先般の巨大なイカのような魔物 ― クラーゴンと言うらしい ― を倒して、
その後、海は穏やになる……かと思いきや、そんなことはなかった。
今までの順調な航海が一変したと思うほど
魔物の数は多かった。
「一体何なんだ。
長年船に乗っているが、こんな危険な海は初めてだ。」
「へえ、そうかい。」
おびえる船乗りにアレンは何とも言えない表情で言葉を返した。
船乗りたちは魔物の現れる海の航海に、
アレンたちと言う戦力を得たことで少しずつ逞しく順応しつつあった。
ただ、やはり戸惑いも隠せないようだった。
今までこんな危険な航海はしたことがなかったらしい。
アレンとしては、こういった経験は勿論初めてではない。
確かに今は自分たちの世界の海も平和になっている。
だが、かつてカインとマリアと、そしてミゲルと航海したあの海は
今と同じくらい魔物が頻出していた。
常に警戒し続けなければならない緊張感、
魔物が現れた際の迅速な対応はあの時の経験が生きる。
だが、魔物の強さは……こちらの方が上だろうか。
歴戦のアレンですら初見の魔物がいる。
世界はまだまだ広いのだなと痛感させられる思いだった。
ふと戦いの事でカインと確認したいことがあると思ったのだが、
甲板を見渡してもカインはいなかった。
「なあ、カイン知らねえ?」
先ほどの船乗りに聞くと、船長が連れて行ったと答えた。
またか……とアレンは憮然に思った。
「またかよ。船室に連れられてったな?」
「ああ、そうだ。良く分かったな。」
最近いつもそれだ。
アレンはつかつかと船室へと戻っていった。
大体カインは厨房を手伝ったりしていて、甲板にいるより中にいることが多い。
最近はことさらに甲板に出てこないなと思ったが、
どうも中でオーギー船長にあれこれ話し込んでるらしい。
なんか、不愉快である。
船室に戻っていくと、カインが船長に手を引かれているのを見かけた。
手にはカップを乗せたトレーを持っていた。
「楽しいお茶の時間にお邪魔するぜ。」
アレンは不躾に声をかけた。
ぎょっと振り返る船長とカインであった。
「アレン、どうしたの?」
「ああ、少し魔物の対応の事でお前と話がしたくてな。」
「そうなんだ。ちょ、ちょっと待ってね、今オーギー船長が……」
カインの話に割って入るように、明らかに不機嫌そうな船長が身を乗り出した。
「なんなんだ、いつもいつもお前は。
私はカインと話があるんだ。後にすると良い。」
そう言ってアレンを帰らせようとする。
カチンときたアレンは当然帰る気はない。
「後にするのはあんただろ。」
「あんた!?貴様、船長に向かってその口の聞き方はなんだ!!」
ああー、くっそ面倒くさい。
口の聞き方なんか知ったものか。
そんなことで叱咤されるのはまっぴらごめんだ。
カインはパクパクと口パクで、まずいよとでも言ってるようだ。
「船長様だか、王様だか知らねえが、俺がこいつに話があるって言ってるんだ。」
不遜なアレンの態度に船長は完全に気分を害したようだ。
「貴様、、少々強いからと言って調子に乗っているととんでもない目にあうぞ。
船の上では私が一番だ。」
「知らねえな。」
「無事に国に帰りたければ、その口の聞き方を改めることだな。」
「俺の口の聞き方がこんなことで改まる訳ないだろ。
もう良いからカインよこせって。」
尊大な態度の二人が喧々諤々の雰囲気で、
見守るカインは一人あわあわしていた。
「ちっ、せっかくカインを副船長として船に招き入れようとしたが
とんだ邪魔者がいたな。」
「は?」
なんだって?
招き入れる?誰を?何として?
