クレハは、窓からアレンがいるであろう方角を眺めていた。
そしてぼんやりと思いをめぐらせた。
アレンが、ローレシアに滞在していたのは
結局ほんのわずかな期間だった。
そもそも本来アレンは、
ムーンブルクの崩壊の報を受けて、
王女マリアの救出のために旅に出たはずであった。
そして、その役割を無事に果たして帰還したのだと思った。
それなのに、
アレンはまだ旅をやめないと言った。
旅の目標は、既に王女マリアの救出ではなかったのだ。
ムーンブルクを滅ぼした元凶ハーゴンを討ち果たし、
文字通り世界を救う、
それがアレンの今の目標となっていた。
そのために、今も息つく暇もなく
ローレシアでの大騒動を無事に退けると、
今度はサマルトリアへ行ってしまった。
今回の事を思うと、
恐らくサマルトリアでも大きな戦いがある・・・のかもしれない。
その戦いを退けても、その次の戦いを退けても、
世界中の魔物たちが大挙をなして、
きっとアレンたちに襲い掛かるだろう。
アレンは、確かに強くなった。
最初旅に出たときより、さらに強くなっていたし、
1人ではなく仲間達もいるのだから、心強いだろう。
だけど、私はアレンがほんの小さい子供だった頃から覚えているし
いくら強いといっても、あんな恐ろしい化け物を相手に
全て打ち倒せるなんて・・・とてもじゃないが信じられなかった。
もしかすると自分の意思ではなく、
ロトの血を引く勇者だと周りに祭り上げられて、
あまりにも過酷な運命を無理やり辿らされているんじゃないかと思った。
だが王によると、アレンは自らハーゴン討伐を宣言したのだという。
最早、運命の荒波に飲み込まれ始めたアレンを
引き止める事なんて出来なかった。
ただ、私はアレンの無事を祈る事しか出来なかった。
数日後、
いつもと変わりない日を過ごしている私に、
王室へ来るよう声が掛かった。
「王様、王妃様、
クレハです。お呼びでしょうか?」
早速に訪問すると、
王と王妃は、ここ最近にないくらい明るい表情をしていた。
「ああ、クレハ来たのね。
あなた、アレンがどうしているか気にしていたでしょう?」
「え、はい。
それは勿論です。
アレン様がどうかされたのですか!?
もしや、帰還の報でも・・・!?」
一瞬アレンが帰ってきたのかと思ったが、
それは違った。
王妃が差し出したのは、
一通の手紙だった。
「アレンから、手紙が届いているわよ。
これはあなた宛のようね。」
「え・・・えええ!?
お手紙、ですか!?」
私は思わず大きな声で驚いてしまった。
既にアレンが旅に出てから長いが、
手紙が届くなんて初めてのことだ。
「どうやら、今のところは元気にしているようね。
便りがないのは元気な証拠と言うけど、
やはりこうやって便りが届くのは嬉しい事ね。」
「ああ、そうだな。」
王と王妃も珍しく二人揃って嬉しそうだった。
やはりまだ若い王子を1人で危険な旅に出すのは
不安も多かったのだろう。
と言うか、
私は早く手紙を読みたくて仕方が無かった。
そわそわしている私の様子に気付いて、
王妃が手紙を渡してくれた。
「なんだか、あなた宛の手紙が一番分厚い気がするわね。
何が書いてあるのかしら?」
「あの・・・開けても宜しいでしょうか?」
「ええ、勿論よ。あなた宛だものね。」
私は手紙を受け取ると、
早速に開封をした。
アレンは、あまり筆達者ではない。
書物を読んだりすることもあまりないし、
普段、文章を書くようなこともあまりない。
と言う事で、慣れない手紙に苦戦したのだろう。
どうやら、アレンは今ムーンペタにいるらしい。
サマルトリアでも何だか大変だったそうだが、無事だそうだ。
何がどう大変だったのかよく分からないのだが、
本当にそういう書き方だった。
手紙を世界のどこからでも出せる手段が見つかったそうで、
これからはたまに手紙を書いてくれるんだそうだ。
それから、これからムーンブルク城に行くのだそうだ。
最後に、ローレシアを頼んだぞと書いてあった。
話があっちこっちに飛んでいる手紙に
私は思わず微笑ましく思った。
キメラの翼を使ったりと言う事で、
中々簡単な方法ではないが、私も返事を書こうと思った。
***
それから、私はアレンから届く手紙が楽しみになっていた。
しばらくするとラダトームについたという手紙が届いた。
本当に世界中を旅しているのだろう。
色んな国にいっているのだ。
この次はどこに行くのだろうか?
