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第一章/城

城に帰る一行は、酒場での出来事に和気あいあいとしていた。
「おい、あいつらなんなんだよ?」
俊がアレモに訊く。
「あれはだな、勘違い野郎だ」
アレモが言った。俊と哲が納得したように深くうなづく。 レナが「またの名をホモ野郎と言う……」とつぶやき、夏季が吹き出した。
「まさか、明日からいっしょに訓練なんてことは……」
哲がハッとしたように言った。
「そのまさかだよ。あいつらも二等兵だ。実際一番多いのは実戦向の二等兵隊なんだから、俺らの年代で体格のいいやつは全部それに入ると考えてもいいと思う。安心しろ、オスロの前じゃやつら、何もできないさ」
哲の嫌悪に歪んだ顔を見て、アレモが一言付け足した。
「夏季、よく避けられたな。あの玉カーブかかってたぜ」俊が感嘆して言った。
「あんなの全然だよ。平均台の上でだって避けられる」夏季が自信たっぷりに答えた。
「そ、そりゃすげーや……」俊は引きつった笑顔で言った。
「ねえ、哲ってもしかして、野球部?」
夏季は、哲のお返し速球を見たときに思いついたことを言った。
「いや、サッカー部だけど」さらりと答える哲だった。
「サッカーってなんだ?」
アレモが訊く。
「説明するのめんどくさいな。哲、ヒマがあったら今度やろう」
「“ここ”にサッカーボールがあったらの話だけどな」哲が冷静に答えた。
「なかったら作りゃぁいーじゃん。生意気なチビだな」
「チビとはなんだ!」哲はムッとした。
実際、小柄な夏季と哲の背はそれほど違わないのだが。2人の小人が俊と会話をするときは、相手の顔を斜め上に見上げなければならなかった。
「哲、ポジション当ててやろうか。MF(ミッドフィルダー)だろ」
突然、俊が言った。
「当たり」哲がムスッとしたまま言った。
「やっぱり!」俊がガッツポーズする。
「なんで分かるの?」夏季が言った。
「狙いが正確だから」俊が胸を張って答える。
「ああ、なるほどね……。くだらねー」
哲がため息をつきながら言った。俊が哲に蹴りを入れるのを見ながら、夏季は中村俊輔のフリーキックを懐かしく思った。

城に帰る途中、俊、アレモは上機嫌で、レナもおもしろがっていたが、夏季と哲は同じことを考えて、先行きの困難を思案していた。
「ねえ、今日のこと。仕返しとかないと思う?」
夏季は恐る恐る、思っていることを哲に言ってみる。
俊たちは大股で闊歩し、歌でも歌い出しそうな雰囲気だった。
「ないとは言い切れないよな」
やっぱり、と夏季は少し落ち込んだ。
「あんたも同じこと考えてるみたいだな。あいつら、俺たちに復讐するために、何かやらかすかも。あの態度を見てると、ないとは言い切れないよな? 油断大敵だと思う」
「哲がそう考えていてくれるなら、ちょっと安心かな」
有頂天で歩く前の2人を見ながら、夏季が言った。
「今はだめっぽいけど、明日あたりこいつらにも言っておこう。……聞く耳持つかは分からないけど」
哲がもう一度、ため息をついた。

カルーとその連れは、暗い洞窟の中にいた。
岩でできたその洞穴は、どこに立っていても肩や腕や頭に水がぼたぼたと滴り落ち、衣服が体に張りつき、じめじめとして気持ちが悪かった。
「ここ、嫌なんだよな。来る度にぞっとする」
「黙れよ、キム」
カルーが怒ったように言う。カルー自身もこの洞窟を気に入っているとは言えないが、「あの人」に関する悪口は出来る限り言いたくないと思っていた。2人は壁伝いに奥へ、奥へと進んでいく。

通路の最深部には、大きな湖があった。暗闇のため、水面が黒く透明に見えない。そのため、そこに溜まっているのは得体のしれない液体と変わりはなく、ブーツを履いた足を中に入れることさえためらわれた。
湖の対岸では、女が1人、2人の男の到着を待っていた。女の背後には暗い洞穴が続いている。

女の耳は、狐のように先が尖り、毛が生えていた。

「来たわね」
その口調から、女の口がにんまりと笑っていることが分かる。
「どうだったの、やつらは?」
「どうってことないですよ。ただのガキです」
カルーが答える。
「そう。カルー、お前もただのガキだからな。お前はどう思う、キム?」
質問をされたキムは震え上がったが、答えた。
「……えぇ。ガキには違いありません。しかし、小娘はするどい神経の持ち主でした。あと、もう1人。こっちの挑発に全く動じない。相手の魂胆を見抜く目を持ってます。『呼び寄せ』された新手の『使い』は4人ということですが、俺たちが見たのは3人きり。残りの一人はまだ未確認です」
「カルー。キムを見習え。相手を見定めるときはこうでなければならない。相手に負かされ、怒りで本来の目的を忘れるなど論外だ。改めて訊く。少しは得たものがあったか?」

カルーは黙り込み、何も言わなかった。

「今日はもう行ってよい。ご苦労だった」
女はカルーとキムに背を向け、穴蔵に戻っていった。

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