「マリア、しっかり捕まっててね。」
私たちは今ムーンペタに向かって、馬を走らせていた。見ると並走している兵たちからは少し遅れてしまっている。
「ええ、カイン。いいから、私のことは気にしないで。
遅れてるから、急いだ方がいいんじゃない?」
「う、うん。わかった!」
カインは私を気にして、さっきからチラチラ後を振り返っている。そんなことをしているから、いつの間にか兵たちは少し先を走られている。
急いでと伝えたからか、カインは少し腰を上げて、馬のスピードを上げた。
やっとクナの馬にも追いついてきた。
頬を撫でるような風が心地よかった。
急に私たちが馬を走らせて遠出しているのは訳があった。
ムーンペタへ渡る橋が落ちてしまった。
そんなニュースがクナから私の元に届いたのは、ある秋の一日だった。ムーンペタからムーンブルク城へ渡る道が閉ざされてしまったら人々が孤立してしまう。
「それは、大変じゃない!」
ムーンペタは距離的にはムーンブルクから少し離れているが、私はムーンペタのことは我がムーンブルクの城下町のように思っている。かつてのムーンブルク王国のことを知っている人はムーンペタの方が多いかもしれない。
それゆえムーンペタは私の故郷の一つだと思っているのだ。
「古い橋ではあったから、老朽化かしら…?」
クナが広げた地図を私も覗き込んで橋の位置を確認する。
カインもそれを覗き込んだ。
「老朽化…、以前通った時はそんな感じはしなかったんだけどな。」
「カイン様、そうでしたね。馬で通ってもびくともしなかったですし。」
カインとクナ含めムーンブルク兵の皆は、普段より城周辺の見回りをしている。その辺りも普段の見回りの範囲のようだ。
それなのに、私は城から出ることは滅多にない。ムーンペタにも半年ほど前から顔も出していないことが悔やまれた。
最近の橋の様子が私だけ分からない。
「一度見に行きましょう。私も行くわ。」
私がそういうと、クナが驚いたように首を振った。
「このようなことで、マリア様にご足労いただかなくとも。私どもにお任せください。」
何人かの兵を見繕って、早速明日にでも様子を見てくるという。
「私も行くわ。人々が困っているというのに、じっとできないわ。」
「ですが、……」
「ローレシアのアレンだったら、彼ならすぐにでも足を向かわせるでしょう?」
まぁ、アレンはどの兵より腕が立つ。橋が落ちたなんて、何かと体力仕事になるだろうし、彼が自ら率先して指揮を振るうのと、女の身である私とは違う。私が行って何ができると言うのかと思っているのだろう。
「マリア。そしたら一緒に行こう。
ムーンペタの人々が困ってるかもしれないから。明日と言わず急いで行こう。」
一緒になって反対するかと思ったら、カインは一緒に行こうと言ってくれた。
「カイン様までそんなことを……」
「マリアのことは何かあったら僕が守るから。大丈夫でしょう?さぁ、皆も用意して。」
さらっと言ってくれた言葉がすごく心強く嬉しかった。
「ええ!行きましょう」
++
馬に乗って風を切るように走る時間は心地よいものだが、残念ながら目的地はそれほど遠くない。
しばらくして到着した目的の橋は、知らせの通り崩れ落ちてしまっていた。完全に崩壊してしまっている。
いくら老朽化していたと言っても、こんな風にはなるまい。向こう岸から折れてしまって、その残骸すらも僅かに橋の欄干が一部残るのみ。これでは向こう岸には渡れない。
「これは……一体どういうことでしょうか。」
「以前来たときは、変わりなかったのよね?」
「ええ…。ほんの十日ほど前のことです。」
この橋はお父様の代、いや、もっと昔からこの地にあったのだ。
はっきりとしないのだが、もう何年も、いやひょっとして百年以上も前からあったものかもしれない。それがこんな風に崩壊してしまうのはショックだし、信じ難いことだった。
カインが橋のそばに寄って、残った欄干を触れたり、残骸を海に覗き込んだりしている。
「カイン様、どうしましょうか。」
「あ、そうだね。とりあえず向こう岸に行って、まずは杭を打って網か何かで向こう岸を繋ごうか。」
皆は早速橋の応急処置をしようとしているが、私は眼前に広がる空を見つめた。
ふいに空の大気の澱みを感じた。
「皆悪いけれど、橋の修繕の方はお願いするわ。私はもう少し先へ進んでみる。ねえ、カイン一緒にいいかしら。」
「え?うん。わかった。」
一緒にもう少し先を見に行こうと思った。
「マリアさま!なんだか、空が曇ってきました。一旦、城へ戻りましょう。それに、もう日が落ちてしまいます。」
ムーンブルクを出た時は、晴天だったのに、今は暗雲が立ち込めていて、今にも雨が降りそうだった。
「嫌な天候ね。でも、馬で行くから夜までには着くわ。」
目の前の橋は落ちている。馬で渡るなんて、周りは何を言っているんだという顔で私をみている。道がなければ、道を作ればいいだけだ。
「皆、危ないから下がってくれる?」
「マリア様、何をされるんですか?」
まぁ、少し強引かもしれないが、いけるだろう。
橋を覗き込んで何か調べていたカインがそばに駆け寄ってきた。
「マリア」
「カイン……向こう側、なにか変な感じがしない?」
私が感じた違和感をカインも感じているだろうか?
