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始まりの部屋

第一章/使い

松明に照らされた、オスロ師士の立ち姿が目に入った。左右の少し後方にはレナとセナが控えている。

「やあ、こんばんは。『始まりの部屋』にようこそ」
いつもの好々爺だった。
「それは、わたしたちに限って使える名称ですか。それとも元々がそういう名前の部屋なんですか」
倫は、夏季たちに話すときと同じように、しっかりとした口調でオスロに問いかけた。
「元々だ。『使い』はここで、すべてを始める。しかし、君たちの場合、始まりは森の中だったがね」
オスロ師士が静かに言うと、右隣に浮かんでいるレナが苦笑いをした。夏季たち四人がばらばらになって森を彷徨ったのは、レナが原因であることが思い出される。それは夏季たちにとって、遠い昔の出来事だった。

「少し話をしよう。座りなさい」

彼らの前には、五つの丸椅子が円になって並んでいる。倫、俊、哲、夏季の順に四人が腰掛けるのを見守ったあと、オスロ師士も自分の椅子に座った。

「さて。先日は大変な騒ぎになったね。その後、体調に問題はないかな」
「ちょっと疲れたけど、もう大丈夫みたいです」
夏季が遠慮がちに口を開いた。
「ふむ。君のはたらきには感謝している。修行の旅の後だというのに、よくがんばってくれたね」
「もう、夢中だったんで」夏季ははっとして、言った。「そういえば、わたしはレナの言付けであの村まで出かけたんですけど、『修行の旅』とは……?」
オスロは穏やかに笑った。
「そう。出かける前から『修行』という目的を意識したのでは、よい旅にならない気がしたのでね。結果的にうまくいくよう、わざと仕組ませてもらったよ」
「おかげさまで、度胸がつきました……」夏季は少し腹を立てて、皮肉を言った。この人は、わたしが村で非難の声を浴び、どれだけ嫌な目に遭ったのかわかっているのだろうか、と。
「倫、実のところ君を城から出るよう仕向けたのも、隊長ではなく、わたしの計らいだ」
「そんなことだろうと思った。まあ、気づいたのはお城に帰ってきてからだけど」 倫は悔しそうに、鼻を鳴らした。
「おかげさまで、三キロやせました」
倫は一言付け加えて、夏季にウインクして見せるではないか。夏季は恨めしげに、倫に一瞥を投げた。

「男性諸君は自ら力を発揮する兆候が見られたから、放っておいてもよかった」
オスロの言葉に、哲と俊は顔を上げた。
「夏季は手助けが必要という判断だが、それは悪いことではない。この種の力にとって冷静さは不可欠。君や倫のように、簡単に激しない者の方が、扱いは巧くなるはずだ。ただし始めは、とにかく取っ掛かりを掴ませるころが大事だった。よって君を、力を発揮せざるを得ない状況下に置くことにした」
「村の干ばつもそのために起こしたんですか?」夏季が言った。
「あれはわたしではない。そもそもそのような仕掛けが簡単に出来るわけがない」
「そうですよね……」わざとテラや村人たちを苦しい生活に追いやったのなら、それはあんまりだと思ったから、夏季はその答えを聞いて安心した。

