自分から相談を持ちかける前に、
マリアのほうがぺらぺらと話をはじめた。
「評判良いみたいね。
じっくり話を聞いてくれて、心の疲れが取れていくようだって。
個々にあわせた優しい対応をしてくれるから、
腰が痛いって人も、肩が痛いって人も、我も我も、
まずは話だけでも聞いてもらおうって、行列をなしてるんだって。」
「・・・・・それ、誰から聞いたの?」
唖然と聞き返すと、マリアはさらに口を開いた。
「あら、ムーンブルク中で評判よ。皆知ってるわ。
ムーンペタにも来てくれって言われてるんでしょう?
国の事で、私の耳に入らない事があるなんて思われたら困るわ。」
その言葉に、カインは驚きつつも納得していた。
ムーンブルクのことなら何でもマリアの耳に入るのだ。
一方マリアは紅茶を飲みながら、
ふぅっと息を吐いた。
カインは、サマルトリアで医学の知識や、薬の知識を身につけていた。
それを使って、ムーンブルクで怪我をした兵の治療などを
していたのだが、それが中々的確だったらしく、
何かとあれば体の不具合の相談を受けるようになったらしい。
それが、ちょっとした評判となり、あちこちから声をかけられて、
何だかんだと今度は足が痛いんだと、あちこち悩んでるんだと、
色んな相談を受けるようになった。
気が付いたら駐屯場の外にまで行列まで出来ている有様だ。
平和な世の中なのに、皆様々に苦しんでいるらしい。
その様子にカインも心を痛めて結局どの人にも時間を割いて、
丁寧に話を聞いているという状況だった。
さらに、何故だかその対応が気に入られたらしく、
ムーンペタに在住する兵の両親の相談まで届いた。
最近そう言うことが多い。
「本当に、引っ張りだこね。
ムーンペタにだってお医者さんくらいいるだろうに。」
「そうだよねえ。
僕が大した回復魔法を使うわけでもないのにね。」
「それで、ムーンペタに行くの?」
マリアは、少し呆れたように、鋭くカインに尋ねた。
勝手に結論にたどり着いたのだが、
カインが相談したかった事もそれだった。
「必要とされてるのなら行って来ようかなって思うけど。
なんかね、ずっと不眠に悩んでいるんだって。
夜も眠れなくて、辛いそうだよ。」
「そうなの。それは、大変ね。」
マリアはそう言いつつも、何となく目をそらした。
そして紅茶に口をつけた。
「だったら、私がラリホーでもしに行きましょうか?」
逆にマリアが提案をしてきた。
眠れないのなら、眠らせてあげれば良いのだ。
その提案にカインはうーんと首を傾げた。
「マリアは忙しいじゃない。
それに一度ラリホーで眠れても、次の日はどうする?
毎日同じことは出来ないでしょう?」
「い、忙しいのはあなたもでしょう?
分かってるわよ。
私の対応は直接的過ぎて乱暴で駄目なのよ。」
そう言ってマリアは首をすくめた。
確かに、強引なやり方は治療とは言えない。
「でもあなただって、毎日そこのご両親のところに出向くつもりなの?」
「いや、そんな事はできないけど。
力になれるかは分からないけど、話だけでも聞いて
すっきりしてもらえたらなあ〜って思うだけで。」
そういうのに、カインが行く必要はあるのか?と
マリアは思ってしまった。
「他にもムーンペタに来てほしいって手紙とか
結構届いているんだよ。
だから、一緒に話聞いてくる。」
カインはそうやって、どこから渡されるのやら
沢山の手紙を見せてくれた。かなりの量だった。
マリアはそれをみて、諦めたように、ため息をついた。
「分かったわ。
それであなた、ムーンペタへ行ってくるって言うのね。
二三日は帰らないかしら?気をつけてね。」
「うん、ありがとう。
寒くなってきてるから、マリアも気をつけてね。
最近食も細いでしょう?心配してるんだよ。
あんまり頑張り過ぎて疲れがたまらないようにね。
あったかい格好していてね。」
「わ、分かってるわ。」
食が細くなっているのは本当だ。
最近少し食欲がわかない。
目ざとくカインはそれに気付いていたらしい。
自分の事も見てくれている事に、少しだけ嬉しく思った。
「寒くなって体調を壊しやすいのはあなたじゃない。
外を薄着で走り回って、熱を出したとかやめてね。」
マリアは意地悪くそんなことを言った。
今は元気そうにしているが、
2年ほど前、寒い季節に体調を壊して
病気で倒れた事があるのはカインのほうだ。
少し困ったように首を竦めたカインは、笑って答えた。
「分かってるよー。僕なら大丈夫だよ。
3日で戻るから、マリア待っててね。」
そういうカインを、
マリアは結局笑って見送った。
本当は心の奥底で、言えない思いをマリアは秘めながら・・・。
+++
「ああ、カイン様。
うちの倅はちゃんとムーンブルクで働いていおりますか?