「うん、感じる。お願いしても大丈夫?」
「任せて」
良かった。
特に何も言わずとも、カインだけは意図を組んでくれているから心強かった。
久々の大魔法だ。私は手にするいかづちの杖に魔法力を集中させた。
「氷の精霊よ、我が手に集いて凍てつく力を示せ…!!マヒャド!!」
氷の刃が一瞬のうちに水面を覆い尽くして、向こう岸まで凍りつかせる。
「うわあーー、氷の橋ができた!」
「マリア様、す、すごい……!」
皆驚いた声をあげている。無事に成功したようだ。
私は氷の橋に近づいて、ふうっと息を吐いてしゃがみ込んだ。
コンコンと氷を叩いてその強度を確かめた。うん、海面だけでなく海底の方まで凍っているようだ。これなら、馬で渡れるだろう。
「では、少し行ってくるわ。皆も気をつけて。」
敬礼する兵隊を残して、私たちは先を急いだ。
またしばらく馬を走らせながら、その揺れに身を任せていた。
「マリア、大丈夫?」
「え、何が?」
少しぼんやりしていたのを気づかれたようだ。いけないいけない、私は首を振った。
「もっと、もたれかかってていいよ。あんな大魔法使って疲れてない?」
「ああ、……平気よ。ありがとう。」
確かにマヒャドなんて極大魔法を使うのは何年ぶりだろうか?日々の公務にただただ忙殺される日々であったが、そんな日々でも案外まだ私の魔法は健在のようだった。
それにこの状況に少しばかり気も張っていた。
ぽたっと頬が濡れた。
雨だ。やはり雨が降ってきた。しかもどんどん雨足は強くなる。
「マリア。これ、かぶっていて。濡れちゃう。」
手渡されたのはカインのマントだった。
「ありがとう。でもカインが冷えちゃうわよ。」
「マリアと一緒だし、平気だよ。もうこのまま突っ切っちゃうから、しっかり捕まっていてね。」
「ええ。」
本当に、カインの背に捕まっていると、不思議と寒くなかった。
このままどこまでも走っていける気がした。
程なくして道に迷うこともなく、私たちはムーンペタに到着した。
こんな雨だからだろう。
いつも賑やかな町には人の姿は見えなかった。雨足は強まる一方だ。
「ひゃあ、すっごい雨だね。
とりあえず宿屋に行こうか。こんなに降るなら、ルーラでこれば良かったね。」
「この雨は残念ね。」
せっかくの馬での旅、もっと遠くまで行ってみたかったという思いもある。
ムーンペタの宿に行くと、女将が驚いた様子で出てきた。
「あらマリアさま、カインさま!
