ミゲルは甲板から船室に戻ってきてギョッとした。
アレンは頬杖を付いたままの状態で椅子に腰掛け、
マリアは手を前に組んだ状態でどこを見てるのか・・と言う表情で
同じく椅子に腰掛けている。
別段それ自体は何もおかしくもないのだが、
先ほど見かけた姿から微動だにしていないのだ。
「・・・???」
どうも、塔から戻ってから、3人のテンションが低い。
無事に目的のものは手に入れたらしいのだが、
そんな話を嬉々として報告してくれるような感じではない。
まぁ、別に自分などに報告などはいらないのだが、
この空気・・ずーんと重い空気は、理由も無く同席するには重すぎる。
多分、推測すると原因はここにいない一人にあるのだと思う。
「あの・・・兄ちゃん方。話しかけてよろしいですかね。」
恐る恐るアレンに話しかけてみた。
「おお、何だ。もう飯か?」
意外といつも通りのアレンに、ちょっと安心した。
「いや・・・そんなに時間は経ってないですけどね。
そもそも、船は・・次はどこへ向かえば良いんですかね。」
聞かれてマリアも顔をあげた。
言われて初めて気づいたような顔だ。
しかし、それでは困ってしまう。
椅子に座って休息を取るのは大いに結構だが、
ここは船の中なのだから、舵を取らねばならないのだ。
「あー・・・そうだな。地図、地図・・・。」
「地図もカインが持ってるわよ。」
「そうだったか。」
そう言うとアレンは立ち上がった。
塔から戻ったカインは部屋に篭っている。
疲れて寝ているのかもしれない、と思って
しばらくは邪魔せずに、そのままにしていた。
そして、出てくるのを捕まえようと待機していたのだが、
そろそろ様子を見がてら部屋にいってみよう。
「私も行くわ。」
マリアもアレンと共に行くことにした。
神妙な面持ちの二人は部屋の扉をノックする。
「おい、起きてるかー?起きてるなら、入って良いかー?」
そう聞く声に返事は無い。
「寝てんのかなあ。」
この部屋には鍵などはかかっていない。
アレンはゆっくり扉を開けて中の様子を覗き込んだ。
「・・・・・・・・んあ?」
アレンの素っ頓狂な声にマリアも部屋を覗き込む。
「あら・・・・?」
そこには誰もいなかった。
カインはこっそり甲板に出てきていた。
部屋でしばらくの間休んでから、何となく海を見たくなったのだ。
天気は・・・・・晴天。
海は穏やかで、遥か彼方まで水平線が続いている。
右を見ても、左を見ても海だ。
世界は、とても広い。
『少しでも、一歩でも先へ進む』
ほんの1日前に、そう誓ったはずなのに、
今はたった一歩の歩みすら、とても難しく感じる。
「あー・・・・馬鹿。馬鹿・・・だ・・僕は。」
カインはずるずるとその場に座り込んだ。
・・・・分かっていたはずなのだ。
それも、これも、全部分かっていたはずなのだ。
きっといつか足を引っ張ると、分かってついて行ったのだ。
なのに自分は
アレンにあんな顔をさせてしまった。
マリアをあんなに困らせてしまった。
組んだ両手に顔を埋めた時、
座り込んでいたカインの頭上から声が聞こえた。
「何が、馬鹿なの?」
「!」
顔をあげると、そこにいたのはマリアだった。
「マリア・・。」
「もうー。急にいなくならないでよ。
船上にいてくれてよかったわ。
アレンがルーラでどこかに飛んでいってたら、
探しようがないって焦ってたわよ。」
ほっとして安堵したような表情をしている。
「ルーラで飛んでいく・・ね。
その手があったか。」
「ちょっと、本気で言ってるの!?」
マリアは座り込むカインと目線を合わせるように
しゃがみこむと、その肩を持って気色むように顔色を変えた。
「う・・嘘だよ。そんなの。
飛んでいくなんて考えてもなかった。」
「本当ね?」
「うん。本当だ。」
マリアは少し怒っているのだろう。
表情にも言葉にも余裕がない。
それはそうだろう。自分が説明不足だからだ。
「ちょうど良いや。マリア。
ここ。座ってよ。」
ぽんぽんと床を叩いて、自分の隣に座るように促す。
マリアはそれに従って、カインの隣に座った。
この機会に自分の疑問点をすべて聞こうと思っていた。
「カイン、単刀直入に聞くわ。
あなた何かの病気なのね?ドラゴンの角ではどうしたの?」
先に口を開いたのはマリアだった。
ずっと疑問に思っていたのだろう。
しかし、それにはカインは首を傾げた。
「違うの?だって、ちょっと前のアレンとの剣の稽古でも
剣を落としていたじゃない。」
アレフガルドに向かう途中に暇を持て余して
アレンと行った剣の稽古のことだろう。
「あー・・・・あったねえ、そんな事。
はは。マリア良く覚えてるねえ。」
「やっぱりあの頃も変だったんでしょう?