マリア女王様にご迷惑を掛けておりませんか?」
「大丈夫ですよ。頑張ってますよ。」
「あんな小さかったマリア様が
立派になられて1人で国を再興されて
頑張っていらっしゃるのに、
うちのと来たら、本当にだらしがなくて駄目なんです。」
「おばあさん、それで息子さんが心配で心配で
寝れなくなっちゃったんですか?
大丈夫ですよ。立派に頑張っていて、マリアも頼りにしてるんですから。」
「ああーー、マリア様、マリア様!
本当にあんなにお小さいのに、本当に健気に頑張っておられて
マリア様お元気でしょうか?」
どうやら、このムーンペタの老人女性は
ムーンブルクで兵として働いている息子の事もさることながら、
小さい頃から遠目に、まるで遠い親戚のように見守ってきたマリアの事も
気になって気になってしょうがないらしい。
「おばあさん、横になって目をつぶってください。
大丈夫ですよ。息子さんも、マリアも皆元気でやってます。
おばあさんは、とっても優しいんですね。」
「倅は何も言ってこないんです。
私が手紙を送ってるのに返事も来ない。」
「それは息子さんが悪いですね。
じゃあ、ちゃんとお返事を書くように伝えますね。」
カインがそう言うと少し心のつかえが取れたように、
老人はホッとした顔をした。
「マリア様はどうされてますか?
私足を悪くして、この間マリア様がムーンペタにいらした時も
顔も見れなかった。
ご立派になられたんでしょうね。」
「足も痛いんですか?」
布団の上から老婆が、この辺と指差した。
自由に動かすのも難儀らしい。
自由に動けなくなると、人間いろんな事を考えてしまうものだ。
「薬草を煎じたものがあるんです。
少しずつ飲んでみてください。」
「ああ、ご丁寧にありがとうございます。
でもいけません。私お金もありません。」
質素な家屋には、確かにお金が潤っている風には見えない。
こんな家からお金を毟り取って帰ろうとは思っていない。
「お金なんて・・・いらないですよ。
薬草は道中の林の中でも見つかるものですし。」
「いけません!そんな事したら、
私が倅に怒られます!」
引き下がらない老人を前に
カインはきょろきょろと周りを見渡した。
「うーん、じゃあさっき出してもらったお饅頭を
もらって帰っても良いですか?
美味しかったんで。」
「まぁ、まぁ・・・あのお饅頭ですか。
それならいくらでもどうぞ。
倅がいつ帰ってきても良いように、沢山あるんです。」
老人はそう言ってほっこりと自慢げな顔をした。
「そうなんですか。
ありがとうございます。頂いていきます。
だから、ちゃんと薬を飲んでくださいね。
足が良くなったら、今度はマリアが来たときも会えるでしょう?」
そう言うと、老人はぽろぽろと涙を流した。
「カイン様は良いお医者様ですね。
こんなに優しくしてもらった事はないですよ。
こんなみすぼらしいおばあちゃんの事なんて誰も
気に留めやしない。」
「僕はまだ見習いの医者のたまごですよ。
だからお饅頭ばっかりもらって帰って、
マリアには怒られるんです。」
そういってカインはふふっと笑った。
「薬を飲んだら、少し眠りやすくなると思うんです。
おばあさん、元気にしていて下さいね。
息子さんに様子を聞きますからね。」
「ありがとう、ありがとう。
こんな私に優しくしてくれて。
マリア様に会うのを楽しみに、私もうひと頑張りしなくちゃですね。
立派になられただろうでしょうね。」
「その意気ですよ。
さぁ、今日はもうゆっくり休んで下さいね。」
カインが老人の目の前に手をかざすと、
老人はすーっと寝入ってしまった。
どうやら随分睡眠不足だったらしい。
物音を立てないように、
カインは古びた家屋から外に出た。
どうやらこの界隈の人たちには
ムーンブルク唯一の生き残りの王族、
女王マリアの名前は特別な意味があるらしい。
マリアと会うために、その姿を一目見るために
頑張って生きて行きたいと思う老人がいる。
「すごいんだなあ。」
その影響力の強さは、こうやって街に出るとよく感じられる。
皆マリアの事が小さい時から見ているお姫様と言う感覚で、大好きなのだ。
苦労したことも知っているから、皆大事に大事に思っている。
改めてそんな事を感じながら、
カインは次の行き先に向かった。
大した医術があるわけでもないが、
少しでも人の助けになれたら良いなと思いつつ。
それにしても、
本当に今日は冷え込む。
街を歩いていると、その寒さは少々堪える。
城の中は、防寒もしっかりしているし、暖かいが、
マリアは元気にしているだろうか?