「はーーーー!??」
アレンの素っ頓狂な声が船室をこだました。
「カインは、船の知識もそれなりにあるし、
何かと器用だ。素直だし、船員の心もつかんでおり、
それに何より恐ろしい魔物にもおびえない度胸もあり、
さらにあの魔法だ。
素晴らしい逸材だ。」
「んな、アホな……」
アレンはその口上を唖然とした様子で聞いていた。
なるほど。
船旅の経験もあるし、調理はじめ細かい作業も得意だ。
船長の指示に素直に従うし、他の船員とも仲良くなるし、
案外強いし逞しいところもある。さらに貴重な魔法使いだと来た。
良い人材がやってきたとでも思ったんだろうが。
「残念、お断りだ、そんなもの。」
あっさりとアレンは言い放った。
「何も貴様に許可は求めてない。カインに言っている。」
「求めてなかろうが、俺が駄目だって言ったら駄目なんだ。
ふざけんのもいい加減にしろ。」
「貴様はカインの何なんだ。」
「説明するのもめんどくせええ!」
と言うと今度はアレンがカインの手を引っ張ってこっちへ来るように促した。
反発して何かを言おうとする船長にカインが口をはさんだ。
「船長!アレンと喧嘩するのやめてください。
お話はお断りします。スイマセン。」
「なんだと、お前ら!」
「アレンを怒らせたらこの船沈んじゃいますよ。
皆海の藻屑になりますよ。」
「!」
ほう?カインの一声で船長は明らかに怯んだ。
まぁ、本気でやれば剣の一振りで船を真っ二つにすることも
可能かもしれないなと思った。
「し、沈んだらお前たちも全滅じゃないか。」
「僕らは飛べるから。」
「!!」
そうか、最悪船が沈んでもカインの魔法で飛んでいけば良い……んだったっけ?
まぁそういう事にしておこう。
さすがに船長は諦めたのか、二の句を告げることはなかった。
そのままアレンたちはその場を立ち去った。
「おーまーーえーーはああーー。
なんであんな奴につかまってるんだよ。」
甲板に戻ると、アレンはうなだれるようにカインに突っかかった。
「アレンこそ、びっくりしたよ。
すっごい剣幕で現れるんだもん。」
「お前がのんびりのほほんとしてるから、あんな付け入れられるんだよ。
なーにが副船長だ。」
もっとびしっとしろとアレンは叱った。
「もちろん断るつもりだったよ。」
「つもりじゃなくて、すぐにとっとと断れよ。」
「あんまり無碍にして怒らせたら、船走らせてくれなくなるかもしれないじゃない。」
「そんときゃお前、あれだ。
さっき自分で言ったみたいに飛んでいけば良いだろ?
あんなやつ気にしてねえで。」
「あんなやつって、今僕たちは船に乗ってて、
その船の船長なんだから、顔を立てないと。」
あんなやつの顔を立てるとか、面倒くさい社会である。
アレンははぁっとため息をつくと、視線を落とした。
カインが持っているカップは船長のためにいれたものかと思うと
それもまたイラっとする。
「それ、船長に入れた茶か?」
「え?うん。そうだけど。」
カインはこういう性格なんだと分かっている部分はありつつも
なら仕方ないなとは、どうしてもアレンは思えない。
「良いか、言っとくけど、
俺も、お前も人に手を貸すことはあっても、人に付き従えるような事すんな。
もっとプライドを持て。
茶なんか入れなくて良いんだよ。」
「え?ええ?」
世界を救った自分たちだ。
みっともない姿なんてするべきじゃないとアレンは思った。
「マリアだってきっとそう言うぜ。
そうだな、あいつならもっと毅然と断るだろうさ。」
確かに、想像すると、
ああいうシチュエーションで、マリアなら鋭い視線と少ない言葉で
毅然と断り背を向けるだろう。そんな様子が想像される。
「人が良いのは結構な事だけど、なめられんな。
分かったな。」
「わ、分かった。」
なんかカインにこんな説教めいたことを言うのは
懐かしいというか何というか。
俺も何をムキになってるんだかと思いつつ……。
叫んだりして、のどが渇いた。
「茶。」
「ああ、これ口付けてないんだ。どうぞ。」
ポッとカインがアレンにお茶を手渡してきた。
「……」
「……」
今しがた「人に茶を入れるな」と叱ったのに、
あまりに自然な流れで茶を手渡してきた。
カインも同じことを思ったみたいで、ふっとアレンの目を伺うように視線をあげた。
また怒られるんだっけ?と伺ってる様子に、アレンがふっと表情を崩してごまかした。
「お、俺は良いんだよ。」
「アレンは良いのー?」
少々非難めいた声で確認してきた。
変な話だが、良いんだ、それは良いんだ。
「そう、俺と、あとマリアと。」
「ふ……ふふ。勝手だなあ。
本当大変な王様だね、君は。」
確かに、我ながら勝手な言い分だとは思う。
