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崩壊

第二章/ルゴシク山

どーん、と、地響きのような音がして、足元がぐらついた。
「魔女が麓を爆破したのでは?」カイハが足を引きずり、歩み寄った。
「しくじった」ラートンが吐き出すように言った。
「やつがセボに向かったのは明らかだ。この山で完結するものとふんでいた。そのうえまさかあんな移動手段を使うなど。思ってもみなかった……」
「本当の目的は、セボにあるものなのか」カイハがつぶやいた。
「魔女のいないこの山にもう用はない。行くぞ」ラートンが背中を向けた。
「どうやって下りる? まさか、また壁を伝っていくのか?」俊が困惑の表情を顔に浮かべていた。
「参道を行くのよ。ほら、急いで!」倫が言った途端、ふたたび大きな音が地面に鳴り響いた。
「でも、お母さんを置いてはいけない」
夏季は地べたに座り込んだ母親を見下ろして、力なく言った。地響きを伴う轟音は確かに耳に入っていたが、考えがまとまらなかった。足元が崩れることへの恐怖よりも、目の前にいる母親の泣き叫ぶ姿の方が衝撃的だった。その少し前には、父親と思われた人物が実は父親ではなかったかもしれず、そのうえチリに成り果ててしまったという出来事が、起きたばかりだった。
「だったら連れていくんだ。母親を」ラートンが即座に言った。
「無理だよ。お母さんの頭の中はお父さんのことだけしかないもの」夏季が肩を震わせて、涙声で言った。
倫、俊、カイハはラートンと夏季を交互に見て、様子を伺っていた。
「決めるのよ」倫が言った。その目は緊急事態に爛々としているが、冷静だった。「早くしないと、ここは崩れてしまう!」
「先に行け。このままでは全滅する」
途方に暮れる3人に向かって、ラートンが言った。
倫がこくりと頷くと、カイハもラートンと目を合わせてから、踵を返した。
「俊、行くわよ!」倫が怒鳴った。
「でも……」俊は後ろめたい様子でラートンたちの方をチラチラと見ていた。
「ラートン隊長がそう言っているんだから、行くしかないの!」倫が畳み掛けるように言った。
俊はぎゅっと口元を引き締めると、倫とカイハに続いて階段を駆け下りて行った。

「彼女は君の母親なんだ。君に心を開かないわけがない。しっかりしろ!」
ラートンが夏季の肩を揺さぶった。
「信じるんだ」ラートンは涙でうるんだ夏季の瞳を覗き込み、彼女の両肩を掴む手に力を込めた。「信じるんだ」
わたしが恐れているのは、母親に見捨てられること。
わたしと山を下りることよりも、父親への執着と共にここに残ろうとすること。
説得できる自信がない。
「信じるんだ」ラートンは何度も繰り返した。
悲しそうな目をしている。なぜだろう? 彼のこんな表情は初めて見た。誰のために悲しんでいるのだろう?
「生きよう。生きて帰ろう。……まだ、セボでやらなければならないことがある」
ラートンのむきだしの感情に揺さぶられるのは、あまりそういう場面に出会わないからだ。鋼のような精神で常に冷静を保ち、取り乱すことなどない。
ああ。この人は優しい人だ。
わたしたち親子なんか置き去りにして、さっさと山を降りればいいのに。
セボではベラ王女が待っている。彼女を守れるのはこの人しかいないんだから。
それなのにこのしょうもない親子を見捨てられない。
いや、心から、わたしを応援してくれている。
夏季は、恐怖をはねのけるように、目に力を入れた。
もういい。今ここで正気とは思えない母親を説得するのは、自分のためだけではない。ラートンのためでもあるのだ。
夏季は拳をぎゅっと握りしめた。

地面は少し傾き始めていた。切り立った形の山が根本の方から崩壊を始めているようだった。大きな岩が擦れ合うような、ゴロゴロという音がどんどん大きくなっていた。
夏季は、ひくひくと泣き続ける母親の前に座り込み、相手の様子をただただ眺めていた。
かわいそうな人だ。大切な人の死を二度も目にするなんて。
そんな大変な経験をした人にとって、わたしみたいな子供で力になれるとは思えないんだけどな。
不安は拭いきれないが、やがて口を開いた。
「お母さんお願い。聞いて。一緒に山を降りよう。わたしといっしょに帰ろう」
「クロを置いていけないよ……」六季は少女のように泣き喚いた。夏季はそんな母親の姿など見たくはない。母親は泣かないものだと、思い込んでいるから。
いいや、がんばるんだ、夏季!
とにかく今は山を降りなければ。
そのためなら見たくないほど憔悴した母親の姿であっても受け入れなければならない。
「わたしじゃ、だめかな?」
夏季は少しでも穏やかに聞こえるように、口角を上げて言った。破滅の風景には不釣り合いな暖かみを込めた。
「お母さん。大好きだよ」
六季が顔を上げた。夏季と六季は視線が交わった。夏季は、愛おしそうに六季に笑いかけた。両目から大粒の涙が溢れた。
地響きの間隔が短くなっていた。底から響くような音が続き、座り込んでいる地面は、ときおり振動で揺れていた。
「夏季……」
六季は、ハッとしたように夏季を見た。それまでどこか曇って見えた瞳は、急に光りを取り戻した。
「お母さん。帰ろう? ね?」
夏季は涙をぼろぼろとこぼしながら、掠れた声で語りかけた。
六季も、両目から大粒の涙をこぼした。そして夏季を抱きしめた。
「愛してるわ。夏季」

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