昨日、水晶玉で話した様子だと、
少し鼻を啜っていた。
風邪でも引いていないだろうか?
少々心配だった。
今日はあと一軒話を聞きに回って、
明日には帰る予定だが、
予定より早く帰ろうかと思った。
そんな事を考えながら道を歩いていると、
白い小鳥が飛んできた。
それがカインの目の前で止まった。
「・・・・伝書鳩?」
鳥はなにやら手紙を咥えていた。
「僕に持ってきてくれたの?ありがとう。
えーっとお礼の餌、今無いよ。
お饅頭でも食べる?お菓子なら色々もらったんだけど。」
手紙を受け取ると、
お礼にお饅頭を差し出してみたが、
つんと顔を背けると、そのまま飛び立ってしまった。
「怒っちゃったかな。」
飛び立った小鳥を見送って、
手紙に目を落とした。
自分に伝書鳩を使ってくるなんて、
サマルトリアの妹か、アレンくらいだ。
何か急用だろうか?
手紙を開いてみると、
差出人は、その二人ではなかった。
マリアだった。
サマルトリアでの騒動があってから、
マリアも伝書鳩の事は知ったんだったと思うが、
それでも珍しい。
夜になれば水晶玉で話が出来るのだから、
昼間に手紙を出したいと思うのはよっぽどの事だ。
慌てて中身に目を通してみたが、
中に書かれていたのは別段、急を要する内容は
書かれていなかった。
「・・・?」
今日はムーンブルクで雪が降ったそうだ。
特別冷えるから気をつけてと言う事と
帰りを待っているという事だった。
別に慌てて伝えるような内容ではない。
だが、文字にはインク溜まりの跡が残っていて、
マリアは本当はきっと違う事を書こうとしたのだろう。
「・・・マリア・・・?」
何があったかのかは、はっきり分からない。
文章としては残されていない文面の行間に残されている
その意味を、カインは読み取ろうとした。
++
「・・・・・・・。」
自分でも意味のない馬鹿な事をしたと思った。
窓から鳥が飛び立っていったムーンペタの方角を見つめた。
カインは、まるであの鳥のようだ。
人から必要とされたら
どこへでも飛んでいってしまう。
優しいからって、皆頼ってしまう。
だから、あんなに手紙まで渡されたりして・・・。
ずるいじゃないか。
外の雪景色を見ながら、マリアは俯いた。
しかし、自分のやった事は馬鹿げているとは思っている。
あの意味のない手紙は何なのかと、
今夜、水晶玉で話す時、きっとカインはこれは何のつもりか
問いただすだろう。怒られるかもしれない。
だけど、私だって、カインにそばにいてほしいのだ。
特に、今は・・・。
すごく、心細く思っているのだ。
だったら、それを書けばいいのに
そんな事書けなかった。
カインは今も人を助け救うために走り回ってるんだから。
あと1日、
あと1日待てば、カインに会える。
そしたらちゃんと話を聞いてもらったら良いんだ。
それすらも待てないと思われたくなかった。
そう思うと、何も手紙に書けなかった。
じゃあ、出さなきゃ良いのに・・・。
心の中が悶々とする。
あの意味のない手紙を受け取ったカインは
どんな表情をしているだろうか。
驚いているか、呆けているか・・・。
そんな事を思いながら、誰かが扉をノックする音が聞こえ
窓から目を離した。
「・・・はい、どなた?」
尋ねたマリアの声に答えたのは
今、ここにいないはずの声だった。
「僕だけど・・・。マリア、いる?」
「え・・・!?」
マリアはガタッと立ち上がった。
カインの声だった。
手紙を受け取ったとしても、
いくらなんでも戻ってくるのが早すぎる。
でも扉を開けると、
確かにそこにカインがやってきていた。
少し息を弾ませて。
「カ・・・イン・・・?