「そう。そして君たちは見事に力を手に入れた……いや……まずは、引き出したわけだ」
オスロは四人の顔を確かめるように、順に見ていった。
「扱いきれないくらいの、大きな力をね」
哲が暗い表情でつぶやいた。
「俺は、あんなものを操る自信がない。知っておきたいんだ。いったいなんのために俺らは力を持たないといけないのか。それを教えてくれれば、もう少し意欲が湧くかもしれない」
「その質問を待っていた。『自ら疑問を持つことは理解への第一歩』と言うではないか」
「いい言葉だけど……今回のわたしたちの場合、そうやって悠長に構えるべき事柄ではないんでしょう?」倫もまた、暗い表情で言った。
「まさしく」オスロは目で笑った。「もっと早く、説明するべきだったのかもしれない。しかし、苦い経験を経ていた方が、より深い理解ができるとは思わないか?」
「場合によるんじゃない。紙一重の差で、誰かが命を落としたかもしれないのよ」
「結果オーライということにしてはいかがかな。強運も君たちの力のうちとして」
倫は笑うしかなかった。オスロは彼女が表面上納得したと見た。
「セボには数十年に一度、兵隊の手には負えない脅威が襲いかかる」
「脅威……」哲が、かみしめるようにつぶやいた。
「どんなものだと思うかね。君たちなら、何を脅威と見なす?」
「戦争……は人がするものだけど。兵隊じゃあ相手にならないんだろ」俊が言った。
「自然災害ですか?」と倫。
「隕石とか」夏季。
四人は思いつくぞっとするものを口に出して言ってみたが、そのどれもが的を射ていないことは予想できた。オスロの顔は、部屋へ入ったときより険しくなっている。

「敵だ」

オスロの目が、鋭く光った。ふだんの彼はどこへいったのだろうかと思わせるほど、無機質な眼光だ。
「我らには敵がいる」
オスロは自分に言い聞かせるように言った。目はどこか、あらぬ方を見ている。
「敵は、どんな力を持っているんですか?」
倫が対抗するようにオスロの目を覗き込んだが、頬の筋肉が細かく震えている。オスロの変化に動揺は隠せなかった。

「どんな力とな。それは、魔力だ」

沈黙だった。
それが、一国の大臣がこの上なく厳しい顔で発した言葉が、魔力。夏季たちの世界では、冗談にされるたぐいの話である。四人の奇妙な表情にかまわず、オスロは話した。

「そもそもの始まりは、数百年も昔にさかのぼると言われている。古代の王が魔法使いの憎しみを買い、呪いをかけられた。それ以来、数十年に一度、邪悪な力を授かった魔物や魔術師が現れてはセボを危機に陥れている」
オスロは四人の顔を、順に見ていき、端にいる夏季に目を止めた。
「そして、その危機を救うために魔物と共に現れるのが、『使い』だ」
夏季はオスロのナイフのような目に射止められ、目をそらせなくなった。
「魔法に対抗できるのは、魔法のみ。わたしたちは君たちに望みを託さなくては先がない。『使い』が呼ばれるのは、危険が近づいている証拠。今回も間もなく、何かが起きるだろう。一部地域の雨量の変化や逃亡兵の増加など、兆候は既に出始めている。時間はあまりない。君たちが異国の地に馴染むのを、のんびりと待ってはいられないのだよ」
「厭でもセボのために戦わなければならないと?」
倫が言ったところで、やっとオスロの目がそらされたので、夏季は少しほっとした。少しだけ。
「そうだ」
「その話、丁重にお断りしたいんだけど」
「ならば、セボの民もろとも滅ぶだけだな」
「家に帰る道を教えてはくれないかしら?」
「脅威を取り除かない限り、道はない」
有無を言わさない口調だった。倫はまばたきもしない。まるでオスロと我慢比べをしているようだ。
哲は膝の上でこぶしを握り、それを見つめて下を向いている。俊は目をつむり、固く腕を組んだ。
このとき夏季の頭の中に浮かんだのは、母親の顔である。<今夜話をしたい>と言って家を送り出した、寝起きでだらしのない、頭がぼさぼさの若い母親。
「私の母は」
唐突に、夏季が言うと、オスロは夏季に向き直った。ふだんの厳しくも穏やかな表情が戻ったかのように見えたが、それも一瞬のことで、彼の周りは再びひやりとするような冷徹な空気に包まれた。夏季はのどが渇くのを感じて、咳払いした。
「わたしが今、どこにいるかを知りません」
「当然」オスロは軽く、うなづいただけだった。
「わたしたちがここへいる間、家族はどうしているんでしょうか。みんな、心配すると思う」夏季は、倫から俊、哲へと見渡した。「ひょっとしたら、わたしたちの身には、心配している以上のことが起こるのかもしれない」