茶なり、飯なり、菓子なり、一番カインにたかってるのは明らかに自分じゃないか。
カインはいつもそれに素直に従ってくれるが、
他人がそれをするのは許せないと思った、のだ。
でもそれも含んでカインが呆れたように笑ってるので
諸々含めて納得してくれたものとする。というか、した。
ええい、この話はもう終わりだ。
「そろそろアレフガルドが近そうだよな。」
アレンは話を変えた。
ムーンブルクからの船旅も距離的なことを考えて、
そろそろ終わりになるだろうと思う。
カインもそれに頷いた。
「そうだね、飛んでいけそうと言ったのもそれなんだよね。
陸地が見えてくるころだと思うんだけど。」
この船ともおさらばか。
あの船長との縁も切れるというものだ。
「まずはどこを目指すかという話なんだがー……」
だが、話を切り出したところで、船ががたんと揺れて、
船乗りたちの「敵襲だーー!」の声が響いた。
「ちっ、また魔物かあ。」
突然の襲撃にもすぐ対応できるようになったのは、
この船の成長だとは思う。
「どうした、何が出た!?」
アレンたちもすぐ駆けつけると、
人魚のような魔物の氷の魔物に甲板が凍らされてた。
「うわっ。」
「アレン滑るよ、気を付けて!」
「見りゃわかる。」
人魚のような魔物は船べりにしがみ付いて、
たまににゅっと顔を出しては氷の魔法を唱えるという厄介な戦術を持っていた。
「ええい、出てくるなら、ちゃんと顔出せよ!」
船壁を攻撃する訳にもいかず、うまく攻撃できない。
「アレン、僕が火でおびき寄せてみるから、フォローよろしくね。」
「ん、おう。分かった。」
「ベギラマ!」
そう言うとカインは魔物が顔を出したその機に、
船壁ぎりぎりに炎を放った。
甲板の氷は炎で溶かされ、勢いそのままに魔物にぶち当たった。
炎の勢いに吹き飛ばされた魔物を、
アレンが逃さず狙いすまして剣を振るう。
その剣撃は魔物を真っ二つにした。
「やったね。」
「よっし!」
ちゃんと息の合った戦いが出来ている。
そろそろアレフガルドに着く。このまま逃げ切られればと思ったのだが……。
「まだだーー!まだ魔物がいるぞー!」
マストにいる見張りが魔物を見つけて大声で警鐘を鳴らす。
息つく間もなく次の魔物が出てくる。
「うわああ、またあの巨大イカだ!」
海の魔物とは何度か戦闘になっているが、
赤い大王イカみたいな魔物、クラーゴンは群を抜いて強力だった。
そいつがまた現れた。
「取り舵!取り舵だ!退避せよ!!」
大きく左に舵を取って、魔物から逃げようとした。
だが行き先から海底からズオオっと音を立てて、新たなクラーゴンが現れた。
「くっ、なら面舵だ。急げ!」
なおも逃げようとした船であったが、それは叶わなかった。
逃げ道を塞ぐようにさらにもう一匹。
「げ、3匹もいやがるのか……。」
「いや、イカだから3杯……じゃない?」
数の数え方をカインに冷静に訂正された。
「そうか、いや、数え方とかこの際どうでも良いじゃないか。」
そんなことをアレンは言いあいながら、
こんな場面でも、さすがに落ち着いてるなと思った。
クラーゴンは触手が縦横無尽に船に襲い掛かる。
30本もの触手が飛び交い、もう収集が付かない。
「一本ずつちょん切って言っても埒があかねえな。
くっそ、お前またあのザラキやってくれよ。
数を減らさねえと、さすがにちっとまずいぞ。」
「ザラキ……。」
アレンの提案に少し悩んだようだったが、
カインは頷かず押し黙ったままだった。
「あああ、マストがああ!」
触手がマストにまとわりついてへし折ろうとしているようだ。
船員が悲鳴のような声をあげている。
人員の無事もだが、船の無事もこれでは確保できそうにない。
「カイン、急げって!」
叫びながら、手近な触手を攻撃するが、致命傷にはなかなか至らない。
「ザラキは効かないかもしれない。今は得策じゃないよ。
それより絶対効く魔法であいつらの体力を削った方が良い。」
「お、そうか。」
魔法力も限りがある。
ここでの空振りは避けたかったのだろう。
「じゃあどうする、炎か。
お前出来るんだったら、ベギラマじゃなくってあの……。なんだっけ。あのすごいやつ。」
今のカインはベギラマ以上の火炎魔法を唱えることが、一応出来るはず。
それを期待したが……。
「あれは……ベギラゴンは……炎が大きすぎて制御に自信がないから、
木製のマストや船を傷つけるかもしれない。
だから違う魔法を。
アレン、またぶっ倒れるかもしれないから、そしたら後お願いね。」
「え、あ、そっちか。
わ、分かった。」
ベギラゴンに劣らない唱えてぶっ倒れたことのある魔法と言えば……
雷の魔法か。