わくわくと手紙を待っていたが、しばらくは手紙が届かなかった。
忙しいのだろうか?
便りがないのは元気な証拠・・・とも言う。
きっと大丈夫だろう。
それとも手紙を書けないほど大変な状況なのだろうか?
少々心配になったが、
それでも私が出来る事はアレンの無事を祈る事だけ。
祈りが届いたのだろうか。
幾日も経って、忘れた頃にようやく手紙が届いた。
アレンは今ペルポイと言うところにいるらしい。
「ぺるぽい?」
初めて聞く場所だった。
世界地理に詳しい文官に確認するとローレシアのはるか南の
小さな小さな街らしい。
手紙を読むと、
今はペルポイにいるが、既にデルコンダルを始め
多くの国々を巡っていたようだった。
やはり手紙を書けないほど、
心身ともに大変で慌しい日々を送っていたのだという。
一体何が起きたのか、よく分からない。
どうもアレン自身のことではなく、仲間達に何かがあったようだ。
あろうことか、命の危機すらもあったそうだが、
それも切り抜けて、アレンはようやく一息つける状況なんだそうだ。
「・・・・・・。」
何とも、もどかしい。
一体アレンたちに何があったと言うのだろうか?
どんな恐ろしい目にあったのだろうか?
少しでもアレンから届く情報を元に
アレンたちが今何に苦しんでいるのか理解をするため、
私に何か出来る事はないのだろうか?
私は、先ほどの文官に、
ペルポイという街にはどのような特徴があり、
また周辺にはどのような魔物が出るのかを尋ねた。
話によると、
外界との接点を断った街なのだそうだ。
そもそも、どうやってアレンがその街に入って行ったのか
文官は不思議がっていた。
その街の人とのやりとりは手紙には書かれていなかったが、
遠い場所でアレンが苦労をしているんじゃないかと心配だった。
そして、魔物たちもローレシアとは比べ物にならない強力な
魔物たちが出てくるらしい。
強力な魔物を使う妖術師の類や
永久に増幅して増えるマドハンドと言う魔物。
聞くだけで、永久に増える魔物なんてどうやって
戦っているのだろうかと心配に思う。
魔物図鑑によると、増える前に倒すのが良いらしい。
なるほど、きっとアレンの電光石火のような攻撃で、
先手を打って倒しているのだろう。
それからも私はアレンがどこの国にいると手紙が届くたびに、
少しでも、ともに戦う気持ちでいるために、
その国について調べ、魔物について調べた。
アレンの手紙は簡潔で、国の名前と、
「無事でいる」という報告しかない。
だが、その言葉の裏で起きている国々でのやりとりや
魔物との戦いに思いを馳せた。
文官も知っている限り、各国の情報を教えてくれた。
魔物についても調べた。アレンが進めば進むほど
強力な魔物が生息しているという皮肉が憎かった。
どんな風に戦っているのかは書いてないし、
私には予想するしか出来ない。
とても人間が倒せる相手ではないと思うような魔物もいる。
闇夜を襲ってくる卑劣な魔物もいる。
並みの人間では、そこですぐに命果てている事だろう。
だが、それでも、どこでも、アレンからは手紙が届くのだ。
そしてそこには本当に簡潔に、「無事だ」と書いてあるのだ。
どんどん強力になる魔物をものともせず、
先へ進んでいくアレンたち一行の姿は
まさしく勇者の進撃と呼ぶに相応しかっただろう。
本当に、奇跡だと思った。
せめて奮闘しているアレンに、
少しでも役立つ情報をと思って、
私はこれから行くであろう国々の情報を
アレンに伝えたいと思った。
しかしそこで、あることに気付いた。
今回来た手紙はテパという村にいるのだと書いてあった。
私は地図にアレンが辿った国々に印をつけていた。
もうアレンは既に全ての国・街・村を巡った事になるのだ。
本当に世界中の旅をしたのだ。
しかし、それでもまだ旅は終わらない。尚も続いていくのだ。
これから先アレンがどこに向かうのか、
もう私には想像すら出来なかった。
しばらくして、またアレンから手紙が届いた。
そこには書いてあった。「ロンダルキアに到着した」と。
ロンダルキアとは国の名前ではない。
巨大な岩山群に囲まれた未開のエリアの名前だ。
そんなところにアレンはいるのだという。
珍しく手紙には無事の報告だけではなく
沢山の内容が書かれていた。
ロンダルキアとは白銀の雪景色の世界なのだそうだ。
こんなに寒い場所は初めてだと、アレンは閉口しているそうだ。
さらに、ここで出てくる魔物たちは、
まるで岩山が動いたのかと見紛うほどの巨大で体で、
桁違いの力、桁違いの魔法を使うそうだ。
何度もやられそうになりながらも、
自分達も随分強くなったものだと書いてある。
もう、文官にいくら聞いても、ロンダルキアの情報など分からないと言われた。
そして、そこで出てくる魔物は伝説上と言われるような魔物で、
いくら調べても、どのように戦うべきかも全く分からない。
私は何度も何度もその手紙を読んだ。
そして、手紙を持つ手が震えた。
既にアレンたちは、人知を超えた所に行ってしまったのだ。
もうアレンは自分が知っている、
あの小さかったアレンとは違う。
伝説のロトの血を引く勇者として、
我々など一般の人間にはたどり着けない所で戦っているのだ。
いや、戦ってくれているのだ。
皆はこの事を知っているのだろうか?
