「不審火?」
寒空に呼び出されたと思ったら
思いもかけないことを告げられた。
「そうなんです。先日から不審な火事が2度ほど・・・」
「2回・・。」
カインは、鼻を擦りながら腕を組んだ。
「大事には至りませんでしたが、私今日と言う今日こそ、
徹夜で見張って下手人を捕まえようと思います!」
「今日?今日、見張りに立つの?
じゃあ、僕も付き添うよ。」
「え、カイン様にそんな事を・・。」
目の前の兵は少しどうしたものか困ったような顔をしている。
カインとしては今更そんな顔をされても、
話を聞いた時点で気持ちは固まっている。
「何言ってるのさ?言ったじゃない。
ムーンブルクの事なら何でも手伝うって。
クナさんもそのつもりで僕に教えてくれたんでしょう?」
「え・・ええ・・・それは・・マリア様にはご心配をお掛けしたくないですし・・・。」
クナはムーンブルク城唯一の昔からの忠臣だ。
かつてカインたちがまだ旅をしていた頃、ムーンペタでその生存を知った。
それ故、兵の中でもマリアには一番近い位置にいる。
そのクナがマリアに言わず、
わざわざ自分に相談して来てくれたと言う事だ。
カインはくすっと笑った。
「当たり前。
マリアには言わなくて良いよ。」
ムーンブルクは急速な復旧を遂げている。
こんな著しいスピードでの復旧を成し得ているのは
マリアの持つカリスマ性や求心力もさることながら、
ムーンブルクに新たにやってきた移民を
暖かく迎え入れているからだ。
マリアは人の心の優しさをとても大切に思っているようだ。
旅の間、多くの人から親切にされた事から、それをとても強く感じているらしい。
が、どうやら中には、ムーンブルクの発展を快く思わないものもいるという。
・・・・・だからと言って、炎?
マリアにとって、最早炎は恐れる対象ではなくなったはずだが、
それでも一度はトラウマのように苦しめられたものだ。
もし誰かが故意にそう言う事をしたなら
マリアはどれだけ落胆するだろうか。
彼女の耳には入れたくなかった。
****
「マリア〜。入っていいかな?」
「カイン!?どうしてここに?」
マリアは驚いてがたっと席を立ち上がった。
どうやら多くの作業に追われて、
俄かに襲い掛かってくる眠気と戦っていた所らしい。
その表情には疲れが見えた。
勝手知ったる様子でカインは部屋に入っていった。
「今日はサマルトリアにいるんじゃなかったの?」
「んー。あれ?マリア、お茶空っぽになってるよ。」
カインは空っぽになっているカップに紅茶を注いで差し出した。
「え?あ、ありがとう。
じゃなくて、あなたどうしてここにいるの?
だって・・・今日はサマルトリアにいるって。」
聞かれてカインは笑って答えた。
「どうしてって・・・マリアの顔が見たかったからで良いでしょう?
僕がルーラできるの知ってるじゃない。
でも、そうだね。もうすぐ行くよ。」
「そ、そう・・・。」
カインがサマルトリアだけでなく、度々ルーラでローレシアなどを
訪れているのは事実だ。
「けほっ。あっつ。」
何やらカインが紅茶を飲もうとしてむせている。
自分で温めたつもりが熱すぎたらしい。
「大丈夫?」
「あはは。熱くしすぎたみたい。
それより、マリアのほうこそ大丈夫?」
「何が?」
「その・・・紅茶の熱さとか、あと目の下の隈とか。」
言われてハッとマリアは顔を抑えた。
「寝不足でしょう?一人で頑張りすぎだよ。
今日はゆっくり休んでよ。」
「・・・そうね。」
「マリアが眠るまでここにいよっか?」
「私、そんな子供じゃないわ。」
幾分顔を赤らめたマリアが首を振った。
「旅してたときは何度もマリアの寝顔見れたのに。
最近見てない気がするよ。」
この人は・・結構こう言うことを臆面もなく言う。
「すぐに休むわよ。あなたも休んでね。」
「うん、じゃあ・・そろそろ行くね。
マリアも今日は仕事はおしまいにして、せめて早く休んでね。」
くいっと紅茶を飲み干すと、
カインは席を立った。
「次はいつ来るの?」
慌しく立ち去るカインに思わずマリアが尋ねた。
「・・・君が望むならいつでも。」
マリアの首筋に触れるかのような近さで、
そっとカインが呟いた。
***
「けほ、けほっ。」
外に出るとやはり寒い。
ムーンブルクは雪の季節を迎えていた。