ちょっとずつ病状が進んでるんじゃないの?
手に痺れがあるとか、そういう事かしら?」
マリアは心配そうに言った。
「違うんだよ。マリア。」
「何が違うのよ。早く医師に見せた方が良いわよ。
そうだ。ミゲルが次の行き先どうするか、困ってたわ。
大きな街へ行けば良いんじゃないかしら。」
「マリア、違うんだ!待ってよ。」
大きな声を出して拒否するカインにマリアは驚いた。
「何が違うの?」
「う・・・ん。何から話せばいいのかな。
まずは、・・・ごめん。ドラゴンの角では心配かけてごめん。」
ぺこりと頭を下げたカインにマリアは首を振る。
「そんなの・・良いから。何・・?」
マリアにとって、そんな事は終わったことだし、
気にしてもいないし、謝られることでもない。
「でもやっぱり、謝らせて。アレンにも怒られたんだ。
何だったら、ぶん殴ってもらっても構わない。」
「ぜんっぜん意味が分からない。
ちゃんと言って。」
何をカインが言おうとしてるのか胸騒ぎがしてきた。
すーっと息を吸ってから、カインは答えた。
「病気じゃないんだ。
これは呪い。ハーゴンたちの呪い。
国を救うために、独断で僕が勝手に行動して・・決めた。
もう少ししたら、本当に動けなくなるのかもしれない。
最初は何ともなかったんだけど、最近ちょっと様子が
変なのもそれのせいで・・・。」
「ま、待って!」
一息に話してしまおうとするカインをマリアが止めた。
「呪い?国を救うため?
何?何なのそれ・・?いつの話?何の話をしてるの?」
マリアはやはり戸惑っている様子だった。
今はもう、何も隠し立てするつもりなどはなかった。
カインは最初から話をして説明をした。
「・・・それは・・・ムーンブルクに行く前の話・・なのね。」
話を聞いて、マリアはポツリとそう言った。
そして、しばらく両手で顔を覆って沈黙した。
「マリア?」
「・・・・・・・。」
返答のないマリアを心配して、
カインは腰をあげて、マリアの前に回った。
「ね・・ねえ、こんな話をしてごめん。
元から役立たずなのに、更に迷惑かけて。
アレンにも勝手な行動をしてってすごい怒られた。
それはそうだと、思うんだ。」
「・・・・・・。」
マリアはまだ何も答えなかった。
「君が出て行けって言うなら、どこへでも消えるから。」
そう言って立ち上がろうとする
カインの手を、マリアの手が捕らえた。
「や・・・・待って・・・。」
搾り出すようなその声にカインはもう一度マリアの前に座った。
そしてカインはマリアの目を見て、息を呑んだ。
マリアの目には涙があふれていた。
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「マリア・・あの・・ごめん、泣かないで。
勝手なことをしてごめん。」
言われてマリアは袖で目をごしごしと擦った。
「まだ・・・頭が整理・・・できてない。」
「う、うん。」
「国を救うため・・・手段が・・あったんだとすれば、
私は・・・・それは・・・・・否定・・・でき・・ない・・。」
カインはその言葉にはっと顔をあげた。
マリアは救えなかった国を、思っているのか
拭いた端からその目からは涙がこぼれる。
「だ・・・けど・・・・」
「だけど?」
「い、嫌なの・・・。
ね、ねえ・・・私は、今の私には・・あなた達しか残っていない。
冗談でも・・・例え冗談でも、いなくなるなんて言わないでほしかった。」
「え・・?・・あ・・・・・!ごめん、マリア。」
カインはムーンペタでのマリアの悲痛な叫びを思い出した。
マリアの今の戦う理由は、自分たちなのだと言っていた。
「どうすれば、良いのか・・私考えるわ。
あなたを死なせたりしない。失いたくないの。」
「う、うん。あり、がとう。」
カインは頷くと共に、マリアの言葉が胸に突き刺さるようだった。
