目次 HOME

成長の手

第一章/使い

城を出て二日が経った。
日が出ている間は、ほとんど馬の足を止めなかった。
目的地はない。しかし、するべきことは無限にある。
出来る限り多くの、役立つ情報を集めなければならない。

二日前、倫は図書館の机で本のページを繰っていた。
高窓から差し込む暖かい陽光が、円形の大きな机を斜めに大きく分断している。
彼女の他には、離れた席で同じように無言で本を読んでいる人間が一人、二人いるだけだった。耳に入るのはページをめくる音や、控えめな咳払いだけだが、他に音がない分、些細な音がよく響いた。
天井には巨大なファンが回り、夏場にありがたい風を送り込む役割を果たす。それを動かすのは火力だというから、この暑い時期に発動装置には誰も近づきたくないところだ。しかし、兵士の誰かが当番制で、その装置の側で職務を果たしているはずだった。

ご苦労なこと。おかげで快適。まあ、他人事だけどね。

倫は、心の内の謝辞もほどほどに切り上げて、本に集中し直した。
彼女が読んでいるのは「サビシア族の歴史」という題名の、数十年前のものと思われる変色した本。セボの言語の学習にいち早く取り組みかつ順調に飲み込んでいる倫だが、比喩に慣れるまでには時間がかかると感じていた。筆者独自の文法や言い回しが複雑に絡んだ小説など、とても楽しむ余裕がなく、機械的に事実を並べて書かれる歴史書を好んで読んだ。そうして何十冊もの書物を読破するうちに、いつのまにかセボの歴史に魅了されてしまっていた。摩訶不思議な出来事が、伝承ではなく、史実として書かれているのが新鮮だった。

食堂からくすねてきたパンを片手に古書の読み辛い文字を眺めていると、足音が近づいてきた。最初倫は、ここでよく見かける読書好きの文官かと思ったが、男は倫の机に近づくと、声を掛けた。
「図書館は飲食禁止だよ」
「だって、食べないと生きていけないわ」
倫は顔を上げる前に屁理屈を返したが、青色の制帽をかぶった男は、親しみの持てる穏やかな笑みを浮かべていた。
「それなら、外に出て食べればいい」
「そんなヒマがないくらい、ここの本が好きなの」
黒い瞳がきらりと輝く。
「しかし、その本たちのためにも、食べかすをぽろぽろ落とすのは、よくないと思うが」
「気をつけているから、大丈夫です」
この日の倫は、自分の気が向くまで意地でも建物から出ないつもりだった。
「やれやれ、君は人の言う事をきかないね」
オスロ師士が口ひげの奥からため息を吐き出すと、倫は勝利の笑みを浮かべた。

「ご心配なさらずに。明日にはここを出て行きますから。隊長という方から追放命令が出たんです。図書館ばかりではなくて、このお城からも出て行けと」
「ああ、知っているよ。彼から直接聞いた。今日はそのことについて、君と話をしに来たんだ」
「それは、解決の道はある、ということ? 正直、困ってます。まだ外の様子も分からないのに、たった一人で旅に出るなんて……」
倫は、ふっと笑顔を消した。
「そうだろうとも。しかし、一度は城を出てもらう。でないと、退去の命令を出した、隊長のメンツが立たないからね」
倫は分からないと言うように首をかしげた。

『一度は』?

倫の訝しげな表情を見て、オスロは続けた。
「君が気付いているかどうかは知らないが、現在の命令では、君は『一生』城を追放されることになる。訓練に出ないという理由でね」
「あなたが出なくてもいいと言ったからよ。なぜ位が下であるはずの隊長が、あなたの決定を覆すことができるの?」
「確かに私は彼より上の立場にいるが、だからといって常に、地位がそのまま決定の優先順位につながることはない。訓練で直接指導に当たるのは彼がメインということになっている。それに、残念なことに、私より彼の方が自分の意見を通したがる性格でね」
倫はやれやれというように、首を横に振った。
「一周期、つまり六日間の間に『使い』の力を自力で修得してきなさい。それを条件に、城に戻れるように、隊長に話をつけた」
オスロはその澄んだ青色の目で、倫の瞳をじっと覗き込んだ。

