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解散

第一章/城

夏季は食堂で俊を捕まえると、
「倫さんが、城を出て行った」
掴みかかる勢いで、口を開くなり言った。
「なんだって、どうしてまた?」
俊は椅子に座ったまま、面倒くさそうに振り返った。
「ラートン隊長が、一週間城に入ることを禁止したの。訓練に出なかったからって」
「まあ、自業自得じゃねーか」
俊は落ち着いている。
「心配じゃないの?」
夏季は俊の鈍さに腹が立つと同時に、不安になった。この人は、私の仲間ではなかっただろうか。ここにおいて、四人は共通の世界を持つ仲間のはずでは?
「だから、自業自得だって。嬢ちゃんやチビもそうだろう? 調子こいて剣で遊んだ結果、そんな顔になったんじゃねえか」
俊はそう言いながら、夏季の左頬にある赤黒いカサブタを、あごで示した。
「その呼び方、やめてって言ってるでしょ……」
夏季は怒りで顔が熱くなるのを感じた。

「あれ、めずらしいツーショット。少年はどこ行った?」
アレモとイルタが、夏季たちのいるテーブルにやってきた。
「さあな。寝てるんじゃないの」
俊は、若い兵士たちと日に日に仲良くなっていく。つるむのに、夏季や哲では若すぎるのだろう。彼は兵隊たちのために空いている席を示したが、夏季に対しては、そのような気遣いがない。
「それより、今夜『ヒムラ』に集合、忘れるなよ」
まるで夏季など最初からいなかったような切り出し方である。
「俺は行かないからな」イルタが苦りきって言った。
「おい、お前本当にあの女でいいのか? 女かどうかも怪しいけど。今夜来ればもっとかわいい子と仲良くなれるぜ」アレモがイルタの肩を叩きながら言った。
「そうだ、イルタ、あんたも参加させる」俊がガタガタの木の椅子にふんぞり反って、偉そうに言った。
「イルタさんが行かないと女の子を捕まえておけないってわけね」
夏季は俊の顔を睨みつけた。このまま引き下がるわけにはいかない。
「あぁ?」
「だって俊とアレモさんの二人じゃあ、顔のレベルが低いもの」
「な、夏季ちゃん、俺も含めるのか!?」アレモが悲壮な顔をして言った。
「言うじゃねぇか、ちんちくりん」俊は笑顔をひきつらせた。
「それどころじゃない、黙ってられないよ。倫さんが一人で城の外に出て行ったのに、そんな話!」激しく口を動かす度に走る、頬の痛みが憎い。
「まあまあ、嬢ちゃんももう少し大きくなったら呼んでやるから。落ち着けって」俊は困ったような顔をしたが、真面目に取り合っていないことは明らかだった。
「頼まれたって行かないよ……話をはぐらかさないで。あたしは倫さんの話をしているの」
「あんなやつ放っておけばいいじゃん。どうでもいい。俺がスパルタマラソンに苦しんでいる間に好き勝手やってたんだから、そのツケが回ってきただけだ。それにあの根暗は独りでいるのが好きなんだよ。俺らが構ったって怒鳴り散らすだけじゃないか」
夏季は思った。この人は何も見ていない、何も聞いてはいない。きっと倫が残した忠告にも、聞く耳を持たないだろう。
「いつもそれ。あの人は『あたしに構うな』みたいな態度を取ってるけど、本心は違うってことくらい分からないの? そうじゃなかったら、食事よりも大事な本を放っておいて、わざわざ食堂に来てあたしたちと同じテーブルに座ったりしないよ」
「なんと言われようが俺は知らない、あんな女。それより、今日は記念すべき日だ。金髪美女との合コンデビュー……」
俊は天井をうっとりと見上げた。

夏季は無益な口論に嫌気が差し、反論する気を失った。何も言わず、首を振りながらテーブルを移り、一人昼食を済ませた。その間何度も俊の笑い声が聞こえたが、倫が旅立ったというときにいったい何が嬉しいのかと、怒りが湧くばかりだった。
彼はそういう人間、自分がよければそれでいいのだ。あんな人を仲間だと思っていたあたしはとんでもない間抜けだったと、みじめな気持ちになった。

遠く見える地平線に、太陽が沈もうとしている。
オレンジ色に染まったバルコニーで、夏季は柵に腕を載せ、倫が馬を走らせ出て行った方角の遥か遠くを見つめていた。夕日に透かされた髪の毛は、輪郭に金色を帯びている。
「夏季」
少年のような、青年のような、変声期特有の声。振り向かなくても、すぐ後ろに哲が立っていることが分かった。
「大丈夫だって。戻って来るよ。そんなに危険なことなら、オスロ師士が止めるはずだろう?」
なにが大丈夫なものか。倫も言っていた。オスロ師士が間に入っても、ラートンは考えを変えないだろうと。
あたしの気持ちを鎮めるための気休めにすぎない。
「腹減ってるだろ。夕飯食べよう」
夏季が振り向かないでいると、哲はそれ以上何も言わずにバルコニーを去った。

広い食堂はだいぶ人がはけ、ぽつりぽつりとしか兵士がいなかった。入り口に近いテーブルでは、冷酷無敵なラートン隊長が一人、黙々と、遅い夕食を取っている。部下の兵士たちと同じくらい若いのに、周囲と異なる空気を放つ彼には孤独がよく似合った。近くに夏季がいることに気付く様子はない。きっと、側に誰が来ても、無表情で食事を続けるつもりなのだろう。
今の夏季には隊長に物言いする勇気がない。隊長の腰に下がった長い剣が、「そんなことをしても無駄だ」と語りかけてくる。

夏季は何も言わずに隊長の横を通り過ぎ、哲が一人座っているテーブルに向かって歩いていった。

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