今度は一瞬ではなく、オスロ師士の表情が和らいでいた。
「セボの歴史と夢の定めるところに、反論の余地は残されていない。今しばらく、直面するべき現実を真っすぐ受け止めてほしい」
オスロの顔つきは少し緩んだが、声ににじむ厳しさは少しも薄れていない。夏季は目線を足下に落とした。
背中に手のぬくもりを感じて横を見ると、哲が優しい表情で夏季の顔をうかがっている。目つきは優しいが、底の無い哀しみをたたえていた。彼は唯一の家族だった、祖父を亡くしている。待つ人がいるわたしがめそめそして、待つ人のいない彼に励まされているの? 夏季は手の甲で目をこすり、力強くまばたきをして、しっかりと前を見据えた。
「夏季の言う通り。家を出てきた状況は四人それぞれ異なるが、みなの家の者は必ず我が子を探そうとするだろう。しかしだ、結論から言ってしまえば、どうにもしようがない。気になってしかたがないというのであれば、しばらくの間は無理にでも忘れることだ」

オスロが言葉を切った。四人のうち誰も、口を開く気配はなかった。

「いったん区切りとしよう。休憩を挟んだら話題を変えるぞ。十五分後、再びここへ集まろう」

紺色の夜空には無数の星が散っていた。通りすがりの夜風がひんやりと、顔を撫でていく。
「俺の場合、親に連絡はいらないかも。家出したことになってるから」
俊が独り言のようにつぶやくと、倫は驚いたように俊の顔を見た。
「何か?」倫の反応を見て、俊が言った。
倫は別にと言って、ふいと顔を背けた。
「あんたなあ。言っておきたいことがる。もちろん俺だって短気な方だけど、それにしたって口を開けばむかつくことばかり。そんなんじゃあんたを相手にした十人中九人が怒ったっておかしくないぜ」
「あんたに言われなくたって、わかってるわよ」
倫の口は咄嗟に牙をむいた。
俊の眉は敏感に反応してつり上がった。しかし、口調は穏やかに保っている。
「俺はもう怒らない。ほらみろ、平気だ」
俊はむりやり笑顔を作った。口の端が引きつって、とても見られたものではない。倫は小さく吹き出した。
「街の女の子相手にニヤニヤしているときよりも、そうやって笑ってる方がいいと思うわ。わたしはね」

倫が本当のことしか口にしないことを、俊は知っていた。のどから胸にかけて、さわやかな風が、すうっと通った気がした。

バルコニーの、少し離れたところで、夏季と哲が並んで柵に寄りかかっている。
「この星じゃあ、明日もいい天気だ。こんなに晴天が続いていいのかと思うけど、雨が欲しければ夏季に頼めばいいもんな」
哲は柵に肘を載せて頬杖をついている。
「それじゃあまるで雨女みたいだね」
夏季は策のむこうに腕をたらし、ぷらぷらさせている。
「似たようなもんだろ」
「なにそれ……」
夏季ががっくりとうなだれるのを見て、哲はふっと笑った。微笑む二人の間に、心地の良い沈黙が流れる。

「あの日の朝『いってきます』って家を出て、それきりなんだ」
夏季が静かに言った。
「うん」哲が言った。「俺もせめて、じいちゃんを最後まで見送りたかった」
「しかたないよ」夏季は横を向いて、哲の顔を見た。そよ風になびいて顔にかかった髪を、耳にかける。「どうせ、わたしたちにはどうにも出来ないことなんだから」
「そうだな。たまたま、俺たちだった」
哲は真っすぐ前を向き、暗闇をにらんでいた。
「ただそれだけ」

「おい、小さいの二人。そろそろ時間だぞ」
俊の声が、背後から聞こえた。

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