「『使い』の力なら、もう手に入れました」
倫は、少しも目を逸らさずに、はっきりと言った。

「なんと?」

「私は正真正銘の『成長の手』を持っています。なんならここで、やって見せましょうか?」

「できるものなら」
オスロは半信半疑だった。

倫は手に持っていた古書を置き、そのすぐ横の机の面に、右手をかざした。
いたわるように優しく手を揺らしながら、何かを念じるように目をつむる。

それを合図に、古い机の木目の隙間から、小さな芽がちょこんと顔を出す。黄緑色の双葉だった。
倫の手の平の下で、みるみるうちに、少々斜めに傾いた苗木に成長した。倫は草の背丈が高くなるにつれて、草を引っ張り上げるかのように手の位置を上に、上にと持っていく。その手に吸い寄せられるかのように、植物はぐんぐん背を伸ばした。
やがて草は高くなることを止め、小さく堅いつぼみをつける。小刻みに震える倫の手に、力がこもっていることが分かる。それに応えるように、つぼみはじれったく膨らんでから、ゆっくりと、白い花弁を開いた。
倫は静かに両目を開き、手を下ろし、長く息を吐いた。

机の上には、五枚花弁の白い花が、堂々と咲き誇っている。花を支える細い茎が、その重みでしなっていた。

「ラシアの花です」
倫は花を見下ろしながら、勝ち誇るでもなく、冷静な面持ちで言った。
「見事だ……」オスロは、驚きを隠せないというように、感嘆の言葉をもらした。「いつ、自分の能力に気付いた?」
「中庭を散歩したときです。見た事の無い花だなと思って、この花に手を触れたら、私の思い通りになった……。横向きの花が、首を回してこちらに向いたんです。そのときはもう、『使い』についての本を読んでいたから、これが『成長の手』の力だということに、なんとなく思い当たりました。それから何度か花の向きを変えたり、葉っぱにお辞儀をさせたりしているうちに、操れるのは動作だけではないことが分かって。植物の成長を操るのは、『手』の証拠です」

「そうか。そうだったか。おそらく四人の中では君が一番乗りだろう。そう、君が考える通り、まさしくそれが、『成長の手』だ」オスロは腕を組み、深くうなづいた。「よく冷静に、ここまでの力をつけたな」
「地に足をつけていれば、案外大丈夫なものです。それに、セボに来てからは、おかしなことがたくさん起きてますから」
倫は口の右端を上げ気味に、いたずらっぽく笑った。
「地に足をつける、か。君ら独自の言い回しだな。私たちは同じ意味で、地に足を生やす、という言葉を使うがね」
オスロも、青い目を細め、笑顔を返した。

「『使い』の力、『成長の手』は手に入れました。追放は取り消して下さい」
倫は魅力的な笑顔を即座に引っ込め、勢いよくオスロの方に向き直って、言った。
『使い』の力が城へ戻る条件なら、今の私には、城の外に出る理由がないではないか。
「命令を出したのは私ではないから、それは無理だ。隊長も撤回する気はないだろう。君は一周期の間、城の外に出なければならない」
オスロ師士は、倫の言葉を予見していたかのように、ためらいなく言った。
「なら、六日間、城の外で何をすればいいんです?」
「『手』を扱えるようになったのはそれでよい。だが、第一歩を達成できたのなら、もう一歩、前に進んでみてはどうかね。
君には知識を詰め込む頭脳がある。どうだね、植物観察というのは? 出来る限り多くの、役立つ植物を頭に入れて来ること。覚えられなかったら根こそぎ持ち帰ればいい」