「ねえ、約束・・・してくれた・・よね?ムーンペタで。
アレンも、あなたも、死なないって。」
「え・・・。」
ムーンペタでマリアは感情が不安定になり、
自分の魔法が暴走して、アレンとカインを殺すかもしれないと言った。
それに対してカインは、死なないと、確かに答えた。
「そうだね・・約束した。したよ。」
そう言うとマリアはようやく少しだけ笑った。
そして握っていた手をぎゅーっと強く握り締めた。
「じゃあ、もう一度、約束して。死なないでっ・・・て。」
カインは唇を噛んだ。
この呪いは、いずれ死を招く呪いだろう。
だけど、今は、まだ動けるのだ。
呪いを解く。
そうして、誰も死なずに、アレンとマリアと共に、
ハーゴンを倒して、世界に平和を取り戻す。
そうすれば良いだけの事だ。
一度は捨てかけた未来だけど、
このかけがえのない時間を、今を捨てたくはなかった。
それを、カインは再確認した。
「うん。僕も、考える。
そして皆で勝って、皆で帰るんだ。
だから・・・死なない。」
そう言って、マリアが握っている手をぎゅっと握り返した。
その力の弱さに苦笑してしまう。
だけど、マリアは満足そうに笑ってくれた。
「・・・・・・・お二人さん、ちょっと良いですか・・?」
「わ!!何!?」
脇から現れたのは、
しびれくらげの串刺しにした獲物を持ちながらやってきた
アレンであった。
「アレン、どこへ行ってたの?」
「どこへ行ってたのって・・・お前、それは俺の台詞じゃボケー!」
絶命したしびれくらげをカインの頭に振り下ろしながら
アレンは怒鳴った。
「わ、わ・・やめて!変な液体が滴ってくるんだけど!?」
「ちぇー。人の苦労もしらないで。
しびれくらげの集団が現れてたんだよ。」
アレンの衣服を見ると確かに敵と戦った跡が見れる。
一人で戦っていたのだろう。
「アレン、ごめんなさい。
しびれくらげなら、この杖でも振りかざせば
全滅だったと思うわ。」
既に落ち着いた表情のマリアは
手にするいかづちの杖を差し出した。
使うと魔法の効果がある。
「だよなー。俺一人でも楽勝だけどさ、
お前らがいれば、さらにこれ楽勝だよな。」
アレンはそう言いながら、突き刺さったままの
しびれくらげをぽいっと海に捨てた。
「そうだね。」
カインは立ち上がると、
アレンの腕の傷を、ホイミで癒した。
「大丈夫?」
「おお、サンキュー・・・。
ってお前、マリアと話済んだのか?」
ぶんぶんと腕を振り、
傷が治っていることをアレンは確認した。
「うん。したよ。
色々心配かけて、色々ごめん。」
「ああ、本当に・・色々とな。
ついでに、勝手にどこか行くとか、もうなしだぜ。」
カインが部屋からいなくなり、
アレンは本当に肝を冷やしていた。
「はは、そうだね。」
次にアレンは、いまだ座り込んだままのマリアに手を差し伸べた。
「マリアも、大丈夫かよ。
こいつのこと、びっくりしただろ、一発くらい殴って良いぜ。」
「君がそれ言うの?」
アレンの言い方にカインは苦笑した。
まぁ殴られるのは構わないと、先ほど自分も言ってるのだが。
マリアはそれには答えずに、二人に言った。
「ねえ、二人とも、次は大きな街へ行ってみない?
教会とかもあれば神父さまにも何か相談できることは
あるかもしれないわ。」
すっかり前を向いているマリアにカインは驚いたが、
世界地図を取り出した。
「そうだね、そうすると・・・。」
大きな街・・と言うか、行ってない国がある。
「南東の国、デルコンダルとか?」
「ああ、ローレシアの南のね。」
うんうんと頷きながら、アレンは地図を覗き込んだ。
デルコンダルは確かにローレシアの南方にある島国だ。
「アレン、詳しいの?僕は行ったことないけど。」
「いや・・・交流は全然ないねー。
屈強の王がいて、兵力は高い国のようだけどさ。」
「へー。心強そうな国・・なのかな?
