り返った。
先ほどの事が何かの間違いだったかのように、アレンは落ち着いた様子だった。
「・・・・アレン?」
一瞬元に戻ったのかと思った。
が、それは勘違いだった。
どうやら、マリアという標的を失ったアレンは一瞬目的を見失って呆然としていたらしい。
「次の獲物はそいつだ!!」
だが、妖術師の言葉を受けて、アレンはカインに視線を向けた。
いつも魔物と相対する時のような、アレンの厳しい視線。
「アレン、しっかりしてよ!
僕だよ、カインだよ!」
アレンは一瞬、動きを止めたが、
だが、振り切るように首を振ると勢いそのままにカインに襲い掛かってきた。
どうやら、次の標的をカインと認めたらしい。
「・・・!!」
攻撃を受け止めきれずに、アレンの振った剣の切っ先は
カインの右肩を掠めて行った。
「アレン・・・・。」
カインは負傷した肩を抑えると、
ベホイミを唱えた。傷はとりあえず癒されていく。
「ちっ、そいつも魔法使いか。
封じてしまえ・・・!」
だが、カインが回復魔法を唱えたのを見て、
妖術師たちは、マホトーンを唱えようとした。
そうか、マリアの魔法はこいつらが封じたんだ。
魔法まで封じられたら、ますます不利になる。
カインは、アレンではなく、
妖術師に向かってベギラマを唱えた。
「ベギラマーー!!」
「剣士よ、我が身を守れ!!」
だが、妖術師の一声に、
アレンはまるで主君を守るかのように、
ベギラマの炎の前に立ちはだかって、
その炎を縦一文字に切り裂いた。
「ア、アレン・・・・!?
何するの!?なんで、そいつを守るの!?」
アレンはそのまま、再度カインに向かって切りかかってきた。
「う、うわっ・・・!」
アレンの攻撃を受けると、完全に防戦一方になる。
と言うか、反撃なんて出来ない。
アレンに傷なんて付けられない。
「やめてよ・・・アレン!」
カインのその叫びがアレンに届く事はなく、
アレンの鋭いその突きは、カインの右手を貫いた。
そしてそのまま背後の壁に磔にした。
その衝撃にカインは持っていた剣を落としてしまった。
「ううう・・・・、アレン・・・。」
痛みに耐えながら、前を向いた。
アレンの表情は、厳しく魔物と相対するときのそれだ。
「アレン、どうしたの。
僕が・・・何に見えてるのさ・・・?
怖い魔物じゃないよ。アレンの仲間だよ?」
残った左手で、カインはアレンの頬に触れた。
アレンはその頬に触れる手の感覚に一瞬驚いたような顔をした。
「どうした、剣士よ!
遠慮はいらぬ、今度はその心の臓を貫いてしまえ!
さあ、手を貸してやろう!!」
妖術師はそう言うと、カインに向かってマホトーンを唱えた。
逃げ場のないカインはそれを避ける事も出来ない。
魔法封じは成功した。
もう傷を治すことも出来ない。
「アレン・・・。」
だが、なおもカインはアレンに声を掛けた。
「アレン、今は僕が、君にとって許されない敵に見えてるんだろう?
だから、そんなに必死なんでしょう?」
アレンの視線は、相変わらず厳しいものだったが、
どこか苦しそうだった。
そして、壁に突き刺した剣をアレンは乱暴に抜き取った。
「ううっ・・・!」
思わず痛みに顔をしかめる。
もう右手では剣を握れそうに無い。
「でも、僕は信じているからね。」
そう言って、カインはアレンに笑い掛けた。
「馬鹿な!もうその剣士が正気に戻る事など無い!
お前にも戦う力は残っていない!
仲間もいない!一体何を信じるというのだ!!」
妖術師は信じられないという風に罵倒した。
「勝つよ。勝つよ!
アレンは強いんだ。絶対、負けるもんか。
だから、勝つのは僕らだよ!」
カインは、そう言うと残った左手で剣を取った。
大して力は残っていないが・・・。
でも大丈夫、まだ戦える。
あと一振り。
あと一回剣を振って、そしたらきっとアレンが勝ってくれる。
そう信じていた。
「剣士よ、もう良い。そいつを葬ってしまえ!!」
アレンは妖術師の声を合図に、また剣を構えると、
気合をこめて、剣を振り上げた。
だが、カインは今度はもうアレンの攻撃には、何の反応も示さなかった。
もう、防御すらしようとしなった。
「やああーーー!!」
ただ、狙ったのは、祠の奥の、
邪教の祭壇だった。
祭壇は、その一撃を受けて、音を立てて崩れ落ちる。
全ての元凶は、この祭壇だ。
アレンを正気に戻せるかは分からない。
だけどカインは、傷つくマリアも見たくなかったが、
アレンが誰かを傷つけるのも見たくなかった。
だから、もう二度とこんな悲劇を起こしたくなかったのだ。
だが、現実は容赦なく、カインの祭壇への一撃と同時に
アレンの攻撃が無防備なカインの背中を斬りつけた。
血が飛び散る。
「あ・・・つうっ・・・。」
その場にカインは倒れた。
「貴様ーーー!!!