「つまり、私に出来ることをしろ、と」
「そうだ。君の力を生かし、役に立てて欲しい」
倫は興奮で身震いした。
人にこれほど明確に、必要とされるのは、初めてだった。

完全に日が暮れた頃、二日目の踏破を終えることにした。 馬の駆ける速度をだんだんと落としていき、適当な太さの木の横で馬の足を止める。慣れた動作で馬の背から降りると、両足で大地を踏みしめた。二日前に卸したての革靴は、まだ足に馴染まずごつごつとした感触がある。それをいうなら、身につけている全ての物が新品同然、旅人というにはこなれた感じがあまりにも足りない。しかし、気分だけはそのつもりでいる。
冒険に憧れる子供になったようで、実際、倫は楽しんでいた。

堅い地面に一枚の毛布を敷き、その上に腰を下ろした。一日中被っていたフードを取り払い、生温い夜風に髪をなびかせた。砂よけのフードはその役目を果たすが、肌を覆う分、頭部全体から汗が吹き出る。昼間の熱気が残る空気が衣服の隙間に入り込み、肌にまとわりついて離れず、うっとうしかった。

(六日間だけといっても、まさかこの私が、こうして流浪の旅に出るなんてね)
倫は一人、感慨にふけり、こみ上げるおかしさをこらえきれず、一人、にやりとした。

まったく恐怖を感じない、ということではなく、もちろん、楽しいことばかりでもない。
目印の少ない荒野では、道を外れないように常に気を配らなければならず、馬をずっと走らせているために臀部が痛む。
オスロ師士のアドバイスで、日が落ちてから火をおこすことはしなかった。
城から離れれば離れるほど、強盗を常の行いとする賊に遭遇する危険が増す。真っ暗闇の荒野を照らす明るい炎は、賊たちにとって恰好の目印となるため、自粛しなければならない。
乗馬は五年ほど続けた経験があり、多少の自信がある。そのため、危険な人間に出くわしても、馬の俊足で逃げ切ればいいという甘い考えがなくもない。しかし、もしも戦わなければならなくなったときに、手も足も出ないことは分かっている。訓練に出ていれば多少の防御が身に付いていたかもしれないが、あいにく彼女は一度も出席していない。今こうしてひたすら馬を走らせるはめになったのも、そのためなのだ。

オスロの提案どおり、敵に遭遇しないよう努力するのが、最良の策だった。

馬の背に結わえ付けた荷物の中から、保存食を詰め込んだ布袋を引っ張り出す。固く縛ったヒモを解き、中に手を突っ込んで一切れの干し肉を取り出し、食堂からこっそり借りた木製の皿の上に置く。その横に、限られた飲み水の詰まった水筒を並べた。
そうして、一通りの準備を終えてから、乾いた地面に右手をかざした。
手の下の土の中から小さな芽が一つ生え、めきめきと茎を太くしていく。早送りで植物の成長を見ているようである。適当な高さに育ったそのみずみずしい植物は、花を咲かせ、しぼみ、枯らし、花弁が落ちたところで丸い実をつけ、風船のように膨らんだ。

城を出る直前に、菜園に忍び込んで“記憶”してきた食用の赤い実だが、名は知らなかった。暗闇のために色は判別できないが、完熟すればトマトのように赤くなるはずで、実がなる前に咲かせる花は桃色だ。

倫は手を下ろし、人のこぶし大の実を摘み取り、一口かじった。
「……味が薄い」
月明かりで微かに赤く光る実を見つめながら、つぶやく。
次はたっぷり日光を浴びせ、昼間のうちに摘み取っておこうと、心の内で決めた。
自力で栽培した野菜にかぶりついて咽を潤し、臀部の痛みを労りながら、旅の目的を再確認する。戸惑いの多い一人旅、おいしい食料の育て方も実に重要なことに思えるが、本来の目的を忘れてはならない。
出来るだけ多くの、役に立つ植物に触れ、記憶してくること。生息地で覚えきれなければ根こそぎ持って帰り、城で研究するしかない。