ローレシアは今日も平穏無事に、皆平穏な暮らしをしているが、
アレンたちはこんな遠い所で戦っているのだ。
自分達がこうやって暮らしていけるのは
紛れもなくアレンたちのおかげだろう。
私は、王や王妃だけでなく、
皆に語り伝えた。
アレンたちの戦いを。
その活躍を。
皆、我が国の王子の、そして勇者の活躍を我が事のように大喜びした。
小さい頃は、魔法が使えない王子が本当にロトの血を引くのか
疑わしく思っているものも確かに存在した。
だがもう、アレンがロトの血を引くことに疑うものなんていなかった。
あのディアンも、アレンの勝利と無事の帰還を待ち遠しそうにしていた。
国が一つになり、
ただ、アレンの帰還と無事を祈る。
私は、その時、初めてこのローレシアと言う国が一つになったのだと思った。
ローレシア王は、ローレシア国民のそんな様子を目を細めて眺めていた。
王も、昔の幼いアレンがどのように言われていたかは勿論知っている。
その事に、かつては心を痛めていた。
だが、今国は一つになった。
アレンを中心に。
その様子を見て、王は一つ心に決めたことがあった。
「王妃、それにクレハよ。
アレンは無事に帰ると思うか?」
「アレンは戻ってきますよ。必ずや。」
「私もアレン様は必ず勝利して、
帰ってくると思います!」
その2人の答えに、王は満足そうに頷いた。
たった一人の息子を旅に出して、
王もどれだけ、アレンの事を心配しただろう。
きっと私だけではないのだ。
王も王妃も、アレンを思い、きっとどれだけ悩み苦しんだだろう。
そして立派に戦う息子の姿を見て何を思うだろう。
もし、無事に帰ってくることが出来れば・・・・。
「2人とも聞いてくれ。
私は決めたよ。」
「あなた、なんですの?」
王妃は、王が何を言うのかといぶかしんだ。
「今ローレシアの心を一つにしているのはアレンだ。
年老いた私の役割はアレンが戻ってくるまでの事。」
「な、何を仰っているの・・・!?」
長い間、子どもに恵まれなかったローレシア王は
ロト3国の王の中でも一番高齢だった。
長い間、王座に座り、ローレシアを守り続けた王の髪には
既に白いものも混じっていた。
最近は心労のあまり何度か体調も崩していた。
「私もお前達と同じく、もう間もなく、
必ずアレンが戻ってくると思っている。
そう、もうあと数日もしないうちに。」
「ええ・・・それはそうでしょうが。」
「アレンが戻ってきたら、私はアレンに王位を譲ろうと思う。」
その言葉に私は驚いて口を覆ってしまった。
アレンが王になる・・・。すごい事ではないか!
王妃も驚いているが、
だが、その考えを否定しようとはしなかった。王の気持ちを尊重したいようだった。
私も勿論、反対するつもりなどはなかった。
だが、この驚きの情報は
まだアレンには伝えないでおこう。
きっと今もロンダルキアで戦っているであろうアレンに、
このローレシアのニュースは「今は」関係ないと思ったからだ。
「ふふ、まだそんな事を言うのは早かったかな。
大体あやつには嫌がられるかもしれんしな。
今はあのやんちゃ息子の帰還を、ただ待とうではないか。」
王のその言葉に、
王妃も私も頷いて従った。
ただ無事に、帰ってきて欲しい。
今はそれだけが願いだった。
- 終 -
2014/09/14
▲