どうなさったんですか、こんな大雨の中……!」
びしょ濡れの私たちを見て、大慌てでタオルを山盛り持ってきてくれた。
「ああ、ごめんなさい。突然に。玄関が濡れてしまうわ。」
「何をおっしゃるんですか!姫さまが風邪を引いたら大変ですよ。ちょっとあなた、お着替えをお持ちしてくださいな!それから温かいスープを!」
「これはいけない、マリアさまお待ちください」
女将は私のことを姫と呼んでくれる。
小さい頃の私を知ってるから、今もその時のように可愛がってくれているのだ。
「ありがとう。大丈夫よ。他のお客様もいるのにご迷惑だったわね。」
タオルで顔を拭きながら、周りを見渡すが、女将夫婦以外のひと気を感じなかった。
「お客さんなんて来ないのよ。最近異常気象だもの。商売あがったりで困っちゃうわあ。」
「異常気象?」
「雨が続いてやっと晴れたと思ったら、今度は嵐。この間は雪も降ったわ。まだ紅葉の季節なのに。」
「それは変ですね。」
どうもこの天候は人々を困らせているようだ。
確かに、今も外は雷雲立ち込めるような大雨が続いている。
不思議なのは、さほど距離の離れていないムーンブルク城はあんなに好天だったと言うことだ。
何かおかしい、違和感がどんどん大きくなってきた。
「はあ、大変だったねえ。」
私たちも今日は宿で一泊することにした。
今は女将が部屋でゆっくりしてくださいと持ってきてくれた食事をいただいている。やはり体が冷えていたのか、暖かいスープで体が温まる。
「カインも冷えちゃったでしょう?」
「大丈夫だよ。ストーブで服を乾かすとか、昔みたいだけど。」
カインが笑っている。
確かに、笑える光景だ。私たちは部屋のストーブの前で乾かしているのだ。
旅の間も、海に飛び込んだアレンの洋服が船内に吊るされていたことがあった。そんな日々がふと思い出された。
さて、今日のできごとを振り返る。
ムーンブルクとムーンペタを繋ぐ橋が落ちてしまったと言う話。
実際に見てみて、あれはきっと老朽化ではないだろうと思えた。
「真空波の竜巻か何かのような…。」
「そうだね。竜巻が起きたかのような感じで。」
カインも同じように思ってるようだ。きっと彼も私と同じ考えだ。
真空波の竜巻と言えば、バギが思い浮かぶ。実際にバギだったのか、自然現象の竜巻だったのか、あの時点でははっきりと分からなかったが、この異常気象と言われる不自然な天候。
「誰かが天候を操っている。」
そう言ったのはカインだ。私は思わず顔を上げた。
「って、あはは。そんなこと可能…?」
言った直後不安そうな顔をするカインに、私はふっと笑って頷いた。
おかげで疑惑が確信になった。
「可能よ。私もそう思ったの。さすがカイン。
天候を操る魔法はあるわ。知っているでしょう?」
魔法で嵐は起こすことができる。
それに、私たちは実際魔法で雨を降らしたことも、雷を落としたこともある。
それは不可能ではない。
翌日。
まだ夜も明けない頃の刻限に、私たちはあることを試してみようとしていた。
やはり外は今も雨が続いている。降り止まない天候に人々がずっと困っているのだ。だから、天候系呪文を使って、この天候を強引に変更する。
いかづちの杖を天に掲げた。
「天よ、大いなる天と空の精霊よ。……我が意思に従え……!!」
昔、この魔法を旅の途中で唱えたことがある。
炎のほこらだったか。あの時は私にはまだ天の精霊を従えることはできなかったが、今の自分のレベルならできるだろうと思った。
杖の光は天まで届き、雨雲は徐々に霧散していった。
魔法は成功のようだ。あれほど激しかった雨は無事に止んだ。
残念ながら、今はまだ日の出前で、明るい日差しは見えないが、数時間もしたら、朝日が昇り晴れ間が広がるだろう。
「マリア、すごいよー。完璧だ。」
「ありがとう。うまくいったわ。」
私は成功を確認して、ほっと息をついた。
まだ日の出前の刻限でちょっと宿を出るにも早すぎる。
「女将さんが起きるまで、少し待っていましょう。」
「…うん。そうだね、まだ早いから二度寝してよっか。」
宿のチェックアウトもできない刻限なので、私たちはもう一度部屋に戻った。
心地よい緊張感があり、私は部屋に戻ると少し眠くなってきて本当に寝台で休むことにした。
しばらくして、カインが私を起こしてくれた。
「マリア、おはよう。朝ごはんの時間だって。」
私は目を擦って起き上がった。カインはずっと起きていたようだ。
「本当に寝入っちゃってたわ。カインは休んでなかったの?」
「うん。ちょっとね、気になることがあって。マリアはよく休めた?」
「え、ええ……。」
気になることとはなんだろう?