「カイン様、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、クナさんこそ連日大変ですね。
早く解決して、・・・あったかい春になれば良いのに。」
カインは警備にきた兵のクナに話しかけた。
春が来れば、復旧を始めたムーンブルクの初めての春となる。
随分この国も綺麗になった。春が来るのが、楽しみであった。
それにしても夜間の警備を勝手出るなど、
随分この兵も立派になったものだ。
「ええ・・。それより見てください。
この辺りです。・・暗くて見づらいですが、
この辺りが先日被害にあった場所です。」
そこは小さな花壇もある場所だった。
先月マリアがこの離れの花壇に
花を植えたんだと言っていた。
「被害の規模は?」
「幸いすぐ消し止めましたので、この周辺のみです。」
「そう・・。」
暗くてよく見えないので、しゃがみこんでみると
焼き焦げた跡があった。
マリアには知らせてないといっていたが、
これはマリアの耳に入るのも時間の問題だろう。
どんな気持ちをさせてしまうだろうか・・。
「これ・・・・。」
焦げ臭い匂いに思わず鼻を啜ると
どこかから同じような焦げ臭い匂いが鼻についた。
思わずカインは立ち上がって、そして走り出した。
「クナさん!炎だ・・。ここじゃないどこか・・!」
「え・・え・・?」
「あっちだ!」
クナはカインの走る先を追いかけるように着いていった。
離れから少し離れたところに
橋が掛けられている。
その先に火の手が上がっていた。
「ま、まただ。また火事だ!!」
辺りを見渡したところ下手人らしきものは見当たらなかった。
それより先に火を消さなければどんどん火が広がっていくだろう。
「カイン様!見つけてくださりありがとうございます!
炎を消さねば・・・私が水を汲んできます!」
クナは水も持たずに警備に立っていたことを後悔した。
だが幸い貯水池はすぐそばだ。
「待って、クナさん。
いちいち水を汲んで戻ってきてたら時間がかかりすぎる。」
「え・・でもじゃあ、どうするんですか?」
「火なら消せるから。」
「・・???」
クナのほうは見ずに、カインは炎と向かい合っていた。
まるで何か語らうように・・・。
何をするのかと思って見守っていると
カインはそのままその炎に手を突っ込んだ。
「な、何をしているんですか・・!?」
「大丈夫。ギラでも自然火でも
結果は同じ炎なんだから・・。」
「?????」
クナは何を言われているのか分からない。
それよりカインが大火傷でも負ったら大変な事態になる。
マリアにもあわす顔がますますなくなる。
「辞めてください!!」
悲痛な声で叫ぶのと、炎がふっと消えるのが同時だった。
まるでマジックでも見せられているかのようだった。
「えっ?」
「一応・・・落ち着いたみたいだね。」
落ち着いたも何も炎は消えてなくなった。
今のはどうやったのだろうか?
「カイン様、今のはなんですか?」
「ああ、僕炎の魔法は得意なんだ。
炎の中に触れれば、火の精霊の力を借りて消すくらいなら出来る。」
「・・???」
ようは本当にマジックのように火を消せると言う事か。
でも見ると、カインの左手は火傷している。
今のはマジックなんかではないのだ。
「しかし、その手を火傷されてしまった。お待ちください。
今包帯を・・。」
「・・いらないよ。」
そう言うと今度はふわっとした緑色の光が
その手を包み込んだ。次の瞬間負傷は消えていた。
「・・・・・・・・!」
クナは目を見張った。魔法の詠唱もせずだが、
今のはホイミか何かだろう。
マリアや、このカインがロトの血を引き
世界を救ったと言うのは、口伝には聞いているが、
目の前でこうやって魔法を使われるのは初めて見た。
呆然としているクナにカインが尋ねた。
「ねえ、クナさん。
ここってどういう場所なんです?橋で隔離されていたけど。」
「え・・!?は、そうですね。
ここは地下があるんです。」
「地下?」
「かつて兵の駐屯場があったんですが、
今はまだ整備されておらず使っておりません。」
少し歩くと、確かに地下への階段が存在した。
「兵の駐屯場・・・。」
カインは、クナの言葉を復唱すると眉を顰めた。
「でも、ここで火の手が上がって、
下手人が見当たらないと言う事は、
この地下に潜んでいる可能性がありますね。
行ってみましょう!」
「ええ・・。」
カインたちは階段を下っていくことにした。