あの、どうして・・・?」
「マリア、やっぱり・・・いた。」
マリアの顔を見ると、
少し安堵したようにカインが息を吐いた。
「どうしたの?
カイン急用でも?」
帰ってくるには早すぎる。
手紙は受け取らずに、別件でこちらにもう帰ってきていたのかと思った。
「あんな手紙渡されたら気になっちゃうよ。
マリア、どうしたの?
何かあった?顔色が悪いよ。
廊下は寒いから、中に入ろう。」
そう言って、カインはマリアの手を引いて、
部屋の中に入った。
「カイン、あの・・・?ごめんなさい。
手紙受け取ったのね?
怒っている?」
「怒る?怒ってないよ。
僕のほうが何かマリアを怒らせたかなあって思ったけど。
ねえ、本当に顔色が悪いよ。
風邪引いちゃったんじゃない?」
外からやってきたカインの手は確かに冷えて冷たかったが、
マリアは少々微熱でもあるだろうか。
顔色も少し蒼かった。
カインはマリアの手を引いた。
「座って。あ、寝てても良いよ。」
そうマリアに促して、カインは持ってる荷物を下ろした。
慌てて帰ってきた様子だった。
マリアはとりあえず寝台に座ったが、横にはならず
カインに話しかけた。
「カイン、教えて。
どうやって帰ってきたの?
もうこちらへ戻ってきてたの?
戻るのは明日じゃなかった?」
「うん、明日だよ?
さっきまでムーンペタにいた。
それで、伝書鳩が手紙を持ってきたよ。」
「で・・・でも・・・。」
手紙には何も大した事は書かなかった。
帰ってきてとも書いていない。
「わかんないけど、帰んなきゃって思った。
だから、飛んで帰ってきた。」
「飛んでって・・・空を・・?」
それでも早すぎると思った。
「・・・分からないけど、多分ルーラで。
何だか夢中で帰んなきゃって思ったら、
ここにいた。」
「ルーラって、それ!
あなた、使えなくなったんじゃなかったの!?」
少し前のめりになったマリアに、
カインが指でしーっとした。
「僕のことは良いから、
マリアのことだよ。どうしたの?」
「・・・・・。」
マリアは答えられないでいた。
カインはその様子にため息をついた。
「何もなかったなら良いよ。僕の取り越し苦労だ。
でも少し風邪気味みたいだよ。
微熱もあるから、薬を飲んだほうが良いよ。」
「薬なんて、いらないわ。」
立ち上がって薬を用意しようとしたカインは、
いらないと即答したマリアをちらっと振り返った。
「マリア・・・・僕は・・・。」
カインは背中を向けたままぽつりと呟いた。
「分かんないよ。
言ってくれないと分からないよ。
僕は人間だもの、神様じゃないもの。」
その言葉に、マリアはハッと顔をあげた。
カインは、どうしたら良いのか分からなかった。
いくらでもマリアの心配はするし、
書かれた手紙の意味が何なのか推測だってする。
それでも、正解は分からない。
分からないから、心配して帰ってきたのだ。
風邪を引いたんだと思って、
そんなときに一人にしてしまって、
気の毒な事をしてしまったと思ったが、
その気遣いもいらないと突っぱねられた。
熱があっても薬も飲まないという。
じゃあ結局、どうしたら良いのか
どうして欲しいのかななんて、分からないのだ。
自分に出来る事がないのなら、
帰ってこなければ良かっただろうか。
「カイン・・・怒ってる・・・?」
先ほど尋ねた質問を、マリアは再度尋ねた。
今度はカインは少ししてから呟いた。
「少し・・・。」
別に怒っている訳じゃない。
カインは戸惑っているだけだった。
だが、その答えを聞いて、
マリアはまるで子供のように涙を流した。
「ごめん・・・なさい・・・ごめんなさい・・・。
馬鹿な事をして、ごめんなさい・・・。」
本当に小さな子供のように、
涙を流すマリアを見て、カインの方が驚いてぎょっとした。
「嘘だよ。
怒ってなんかない。
マリア、本当にどうしたの??」
「・・・・・・・。」
マリアは答えられなかった。
カインは、マリアを困らせたい訳じゃなかった。
「ごめん。僕が、帰ってきたらまずかったんだよね?