とりあえず、食堂に向かってみると、女将さんが満面に笑みで迎えてくれた。
「おはようございます!今日はスッキリいい天気ですよ。
きっと姫さまが来てくれたから、お天道様も喜んでくださったんだわ。」
「良かったです。今日も二人で少し見回りに行く予定だったから、雨だと大変だと思ってたんだ。」
「あら、いいですわね。お馬でお忍びデートなんて楽しそう。羨ましいわあ。」
お馬でお忍びデート。
ちょっとドキッとした。
そんなこと私だって初めてだ。
「でも、気を付けてください。きっとまた雨が降りますよ。晴れ空が二日と続くことないんですから。」
「ありがとう。気をつけるわ。」
私たちはその後も少し他愛話をして、宿を出た。
ムーンペタの街は久々の晴れ間に、昨夜に比べて賑やかな人通りがあった。
私たちが、人々の目覚める刻限よりも早くに天候系呪文を唱えたのは訳があった。
この異常気象を本当に自然の天気と思ってもらいたかったのだ。私が人々の前で魔法を唱えたりしたら、逆に何事かときっと不安にさせてしまうだろうと思った。
「さて、マリア。
これからなんだけども。」
そうだ。
一時的に天候を改善したって、術者がいるのであればまたいつ魔法を唱えられるか分からない。その相手はどこにいるのか。
皆がただの異常気象と思っているうちに、問題を解決したいと思っている。
「結構移動距離がありそうだから、まぁ…また馬で走り回ろうと思うんだけど。」
「ええ、大丈夫よ。」
意外にもカインは目的地にあてがあるかのような様子だった。
「でも、どこへ行くの?」
「はっきりとはしないんだけど、他の橋も狙われてるかもしれない。」
「確かに、それは心配ね。」
「それと少し気になることがあって少しウロウロするね。あ、マリアは術者が襲ってくる可能性があるから、警戒していてほしい。」
「わかったわ。」
カインは、どこへ行くのかは少しぼかしながら、北東の森に向かって馬を走らせた。
森を抜けた先にある橋は無事のようだった。
「良かった、無事のようね。」
カインはムーンペタへの崩壊した橋と同じように、また橋を覗き込むようにしている。
「……何かあった?」
カインが覗き込んでいるのは欄干に取り付けられた宝玉だ。
「マリア、これってこんな色だったっけ。」
「え……」
色なんてハッキリと覚えているわけではないが、黒い禍々しい宝玉が煌めいていた。
「実はね、これ、崩壊した橋にも取り付けられてたんだ。」
そう言って、ポケットから同じような色の宝玉を取り出した。
二つ揃うとなお一層異様な雰囲気だ。
「し、知らないわ!こんな黒い…魔石…。」
ムーンペタの橋なら何度も渡ったことがある。こんなものはなかったはずだ。
これはただの宝玉じゃない。邪悪な魔力が込められている。
「じゃあ、破壊するよ。」
カインは宝玉を投げ上げると躊躇なく隼の剣で真っ二つにした。
するとじゅうじゅうと煙が湧いて出てきた。
この光景、どこかで、見たことがある。
「昔ね、ローレシアでも六芒星の魔石の罠を仕掛けられたことがあったね。」
私はごくりと息を飲んだ。もちろん覚えている。
アレンたちと凱旋したはずのローレシアでは、国中に魔石が仕掛けられて、魔物たちに有利な環境となり、兵たちは普段通りに戦うことができなくなっていた。
これと同じものがまた仕掛けられているというのか?
しかもあの時よりもよっぽど広大な範囲に仕掛けられているようだった。
「カインは、どうしてそう思ったの!?」
「えー…?天候を操る魔法なんて、めちゃめちゃ高度な魔法だから、普通は使えないんだよ。マリアくらいの天才じゃないと無理なんだよ?」
「………あ、ええ… 」
カインの言葉に上手く返事ができなかったが、それは確かに不思議な説得力があった。天候系呪文は私たちでさえ散々苦労してきている。それを忘れていた訳ではないが、本当に難しい魔法だった。
だから、これは並の魔法使いが使える魔法ではない。
だがこの魔石の効果を使えば、その並の魔法使いは一流の魔法使いになる可能性があった。
- 続く -
2023/10/05
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【後書き】
以前にアレカイ二人旅やってから、どうしてもカイマリでも少しやってみたいなと思ってまして、
それをやってみた形です。とは言ってもそんなに長い話にするつもりはないので「ある日に起きたこと」くらいな感じです。
次はもうちょっと派手にカインにも戦ったりしてもらおうと思いますー。優秀な二人なのだ。