よくも我らが祭壇を手にかけたな!!」
そして、向こうのほうで妖術師が怒りに燃えている。
自分がやった事は火に油を注いだだけだろうか。
もう傷を治すことも出来ない。
それに、逃げることも出来ない。
でも、祭壇が無いのだから、これ以上新たな悲劇は生まれないはずだ。
だから、これで良いのだと思った。
「消し炭にしてくれるーー!
ベギラマーーー!」
怒り心頭の妖術師は、カインに向かってベギラマを唱えた。
立ち上がることも出来ないカインは、
その場で思わず襲い来るであろう衝撃に身を屈めた。
だが、炎はカインに届くことなく、
縦一文字に切り捨てられた。
先ほどのように・・・。
そう、こんな芸当は彼にしか出来ないのだ。
カインは、驚いて、その名を呼んだ。
「ア、アレン!?」
炎を切り捨てたのはアレンだ。
アレンがカインを助けてくれたのだ。
「正気に戻ったの!?」
カインはアレンに嬉しそうに声を掛けた。
そして、驚いた。アレンが、涙を流していたからだ。
「ア・・・レン・・・?どうしたの?
どこか痛いの?」
「馬鹿・・・やろう・・・。」
アレンは乱暴に涙を拭い取ると、
妖術師に向き合った。
「剣士よ!どうした・・・!
お前の敵は後ろの奴だ!!!」
「ふ・・・ざけんなよ。
よくも、俺の体を勝手に操りやがったな・・・・!!!」
どうやら、アレンの支配は完全に解けたようだった。
今までカインに向けていた憎しみに溢れたその視線を
妖術師に向けた。
そして、妖術師の反撃をものともせず、アレンは横一閃に斬りつけた。
「ぐ・・・ふっ・・・。」
裂帛の気合をこめたアレンの一撃に
妖術師は声も無く、その場に崩れ落ちた。
その力強い一撃に、カインは安堵の表情で笑みを浮かべた。
「ああ・・・やっぱり、やっぱりアレンは強いなあ。」
「お前なー・・・何言って!」
その言葉にアレンは思い切り振り返って、
そしてカインの姿を見て言葉を失った。
血だらけで、立ち上がることも出来ないほどの負傷を、
カインに負わせたのは自分だ。
それなのに、カインは笑っているのだ。
「や、いや・・・悪い、カイン。
俺が、俺がやったんだよな・・・これ・・・。
大丈夫か・・・?」
「うん。大丈夫だよ。
ちょっと今はホイミ出来ないんだけど、後でホイミをしとくから。
気にしないで。」
アレンは慌てて自分の道具袋をひっくり返した。
こういうときに限って、薬草が一つもない。
「マリアは!?マリアに治して貰おうぜ!」
「ああ、マリアは先に村に帰したんだ。
でも、そうだね、もうここは大丈夫だし、村に帰ろうか。」
「マリアを帰した・・・?」
だったら、こいつは1人で戦ってたという事だ。
なんて馬鹿な奴だろうか。
いや、馬鹿なのは自分だ。
あんな邪教の罠にまんまと引っかかって、
危うくパーティが離散するところだった。
それも自分のせいで、仲間の命すら危うい所だったのだ。
「・・・・・・。」
唇を震わせるアレンは、あまりの後悔と悔しさに言葉も出ない。
「アレン・・・?大丈夫だよ。あの・・・、本当に気にしないで。
アレンだって、僕がベラヌールで
正気を失ったとき体を張って止めてくれたじゃないか。」
ハーゴンの呪いを受けて、体の自由を失ったカインを
同じようにアレンは全力で止めてくれた。
だから、カインだって同じようにしたかった。
「大丈夫だからさ、早く村に帰って、
マリアや、村の人たちを安心させてあげようよ。」
「分かったよ。とっとと帰ろうぜ。
おい、カイン背負うのと抱っこ、どっちが良い?」
「え・・・そのどっちかだったら、おんぶが良い・・・かなぁ。」
その様子に、ようやくアレンは笑みを浮かべた。
そして、軽々負傷したカインを背負うと、無言で村に戻っていった。
全部、聞こえていたのだ。
アレンは全部聞いていたのだ。
カインは一度もアレンを疑わなかった。憎まなかった。
そして勝利を疑わなかった。
その心の強さに、どれだけ驚かされたか。勇気をもらったか。
それを思うと、もっと強くならねばならないと、
アレンは背中のカインには見えないように、ひそかに再び涙を流した。
- 終 -
2014/06/30
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