じゃあ、戻るよ。」
だが、マリアはそう言って立ち去ろうとするカインの手を取って
首を振った。
「・・・待って・・・。
違うの、帰ってきてくれて嬉しかった・・・。」
消え入るような声でマリアがカインを引き止めた。
カインのほうも、
こんなに不安定な様子のマリアを置いて立ち去るのは嫌だった。
「隣に、座って良い?」
そう聞くと、マリアはこくんと頷いた。
「どうしたの?本当に小さな子供みたいだよ。」
そういいながら、カインは隣に座った。
まだ話が出来ない様子のマリアを気遣って、
荷物の中から、ムーンペタのおばあさんにもらった
饅頭を取り出した。
「お饅頭でも食べる?
すっごい美味しかったよ、これ。」
緊迫した空気を和ませてくれる、その言葉に
マリアは涙を流しながら、ふふっと笑った。
「お饅頭・・・どうしたの?これ。」
カインはこれをもらった経緯を説明した。
薬代もないおばあさんから治療費替わりにもらったのだと。
「そうなの、おばあさん喜んでいた?」
「うん、女王マリアに会える日を楽しみに
これからも頑張って生きていくって言ってたよ。
君は本当にすごいよねえ。」
マリアは人々の生きる励みとなるような存在だ。
マリアが元気にしているだけで、
人々は喜ぶ。
「だから、泣いてちゃ駄目だよ。
皆心配しちゃうよ。」
カインはマリアの目から流れる涙を拭いながらそう言った。
「あなたは・・・優しいわ。
誰にでも、優しい。」
マリアの言葉に、カインはその手を少し止めた。
「人々に必要とされてるのは私じゃなくて、あなたじゃない。
皆があなたに助けを求めてきた。
優しいあなたは貴賎も問わず、
誰をも助けてくれる。優しい人よ。」
「マリア・・・?」
だから、あんな風に必要としている人からの
手紙がいっぱい届いたのだ。
でも・・・、
だから、私も・・・カインに手紙を出したのだ。
「私、あなたをまた怒らせるかもしれない。」
マリアはまた涙をぽろぽろと流した。
「なんで?どうしたの・・・?」
「本当はね・・・分かっているわ。
それが素晴らしい事だって。
優しいあなたは、私にとっても自慢だもの。」
「じゃあ・・・じゃあ、どうしてマリアは泣いているの?」
カインにはまだマリアの真意が分からなかった。
「ごめんね。
私の心がすっごく狭いの。
だから、自分の心が嫌で言えなかった。
手紙に書けなかった。」
「だから、何を?」
いつも、王族として、またロトの末裔として、
強く生きなければならなかったマリアは
自分の弱い心が嫌いだった。
だから、ずっと強がってしまったのだが・・・。
「お願いして良い?
今は、今だけ・・・・私だけを見てほしい。」
カインの目を見てマリアが言った言葉は
ずっとマリアが言えない言葉だった。
「うん。
分かったよ。」
だが、決死の覚悟で言った言葉に、
カインはあっさりとうんと言ってくれた。
「それで、そんなに泣いているの?