周りの大人たちの導きにより、倫の生き方は大きく揺らめいてばかりだった。
選択の自由があると言いながら、実際はそうはいかない。父は不登校を許さず、嫌味を浴びせた。自立を目指そうと始めたアルバイトは、自分では仕事をしたつもりでもなぜだかホッとできなかった。学校へ行かず、友人を作らないことに後ろめたさを感じていたのかもしれない。周囲の「愛想がない」という言葉、完璧に無視しているつもりだったが、心のどこかでは、引っ掛かっていたのかもしれない。

隣りの人は、どうしてこんなに素敵に笑っているの?
何のために、誰のために笑っているのだろう。
私は今、楽しくない。
楽しくないのに、どうして笑うことができるのだろう。

自分のための、心休まる場所を求める日々だった。

彼女は今、『使い』として必要とされている。
今まで生きてきて、これほど目的がはっきりしたことはない。
喜んでそれに応えようと思った。
うれしくて、笑わずにはいられない。
口の中に残った種と皮を吐き出し、土に埋めながら、そっとつぶやいた。
「明日は、いい日になりそう」
希望に胸を膨らませ、倫はにたりと笑った。

倫が人知れず、怪しい笑みを浮かべた日より、一日前の夕刻。
城は、『使い』の誕生で大騒ぎとなっていた。風使い本人の意思に関係なく、周囲の興奮は勝手に高まり、『風使い』や『風の子』の言葉が飛び交う。噂は瞬く間に、城中に広まった。
しかし、哲にとってはどうでもよいことで、彼を胴上げしようと襲いかかる何本もの太い腕から逃げるのに必死だった。
鍛えられた腕たちに捕まったら最後と思いながら、素早くかわす。汗臭いトンネルをくぐり抜けると、城の廊下を担架を担ぎ、早足で歩く救急隊員、その横を歩くラートン隊長とハリル副隊長の姿を目に捉え、その後を追いかけた。
自分の身に起きたことよりも、気掛かりなことがあった。

「なあ、夏季の行方を聞き出させてくれよ。朝から一度も見かけてないんだ。そいつが知ってるんだ……」
哲は担架に走り寄り、運ばれていくカルーを顎で示した。
カルーはハリルの言いつけ通りの罰を受け、脳しんとうを起こした頭でグラウンド五週を走った。六週目に入る前、乾いた土の上に倒れ込み、そのまま動くなったところで、やっと担架が登場したのだった。
担架の上のカルーは口を開け、白目を剥き、お世辞にも美しいとは言えない有様である。少々気の毒だと思いながらその姿を覗き込んだ哲は、そのグロテスクな顔を見て、笑いをこらえている自分に気付いた。これで何回目の仕返しかは知らないが、けっきょくのところ、哲はこの巨体の性悪相手に、負け知らずだった。
「哲くん。そっとしておいてやれよ。彼にはまだグラウンド二十周という任務が残されているんだ……。それにね、カルーが知るはずはない。君を挑発するためにハッタリかましたんだろう。夏季ちゃんの居所なら、こいつが知ってる」
ハリル副隊長がなだめるように言って、哲の肩に手を掛けた。
ハリルが指差す先には、シエ・ラートンが歩いている。
「どういうことだ?」
哲はラートンの顔を見上げた。

城に入ってから、ずっと黙っていたラートンが口を開いた。
「『使い』は、『使い』でなければ意味が無い」

哲は口を開けたまま、隊長と副隊長の顔を交互に見て、先を続けろと苛立ちを見せた。
「要するにだな、夏季も『使い』の力を目覚めさせるために、修行に出たってことだ」隊長が何も言わないでいると、ハリルが代わりに言った。「隊長さんよ。“こっち”に来たばかりのこの子に、古典の引用聞かせたって通じないぞ。俺は通訳じゃない。ちゃんと、一発で相手に通じる会話を心掛けてくれ」
「……夏季の行き先は?」哲はハリルの方には目もくれずに、隊長の顔を下からのぞき込んだ。
「守秘義務」ラートンは眉一つ動かさず、一言で答えた。
哲は自分より十五センチは背の高い隊長の顔を、下から睨みつけた。
ラートンが、哲と会話する意思を全く持っていないことは、明らかである。哲がどれだけがんを飛ばそうと、ラートンはつんと前を向いたまま、早足で歩き続けた。
建物の中にも拘らず、彼らの周囲には、強い風が吹き始めていた。