しかしなんだか嫌な予感がする。
ムーンブルク城のかつての兵といえば
以前アレンと共にこの城を訪れて
嫌と言うほど目にしている。
魔物化しているのだ・・。
階段を降りた先には一つの部屋があった。
きっとここが駐屯場だった場所だ。
二人がその部屋に入った時、
猛烈な勢いでムワッと熱い空気が流れてきた。
「うわっ!?」
「クナさん!」
カインは思わず尻餅をついたクナの前に遮るように立った。
燃えるように吐き出される炎。
「あつっ・・・!」
そこにいたのは魔物の姿だった。
「うわあ!!モンスターが何故こんな所に!」
クナは尻餅をついたまま、いくらか後退していくが、
どうやら回りは魔物たちの群れに囲まれているようだ。
ムーンブルク城の復旧を図る際、
アレンの力も借りて、マリアたちはおおよその魔物は駆除した。
そして聖水や魔法の力で清めて以後、
人が住めるほどに魔物は減った。
しかし、どうやらこの生存した魔物たちは
離れた地下の空間に魔物は今なお巣食い、
さらに夜になると不穏な活動を始めていたようだ。
「ヒトじゃないと分かったから、
良かったのか・・・良くなかったのか・・・。」
不審火が誰かの悪しき仕業ではないと分かって良かったが、
魔物がいるというのも、それはそれでやはり問題だ。
それにしても、カインは武器を持っていなかった。
最近は魔物と戦うこともなく、剣の稽古もしていなかった。
だが、これだけ魔物がいれば話は別。
久々に剣を持って戦わなければならないだろう。
「クナさん、少し武器を貸してください。」
「え!?は、はいっ!!どうぞ!!」
クナはすっかり及び腰になっている。
どうやら対魔物などのシチュエーションは駄目なようだ。
まぁ、以前のムーンブルク落城の事を思えば無理も無いが、
しかし、それは兵としてどうなのだろうか?とも思う。
魔物はリビングデッドなどの動く死骸と
火を吐くドラゴンフライだ。
恐らくこいつが不審火の原因だろう。
敵のレベルとしてはさほど高くないが・・・。
何匹かの魔物を倒した時、
バタン!!と扉が閉まる音がした。
ハッと振り返ると、そこからドラゴンフライが大きく炎を吐いた。
狭い個室の中はあっという間に火が広がっていく。
「うわ!逃げ場が閉ざされて、
部屋中に炎が・・!!」
密室では炎の回りも早い。
一気に炎が舞い上がり、煙が立ち込めてきた。
「わわわ、カイン様!火の手がぁ!!」
言われなくても見れば分かる。
回りは煙の白さと、炎の熱さで視界が閉ざされていく。
「けほっ、げほっ!!」
煙を吸ってしまったらしく、思わずカインはむせた。
少し息苦しかった。
そんな中でもリビングデッドは素手で殴りかかってくる。
こんな視界の悪い所で、
リビングデッドの相手を丁寧にしている場合ではない。
火を消さないと、そもそも二人して黒焦げになるだろう。
「クナさん、そこを・・・どいてっ!!」
一気に前に出て、リビングデッドを斬り捨てると、
カインは炎の前に立った。
さっきよりよほど大きな炎の固まりだ。
恐らくベギラマよりも大きな炎。
『火を・・消さなきゃ・・・。』
気が付けば、もうクナの声が聞こえない。無事だろうか?
自分がいながら、こんな危険な目にあわせるなんて申し訳なかった。
それでも、何故かカインの心は落ち着いていて、
一つも焦っていなかった。
アレンたちと乗り越えてきた苦難の事を思えば、
こんなのは物の数とも思えなかった。
そして、再度火の精霊に話しかけようと
カインがすっと左手を伸ばした時だった。
「・・・マヒャド!!」
ある魔法の言葉が聞こえ、
今まで熱さしか感じなかった部屋の中に、
凍えるような空気を感じた。
そして、一気に部屋の中の炎が消えると、
続いて部屋の中まで一気に凍りついていった。
「カイン!」
この声の主は・・・一人しか考えられなかった。
「・・・・・・・・・マリア・・・?」
恐る恐る顔をあげるとそこにはやはりマリアがいた。
「カイン!ああ・・それにクナまで!
大丈夫!?」
「マリア様!何故ここに・・・!!」
クナが主の登場に恐縮したように頭を下げている。
「それより、魔物よ!ここにいたのね・・!!」
マリアはいかづちの杖を持っていた。
往年の力強いマリアの姿だった。
その杖から空気の収縮するような大気のゆがみを感じた。
「マリア様、ここは魔物がいて危ないです!