確かに今なら空は十分に見えている。対象もでかいし、外す確率は低いだろう。
これなら、決まるかもしれない。
不安はカインにもあった。
でも、船員の悲鳴が先ほどからあちこちから聞こえる。
迷ってる時間はない。
あとはきっとアレンが何とかしてくれる、とりあえずやってみよう。
カインは、すーっと息を吸って、武器を持つ手に力を込めて
魔法の詠唱をした。
「天空の精霊たちよ、我が手に集いて、
一筋の光りとなれ……」
その声にしたがって、空は急にあわただしい変化を見せた。
ごろごろと稲光を上げだした。
アレンもその様子を見上げて、行けるとごくりと息を飲んだ。
「いっけええーーー!!」
稲光は何度か轟音をあげると、
そのままいくつもに分散して稲妻となって確実にクラーゴンに襲い掛かった。
目のくらむほどの雷は、一瞬昼になったのかと見まごうほどの眩しさだった。
「よっし!!」
アレンは魔法の成功を確認して、次にカインの様子を確認した。
ゼイゼイと肩で息をして、膝をついたが、カインもアレンの方を見て頷いた。
それだけ目視して確認すると、アレンは地を蹴った。
クラーゴンは衝撃にゆらゆらと揺れている。チャンスはいまだ。
「そのまま寝ててくれよ!!」
アレンは船から飛び出す勢いでクラーゴンの本体に切りかかった。
よける余裕もなく一撃を受けて、ぐらりとそのまま後ろに倒れていった。
「よっと!次だ、次!!」
アレンは倒れ行くクラーゴンの身を大きく蹴った。
そのままマストを経て、反対側まで飛び移ると2匹目の魔物も同様に打倒した。
「さあ、お次はどこだ!?」
いったん船に戻って最後の3匹目の魔物を探したが、辺りには見当たらなかった。
「ん?」
見ると、少し離れたところにイカの触手が見える。
そのままちゃぽんと海の中に消えてしまった。
「逃げたな?」
どうやら3匹目は逃げたらしい。
まぁ、それなら良い。わざわざ追いかける必要もないし、これにてひとまず落着だ。
「やったぜ、カイン追い返したぜ。大丈夫か?」
「う、うん。アレン、さすが……。」
カインは笑ってはいるが、どうもあまり顔色が良くない……ような気がする。
思えば先ほどからの連戦で、カインに魔法を強いらせすぎている。
特にこの魔法は相当消耗が激しいようだ。
マリアがいればこれほどでもないはずだが、攻撃も補助も回復も全て行うのは
よっぽど負担が大きいだろうと言うのは想像に難くない。
残り魔法力の事もだが、体力的にも少し心配だった。
まだ立ち上がりもしない。
「どうした?大丈夫か?お前。」
「うん。大丈夫なんだけど、ちょっと目が回って。」
目が回り、船が揺れてるのあって、立ち上がれないようだ。
うむ、この感じは大丈夫じゃないなとアレンは判断した。
「おう、掴まれ。」
アレンはカインに肩を貸した。
少し休ませた方が良いだろうと思った。
「おーい!船長、どこ行った!オーギー船長!」
「アレン?」
先ほどの犬猿の様子の船長を何故かアレンが探しだした。
船長はすぐに見つかった。
「な、なんだアレン。」
「おう、船長。さっきからの戦い見てただろう。
こいつ休ませたいんだが。」
「む?わ、分かった。」
いくら横暴な船長でもアレンとカインのおかげで船が無事だと感謝はしているらしい。
「アレン、大丈夫だよ?」
「お前の大丈夫はあてにならん。寝てこい。
起きたころにはアレフガルドだ。
船長、そうだよな?」
「ああ、確かに。そろそろ海図から見ても陸が近いのは間違いない。」
それを聞いてアレンもうなずいた。
船長にそれを確認したかったのだ。
もう間もなく陸地に着くはずだ。
その間、自分とこいつら船員でやっていくつもりだった。
「え、だって、またさっきみたいな強力な魔物が出たらどうするの!?」
「問題なーい。」
カインはまだぐだぐだと心配しているようなので、アレンはそう言い切った。
「お前、俺を誰だと思ってるんだ。」
「ア、アレン……でしょ。」
何を言わせるんだという感じで答えた。
「そう、お前の知るアレンが大丈夫って言えばどうだ?」
「アレンが大丈夫って言えば……大丈夫……。」
「そう、それな。」
あえて、復唱させて確認すると、カインは一瞬笑ってふっと意識を失った。
「ほら見ろ、お前の大丈夫は大丈夫じゃねえんだよ。」
その様子に慌てる風でもなく、アレンはため息をついた。
魔法力が尽きたんだろう。
アレフガルドまで、あと少し。
- 続く -
2018/03/18
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【後書き】
船旅まだ続いてました。
どこへ行っても俺様王様なアレンでした。