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荒野の家宝(後編)

第一章/安息の荒野

それから10日が経ち、ラートンとイルタの身体は順調に癒されていよいよ出立も近いという空気であった。
パパスによると、人の足で城に向かうのには7日ほどかかるという。
「馬を提供できればいいんだが、俺とカウジの引っ越しのことも考えにゃいかんのでな」
「当然だ。俺たちなら大丈夫」
剣の打ち合いの後でラートンが涼しい顔で答えた。隣ではイルタが幾筋もの汗を流して荒い息をしている。
「まあそれほど心配はしていねえけどよ」
と言いながら、これでもかという量の荷を用意するパパスだった。
「長旅になるからな。念には念を入れてなんでも持っていけ!どうせ俺とカウジも追い追い城下町に行く時に大半のものを片付けにゃあならんし」
ここぞとばかりにパパスが2人の荷をどんどん大きくしていくのを横目で見つつ、 イルタは隙をみては少しずつ流石に不要だと思われるゴミ同然の道具類をこっそり納屋に戻してみたり。 ラートンは特に気にかけていない様子で、パパスにもイルタにも何も言わないのであった。
そんな無言の攻防が何度か続いたある日のこと。

「これは……」
パパスに手渡された小さな布袋の紐を解き、粒状の中身を確認したラートンは、目を見開いた。
「若くても、さすがは……」カウジの前で咳払いを一つ。「そいつがなにかわかるとは」
「さすがは何なの? さすがは私の未来の旦那様?」カウジがいたって真面目な顔で鼻息荒く、口を挟んだ。
「どこで手に入れたんですか?」
ラートンがカウジを無視して言った。カウジの頬がぷーっと膨れる。
無視したというよりは、目の前にあるものが大変貴重なもので、単に驚いているだけだったのだが。 思わず素が出て敬語で話していたほどだ。
「そりゃあ俺の昔に関係あるわな。『黒』に対抗するにはそいつは欠かせないブツだろ」
カウジが父親とラートンの顔を交互に見ている。
「俺が持って箪笥に仕舞っておくよりあんたらに役立ててもらう方がいい」
パパスが続けた。
「家宝だな。我が家の」
そう言ってパパスは大声で笑ったが、ラートンが笑わず、ツヤの良い小さな粒を見つめていた。パパスはすぐに静かになった。
「ある人にとっては喉から手が出るほど欲しいものなんだろうな」
「ああ。おそらく城に、これを必要としている人がいる」
ラートンが静かに言った。
「そりゃあちょうどいい。無事に旅を終えたら、真っ先にそいつに渡してやんな」
ラートンはふと、自分の腕が掴まれる感触を思い出した。それから、自分の手に触れた汗ばんだ柔らかい髪の毛。 あの時の彼女はひどい顔色だったが、「雑草使い」がついていることだし、少しはよくなっていて欲しいものだが……。

「あなたとカウジも近いうちにここを出立してください。必ず」
ラートンが言った。
装備を整え、可能な限り持っていきたいところを、可能な限り最低限のものに絞り込んで多少軽くした荷物を背負い、 ラートンとイルタはユエグ親子の家の前で、パパスと話していた。
カウジは朝から布団をかぶって一度も出てきていない。
「おうよ。畑のものは少し早く収穫するくらいの方が、街に着くまでには丁度いい具合になってらあな」
それからパパスはモジモジと顎に手をやった後で、言った。
「実を言うとだな……俺は、心のどっかで、セボに帰る口実を探していたかもしれねえ。カウジのためにもその方がいいと思いながらも、決心できないでいた。だから、言わせてくれ。ありがとう、と」
語尾は尻すぼみに消えていった。
ラートンとイルタは顔を見合わせた。
「わたしとしては、そのように言われる覚えはありません。あなたの気持ちが整理されるのに必要だった時間が流れたというだけのことかと」
ラートンが言った。
「それもそうか」
パパスの耳が赤くなった。
「良かったじゃないですか。断捨離も終わったようですし」
イルタが少し冷たい口調で言った。ラートンとイルタの荷造りを補助する名目で、 ウキウキ顔で様々なものを譲渡してくるパパスの晴れやかさと言ったら、彼が頑なにこの荒地から離れなかった理屈からすると呆れるほどだった。意地でこの荒地での生活を続けていたものの、ここでの暮らしの厳しさやそれなりの苦労があったのは想像に難くなく、城下町に戻る理由ができてホッとしているのだろうと、イルタは考えていた。
「城下街で会おうな、ラートン。ニトルス」
パパスは二人の青年とそれぞれと握手を交わした。
「世話になった」とラートン。
「本当にお世話になりました。こんな荷物も用意していただいて」とイルタ。後半は嫌味少々だったが、顔はほころんでいた。

しっかりとした足取りで歩いていく二人の背中が小さくなるまでパパスは見送った。

パパスが家の中に戻るとカウジが涙を拭っていた。
「何をむくれていやがる。いくら今日が辛いからって挨拶くらいきちんとしやがれ」
パパスが大きめの声でしかると、
「ぜったい無理」
余計に嗚咽が大きくなった。
パパスはため息をついて、ドスンと椅子に腰掛けると、カウジの顔を見るでもなく、話しかけた。
「泣くな。きっと近いうちに会える」
「そうなの?」カウジがパッと顔を上げ、目と鼻は真っ赤だが、満面の笑みだった。
「ああ。会えるさ」パパスがクスッと笑って言った。
子供の単純さは本当に可愛い。

「幸運でしたね」
「本当にな」
「彼らがいなければ俺たちは死んでいた?」
イルタは手の中にある肩章を見つめる。荒野の墓に供えてあったものを、墓の前で黙祷し祈ってから、セボにいる彼らの家族のために持ち帰ることにした。
「ひょっとしたら」ラートンは短く答える。その顔に特別な表情は無いが、穏やかだ。
「良い剣ですね」
イルタはラートンの腰に刺さっている骨董の長剣を見て言った。パパスの武器庫にある無数の刀剣の中から選び抜いたそれの把手には文様があり、丹念に磨き手入れをしているラートンの姿をイルタは何度も見ていた。
「ああ。幸運だった」
「名剣なんですか?」
「ある人にとっては」
イルタはカラッとした晴れやかな空気に、うーーーーん、と伸びをした。
「ラートン隊長にとっての荒野の家宝というわけですね!」
ラートンは返事をせず、歩いていた。その沈黙は決して心地が悪いわけでもなく、イルタは笑顔のまま黙っていた。荒野の親子の家に滞在中はラートンが返事をしないことなどしょっちゅうでもう慣れてしまっていた。返事をしない理由が単にそういう気分でないからであることもあったし(彼がイルタの問いかけに対して完全なる無表情なときは空気を察して押し黙ったものだ)、単に答えを塾考しているだけということもあった。自分が問いかけたことも忘れてぼやっと歩いていると、やがてラートンがぽつりと言った。
「そんなところかな」

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