「て、哲くん、落ち着いてくれ! 城の中でそれをやられたら大変なことになるから……」ハリルは哲の肩に置いた手に力を込め、深い呼吸を促しつつ、隊長に向き直った。
「シエ。彼の力はまだ不安定だ。さっきの騒動でただでさえ興奮しやすい状態なのに、わざわざ感情を逆撫でするようなことを言わないでくれ」
「それは悪かったな」ラートンは、悪びれる様子を少しも見せず、さも無関心というように、さらりと言った。
「ハリル、子守りは君に任せた。私はこれから師士と合流し、追跡の任を交代することになっている。明日の訓練は君と師士の二人で頼む」
ラートン隊長は首を動かさず、目だけをハリルに向けて言った。鼻息も荒くなった哲には目も向けずに、早足で二人から離れ、廊下の奥に消えてしまった。

『子守り』だと?
哲の中で、怒りが沸き上がった。チビだの、てっちゃんだの、背丈の低さや年の若さをネタにした呼び方にはうんざりだった。

城の中に百カ所以上ある書斎の中でも、そのとき扉が開け放たれていたのは一部屋だけ。哲とハリル副隊長は、絶妙のタイミングでその扉の前を通りかかった。
書斎の机の上に山積みされた書類はすべて舞い上がり、扉の中も外も紙吹雪で真っ白。若い文官は部屋に吹き込んだ突風に悲鳴を上げた。城の外にいた人々のうち幾人かは、白い壁に無数に連なっているうちの一つの窓が、音を立てて開くのを聞き、白いものを吹き出すところを目撃した。

書斎の主、正方形の平たい帽子をかぶった若い文官は、顔に一枚の紙を張りつけたままで廊下に飛び出した。
「君たち、まさかこれを一人で片付けろとは言わないよな? その運動神経を生かして、風に舞った書類を今すぐかき集めて来い! ……まったく、悪ふざけもたいがいにしろ……これだから軍部は……」
文官は何やらぶつぶつと文句を言い続けたが、ハリルと哲は彼の命令に素直に従うほかなかった。
「すみませんでした、ネレーさん。何しろ、こいつが目覚めたばかりの『風使い』でね。この騒ぎ様、噂はもう聞いたでしょ、え、聞いてない?」
「もちろん、聞いたよ」ネレーが半べそをかいて言った。
「ちょっと頭に来ることがあって、怒りの竜巻を起こしたところでたまたまここを通りかかったんですよ。ほんと、偶然で……」
「ハリル、言い訳はいいから、早く集めてくれ! お喋りめ。ああ、もう。全て揃えて、大臣に提出するばかりだったのに」

哲はこれ以上、この若い文官に迷惑をかけたくなかった。感情を高ぶらせて『風』を起こさないように、頭をからっぽにしようと努力した。
しかし、青い制帽の下から見下ろす隊長の、細められた暗い瞳が忘れられなかった。
相手が副隊長だろうが、皆に崇められる『風使い』だろうが、彼はすべてを見下している。
さっきも、これくらい出来なくてどうすると言わんばかりに、「子守り」という言葉を使って、俺を挑発したんだ。

哲が苛立ちをくすぶらせるうちに、大きな木枯しが五つ発生し、書斎の中を駆け巡り、ハリルが悲鳴を上げ、文官が怒号を飛ばした。
ハリルは、木枯しに巻き込まれて天井まで舞い上がる書類を五枚捕まえた。その横で哲は文官に怒鳴られながら、自分がしたことに慌てふためいている。

平穏な時間が続いていた城が、今や『風使い』の騒ぎで騒然としている。この少年以外の三人、いや、五人が揃ったら、もっとずっと厄介なことが起こるのだろうなと、ハリルは行く先を憂えた。

俺たち軍部が忙しくなるなんてことに、ならなきゃいいけどな。

目次 HOME