マリアは知ってる?」
「いいえ、アレンが言うようなうわさは聞いたことあるけど
直接的には知らないわ。」
3国の王子たちが誰も良く知らない・・という国も
ある意味珍しい。
「でも、良いんじゃない。大きな国のようだし、
行ったことない場所だし、行ってみようよ。」
「ん。じゃあ、この地図ちょっとミゲルに見せてくる。
これ、もしかして反対方向じゃね?早く言わねーと。」
アレンはそう言うと、地図を持って、船室へと戻っていった。
アレンに続いて船室へ向かおうとする
カインにマリアが声をかけた。
「ねえ、カイン。呪いの事なんだけど。」
「うん?」
「今、起きているのは手に力が入らなくなることくらい?」
聞かれたカインは少し考えてから答えた。
「それくらい・・かなあ。
もうすぐしたら、手だけじゃ済まないのかもしれないけど。」
「本当に?ハーゴンの呪い・・よね・・。私、気にかかる事があるの。
小さいことでも、直接的には関係ないかもしれないことでも良いわ。
何か最近変なことはない?」
マリアは真剣な顔をしていた。
気にかかることとは何だろうか。
「そうだなあ・・・。」
「もう隠し事はなしよ。カイン。」
「うん、そういうのは無しで。」
うーんと考えたカインは言った。
「えーっと・・ああ、大きな魔法を使ったときに
頭が痛くなることがある・・かな。
でもこれは昔から、そういう時はあるし、
全然関係ないのかも。」
ぽりぽりと頭をかきながら答えた。
でも先ほどアレンにホイミをしたくらいでは
全然大丈夫のようだ。
「何か、あるの?マリア・・。」
今度はカインがマリアに尋ねた。
「カイン、忘れないで。私は一度ハーゴンの呪いを
受けたことがあるのよ。」
「あ・・・ああ。うん。そうだね。」
以前、マリアは呪いで犬にされていた。
「そ・・それで、何か気が付いたことがある?」
カインには、犬にされる呪いと今回の自分の呪いの
共通点は見つからなかった。
「うーん・・・それが・・・残念ながら、
私あの時のことってあんまり覚えてなくて、
もやが掛かったようなの・・・。」
そういえばマリアは呪いを受けた前後の事を
余り覚えてないと言う。
凄惨な国の全滅の思い出を思い出させるのも酷な事だ。
「そんなの思い出さなくても良いよ。」
「良い訳ないわよ。
少し引っかかる事があるの。
でも、何も思い出せない・・・。」
「マリア、ありがとう。
何かあったら教えてほしいけど・・でも無理しないでね。」
直接的な関係はないだろう・・と
カインはその時考えていた。
「おーい!!お二人さんー!!」
「何ー?」
今度はミゲルが、手を振りながらやってきた。
「緑の兄ちゃん!!聞きましたぜ!
何たる悲劇・・・!何たる恐ろしき敵の仕業!」
「え・・え・・っと?ああ、アレンから何か聞いたの?」
「悪いとは思いましたが、俺も船の仲間の一人。
兄ちゃんに聞いちゃいました。
何かあれば、俺が力になります!」
「どうもありがとうー。」
力強いミゲルの言葉に、素直にカインは礼を言う。
しかし、それを聞くなり、ミゲルはだーっと脱力した。
「そんな事いっても、俺ができる事なんて
兄ちゃんらに比べれば、ほんのちょっとでさあ。
さっきのしびれくらげも俺はギャーギャー言うだけで。」
「ああ・・・アレンがさっき倒してた奴?
そういうのは気にしなくて良いんじゃない?」
「何と情けない俺・・・。
せめて!今日は飯は俺が作らせて頂やした!」
キリッと敬礼しながら、そんな事を言うミゲルに
カインは笑った。
「本当?気を使ってもらってありがとう。」
「さあ、姉ちゃんも行きやしょう!」
考え事をしていたマリアも、その元気な声に頷いた。
「次の行き先はデルコンダルって聞きやした!
少し長い船旅となります。
船の操縦は俺に任せてください!」
「うん。心強いよ。任せたよ。」
「だーーーー。緑の兄ちゃんは優しすぎんだ。
こんちくしょう。」
そんなミゲルにカインは笑った。
天気は晴天。
海は穏やか。
遥か彼方まで水平線が続いている。
世界はとても広かった。
船旅はまだまだ続いていく。
- 終-
2011/11/03
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