どうか避難を!!」
クナがいまさらそんな事を言っている。
マリアは引き下がりなどしないだろう。
何故ならば今マリアが唱えようとしている魔法は、
マリアの得意魔法の・・・
「イオナズン・・!!」
一気に縮められた大気が大きく激しく爆発した。
リビングデッド程度の魔物にはひとたまりも無かった。
あちこち朽ちていた部屋の内装から何から全てが吹き飛んだ。
「・・おしまいね。」
マリアは爆発が収まるのを待って杖を下ろした。
魔物は全滅。
火は消え、部屋の中もボロボロになっていた。
クナまで、あまりの衝撃に気絶してしまったようだ。
カインは、マリアの魔法の威力を再確認した。
しばらく戦っていなくても、この魔法の才は本物だ。
結局自分まで助けてもらって、なんだか情けなくなる。
「マリア・・・?」
だが、カインがしゃがんだまま、マリアの方を見上げると、
マリアは泣きそうな顔でカインの首に抱きついてきた。
【 挿絵を見る 】
「ど、どうしたの・・・!?」
「無事で良かった・・・・!」
マリアの声は震えていた。
どうやら、炎に包まれた階下の部屋を見たとき、
死んでしまったのではないかと
かなりショックを受けてしまったようだ。
「カインの事だから、きっと大丈夫だろうと思ったけど、
でも、でも・・・!
こんな心臓に悪いことは辞めて・・・!」
「うん・・・ごめんね。」
「国の事も大事、私を心配してくれたことも嬉しかった。
でも、何より私はあなたを失いたくないの!!」
「うん、ごめんね。大丈夫だよ。」
カインは震えるマリアをぎゅっと抱きしめると、
素直にマリアに謝った。
その直後、カインがふいに後ろを向いて、
むせるように再び何度か咳いた。
「カイン?本当に大丈夫なの?」
「うん、煙を吸いすぎたのかなあ。」
そう言うカインの額にマリアが手を当てた。
「あなた、少し熱があるんじゃない?
さっきも咳してたもの。」
「え?」
言われてカインも自分で額を触ってみた。
言われてみれば熱い気もする。
でも自分では気づかなかったくらいだ。
「ここは片付いたから、休みましょう。」
「これくらい全然平気だよ。
僕よりマリアの方が疲れてるでしょう??」
「カイン・・あなたね、私一言言わせてもらって良いかしら!?」
急にマリアがすごい剣幕で迫ってきた。
「え・・・何・・・?」
「世界中を飛び回って、ムーンブルクだけじゃなくって
サマルトリアの事も目を離さないようずっとしっかり見ていて、
それでローレシアにも行ったりするし、
そんな無茶ばっかりして、今日も徹夜で見張りだなんて
本当に本当に無理しすぎなのよ!!」
文字通り、ワンブレスでそこまで言うとマリアは息を付いた。
「ご・・ごめん・・。」
その勢いに、思わずカインは謝るしか出来なかった。
「謝って欲しいんじゃなくて・・。」
「あ、うん。ごめん。じゃなくてっ・・。」
そう言ってカインは思わず口をつぐんだ。
「クナにも言っておくわ。こんなムーンブルクの
瑣末にカインの手を煩わせてる場合じゃないって。」
「それは違うよ。クナさんのせいじゃない。
僕が手伝いを勝手でたんだし、ムーンブルクの力にはなるって
いつだって言ってるじゃない。の割に情けなかったけど・・。」
「そう言うことじゃなくって、クナがよ。
魔物相手に逃げ回っているようじゃ、全然駄目よ。
今度アレンに鍛えてもらおうかしら?」
平和そうに気絶しているクナを思うと、少し不憫にも思った。
「そ・・それはきっと強くなれるね・・。・・っけほ。」
また手の甲で隠すように咳をするカインを
心配そうにマリアが手を引いた。
「もう、行きましょう。
カイン今日は言っておくけどサマルトリアには返さないわよ。」
「え?」
「さっきもあなた言ってたじゃない。
私が望むときは傍にいてくれるんでしょう?」
確かに言った。
そう言われれば、確かに帰れない。
手を引いて歩くマリアの顔はこちらからは見れない。
でも少し赤らんでいる気がした。
サマルトリアで待つマイにはあとで謝っておこう。
「そうだね、約束だものね。今夜は君の傍にいるよ、マリア。」
- 終 -
2012/12/17
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