マリアが傍にいてほしいって言うなら、
それならすぐにそうするのに!」
カインはマリアをぎゅっと抱きしめると、
そのまま寝台に倒れこんだ。
「お、怒ってない・・・の?」
「そんなことで怒らないよー。
でも、びっくりしたー。僕、てっきり本気でマリアに
嫌われたんだと思った!」
隣で寝転がったカインの顔を見ると
笑っていた。怒っていなさそうだ。
「だって、私勝手な事を言っているわ。
あなたは何も悪い事をしてないのに。」
「十分悪いよ。極悪人だよ。
マリアをそんなに泣かせてるんだもん。
だったらもう僕どこにもいかなーい。
ずっとマリアの傍にいる。」
口を尖らせて少々子供っぽく言ったその言い方にマリアの方が
少し笑ってしまった。
「でも気になるな。」
互いに至近距離で横になっているのだが、
カインがマリアの顔に手を伸ばしてきた。
「本当に顔色が悪いよ。
薬は飲んだほうが良いと思うんだけど・・・。
食事は取れている?」
「食事は・・・あんまり取れてないの。
でも薬はいらないわ。」
その言葉にカインは眉を顰めた。
「それじゃあ、駄目だよ〜。
僕こう見えても医者のたまごなんだから。
マリアの体調管理が一番大事なんだから。
待ってて。」
そう言って、起き上がったカインだったが、
マリアは首を振った。
「本当に、薬はいらないの。
病気じゃないから。」
「でもマリア、君そんなに顔色悪いのに・・・。
って・・・?」
マリアは蒼い顔をしていたが、
顔には笑みを浮かべていた。
その様子にカインはふと思いとどまった。
「あなたの事も、ずっと縛り付けるつもりなんてない。
でも・・・あのね、本当に今だけ。
今だけ一緒にいてほしかったの。」
「い・・・今だけって・・・?」
「ふふ。
あなたは、立派なお医者さんになったけど、
確かこっちの分野は苦手なのよね。」
「・・・・・え・・・・え、あの・・・。」
マリアの蒼い顔と対照的に、
カインの顔は赤くなっていく。
「ごめんなさいね。
言わないと分からないって、さっきあなた言ってたもんね。
でも、本当に全然気が付かなかった?」
「マリア・・・。」
マリアの下腹部には優しく両手が当てられていた。
「も、もしかして・・・?」
「カイン、私ね赤ちゃんが出来たかもしれない。」
「・・・・!!!!」
マリアの言葉に、カインは言葉を失って顔を真っ赤にした。
でも、心当たりは・・・あるし、
確かにマリアの月のものはもう2ヶ月ほど来てないし、
食欲がないのも、顔色が蒼いのも、
多分・・・いや、きっとつわりだ。
気付くキッカケはいくつかあったはずだった。
「・・・・・・っ・・・」
カインは何と言葉をかけるべきか一瞬分からなくなり、
マリアの手を触れた。
「僕、本物の馬鹿だ!!全然気付いてなかった!
マリア、ごめん!
それなのに、あんなに不安な思いさせて!
本当にごめん!」
「大丈夫よ。
あなたは神様じゃないものね。
言わなかったら分からないわよね。私が悪いの。」
「でも、でもっ・・・!」
カインは左右を見渡して、手ごろなブランケットを手にすると、
マリアを冷やさないように、その体を覆った。
「ひ、冷えないようにしなきゃ!
食欲ないんだったら、食べやすいもの僕が作るから!!」
わたわたとしだしたカインを、
マリアは驚いたように見上げながら、笑った。
「ふふ、大丈夫よ。なんだかあなたの顔を見たら
体も楽になった気がする。」
「ほ、本当に??」
ただ、マリアはまだ少しだけ心が晴れなかった。
過去の自分の罪を思うと、
子供を授かるなんてあまりにも大それた事に思えた。
だけど、もうきっとそれも自分ひとりの事じゃない。
だから、マリアはカインに尋ねた。
「カイン、喜んでくれる・・・?」
「あ、当たり前じゃないか!
すっごく嬉しいよ。赤ちゃん男の子かな、女の子かな?」
「そ、それは・・・まだ、分からないわよ。」
それでもカインは、こんなに喜んでくれている。
マリアはカインの反応に笑った。
さっきまであんなに不安だった思いが、
とても楽になった。
「不安な思いをさせてごめんね。
でも、マリアも、赤ちゃんの事も、僕が守るから。
もう離れろって言われても、絶対傍から離れないからね!」
「ええ、ええ・・・。覚悟してるわ。」
自分のわがままを察知して、カインはすぐに帰ってきてくれた。
怒らないで話を聞いてくれた。
誰にでも優しいカインだったが、
今度は絶対自分の傍にいてくれると約束した。
その言葉に安堵して、マリアは再度、涙を流した。
- 終 -
2014/08/31
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